第28話 予想外のカード

 『来訪者オヴザーブ』のターン。

 ドローフェイズで1枚ドローのかわりに触手がまた一本増える……そんな風に油断していた。

 オヴザーブのフィールドに

 使用されたカード、ということだろうか。

 それはいい。問題はそのカードだ。


「『エンジェルギフト』……!」


 俺のデッキにも採用しているドローカード。

 3枚引いて2枚捨てるデッキエンジン。ただし使用上の制約があり、マナコストを支払う時、1枚以上は必ず種族に天使を持ったマナを使う必要がある。最大共鳴によって無色マナ3枚で使うことはできない。

 レイドモンスターとしてマナゾーンを持たないオヴザーブでは使えないはずのカードだ。


 レイドバトルルールにおいて、モンスター側はカード使用において発生する制約をすべて無視できる。

 生贄が必要なユニットは無償で出せるし、使用に特定のマナが必要な場合は、それらがあるものとして扱う。


 そして先に述べた通り、レイドモンスターは手札を持たない。つまり手札破棄も発生しない。奴にとってあれは、ただ3枚引いてくるだけのカードだ。

 そしてレイドモンスターのドローは、引いてきた枚数だけ手数と頭数が増えるに等しい。


 そして、オヴザーブのフィールドが花に覆われた。


「え……これって」

「『妖精の花畑』……!?」


 それだけじゃない。併せて召喚されたのは2体の妖精ユニット。

 片方は紫色の長い髪。『花妖精ライラック』。

 もう片方は……誰だったか。見覚えはある。たしかオヴザーブの気配にあてられて恐怖心に囚われていたやつだ。


「ライラック!? シトラス!? どうしてあなたたちが!?」


 そうだ思い出した。『果樹妖精シトラスタチバナ』。日本産柑橘類のルーツである橘の木の妖精だ。そういえば花畑の脇に何かの実が生っている木があったな。


 みどりちゃんが目を見張る。さもありなん。

 妖精たちはみどりちゃんの呼びかけに応えない。虚ろな表情で宙に浮いている。


「まさか、操られて──」

 みどりちゃんの顔から血の気が引く。


 そう考えるのも不自然ではない。ライラックにもシトラスにも、オヴザーブの体組織の一部だろうもずくみたいな繊維質が全身に付着していた。


 しかし。あるいは。

 表情に救う意思を覗かせるみどりちゃんには酷だが、散々破壊された花畑のことを考えると。

 オヴザーブに取り込まれた、のかも。

 むしろその可能性の方が高いだろう。侵略者は生命を解さない。

 それにライラックのアタック時効果はマナ加速だ。マナゾーンを持たないレイドモンスターにはなんの意味もない。わざわざ意味のない効果を持つカードユニット採用するあやつるだろうか。

 無差別に取り込んで、無差別に吐き出していると言われた方が、しっくりくる。腑に落ちる。


 ライラックが向かってくる。今、相手の場で最もパワーが高いのは彼女だ。

 標的は最も多くユニットを展開している桜。

「桜、ライラックのパワーは5000だ! 止めるなら相打ちになる!」

「大丈夫、決めてたから! ──そのアタックは通すよ! ライフはマナに!」


 紫の花妖精が、手のひらに乗せた小さな花びらに息を吹きかける。舞い散る花はみるみる花の嵐となり、桜のライフを削り取る。


「きゃっ!?」


 プレイシートの前から吹っ飛ぶ桜。予想はしていたのでほぼ同時に動き出せた。華奢な体を受け止める。


「大丈夫って言ったのに吹っ飛んでるじゃん」

「えへへぇ。すごいねこれ、本当にダメージが来たよ! なんていうか……じわじわくる!」


 頬を上気させて笑う桜。吹っ飛ばされたというのに、何がそんなに嬉しいのだか。

「桜は本当にバトルが好きなんだね」

「うん!」

 輝くような満面の笑みだ。

 桜をプレイシートの前に戻し、俺も向かってくる肉触手へ迎撃姿勢をとる。


「リア、ブロックを頼む!」

「またグロ肉じゃん! もー!」


 グロ肉て。……まあグロ肉ではあるか。

 『果樹妖精シトラスタチバナ』のパワーが3000なので、肉触手のパワーは4000で確定と見ていいだろう。リアなら問題なく返り討ちにできる。


「ちょっ……!」

 肉触手がリアに巻き付き、服の中に侵入した。おっと?

