第24話 運命というとあれだ、自由は落とせても正義には負けるやつだよ

 チェックポイントのキーワードがわかったので書き留めておいてほしいのだが、記述係の姿が見当たらない。

 庵から出て探しに行こうとすると、また背後から耳元で囁かれた。

「ねえ、やっぱりアナタ妖精使いでしょ。アナタから匂いがするわ。みどりとはちょっと違うけど、同じ匂い」

 先程と同じ妖精だ。葉っぱで素肌を隠した少女妖精。

「メインは天使だよ。みどりちゃんが言った通り。でも、たしかに妖精も使える」

「ほらやっぱり!」

 手のひらを合わせて喜ぶ妖精。

「どういうこと?」

 それを聞き咎めたのはみどりちゃんだ。

「きみ天使使いだよね? 本当は妖精使い? でも運命の相手は絵救世ちゃんなんだよね? どうして妖精使いの匂いがするの」

 問い詰めるその目が。俺を。怪しんでいる。

 なんだ。どうしたんだ急に。

 リアを見る。首を振った。わからないらしい。

 目の前の少女への警戒を引き上げる。

「……妖精デッキも組んでて多少は使えるってだけですけど。匂いというのは、よくわかりませんが」

 慎重に言葉を選びながら後ずさる。いざとなったらいつでも逃げられるように。リアが俺の背中にくっつく。庵を出たところで俺を抱えて飛ぶ算段だ。

「デッキはあたしたち魔法使いの魔力だよ? 普通はひとつしか使えない」

「そ──」

 ──んな、アホなことがあってたまるか!? デッキひとつしか使えないならメタゲームどうするんだよ!

『落ち着いてせーくん!』

 リアの声が頭に響く。大丈夫、俺は落ち着いている。その証拠に声はちゃんと飲み込んだ。

「デッキは組み替えたりするものでしょう。入れ替わったカードはどうなるっていうんですか」

「どうなるも何も、カードはカードよ……?」

 怪訝な顔をする風凪ちゃん。俺の受け答えは相当におかしいらしい。

 リア、これは一体!?

『わかんない!』

 そうかい!

 混乱している俺たちを見て冷静になったらしい。風凪ちゃんは指で頬をかき、抑えた声音でゆっくりと話す。こちらを落ち着かせようとしている。

「あたしの言い方が悪かったね。あたしたち魔法使いが魔力を宿せるデッキは、運命の相手と繋がったひとつだけ。君の場合は絵救世ちゃんが運命だから、天使デッキにしか魔力がないはずなの。なのに妖精が反応したってことは、君は妖精デッキにも魔力を宿してるってこと」

 なるほど。

 つまりどういうことだってばよ。

『この世界のせーくんの記憶に手がかりとかないかな?』

 それだ。ナイスリア。

 記憶を探る。俺が知らない『俺』の記憶を。視線を風凪ちゃんに合わせたまま、脳の深くへ潜る。


 ──魔法の実践は六年生でやるから、それまでは使っちゃいけません。


 違う。


 ──自分のデッキに合うマジックの選択を──


 違う。


 ──赤いりんご。割れたガラス。降り積もる灰。緑色の血。踊るカボチャ。崩れる砂糖菓子。竜巻。遊園地。ヘルシェイク。祭囃子。──四年生、最初の魔法の授業。


 ──私達魔法使いが魔法を使うには魔力が必要です。魔力はみんなの手元、みんなの運命の相手と繋がったデッキにこそ宿っています。


 これかな。多分これだな。


 デッキが魔法使い、つまりソーサリープレイヤーの魔力であるということについてはそれほど違和感がない。

 『sorcery-ソーサリー-』の対戦において、カードの置き場所にはすべて意味がある。フィールドは戦場、ライフは文字通り命のストック、マナゾーンはプレイヤーがその時点で使える魔力、手札は戦略の選択肢、トラッシュは過ぎ去ったもの。

 では山札はなにかというと、オド──自然界に満ちる自由な魔力であると位置付けられている。魔法使いは大自然のエネルギーを取り込みマナチャージし、己が使いやすい形へと変え染色して使うのだ。

 だから、山札となるデッキが魔力であるというのは、そんなにおかしな話ではない。だろう。多分。

 ここで問題となるのは「運命」の方だ。

 そういえば昨日桜と戦った時、ドーレルを始めとした俺の天使たちが喋っていたことに驚かれた。

 そこから考えると、「運命の相手」とやらは本来一人につき一体、ないし一テーマまでなのだろう。

 先程妖精と戯れていた風凪ちゃんの発言も合わせると──個人とデッキテーマが運命で紐付けられている……ってことか?

