第29話 妖精の始末は妖精が

 現在桜のターン。

 『アシガルル』がアタック済み。残りは『イセガナルシロウサギ』に、『ヤタスズメ』が2体。スケープ『天岩戸』が張られている。手札は7枚。マナは8、内赤マナが3枚。すべて使用済み。


 『来訪者オヴザーブ』の残りライフは29。フィールドにはモウセンゴケ(仮)×2、『花妖精ライラック』、『果樹妖精シトラスタチバナ』、『情熱の花妖精バルバラ』、そしてみどりちゃんが『フヨウ』と呼んだ謎のユニット。そしてスケープ『妖精の花畑』が展開されている。

 今しがた出てきたバルバラは召喚時を持っているが、マナ加速効果だ。レイドモンスターには意味がない。

 ではもう片方は?

 意識の死角から飛んできた効果で頓死に陥るのが一番怖い。しかし俺の直感はそこまで反応していない。こいつもマナ加速系か?


 心臓が早鐘を打つ。事前情報がないカードなんて、『sorcery-ソーサリー-』公式のチャレンジ企画番組以来だ。賞金を守るボスが持つ、ゲーム中一回だけ使える特別なカード。あれは強力なリセットカードだったな。盤面を更地にされた。


「みどり先輩、新しく出てきたあの2人の妖精のパワー、わかりますか?」

「バルバラ……赤い薔薇の子が5000、フヨウが7000だよ」

「ありがとうございます。5000と7000か……うん。ターンエンド」

 自身と相手の戦力差を鑑み、攻め手を引く桜。

 次のターンプレイヤーは、この場で誰よりも妖精に詳しいみどりちゃんだ。あいつが危険な効果持ちなら真っ先に落とすだろう。


「みんなを無理やり操って戦わせるなんて、許さないんだから! 絶対勝つ!」


 みどりちゃんが勢いよくドローする。妖精の惨状を見せつけられたことで、怒りが恐怖を上回ったか。


「メインフェイズ! 1枚染色して手札から『大輪の花妖精フヨウ』の効果を使用。自分のマナゾーンにある裏向きのマナ2枚までを表向きにすることで、このユニットカードをコストを支払わずに召喚する! 続けてカリンカの効果で無色マナを1枚表向きに!」


 なるほど、踏み倒し持ち! いや、メインはマナ染色か! なんで色マナ増やしながらタダで出てくるんですか?


 みどりちゃんが召喚したのは、オヴザーブに操られているのと同じ、フヨウの妖精。その名を『大輪の花妖精フヨウ』というらしい。コストは6。中型か。

 そしてここで色マナを大きく増やしたということは、みどりちゃんは妖精デッキのフィニッシャーをすでに握っている!


「運命を変える蝶の羽! 妖精を統べる絶対君主! 『妖精女王ティターニア』召喚!」


 敵によって荒れ果てた花畑が再び光を放つ。命の輝きを受け立ち上がるは、碧き衣を纏った女王。長い金髪を足元まで伸ばし、その背中には蝶の羽。


「ティターニアの効果! 自分の緑マナ1つにつき、デッキを上から1枚オープン。その中の「フェアリー」マジックを、コストを支払わずに好きなだけ使用できる!

 あたしの緑マナは10。よって10枚オープン!」


 この破格のオープン効果。天使にもこういうの欲しかった。

 「フェアリー」マジック、つまりカード名に「フェアリー」を含むマジックだ。

 それらをデッキから引っ張ってきて、上限なく踏み倒せる。

 アマテラスと同じ重量級のコストに恥じない豪快な効果だ。


 オープンされたのは『花妖精フリージア』『フェアリーダンス』『フェアリーテンペスト』『フェアリーオーラ』『フェアリーチャージ』『忍虫イナズマ』『小さな歌姫 花妖精カリンカ』『フェアリーリミット』『荒れ狂う刃風ストームエッジ』『フェアリーチャージ』。

