第25話 赤黒くて太くて脈打っててぬめぬめしてる先端がモウセンゴケみたいなやーつ それって触手かな ホビアニでも意外とよく見る触手だね そんなもんよく見てたまるか(要約:触手回だよ全員集合※R15)

 『侵略者』。


 『sorcery-ソーサリー-』の世界観において世界の外からやって来る、尋常の生命ならざる者。土地を食い荒らし、大地の恵みを吸い上げ、命を奪い、それらを己の糧とするでもなく死と破滅を撒き散らす暴虐の化身。来訪者にして外敵。人類種の天敵だ。


 なお、カード化されてるので普通にデッキが組める。

 カードグループとしては、全色に分布するものの、それらは現地の影響を受けて変質した姿とされ、基本的にはのユニット群である。色を持つカードもだ。

 デッキも地盤が無色となるため、相手取ると非常に型が読みづらい。


 あのツタ目玉はたしか──『来訪者オヴザーブ』。

 そのビジュアルから『sorcery-ソーサリー-』薄い本の常連で、侵略者の中では最も(紳士)人気が高いものの、本家にそんな要素は一切ない。そりゃそうだが。


 観察者observeの名前が示す通り、全身を構成する蔦でこの世界の生命を捕まえて観察する──と言えば聞こえはいいが、その様はさながら幼子が人形で遊ぶようなもの。可動域を無視して関節を好き勝手に折り曲げ、引っ張り、壊れたら打ち捨てる。生まれついて命に対する理解がない、生命の天敵の一体だ。


 『来訪者オヴザーブ』が完全に顕現したことで大地の揺れは収まったが、桜も、そしてみどりちゃんも、顔を真っ青にして完全に固まってしまっている。

 『侵略者』が持つ存在の圧は、人間を容易に押し潰す。そこに『』だけで、生命を萎縮させてしまうのだ。相対した者に己が被捕食者であると否応なしに理解させるプレッシャー。


 俺もしんどい。カードとしてではない実物の『侵略者』の異容に足がすくむ。

 だが、動ける。動けるぞ。少なくとも桜とみどりちゃんよりはよっぽど動ける。

 リアと視線を交わす。俺の天使も、平気ではなくとも体を動かせるようだ。

 そうとも。俺はずっと不利を承知で天使デッキを握り続けた。テーマにろくな強化が来ない中で、心を潰されそうになりながら格上と戦い続けた。

 俺も、リアも、捕食者を前にしたプレッシャーなど慣れっこだ。


 リア。

『うん。私がみどりちゃん先輩だね』

 すばやく意思疎通。


 まずは気付だ。硬直している桜の頭を引き寄せ、唇を合わせて舌を入れる。

 リアはみどりちゃんを持ち上げようとして断念し、ジャージ越しにも大きさがわかる胸を揉みくちゃにした。

「んぅ────!? ひ、ひひひ聖くん!? 今なにを──」

「きゃあ!? ちょっと、急になにを」

「「逃げるよ!」」

 桜が正気に戻ったところで手を掴み、オヴザーブに背を向けて花畑の出口へ走り出す。

 リアもみどりちゃんの手を引いて飛ぶ。


「ウッ」

 オヴザーブが俺たちを見た。背中に視線を感じる。服の中をミミズが這い回るような、怖気を覚える視線だ。

 地面の下で、音が俺たちを追い越した。

 次の瞬間、進行方向の地面から複数の蔦が飛び出す。逃げ道を塞がれた。


「聖くん……」

 桜の声が震えている。

 当然だ。まだ小学生だものな。もちろん俺も怖い。だって身長が低くなって目線が下がった分、ただでさえ大きなオヴザーブが余計に大きく見えるんだもの。

 口をわななかせる桜の目にじわじわと涙が溜まっていく。アニメだと虹彩が波打つやつだな。……マズイ、脳みそが現実逃避を始めている。


 みどりちゃんがカードをかざし、道を遮る蔦に雷を放った。しかし科学的な事由により植物に電気は効果が薄い。

「だめか……っ! 巫ちゃん太陽神デッキって言ってたよね、赤のマジック、なにか炎出すやつない!?」

「ある、けど、で、できないっ。まだ魔法の使い方習ってないのっ」

 いやいやをするように頭を振る桜。すでに敬語を使う余裕も残っていない。

「落ち着いて桜」

 桜の頭を胸元に抱き寄せる。心臓の音は人を落ち着かせるというからな。早鐘の鼓動で効果があるのかは知らないが。


「桜ちゃんのカードを先輩が使うのはだめなんですか?」

「緑デッキのあたしじゃ赤の魔法は使えないよ」

 あっ属性縛りあるの!? じゃあこの明太子は使えない!