 ユニット時のリアの衣装は結構ぴっちりしているので、服の下を這い回る触手がよくわかる。風向き変わってきたな。


「やっ……このっ……いい加減にしろーっ!」


 リアが光のパワーを爆発させ、穏やかな心を持ちながら激しい怒りに目覚めたかの如くその身から迸るパワーで肉触手を跡形もなく吹き飛ばした。


「私にえっちなことしていいのはせーくんだけなんだよ!」

「えっちなことしてるの!?」

「やっぱりえっちなことしてるんだ!」

「やっぱりってなんだ!」

 風評被害ここに極まれりである。


 次にアタックしてきたのはシトラスだ。蔦とモウセンゴケのパワーはそこまで高くないらしい。あるいはコストか?

 シトラスが指鉄砲から撃ってきた種子の弾丸を、みどりちゃんは甘んじて受けた。プレイシートの端を掴んでノックバックを堪える。


「うくぅ……っこれ、なんかさっきより痛い……」


 正面から衝撃を耐えたから……だと思いたいが。

 『妖精の花畑』の効果2枚分で、デッキから2枚ドローするみどりちゃん。


 ワニ顎の蔦が桜へ伸びる。

「フルアタック!? 『イセガナルシロウサギ』でブロック!」


 もふもふの手乗りうさぎが後ろ足で立ち上がる。『イセガナルシロウサギ』はヤタスズメのバフが入ってパワー5000。蔦などものの数ではない。柔らかいうさぎ肉を食い千切らんとする蔦を、小さなあんよで真っ向から殴り飛ばした。


 最後にモウセンゴケが俺に向かってくる。

「やっぱりフルアタだ! ライフが30もあるからって!」

 桜は憤慨しているが、別にオヴザーブは舐めプ──相手を舐めたプレイングをしているわけではない。

 侵略者は戦力を片っ端から吐き出す。そういうものなのだ。

 レイドバトルルールにおいては、アタック/ブロックできるユニットは必ずそうする、という形で再現されている。


 対応はできるが、盤面に余裕があるうちに俺も体験しておいた方が──、

 首元に焼け付くような感覚。大会で何度も感じた

 出鼻をくじくコンバットトリック、固定構築の隙間に差し込んだとっておき。相手がそういうものを構えている時に鳴る、直感の警鐘。

 さてはこのモウセンゴケ、ハンデス(※.1)かマナデス(※.2)でも持ってるな。

 であれば、なおさら今のうちに確定させておくべきだ。

 目の前にカードはない。相手の情報は何ひとつわからないのだから。

(※.1ハンド・デストラクション。相手の手札を破棄する効果)

(※.2マナ・デストラクション。相手のマナを破棄する効果)


「ライフで受ける。ッ!」


 モウセンゴケにライフを砕かれた瞬間、全身を衝撃が叩いた。加えて、手札を1枚トラッシュに落とされる。

「……なるほど」

 来るとわかっていれば耐えられないでもないが、バトルのノイズになる程度には強い。癇に障るな。

「嘘ぉ……仁王立ち?」

 みどりちゃんが唖然としている。

「力もちゃんと男の子なので。惚れました?」

「ないわよ」

 にべもない。

 軽口はさておき、やはりハンデスか。

 落とされたのは『天命循環』。マナゾーンに欲しいカードがない現状ではそこまで痛い札ではない。が、繰り返されると厄介だ。


「減ったライフはマナヘ。マナゾーンから『機動天使メタトロン』を破棄。この時、破棄されるメタトロンをノーコストで召喚。相手ユニット1体をパワー-12000。対象はシトラス!」