 対象は6枚。

『フェアリーダンス』

『フェアリーテンペスト』

『フェアリーオーラ』

『フェアリーリミット』

『フェアリーチャージ』×2


 それだけではない。『忍虫イナズマ』と『荒れ狂う刃風』が手札に加わる。

「んん!?」

「驚いた? 『忍虫イナズマ』は効果でオープンされた時に、『荒れ狂う刃風ストームエッジ』は緑の効果でオープンされた時に、それぞれ手札に加えられるの!」

「それもだけどっ、『妖精』のカードじゃないよ!?」

「たしかに妖精デッキのカードじゃないけど、ティターニアと相性がいいからね。

 巫ちゃんは純構築かな? デッキアレンジの授業はこれからだから、楽しみにしておくといいよ」

「わぁー」


 下着姿で盛り上がる少女たち。

 デッキアレンジの授業とかあるのか。これは俺もうかうかしてられないな。

 まあ、すべてはこの状況から無事に生還できたらの話だが。


「ティターニア! 力を貸して! 一緒にあの子たちを助けよう!」

「────助け、か。そうだな。あのような姿はあまりに不憫よ」


 妖精女王が厳かに口を開いた。


「尊厳を踏み躙る行為、断じて許せぬ。我らの手で引導を渡すぞ」

「引導って……あの触手を? 決闘戦で倒せるの?」

 みどりちゃんがティターニアを見上げる。


「あの侵略者のことではない。我が同胞はらからの話よ」

「え……………………!? なんで!? みんなは操られてるだけでしょ!? あの蔦の化け物を倒せば元に……」

「戻らぬ。失われた命は永遠にな」

「命が失われた? 永遠に? ……そんな、嘘。だって、少し前まで一緒におしゃべりしてたのよ? なのに……」

「お主も見ただろう、蹂躙された花畑を。花妖精は花の命。本体が潰されれば存在を保てぬ」

 女王としての慈愛と厳格さをもって断言するティターニア。

 みどりちゃんの顔から血の気が引いていく。


「嘘……嘘よそんなこと!」

 プレイシートに手を着き絶叫するみどりちゃん。

 ティターニアは地響きを立てながら振り向き、腰を屈めてみどりちゃんと目を合わせた。

「その気持ちは嬉しい。だが過ぎたものは二度と戻らぬのだ。

 生きている者は、犠牲になった者に安らかな眠りを与えることができる。どうか、我が子らを苦しみから解き放ってはくれまいか」

「……ッ!」

 みどりちゃんが顔を上げた。その目は涙に濡れている。

 わなわなと口が震え、頬を伝った雫がプレイシートに落ちる。

 それでも。みどりちゃんは歯を食いしばって涙を拭った。

 オープンサーチで踏み倒したマジックの効果処理を始める。


「まずは『フェアリーチャージ』。デッキの上から1枚を表向きでマナゾーンに置く。この効果発揮後、このカードをフィールドに置く。これが2枚分」

 緑マナが2枚増加。


「続けて『フェアリーオーラ』。デッキから1枚ドローし、このカードをフィールドに置く。このカードがフィールドに置かれている間、種族:妖精をもつ自分のユニット1体につき、自分のユニットすべてのパワー+2000」


 「フェアリー」マジックは使用後フィールドに置かれ、メイン効果とは異なる効果を発揮するようになる。


「『フェアリーテンペスト』。相手ユニット3体を疲労。フヨウ、バルバラ、シトラスをッ、指定。自分のユニットを回復もできるけど、こちらの効果は対象がないわ。カードはフィールドに」

 対象指定の瞬間、堪えきれない嗚咽が漏れた。ちいさな眉間にしわが寄る。


「『フェアリーダンス』。疲労状態の相手ユニット1体をデッキの下に戻すか、自分のユニット1体を回復させる。その後、このターンの間、種族:妖精を持つ自分のユニット1体は相手からブロックされない。デッキ下に戻す効果を選択してシトラスを指定。アンブロッカブルはティターニアに!」

