第30話 その英傑の名は

 7点、1点、1点で計9点のライフをもぎ取ったみどりちゃん。大金星だ。──これがレイドバトルでなく、相手が『妖精の花畑』を配置していなければ、だが。


 18


 今のライフ減少によって相手が繰り出してきた手数頭数の総数だ。

 焼かれたライフ2つはトラッシュに行ったんだから16の間違いだろうって?

 やっこさん3枚目の《エンジェルギフト》引きやがったんだよ。言わせんな恥ずかしい。くたばれ。


 細かい処理の順番は省いて結果だけ伝える。

 まずスケープ『妖精の花畑』が1つと、『氷雪大地』が増えた。

 『氷雪大地』は青のスケープで、相手のドローに反応して便乗ドローする効果を持つ。

 そしてマジック『白き結晶盾』×2、『爆灼陽炎斬』×3。野郎、ご丁寧に防御札と焼きマジック積んでやがった。

 出てきたユニットは蔦触手×2、肉触手×1、モウセンゴケ×2、『大輪の花妖精フヨウ』×1、『花妖精ライラック』×1、『花妖精フリージア』×2。


 加えて。

 炎を纏った天使と、肩から五本の腕を生やした異様な風体の男。


「……カマエル」

 天使の方は当然に知っていた。『炎天使カマエル』。本来なら炎の羽衣を纏っているはずだが、目の前にいるのは燃え尽きたような残り火で局所だけを隠す、虚な目をした天使だ。


 それにあの五本腕。

 カマエルや妖精たちより肉体の損傷が酷いが、あの特徴的な五本腕、見間違えるはずがない。

 英傑ユニットの一角、『グロリア・ゴールドハート』──金の心のグロリア。


 『英傑』はが属するサイクルだ。

 人間ユニットのカードは基本的に、種族欄の代わりに職業欄が設けられているのだが、英傑ユニットは他のユニットカードと同じく『人間』と種族が書かれており、その隣に『英傑』と併記されている。

 大半が無色である人間ユニットだが、中には魔法使いや幻獣と渡り合えるほど強大な力を持つ英雄がいる。彼らを示す称号、それが『英傑』だ。

 中には神から力を授かったり、悪魔に魂を売り渡したりして種族が変化している者もいる。

 だから正確には、の英雄、と言った方が意味が通るだろうか。

 背景ストーリーでは重要な役回りを担うことも多く、年に数人が実装される。


 『グロリア・ゴールドハート』は、そんな英傑ユニットの一人だ。

 グロリアは、様々な力を持つ五本の腕を神から授かって生まれてきた。

 精密さに長ける人間の腕。炎を宿した竜の腕。雷を呼ぶ幻獣の腕。温度を操る妖精の腕。闇を照らす天使の腕。

 やがて逞しく成長した彼は、その力で、故郷を襲う悪の帝国を見事倒すこととなる。


 だが彼のストーリーで印象的なのはこの後だ。俺に限らず、背景ストーリーを読んだプレイヤーは声を揃えてそう言うだろう。


 悪の帝国を倒した英雄、その晩年は悲惨なものだった。

 グロリアが神から与えられた力は、悪と戦うためのもの。帝国という敵がいなくなった後、彼に待っていたものは、うまくいかない現実だった。

 グロリアは良くも悪くも、戦いだけの男だった。敵がいなくなれば、戦いもなくなる。日常に彼の居場所はなかった。彼の強すぎる力を恐れ、誰も近付いて来ない。

 グロリアは次第に落ちぶれていった。かつて彼が助けた人々に無心する日々。

 そして最後には、5000万にも上る負債を抱えたまま姿をくらました。


 その後の時代を舞台とした弾に収録されたスケープカード『栄光の腕』のフレーバーテキストにはこうある。「神は落ちぶれた英雄に怒り、授けた腕を取り上げた。英雄の行方は誰も知らない。その名さえも」。