 とすれば、

「複数のデッキに魔力が宿っているのはおかしい、と?」

「そういうことよ」

 風凪ちゃんの肩がわずかに下がる。話が通じて安堵したようだが、あいにくまだ話は終わっていない。

「ちょっと心当たりがないですね」

 とりあえず曖昧な言い方でしらばっくれる。これで引くならよし。安牌の初手だ。

 いざとなればドーレルとバエルを解き放ってから逃げてやる。ドーレルは服だけを切り裂けるほどの手練れだ。服がなければ追ってはこれまい。バエルは単純に強い。

「心当たりがない? そんなのありえる?」

 風凪ちゃんが腕を組む。腕に胸が乗って揺れた。でかい。

「……仮に俺が魔力のあるデッキを二つ持っていたとして、先輩は俺をどうする気ですか」

 リアが俺の腹に手を回す。いつでも飛び出す準備はできた。

「どう……って、何もしないわよ。魔力の宿ったデッキを二つも持ってる人なんて聞いたことなかったから驚いちゃって。きみも自分の天使以外のデッキに魔力があるって知らなかったみたいだし」

 ──『人から運命を奪ったのかと思った。でも心当たりないみたいだし。やっぱりあの話は都市伝説だよね。今の態度が演技だったら人間不信になりそうだけど』か。

 なるほど。随分と酷い疑われ方をしていたらしい。

 しかし都市伝説? 運命ってのはデッキに紐付けされてるんじゃないのか? 奪えるものだとは思えないが。

 リアのように実体化しているところを力尽くで誘拐でもしているのか? でもユニットは人型だけじゃない。そんな手が通じる相手ばかりでもないだろう。

『そんなことになったらすぐデッキに戻るよ私は』

 だよな。

 それとも推測が間違ってるのか。そうなったら前提の根幹が揺らぐ。表情から勝手に読み取った情報だから聞くわけにもいかないし、調べなきゃいけないことがどんどん増えていくな。頭が痛い。


 無用に疑われた分の埋め合わせとしてみどりちゃんに抱きつかせてもらいつつしばし待っていると、六人分の気配がようやく近付いてきた。程よく肉のついたふとももから降りる。

 みどりちゃんは俺がつい今しがたまで顔を埋めていた首元を拭うと、そそくさとジャージのファスナーを上げた。汗でライムグリーンの下着が透けた運動着が隠れる。

「……エロガキ」

 ジャージを裏から押し上げる胸を庇い、俺を睨むみどりちゃん。

「怖い顔で睨まれて生きた心地がしないなあ」

「こいつ、こんの……っ」

「自衛のために疑いの心を持つことは大事ですけど、無闇に人を疑うのはよくないと思うんですよ」

「それを引き合いにエロいこと要求するのもよくないと思うのよね!」

「ジャージ脱いで正面からぎゅってしただけですよ」

「きみ抱きつくだけって言っといて首にキスしたり撫でたりしたわよね!?」

「座高差で頭がどうしてもそこになるので。あれです、母性に飢えてる感じなんですよ。ごちそうさまでした」

「こいつほんとっ、顔はいいのにとんだエロガキだわ!」

 ぎゃあぎゃあ言い合っていると、桜が両掌を広げたほどもある大きな花を持って庵に駆け込んできた。

「聖くん! 見て見て、おっきな花!」

「本当だ。笑顔が満開だね」

 綺麗な唇に音を立てて触れるだけのキスをする。

「んっ?! んちゅ、……ちゅっ……、も、もう! わたしじゃないよぉ! この花!」

 照れながら俺の眼前に花をつきつける桜。確かにでかい。子供の顔近くある。

 これ摘んできちゃったの?

 背後から妖精の怒気を感じる。

「すごいね。どこで見つけたの?」

「あ、見つけたのはわたしじゃなくて石動くんなんだ。向こうのほうにあったんだって」

 つまり摘んだのは石動か。野郎、土がメインの茶色使いだからって命に対するリスペクトが足りないんじゃないのか?

 判明した下手人に妖精たちが一斉に飛びかかっていく。あーあー。

「よ、妖精!?」

「うん、花妖精。この花畑に住んでるみたい」

「お花の、妖精……」

 桜の視線が手元に落ちる。

「も、もしかしてこれ大切な花なのかな」

「かもしれないね。これだけ大きくて見事だと。どうなんでしょう」

 こういう時は詳しい人に聞くのが一番。ここの妖精と仲がいいみどりちゃんなら知ってるだろう。

 『え? こいつ直前まであたしに抱きついてたくせに平然と巫ちゃんにキスした?』とわかりやすく表情に書いたみどりちゃんは、俺が声をかけたことで動揺しつつも桜の手元に目を落とす。