 カードがプレイシートに叩きつけられ、大きな音を立てた。桜の肩が跳ねる。


「『フェアリーリミット』! 自分の妖精族すべてを回復してカードをフィールドに置く!」


 最後の宣言はほとんど悲鳴だった。


 花畑を破壊された妖精たちは『来訪者オヴザーブ』を倒しても戻らない。

 心の軋む音が今にも聞こえてきそうだ。カード効果を正確に読み上げることもできていない。


 『フェアリーリミット』は、黒いガムテープを巻き付けたような衣装を纏った妖精がポーズを決めているイラストが印象的なマジックだ。

 メインの回復効果の他に、フィールドに置かれている間、種族:妖精を持つユニットがアタックで相手のライフを減らした時、さらに追加で1点ライフをトラッシュに送る効果を常に発揮する。

 みどりちゃんが使ったのはご丁寧にアーティストタイアップ版のプロモカードだったのだけど、テンションを上げられるような空気ではないので自重した。


 桜が不安そうに眉を寄せている。

 俺も憔悴するみどりちゃんは見ていられない。

「先輩、辛いならやっぱり俺たちで──」

「ううん、あたしがやる」

 みどりちゃんはきっぱりとそう言った。

 妖精女王が目を細めて笑う。

「その気持ちだけ受け取ろう、童たちよ。侵略者に弄ばれ、変わり果てた姿と成り果てても、あれは我が同胞。妖精の始末は妖精がつけるのが筋というものよ。あの目玉触手めにきっちりと落とし前をつけさせてくれるわ」

 携えた巨大な錫杖を中空に叩きつけるティターニア。


「それはそれとして男子おのこよ、我が運命をあまり不埒な目で見るでないぞ」

「っ!?」

 バッ! と腕で胸を隠すみどりちゃん。

 それ言う必要ありました?

 ジト目を向けられているが、『今下着だけなの忘れてた!』らしく、抜けていた自分に対する恥じらいの比率が大きいようだ。

 ああ、わかった。目の前の現実から目を逸らさせて精神負担を軽くしたかったのか。

 と女王を見れば、よくわかったなと言わんばかりに小さく目を見開いている……? あっさては心が読めるな!?

「シーッ」

 ティターニアはこれまた小さくウィンクして『来訪者オヴザーブ』に向き直った。そんなお茶目なところ見せられたら惚れちゃうぞ。


 みどりちゃんはそのままバトルフェイズに入る。

 手札は5枚。カリンカの効果で「フェアリー」マジックをマナとして扱えるはずだが、こちらから見えていない3枚の中に、すぐ使うようなものはなかったか。


 余談だが、ここに『豆妖精ジャック』というカードを添えると酷いことになる。

 『ジャック』はフィールドとマナゾーンの「フェアリー」マジックを好きなだけ入れ替えた上で、フィールドに出したマジックの効果を使えるカードなのだが──入れ替わるマジックカードはいずれもアクティブ使用可能状態で置かれるため、もう一回使えるドン! になるのだ。

 まあ当然のように禁止にぶち込まれているが。


「『妖精女王ティターニア』でアタック! ティターニアはフィールドに置かれているマジックカード1枚につきヒット+1! フィールドのマジックは6枚、よって6ヒット追加! このアタックでティターニアは、相手に7点のダメージを与える!」


 ついでに『フェアリーダンス』の効果でアンブロッカブルブロックされない。7点ダメージのアタックにおまけでつけていい効果ではない。


 まあご覧の通りだがこの『妖精女王ティターニア』、登場時期の関係もあるものの、石動の持つ『棄造人デスペラード』の上位互換である。悲しいね。


 女王の持つ王笏の一撃が、オヴザーブのライフを7つ、まとめて砕き割る。


 それだけではない。


「種族:妖精を持つ自分のユニットがアタックで相手のライフを減らした時、『フェアリーリミット』のフィールド効果発揮! 相手のライフを1点トラッシュへ!」


 妖精たちが夏を刺激し、相手のライフをさらに砕く。

 アタックが通った際の追加ライフバーン。緑のユニットの真骨頂──、


「さらに『大輪の花妖精フヨウ』の効果でもう1点トラッシュへ!」


 なんて??????


 フヨウ、色マナ増やしながらタダで出てくるのにライフ焼きまで持ってるの!?

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