 本人のストーリーの後味の悪さもさることながら、名前すら風化したバッドエンドが明示されててゾクゾクしたよね。


 誰が言ったか「金は金でも『カネ』の心」。「お前なんかただの金メッキ」とも。


 そんな、落ちぶれて最後は存在すら時間の波間に消えた英雄だが、レイドルールで敵として出てこられると途端に危険なアタッカーと化す。


 環境から見た『グロリア・ゴールドハート』は、今ではそこまで珍しくなくなった多色デッキの走りとなるカードである。

 登場は『sorcery-ソーサリー-』三年目の『英雄編』。


 本人自体は無色。だがアタック時に色マナを支払うことで、ストーリーになぞらえた効果を発揮する。

 赤マナを支払うと、1ドローしてパワー+3000。

 緑マナを支払うと、ユニットとの戦闘で勝利した際、相手のライフを1枚裏向きでマナに落とす。

 青マナを支払うと、相手ユニット1体を手札に戻し、マジックの効果を受けなくなる。

 黄マナを支払うと、手札のマジック1枚を踏み倒せる。

 そしてこれら4色をすべて支払うと、ヒット+4。つまり人間の腕を合わせた五つの腕で1つづつ、計5点のライフを射抜けるという、それはそれはロマン溢れるカードなのだ。


 当時は多色構築の難易度が高く、ヒット増加まで狙うのは最早自殺行為に等しかった。

 そのかわり成功した時の達成感が凄まじいため、あらゆる手を使ってグロリア5点パンチを執拗に追求する、通称『グロリア民』なる者もいたとかなんとか。当時は『sorcery-ソーサリー-』のソの字も知らなかったので聞き齧りだが。


 で、これがどうしてレイドバトルルールで厄介になるかというと。

 レイドモンスターには手札とマナゾーンが存在しない。そのため、手札やマナをトリガーとする効果すべては、その条件を効果を発揮するのだ。

 つまりグロリアは出てきた瞬間に5点パンチ生成マシンへと早変わりする。


 こちらは初期のカードなのでまだ比較的そこまで脅威ではないが、これがリバイバル版だとさらに凶悪になる。


 リバイバルとは、かつて人気があったカードに現代水準の効果を持たせたものだ。セルフリメイクの一種と言える。リバイバル前とは同名カードとして扱い、デッキには合わせて4枚までしか入れられない。


 『グロリア・ゴールドハート』のリバイバルは、順当に各種数値と効果を強化した上で、紫と茶の効果が追加されている。

 さらに、効果発揮のためアタック時にマナを支払う必要がなくなった。対象の色がマナゾーンに存在するだけで効果が追加されるようになったのだ。

 しかも打点を増やすために全色を用意する必要がなくなり、マナゾーンの色1色につきヒット1増加へと変わった。しかしその代償に素のヒットを失っている。


 そしてこのリバイバル、嬉しいことに背景ストーリー的な意味もちゃんとある。

 『グロリア・ゴールドハート(Rv)』のフレーバーテキストはこうだ。「屍人は博物品の腕に食らい付き、自分の肉体に当てがった。腕はまるで最初からそれが自然であるかのように、屍人の肩に接着した」。

 グロリアはの下から蘇ったことで新たな効果を手に入れたが、命の力ヒットは失われている、ということを極めて端的に描写した名文である。

 残念ながら性能面の評判はあまり良くなかったが。

 『sorcery-ソーサリー-』の初期ライフは10点なので、5点を2回叩き込めればそれで十分な上、前と同じ5点ヒットを作るために必要な色マナが1色増えたのが原因だ。

 これによりグロリアは『グロリア民』からも見捨てられることとなる。


 かつて自分が守った人々に排斥され、神にも見放され、自身を支えてくれた人々にすら切り捨てられ……ここまでくるともう哀れすぎて笑いも起きないが、レイドの敵として出てくると雑に6点ヒットで突っ込んでくるので一切笑えない。


 目の前のグロリアを見る。皮膚が所々剥げ、筋繊維が露出している。目は虚ろで焦点が合っていない。さながらゾンビのようだ。

 ……………………うん。

 おめーひょっとしなくてもリバイバル版だな!?

 じゃあ飛んでくるの6点じゃねぇか!