 攻撃順からしてモウセンゴケのパワーは高くない。ユニットを残しておけば余裕を持ってブロックできるし、その前に他の効果でも焼ける。

 それよりは『果樹妖精シトラスタチバナ』が優先だ。あいつは自分のコスト以上のユニットと直接戦闘する時、結果を逆転する効果を持つ。その上、ブリンク・モーメント中は効果焼きが通らない。今のうちに潰しておく。


 俺の背後から複数のビットが飛来。ビームを放ちシトラスを焼却しながら、メカスーツを纏った天使が着地する。


「シトラス!」

「先輩! これはバトルです! 倒さなきゃ話にならない!」

「そう……だけど!」


 自分が使うのと同じユニットが目の前でやられるのは気分が悪いか。悲痛な声を上げるみどりちゃん。だがいつまでも目の前でゾンビのような顔を晒されている方がより精神衛生に良くないだろう。どの道ではあるが。……チキンレースだな。


  ***


 俺たちの第3ターン。

「チャージフェイズ。2枚チャージ」

 色マナはここまででいい。リソースが必要だ。……あまりいいカードは見えない。

 バエルはまだ沈黙している。

「メインフェイズ。『エンジェルギフト』。3枚引いて2枚破棄。4コストで『エンジェルズラダー』を配置。ターンエンド」

 手早くターンを進める。

 さっきから一手ずつ遅れているな。しかし見えたカードに有効牌はなし。前のターンにバエルを召喚していたとしてもカードを無駄に落とすだけで終わっていた。

 雲間から溢れた光を浴びながらターンエンド。


「メインフェイズ! 『アシガルル』を召喚! スケープ『天岩戸』を配置! バトルフェイズ! 『アシガルル』でアタック! 効果で1枚ドロー!」

 ここで桜が初のアタック。ブロックするユニットがいないため、オヴザーブのライフが1つ減る。

 フィールドの向こう側に見えるオヴザーブの触手が一本減り、フィールドの中に出現する。


「えっ……? なんか増えたぁ!?」


 そう、増えるのだ。


 レイドバトルでは、モンスター役のライフが減った時、ライフのカードはそのまま使用される。ユニットならそのまま出てくるのだ。


 しかも出てきたのはモウセンゴケ(仮称)。一番最後にアタックしてきて手札刈っていくやつがまた増えた。


 加えて今は『妖精の花畑』も配置されている。減ったライフ1につき1ドロー、この場合は直接使用が入る。

「…………ッ!」

 『』……! またか! それもいきなり……最初のライフ奪取で!


 新たに妖精が3体、やはり虚ろな顔で召喚される。しかもシトラス2体目がいるじゃねえか! せっかく破壊したのに!


「い、一回アタックしただけで、相手が4体も増えちゃったよ!?」

「仕方ない! 今のところ大型の影が見えないからよしとするしか!」


 相手がレイドバトルルールと同じように動いているという前提だが、次のターンにはどうせ使われていた。


 実際、大型が出てくるのか疑問ではある。あの妖精たちが洗脳ないし吸収されたものだとしたら。

 先程花畑で会った妖精たちの中にそこまで危険なユニットはいなかったはずだ。妖精サイクル全体から見れば、シトラスは厄介だが対応できないほどではない。


 ……いや、待て。

 2体目の『果樹妖精シトラスタチバナ』と共に出てきたのは、頭に大輪の薔薇を抱いた『情熱の花妖精バルバラ』と、あれは。


「あの花、私が持ってきちゃったやつだ!」

「フヨウまで!?」


 石動が摘んだ巨大花。その花弁をドレスのように纏った、他より一回り大きい妖精。


 ……知らない妖精だ。


 みどりちゃんは彼女のことを『フヨウ』と呼んだ。しかし俺の知る限り、そんな名前の花妖精はいない。


 まさかカード化されていない──少なくとも、俺がいた時点の未来では存在しないユニットか!?

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