第26話 レイドバトル
目の前にプレイシートが浮いている。
桜とみどりちゃんの目の前にもだ。向かい合わせではなく、俺含めて横一列に並んでいる。
リアとドーレルは俺の後ろに移動していた。
フィールドを挟んで対岸には単眼を持つ緑の小山『来訪者オヴザーブ』。でかい目元に蔦が腕組みするかのように集まっており、色とシルエットでどことなくザクの頭部っぽく見える。グロいザクだなおい。
「え……バトルフィールド!? なんで!? 巫ちゃんと天使くんもいるし! それになんで怪物まで!」
みどりちゃんが周囲を見回して混乱している。ライムグリーンの下着姿で。
「これ、バトルすればいいのかな。決闘戦なら戦えるってことだよね!」
桜は怯えていた先程から一転、どこかわくわくしているようだ。ピンクのキャミソールな下着姿で。
そりゃそうだな。バトルフィールドに入る時下着姿だったもんな。
だいぶ生暖かくなってる気がする俺の視線に、二人がほぼ同時に気付く。視線が下がる。
「「き……きゃああああああああああ!」」
悲鳴を上げてうずくまる二人。先ほどまでは極限状態だったため気にしている余裕もなかったようだが、オヴザーブの攻め手が止まったことで自分の格好を思い出したようだ。
まあそんなことはどうでもいい。
重要なのは今の状況。プレイヤー三人が横並び、目の前にはでかい怪物。
間違いない。これはレイドバトル。『レイドバトルルール』を使って戦う、一対多数の特殊な対戦形式だ。
複数の魔法使いが協力して強大な敵に立ち向かうというシチュエーションを表現したこのフォーマット。バエルが背景ストーリーで活躍した『天獄編』の時期にアニメで取り上げられて以来特に話題になることもなく完全に廃れたものと思っていたが、生きていたのか!
いやよく考えたら『天獄編』も今の時間軸からしたら未来だわ。
レイドバトルは通常のバトルと違い、モンスター側に開始準備がある。
レイドモンスター役は、まず山札の上からユニットカードを、相手プレイヤーと同じ数、コストを支払わずに召喚する。
この時出た他のカード、つまりマジック/スケープ/オブジェクトカードはデッキに戻してシャッフルする。
その後、相手プレイヤーの数×5枚をデッキからライフに置く。
これで準備が完了し、プレイヤーのターンからゲームが始まる。ターンは必ずプレイヤーが先攻だ。
オヴザーブのフィールドから、3本の触手が生えてくる。
一本目は緑のツタ。俺を食い殺そうとしたワニの顎のような先端の触手。
二本目は赤黒い肉。ぬめぬめした粘液を纏う、桜とみどりちゃんを脱がせた触手。
三本目はその派生。太くて赤黒くて、先端がモウセンゴケみたいな触手。
そしてその背後から天に突き立つかの如く真っ直ぐ、処理順から考えておそらくライフに相当するものであろう触手が、俺たちの人数×5本で15本……以上、あるな。一列10本並んでるから30本あるな。なんで?
『ちょうど二倍だし』
『ひぃ、ふぅ……緑と赤が15本ずつだね』
……あ゛?
もしかしてそういうことか!?
触手をうねうねと揺らすオヴザーブを注視する。
眼球を取り巻く緑の蔦。その隙間。
やはりだ。赤黒い肉のようなものがずるずると這いずっている! やはりそういうことか!
おかしいとは思ったんだ。
ワニの顎のような先端を持つ緑の蔦と、赤黒くて(中略)時々先端がモウセンゴケみたいなやつが混じってる肉じみた触手。この二つがどうも同じものから生えているように見えなかった。その感覚は正しかったのだ。
敵は「2体」いたッ!
30にも及ぶあのライフは、レイドモンスター2体分のライフだ!
…………レイドモンスターが徒党組んでんじゃねえ!