 元々いたモウセンゴケ×2と『花妖精ライラック』『大輪の花妖精フヨウ』『情熱の花妖精バルバラ』を合わせて、次のターン相手が奪える合計ライフは最低でも35。次のターンにまたユニットが召喚されれば36。ここまでくるともう誤差というくらい、余裕で全員即死圏内だ。せめて1体だけでもフヨウを除去しないと本当に詰む。


 不意に繰り出された『爆灼陽炎斬』によって、俺の『機動天使メタトロン』(パワー10000)、先輩の『小さな歌姫 花妖精カリンカ』(バフ込みパワー9000)、桜の『アシガルル』(バフ込みパワー7000)、が破壊されたので、ブロッカーも心許なく、マナもほぼ使い切っている。


 このターンはもう『白き結晶盾』の効果でライフが減らせない。

 みどりちゃんはティターニアと共に歯噛みをしながらターンエンドを宣言した。


 多数のユニットを立たせたまま、侵略者にターンが渡る。


  ***


 『来訪者オヴザーブ』のターン。

 初めに召喚されたのは先端ワニ顎で最早お馴染みの蔦触手だ。これで投入数無制限ユニットでなければ4本全部出切ったはず。


 先陣を切って飛び出してきたのは当然『グロリア・ゴールドハート』だ。狙いはライフとユニットが最も多い桜。レイドバトルルールにより、色マナの効果が発揮する。

 1ドローとパワー+5000、バトル終了時に1点追加ダメージ、相手ユニット1体をデッキの下に戻しながら耐性を得て、手札かマナのマジックを踏み倒し、トラッシュの紫ユニットを踏み倒し、手札かトラッシュのスケープを踏み倒す。

 幸いレイドバトルの仕様により後半の効果が完全に死んでいるものの、前半だけでも大した効果が山盛りだ。


 ドローで引っ張ってこられたのは肉触手。これも蔦と同じく4体目だな。

 バウンス効果により桜の『ヤタスズメ』の片割れが1体デッキの下に戻る。これで桜のフィールドにはほとんどバフを失った『ヤタスズメ』1体のみ。


 つと視線を横に向けて見てみれば、桜は不敵な笑みを浮かべていた。

「桜……よく笑えるねえ。ピンチだよ?」

「えへへ……だって楽しいもん! 追い詰められると、胸がドキドキして、体がギュ〜って熱くなるの! それに、聖くんだって笑ってるよ?」

 たしかに、俺の唇は勝手に吊り上がっていた。言い訳はするまい。とても楽しいとも。

「怖くないの?」

「怖くないよ。わたしは、わたしのデッキを信じてるから!

 ──そのアタックはわたしが受けるよ!」

「巫ちゃん!?」

 みどりちゃんが悲鳴を上げる。

「あ、聖くん。衝撃凄そうだから、支えてもらってもいい?」

「よしきた」

 桜の背後に回る。

 いい。とてもいい。この子は強くなる才能がある。

 どんな状況でも、最後まで自分のデッキを、相棒を信じること。そうすれば、きっとデッキは応えてくれる。


 グロリアが五本の腕を振り下ろす。桜のライフが一瞬で6つ削れた。

「きゃあ!」

 吹き飛んでくる桜を受け止める。腰と足で勢いを殺し、できるだけ柔らかく。

 桜色の頭からは少し汗と混じった良い香りがする。腕の内側全体にキャミソールの綿の感触があった。


「えへへぇ、さすがに効いたぁ。でも聖くんのおかげであんまり痛くなかったよ!」

「そりゃよかった」


 腕の中で笑う桜にひとつキスを落としてプレイシートの前まで運ぶと、桜は早速めくれたライフを確認した。結果は聞くまでもない。

 満面の笑みだ。


「やったあぁああ! 大当たり! 『爆灼陽炎斬』が2枚! それに──」


 『爆灼陽炎斬』はライフからめくれた時、コストを支払わずに使用できる。

 だが桜の本命は別の方だった。

 太陽にかざすように掲げ持つそのカードは『護国将 太陽の皇子 流樟ルークス』。

 グロリアと同じ『英傑』にして、堂々たる制限1カード。

 そして、表情を読むにこれこそが、桜の切り札にして運命だ。


「まずは『爆灼陽炎斬』でフヨウ2体を破壊!」


 炎の爆発を閉じ込めた斬撃が、巨大な花びらを服と纏う妖精を2体切り裂く。


「そして! このカードは相手によってライフから移動する時、コストを支払わずに召喚できる!」


 振りかざすは太陽の力。


「光纏いて目覚めろ! 漆黒の守護者! 『護国将 太陽の皇子 流樟ルークス』ッ!」

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