第27話 さっきまで触手だったものが辺り一面に転がる oh yeah!

 レイドバトルにおいて、レイドモンスター側にマナと手札は存在しない。

 この世のものではないが故にマナを持たず、思考が人間とは異なる故に手札《せんりゃく

》という概念がないのだ。


 ゲーム進行に関して。

 レイドモンスターのターンにはチャージフェイズがそもそも存在しない。

 そしてドローフェイズでは、デッキからドローしたカードはコストを支払わず即座に使用する。これについては他のフェイズに行うドロー効果も同様だ。

 例えばデッキから2枚ドローする効果を使った時は、山札の上からカードを2枚引き、使用する。効果処理はデッキの上にあった方から順番に行う。


 『来訪者オヴザーブ』のフィールドに肉触手が一本増えた。ドローしてきたカード、ということだろう。


 相手フィールドにある四本の触手の内一本が突撃してきた。バトルフェイズに入ったらしい。


 レイドバトルルールのバトルフェイズでは、モンスター役は優先度に従って各プレイヤーに順番にアタックを仕掛ける。

 まずはライフが最も多いプレイヤー。

 ライフが同数であれば、ユニットの数が多いプレイヤー。

 それも同じなら、プレイヤーの並びで反時計回り、つまりプレイヤー側のターン進行と同じ順に。今回であれば、左から俺、桜、みどりちゃんと並んでいるので、ライフとユニット数が同じなら俺が真っ先に狙われるわけだ。


 さらにモンスター側は、ユニットをアタックさせる順番にも決まりがある。

 最初にアタックするのは最もヒットが多いユニット。

 ヒット数が同じなら、よりパワーが高いユニット。

 それも同じなら、コストが高いユニット。

 コストまで同じ時は、ユニットの持つ色が赤→緑→青→黄→紫→茶の順にアタックを行う。


 今突撃してきている触手は、きっと奴らの中で最もパワーかコストが高いのだろう。ユニットを2体展開している桜へ真っ直ぐ向かっている。つまりルールと相違ない。


「ヤタスズメでブロック!」


 シエルをつついていた三つ首ふくら雀が肉触手を迎え撃つ。飛び上がり、翼を折りたたんで急降下し突撃。狙い過たず触手の芯を射抜く。肉と粘液が爆散し、光を放つ花畑を汚した。


「ひぃ……。あ、赤い触手のパワー、4000より低いみたい」


 さっきまで触手だったものが辺り一面に転がる光景に、ちょっと引き気味ながらも情報を共有するしようとしてくれる健気な桜。


 間髪入れずに二本目の肉触手が、今度は俺に向かってくる。ライフが全員満タンかつ、みどりちゃんがユニットを出していないので、シエルを召喚している俺が自動的に次の標的だ。


 マナゾーンにメタトロンが落ちているのでライフで受けてもいいのだが、正直序盤であまりライフを減らしたくはない。アタックされる優先権をできるだけ確保しやすい状態にしておきたいのだ。

 レイドバトルルールでは急に大型が出てきて突然死、の可能性が常に付きまとう。ライフゲインできる俺が矢面に立つのが最適だろう。

 ここは相手のパワーを測る意味も込めて、


「シエル! ブロックだ!」

「えぇー!」


 迫る肉触手を見て露骨に嫌そうな顔をするシエル。今までで一番の大声である。


 サイズ差を活かして頭上から自身の質量を叩きつける肉触手。シエルはかつてなく俊敏な動作で飛び退き、その手に光の弓矢を召喚する。何がなんでも触れたくないらしい。

 シエルが撃ち放った光の矢があらぬ方向へ飛んでいく。ノーコンじゃねえか。だが流れ矢はモウセンゴケ肉触手に着弾して疲労させた。『天使シエル』のアタック/ブロック時効果だ。

 逃げるシエル。追う触手。しかし長くは続かない。運動不足のシエルがふらふらと花畑に着地し、触手が撒き散らした粘液で転んだ。すかさず自身を叩きつける触手。


「シエルのパワーは2000。あいつのパワーは3000か4000で確定だ」


 『天使シエル』の破壊時効果で、マナゾーンの『煌めきの天使エクセリア』と回復状態で入れ替える。


「…………せっかくさっきは回避したのにー……」


 触手が叩きつけられて凹んだ地面からシエルと入れ替わったリアが起き上がる。粘液でベッタベタだ。


「り、リアちゃん大丈夫……?」

「あんまりー……あはは、バトル中にせーくん以外から声かけられるの変な感じー」


 今はユニットフォームなので中学生くらいの容姿になっている。輝きを放つ眩い金髪が粘液で固まり、ツインテールの先端から湿った糸が垂れる。服も体もべたべただ。

 喉が鳴る。知らず、生唾を飲み込んでいた。


「……ふふ。せーくんが私をえっちな目で見てる」

 形のいい胸を腕で持ち上げるリア。


「聖くん……」

「……エロガキ」

 仲間のはずの二人からなぜか避難めいた視線を頂戴した。


「あ、先輩。前。来てます」

「え?」


 気付いた時にはワニ顎の蔦がみどりちゃんの目前まで迫っていた。俺たちが喋っている間も当然のようにターンが進んでいたのだ。フリープレイやショップバトルだと会話に花が咲いている間はゲームの手が止まったりするのだが、やはり怪物はお構いなしらしい。