 いよいよもって打つ手がなくなってきたぞ。

 ジリジリと迫る触手から少しでも距離を取るべく後ずさる。

 しかし、目の前にばかり気を取られていた俺たちは、背後から近付いてくるもう一種の触手たちに気が付かなかった。

 気配に振り向いた時にはもう、回避不能な距離まで近づいていて、本体が植物じみた緑色のくせに何故か赤黒い触手の先端が、


 ずるっ


 と。


 桜のジャージのズボンを引き下ろした。


 白地にピンクの縁取りの、小さなうさぎさんが沢山プリントされたかわいい子供パンツだった。


 ……………………………………………………………………………………………………。


 えっ。

「えっ」

「はっ?」

「えぇ……」


 ズボンを引き下ろされた当の桜は事態に頭が追いついていない。


 桜の再起動を促したのはまたも触手だった。ぬめぬめと光を反射する粘液を纏った触手の先端が、桜の細い脚に巻き付き内ももを撫で上げる。


「ひぃっ!?」


 桜の手と体が跳ねる。

 ジャージ上のすそを叩き落とすように引っ張って下着を隠そうとするが、触手に手首へ巻きつかれ、ジャージと体操服を脱がされながら、幅跳びの跳躍のような格好で宙に吊り上げられた。ほぼ一瞬の早業だった。


 薄いピンクのキャミソールのすそが目線の高さで揺れる。

「や……やぁ────っ!?」

「ちょっ、あたしも!?」

 先程とは違う意味で涙目になる桜を呆然と眺めていると、みどりちゃんまで触手に捕まった。


 みどりちゃんの両手首を押さえた触手は器用にジャージのファスナーを下ろし、運動着をまくり上げた。ライムグリーンの下着に包まれたマスクメロンみたいな胸がまろび出る。

「やだ!」

 胸を隠そうと身をよじるみどりちゃん。しかし抵抗虚しくズボンまで下ろされてしまった。体を揺するたびに、肉付きのいいおしりや胸がふるふるゆさゆさと揺れる。細いのに出るところは出たいい体だ。


 おいオヴザーブお前同人産か? 薄い本版だろ。なあ薄い本の世界から来たやつだろお前!


 原典のオヴザーブの触手は緑色で、先端がワニの顎のようになっているのだ。

 間違ってもこんな赤黒くて太くて脈打っててぬめぬめしてて所々モウセンゴケみたいな先端をしてるやつがある触手ではない。

 多分俺の目は今死んでいる。うわらば。


『せーくん後ろ!』

 空中で触手をかわすリアの声に振り向くと、俺がよく知っている方の緑の蔦の、ワニの大顎のような先端が大口を開けていた。

 コイツ、は普通に殺しに来るのかよ!

「せーくん!」

 リアが悲鳴を上げるも、赤黒い方の触手に邪魔されてまっすぐ飛ぶこともできない。


 体の中から力が抜ける感覚。

 一閃の光が走り、俺の頭を噛み砕こうとしていた蔦が細切れになった。

 短いスカートと長いサイドテールが翻る。

 カードから飛び出して俺を襲う蔦を切り払った『天使ドーレル』は、こちらの命を奪わんと様子を窺う無数の触手を鋭い目で睥睨した。


「簡単に切れちゃう靭性よわよわ触手の分際でぇ♡、あたしたちのご主人様に手ェ出そうとしてんじゃねぇぞ♡?」

「ドーレル!? お前なんで!?」


 俺は蔦の攻撃に反応できていなかった。今絶対に召喚べてなかったぞ!?


「はぁ♡? ご主人様を助けるのは当たり前なんですケド♡? 死にかけて頭よわよわになってるの〜♡?」


 どうやら当たり前らしい。知らないことが多すぎる。調べ物の時間くらいくれ、本当に。

 というか、なんか怒ってないかお前?


「ユニットが自分から出てきた!?」


 手を頭の後ろで拘束されたみどりちゃんが目を見張る。じゃあ当たり前じゃねえじゃねえか。反省しろ反省! はい……。

 天丼はさておき。


「別に怒ってませんケド♡ だってそんな余裕なかったもんね♡? かわいい同級生と先輩の下着姿目に焼き付けるので忙しかったもんね〜♡?」

「めちゃくちゃキレてるじゃねえか」

 でたらめが過ぎる。


 そんな役体のない会話をしていながらも、襲い来る蔦を捌くドーレルの剣筋には微塵の翳りもない。


「あうう……焼き付けないでよぉ……見ないで忘れてぇ……」


 体を弓のようにそらされ、薄い膨らみをキャミソールの薄布越しにはっきりと浮き上がらせた桜が涙目で体を揺する。

 そんなことされたらむしろ忘れられなくなるが。


 大体わざわざ記憶に焼き付けないでも今の時代には記憶媒体という便利なものがあってだな。あっやべ、余計なこと言った。

『せーくん! 二人には言わないでいてあげるから後でスマホ出しなさい!』

 リアに伝わってしまった。

 心頭滅却。


 突然現れて自身の蔦を切り裂いたドーレルという明らかな脅威に、桜とみどりちゃんの体を弄ろうとしていた赤黒い触手もチンアナゴみたいな格好で動きを止め、剣を繰る天使に意識を向けている。