「ああ、それはフヨウの仲間ね。そこまで特別なものじゃないわ。ハイビスカスって知ってる?」

「ハイビ、え、こんなだったか?」

「夏に咲く花じゃないですか?」

「二人とも、ここが異界だって忘れてない? この子はこっちの固有種。夏に咲く花なのは正解だけどね。この花畑では一年通して、季節関係なく花が咲くのよ」

 なぜか得意げに大きな胸を張るみどりちゃん。中途半端に上げられていたファスナーが押し下げられて圧迫から解放されたふたつの果実が踊る。

「きゃっ?!」

「!? す、透け……あっ、聖くん! 見ちゃだめ!」

 見るどころかさっきまで体に押し付けられていたけど。

 目を塞ごうとしてくる桜の手をかいくぐって正面で静止。またキスをする。カウンターアタックの要領で、桜からさせた形だ。

「! もう、また……」

 小さく俯いて上目遣い。かわいい。

「また人前で堂々とキスしてる……」

「────ッ!?」

 みどりちゃんの呟きでここが外だと思い出した桜が一瞬で真っ赤になる。逃げ出そうとしたので腰と背中をつかまえて捕獲。

「あ、あわ……」

「せーくん、キーワード書いたよ」

「リア。ありがとう」

 紙は石動に持たせていたはずだが、妖精に袋叩きにされている間に回収してきたらしい。筆記体のようなやや崩れた字体で『小さな歌姫 花妖精カリンカ』『愛の花妖精アネモネ』と書き記してある。

 桜を抱きしめる俺を両手で顔を覆った指の隙間から凝視している猫に紙を預け、背中にくっついてくるリア。

「せーくん、急いでここ離れた方がいいかも。向こうの妖精たちが騒ぎ出してる」

 なんだって?

 桜への抱擁を解き、小さな手に指を絡める。

「ひぁ」

「じゃあ行きましょう、先輩」

「え、うん。よくもまあそんなイチャつきながら……ごめん、ちょっと待って」

 妖精のざわめきは、運命という名で繋がっているらしいみどりちゃんにも感じ取れたらしい。カードに手を伸ばしながら、明後日の方向に訝しげな視線を投げている。

「風凪?」

にのまえわかるかずえ、その子たち連れてここから離れて。あと先生呼んできて」

「──わかった」「無理はするなよ」「逃げるのは恥だけど役に立つからな!」

 高校生の空気が変わり戸惑う猫と、妖精にズタボロにされた石動を、手分けして連れていく一二三。花畑にやってきた他の生徒にも異変を伝えて避難を促している。

「さあ、桜」

「う、うん」

 桜の手を引いて足早に移動を開始。こういう時には走ってはいけない。急ぐ必要はあるが、焦るのは二次災害の元だ。『おはしも』を守って行動すべし。押さない、走らない、喋らない、戻らない、だ。

 その頃には、俺たちの周りにいる妖精たちまで落ち着きなく飛び回り始めていた。異変の速度が早い。庵から花畑の出口までまだ半分以上もある。

「みんなどうしたの? 一体何があったの」

 妖精たちが口々に叫ぶ。

「なんかへん!」

「怖いのがくる!」

「ウワアアアアアア!」

 恐怖心に囚われ絶叫する妖精まで出始めた。

 視界が揺れる。違う、揺れているのは大地だ。小刻みな縦の振動と、それほど遠くない場所から響く地鳴り。

 大きな花が桜の手を離れ、地面に落ちて潰れる。

 小走りどころか真っ直ぐ立っていることもできず、桜とお互いを支えにして転倒を防ぐ。

 リアは浮いてるので無事だ。

「ご、ごめん!」

「役得だからいいよ」

「もー! こんな時までえっち!」

 大地の悲鳴が聞こえてくる方向へ目を向ける。

 緑の芝が盛り上がっていく。いや違う。あれは表皮だ。緑色の肌をした大きな何かが地面から起きあがろうとしているのだ。

「リア、三人行けるか?」

「無理! みどりちゃんが小学生であのおっぱいがなかったとしてもしんどい!」

「今あたしの胸関係あるかなあ!? あたしはいいからみんなだけでも逃げて!」

「そんな……っ!」

「俺と桜だけなら?」

「聖くん!?」

「……せーくんだけなら逃げ切れる自信あるけど、二人は」

「なら桜を連れてってくれ」

「え……だ、だめだよ! みんな一緒じゃなきゃ!」

 桜が俺にしがみつき、リアが苦虫を噛み潰す。

 そうこうしているうちに、緑の小山は完全に起き上がった。

 緑の肌が隆起し、形を成す。

 それはまるで蔦の塊だった。蔦を集めて丸めたような塊で、中央には横一文字の切れ目がある。切れ目の下はやや膨らんでおり、まるで涙袋のような──いや、そのものだった。切れ目がゆっくりと開き、巨大な単眼が俺たちを映す。

 こいつ……見覚えがあるぞ。

 『sorcery-ソーサリー-』世界の進化の理から外れた異形の存在。外宇宙からの来訪者!


 ──ユニット!

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