モンスター側の準備が終わった。
まだバトルが始まらないのは、俺がデッキをセットしていないからだろう。リアとドーレルが外に出ているからデッキが枚数不足なのだ。
その証拠に、桜とみどりちゃんのプレイシートはすでにバトルの準備ができている。
レイドバトルではモンスター側に多数のユニットが並ぶ。
そして天使は横に並べるタイプの相手がまあまあ苦手だ。そもそも有利な相手がほぼほぼ存在しないが、その上でさらに苦手寄りだ。
逆に単体処理は得意な部類に入る。俺が世界で優勝できたのは、強力なフィニッシャー一体で走り切るデッキタイプが多い環境にも一因があった。
手元にあるカードで手早く可能な限りの調整を施す。
「リア! ドーレル!」
「おっけい!」
「きゃ〜♡ おまわりさ〜ん♡」
ドーレルおいてめえ。
バトルフィールドに警察が来れるとでも──まるっきり悪役のセリフだこれ。
天使二人が光になってデッキに吸い込まれる。
デッキをシャッフルして山札に置いた。ひとりでに対戦準備が整う。やっぱ便利だわこれ。
***
俺の準備が整った瞬間、プレイシートに光が宿る。
そうか、開始の宣言をしたのは俺だから、ターンの順番も俺からなのか。
「スタートフェイズ!」
「聖くん!?」
「何を勝手に──」
「やるしかないでしょ」
驚きの声が上がるが、どうせどこにも逃げ場なんてないのだ。途中でどんな地獄が待っていようと、結末まで走り切るだけ。
第一ターンはチャージフェイズはなし。これはこの後のプレイヤーも共通だ。プレイヤー一巡で一つのターンとなる。
「ドローフェイズ」
山札から1枚引く。
「メインフェイズ。1枚染色して黄1無色2の3コスト。『天使シエル』を召喚」
ぼとっ。
ものぐさな白ロリ天使がフィールドに顕れる。
顔からフィールドに着地したシエルはうつ伏せのまま顔だけ前に向け、緑の侵略者と触手を視認するとまた顔を地面に埋めた。人差し指を立てた左手を前方に伸ばす。止まるな起きろ。
「ターンエンド」
ターンの終了を宣言すると、プレイシートの光は隣の桜に移った。
「次は桜のターンみたいだよ。さぁ」
しゃがみ込む桜に手を差し出す。上からのアングルだとキャミソールの胸元が緩くて非常によろしい。
桜は普通にバトルを進める俺を呆けた顔で凝視しながら手を取った。体重をかけて引っ張り上げる。先程赤黒い触手によって細いふとももに塗りつけられた粘液が膝裏に膜を張った。その湿った音で桜が我に返り視線を落とす。
女子小学生の細くて白い脚が粘液でテカテカと光っていた。表面張力で糸を引いた粘液が脚の間から滴り落ちる。
「やぁっ!?」
桜は顔を真っ赤にしてキャミソールのすそを下に引っ張った。長さが長さなのでまるで隠れない。どころか肩紐がずれ、鎖骨周りの肌が大きく露出した。慌てて胸元を押さえる。一瞬遅れて肩紐が滑り落ちた。惜しい。
「もぉ……聖くんのえっち……」
これは俺悪くないだろ。
軽く苦笑いを見せて流し、肩紐を直して唇を尖らせる桜がかわいかったので軽くキスをしてプレイシートの前に促す。
「さあ、バトルだ。強いやつとのバトルだよ、桜」
桜ははっとオヴザーブを見た。
「そう……そうだね。バトルだ。あんなに怖かったんだもん、絶対強いよね!」
可憐な相貌に戦意が満ち満ちていく。キスするとすぐにハートになる目の奥に強い輝きが宿った。
デッキから勢いよく初期手札4枚をドローする。
「スタートフェイズ!」
***
「チャージフェイズ! ……あれ? チャージフェイズ! チャージできない? さっき聖くんがターンをしたのに。まだ第1ターンの扱い?」
ぶつぶつと呟く桜。レイドバトルルールは知らないようだ。
「ドローフェイズ。……引けた! やっぱりわたしたちが全員動くまでは第1ターンなんだ。メインフェイズ!」
やはりバトルに対する勘所が鋭い。元々知っていた俺と違ってまっさらだろうに、手探りでルールを把握しながら次々とターンを進めていく。
「先攻1ターン目ってことはアタックフェイズもないよね……だったら、『ヤタスズメ』を2体召喚してターンエンド!」
フィールドに火柱が上がり、中から2体の三ツ首雀が飛び出す。