 桜を吊り上げている触手の膨張率から見て、今はやや拘束が弱まっているようだ。その上触手は手足を直接ではなく、丸められた服を手枷と足枷のようにして掴んでいる。


 ええと、ドーレルに念話は通じるのか?

『……通じるケド』

 …………?

 誰?

『あたしだし! 今ご主人様の目の前で華麗に触手を切り落としてるドーレルだし!』

 お前あの口調演技なのかよ!

『演技じゃないケド! どっちもあたしだし!』

 大体わかった。

 それで、本題だけど、今触手が油断してるっぽいから、捕まってる二人を助けたい。ドーレルはみどりちゃん……あっちのえっちなお姉さんを頼めるか?

『はー! こんな時まで! 筋金入りの女好きだねご主人様』

 人命救助が最優先なだけですけど!? そこまで言われるようなことあるか!?


「も〜♡ 仕方ないな〜♡ ご主人様ったらひとりじゃなんにもできないかわいそうなざこざこなんだから♡」


 ドーレルが剣を大きく振り抜き身を翻す。

 同時に俺は桜の腰に抱きつき、思い切り引っ張った。触手の粘液も手伝って、桜の手足が服の枷から抜ける。途端に桜の全体重がこちらにかかり、キャミソール越しに健やかに育ったものが顔に押し付けられた。その勢いのままに後ろへ跳ぶ。

 他方、ドーレル。おしりを突き出すような前屈みの体勢で拘束されたみどりちゃんに肉薄すると、やや嫉妬のこもった目でメロンのような胸を揉みつつ、片手で触手を切り飛ばす。ジャージや運動着ごと。そのままみどりちゃんの腰を抱き、触手をかわしきって合流したリアと共にみどりちゃんを抱えて離脱。

 運動エネルギーが慣性に変わった段階でリアはみどりちゃんから手を離し、跳んだ勢いが強すぎて背中からレンガの石畳にぶつかりそうな俺の体を支えた。

 俺たちが固まると、ドーレルはみどりちゃんを俺に押し付け一歩前に出る。


「剣光♡斬撃圏♡」


 蔦と触手の大群が俺たちを押し潰さんと迫る。しかしそれらは全て、一定以上俺たちに近づくことはできなかった。

 踏み込んだものすべからくを切り刻む斬撃の結界。剣の才媛であるドーレルが天使として扱う守護結界だ。

 しかしその頬を一筋の汗が伝う。


「ん……っ♡ ちょっと多すぎ〜♡ ご主人様、もっと魔力回して♡」

「悪い、やり方知らない」

「そのくらい誰でもできるんですけど〜♡?」


「いやいや、そもそも完全召喚自体かなり難易度高いことよ!?」

 ドーレルの主張を棄却するみどりちゃん。

 完全召喚、文脈から察するに、教室で見たようなデフォルメ状ではなく、カードイラストそのままの姿でユニットを召喚することだろう。難しいらしい。

 それを言い出したら俺は習ってすらいないのだが。ドーレルが出てこれているのはマジックユニットだからだろうか。


「あ……あぁ……あああ……」

「ん?」

 小さな絶望の声が聞こえて視線を向けると、最初に俺に囁きかけてきた妖精がいた。どうやら巻き込まれていたらしい。その目はオヴザーブによってめちゃくちゃになった花畑を映している。

 綺麗だった花畑はもはや見る影もない。地面がひび割れ、めくれ上がり、土をかぶってボロボロだ。土が雪なら冷やし土下座を敢行できそうな有様である。


「もうやだ……!」

 妖精が叫ぶ。

「なんでここで暴れるの! 私たちの花畑がめちゃくちゃじゃん! 暴れるなら上でやってよ!」

 ──上?

「バトルフィールドのこと? あんな化け物と決闘戦なんてできるはずないじゃない!」

 みどりちゃんが叫び返す。

 バトルフィールドって、今それ何か関係ある!?

 ──いや、待てよ。

 決闘戦を始める合図。そうだ、あれの意味は──


「『アウェイクニング・アセンション次元よ、覚醒し上昇せよ』────」


 瞬間、視界が光に包まれた。

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