「1点もらうわ。──うあっ!?」


 ライフが減った瞬間、みどりちゃんの体が大きくのけぞった。


「「(みどり)先輩!?」」


 みどりちゃんはたたらを踏んで後ずさる。


「痛……くは、そこまでない。けど、何? 今の……」


 下着の上から心臓を押さえるみどりちゃん。拳が下乳に埋まる。少し顔色が悪い。恐怖がぶり返したか。


「だ、大丈夫ですか?」

「格ゲーのノックバックみたいだった。あいつのアタックをライフで受けたから?」


 過剰な演出……というわけでもないよな。そんなことをする意味がない。だとすると……。


「ライフを砕かれた、衝撃……? プレイヤーに伝わってくるっていうのか?」


 少し嫌な予感が鎌首をもたげる。オヴザーブは、あの侵略者は、目の前に本当に存在しているのだ。

 レイドバトルのストーリー上の設定は、決闘戦のシステムを流用して侵略者に立ち向かうためのものだった。

 なら、ユニットが実在するこの世界で「侵略者と戦う」ことの意味とはなんだ?

 ……いや、すべては仮定に過ぎない。今は目の前の脅威を退けることを第一に考えるべきだ。


「みどりちゃん! あいつがターンを終了する前に花畑の効果を!」


 あっやべ、動揺し過ぎて内心の呼び方で呼んじゃった。


「そ、そうね! 相手によってライフが減ったので、『妖精の花畑』の効果で1枚ドロー……今あたしのことなんて呼んだ?」

「先輩? 呼び方がどうかしましたか?」

「……気のせいか。ごめん、なんでもないよ」


 よしセーフ。


 『妖精の花畑』のもう一つの効果。相手によってライフが減った時、減ったライフ1につき1枚ドローできる。マナを増やしやすいかわりに手札が増えにくい緑デッキの、大切なドローカードだ。


 モンスターのターンが終わる。

 今のところは、順調だ。


  ***


 光がプレイヤー側に戻り、再び俺のターンから。


 チャージフェイズで1枚チャージ、メインフェイズで染色1。これでマナは黄3.無色3。フィールドにはエクセリア。

 ここから先は気をつけないと物量戦になる。ただでさえ相手はライフ30もあるのだ。ちょうどバエルを引いてきたし、ここで出してしまうか……?


 ──いや、今はまだその時ではない。


「……は」

 今、カードからバエルの声が聞こえた気がする。


 ──気のせいではないさ。今、君の心に直接語りかけている。


 気のせいじゃなかった。そんなことできたのか。


 ──常であれば、このようなことはしないのだがね。なにせ公平性を欠く。だがあれは侵略者、人類の天敵だ。ならば、私も全力で応答しよう。


 その上で、今ではない、か。

 わかった。信じよう。

 しかし、ならばどうするか……。

 手札は3枚。内1枚はバエル。

 ルール上、相手は必ずアタックを仕掛けてくるわけだし、ここは──


「何もせずターンエンド」

「聖くんのバトルって結構受け身だよね」

「カウンター型と言ってほしい。それに好きな相手には攻めるタイプだよ、俺」

「はいはい」


 やっぱりバトルモードだとリアクションが淡白だ。他のことを考える時間も惜しいといった風情だな。

 本当に面白い子だ。


 ターンが桜に移る。


「メインフェイズ! マナ染色して3コスト『サンライズドロー』!」


 使ったのは、煽り気味のアングルで剣を構えるドラゴンがイラストに描かれたドローマジックだ。俺も持ってる。アイドルイラストのCPキャンペーン版を。


「デッキから2枚ドロー。その後デッキを上から3枚オープンし、種族に太陽神を持つカードすべてを手札に加える!」


 桜の指がデッキをめくる。

 1枚目『陽炎ようえんの巫女ミミ』

 2枚目『イセガナルシロウサギ』

 3枚目『天翔陽竜ドラグ・アマテラス』

 おっと、早速引いたか。

 すべて太陽神族なので手札に加わる。なんでマジック1枚で、5枚も手札増えてるんですか?


「『イセガナルシロウサギ』を召喚! デッキを上から3枚オープンして、赤のスケープカード1枚と、種族:太陽神を持つユニットカード1枚を手札に加える!」


 またオープンサーチだ。

 もっふもふの白いうさぎが炎から現れ、小さいあんよを広げて召喚時効果を発揮する。かわいい。


「『日輪の巫女ヒノワ』、『天岩戸』、『アシガルル』──『日輪の巫女ヒノワ』と『天岩戸』を手札に! 残ったカードはデッキの下へ!」


 2枚使って7枚増やした。差し引きで5枚増えている。これが赤の怖いところだ。どんどん手札が増える。

 次のターンのためにマナを使い切ってでも手札を増やしたか。レイドだと特に序盤のリソース不足がキツいからな。賢い選択だ。


「ターンエンドだよ!」


 桜は少し迷ったものの、アタックせずにターンを終えた。

 すぐさまみどりちゃんが動き出す。


「あたしのターン、スタートフェイズ。チャージで2枚追加して、ドロー、メインフェイズ」


 フェイズ宣言を一部簡略化している。震えていても手つきは澱みないし、さすがに慣れてるな。


「『妖精の花畑』をもう1枚配置。効果でマナチャージ。

 続けて『小さな歌姫 花妖精カリンカ』を召喚。メインフェイズ効果でマナゾーンの裏向きのマナ1枚を表向きにする」


 触手が暴れた傷跡を隠すように再び緑が萌える。

 大ぶりな蕾が花開き、白い髪に赤い髪飾りをつけた妖精が中から現れた。先ほども会ったカリンカだ。


 みどりちゃんはここでターンエンド。再びモンスターターン。

 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る