2体のヤタスズメはフィールドに降り立つと、うつ伏せで地面に寝転ぶシエルを嘴でツンツンと突く。
「フィールドは共有なのか」
「あれ? 同じフィールドにいる?」
桜と声が重なった。思わずといった風にこちらを向いた桜と見つめ合い、どちらからともなく吹き出す。
発言が被ったのは完全に偶然だ。
桜は本当に、ひとつひとつの動作がかわいい。
***
桜がターンエンドしたので、ターンプレイヤーを示す光がみどりちゃんのプレイシートへ移る。
「やっぱりあたしも、かあ」
床に手をついて立ち上がろうとするみどりちゃん。
唇の端がわずかに、それから眉尻が下がっている。不安の表情だ。それをできるだけ隠そうとしている。年下である俺たちに不安を与えないためか。
しかしたわわな裸身はへたり込んだまま動かない。
「あ、あれ? お、おかしいな。ちょっと待って。今立つから」
そう言って地面を押す細腕がカタカタと小刻みに震えている。
……怖いのか。
決闘戦の形に持ち込んだことで戦意高揚した桜とは逆に、バトルフィールドに入りひとまずとはいえ物理的な命の危機を脱したことで、押し殺していた恐怖が今更になって体を縛っているようだ。
「みどり先輩?」
桜は目を丸くしている。みどりちゃんは先程は勇敢に殿を務めていたからな。だが今ぺたんと女の子座りで震えている通り、あれは年長者として年下を守るよう努める姿だったのだ。
「……先輩、無理はしなくて大丈夫です。キツそうならフェイズの進行だけで十分ですから」
一度力が抜けた体はそうそう動きはしない。俺も経験で知っている。
だが震えていてもバトルは進まない。勝ったところで解放されるのかは未知数だが、戦わなければその希望すらない。
外部からの介入もあまり期待できない。昨日の石動との一件で、バトルを強制中断しようとしたおとちゃん先生はセーフティがどうのと言っていた。話ぶりからしてデッキに設けられた安全機構のようだが、あれは『魔法使いのデッキ』に後付けで組み込まれているものだろう。侵略者のレイドデッキに搭載されているとは思えない。そもそも対面から見る限りデッキどころかプレイシートも見受けられないが。
現状、ここで勝つ以外、無事に帰れる目がないのだ。すでに賽は投げられている。
だから、最悪俺と桜だけで戦うと言ったのだが、それが逆にみどりちゃんの琴線に触れた!
「……小学生が生意気言わないの。きみたちが戦ってるのに、あたしは見てるだけなんて、できるわけないでしょ!」
宙に浮いたプレイシートを支えに、震える足で立ち上がるみどりちゃん。中身が詰まったたわわな果実が体の震えに合わせて揺れる。支えにされたプレイシートは一ミリも動かず同じ場所に留まっている。謎だ。
「やってやるんだから! スタートフェイズ! チャージ……はまだないんだっけ。じゃあドローフェイズ! メインフェイズ!」
必要以上に大きな宣言は自身を鼓舞するものだ。
フェイズを進めるたびに体の震えが
「1枚染色して緑1無色3で4コスト。スケープ『妖精の花畑』を配置」
みどりちゃんがカードをプレイすると、三ツ首雀が白ロリ天使をつつくフィールドに緑が溢れた。無数の蕾が次々と花開き、小さな光を放つ。まるでフィールド全体が発光しているようだ。
「きれい……」
桜が目をキラキラさせている。
たしかに良い。これは絵になる。
地に伏した顔を生えてきた草に刺されて起き上がったシエルも、まるで金色の野に降り立ったかのように足をふみふみしている。青い服着てからやれ。
「配置時効果でデッキの上から1枚、表向きでマナゾーンに置く」
スケープの効果でみどりちゃんのマナが増える。
緑のデッキはマナ加速が得意だ。すばやくマナを増やして大型を召喚したり、相手が対応しきれない量の小型で圧殺したりする。前者はともかく後者の戦法で来られた日には、天使デッキだと負ける覚悟をしなければならない。
「ターンエンドよ」
みどりちゃんの宣言により、俺たちプレイヤーのターンが終了する。
レイドモンスター側にターンが渡る。
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