第23話 妖精の花畑

 さて。

 今回配られたクロスワードは縦6行、横6段の6×6で、こんな感じだ。


 回 ⬜︎ ⬜︎ ⬜︎ ⬛︎ ⬜︎

 ⬜︎ ⬜︎ ⬜︎ ⬜︎ ⬜︎ ⬜︎

 ⬜︎ ⬛︎ ⬜︎ ⬜︎ ⬛︎ ⬜︎

 ⬜︎ ⬛︎ ⬜︎ ⬛︎ 回 ⬜︎

 ⬛︎ ⬜︎ ⬜︎ ⬜︎ ⬜︎ ⬜︎

 ⬜︎ ⬜︎ ⬜︎ ⬜︎ ⬛︎ 回


 白枠を埋め、二重囲いのマスの文字を繋げて答えを作れってことだな。

 俺たちが手に入れた最初のキーワードは『活力の弾丸エナジーアモ』。漢字なら5文字だが読み仮名だと6文字だ。

 漢字込みだと中々難易度が跳ね上がるし、小学生にやらせるレクリエーションでそこまで難易度を高くはしないだろう。多分。しかし現時点だと材料が少なすぎるのでなんとも言えない。

 ということで、俺たちは一途、次のチェックポイントを目指すのだった。


「またあたしの後ろはきみなんだね……」

 先ほどと同じフォーメーションで進もうとしたら、ちょっと距離を感じる反応をされた。

「その言い草はひどくないです?」

「うっ。それはその、……ごめんなさい?」

 しゅんとするみどりちゃん。年上として良いとは言えない態度だった自覚はあるらしい。

「でもその、あんまりじっと見ないでほしいなー? 恥ずかしいから……」

「恥ずかしいなんてそんな。細いのに出るところは出たいい体じゃないですか」

「わかる」「制服でもすごい揺れるぞ」「目の付け所がシャープだね」

「体が恥ずかしいんじゃなくて見られるのが恥ずかしいのよ! あと三馬鹿は黙れ!」

 腕で体を隠すみどりちゃん。

「こんな山の中を歩くのなんて、目の保養がなきゃやってられない!」

「そうだそうだ!」「福利厚生は義務なんだぞ!」「男子高校生もそうだそうだと言っています」

「な・ん・で、あんたたちはさっきから同調してるの!」

 裏切りの一二三に雷が落ちる。怒られることの比喩ではなく本当に雷が落ちた。

「きゃあ!?」

「きゃー(棒)」

 桜とリアが抱きついてくる。

「雷!?」

「おー! 魔法だ! すげえ!」

 驚く俺を他所にテンションをぶち上げる石動。

 猫はびっくりして固まっている。

 みどりちゃんの手にあるのは一枚のカード。

 『サンダーテンペスト』。相手3体を疲労させた後、疲労させた数1体につき自分のユニット1体を回復させる支援マジックだ。

 今……『サンダーテンペスト』を現実に撃ったのか?

 ソーサリーカードのマジックを実際の魔法として使ったというのか。

 正直リアたちの存在があってさえここまで半信半疑だったが、目の前で見せつけられては信じざるを得ない。

 これがこの世界の魔法なのだ。

 どおりで。

 石動が桜の態度の変容を魔法による洗脳だと思ったのは、杞憂でもなんでもなく、実際に可能だからだったわけだ。

 いやでも『帰依デヴォーション』ってそういう感じの魔法じゃないんだけどな。小学生に字面から察しろというのは少し難しいかもしれないが。背景ストーリー読めばわかる。

 まあ『魅了テンプテーション』入りの妖精デッキも持ってるけど。

 ため息をつくみどりちゃん。

「まったく男子ってやつはどいつもこいつもぉ」

 雷が直撃した地面からは白い煙が上がっている。

「そうですよ。男ってのはいくつだろうがそういう生き物なんです」

「自分で言うんだ」

 みどりちゃんの半眼がこちらを向く。

 そりゃあただの事実だもの。はばかる必要なんてない。後ろめたいことがないのなら尚更だ。

「そんなことよりさっきから結構タイムロスしちゃってるし、早く次に行きたいなー?」

 地図とコンパスで手早く進行方向を確認して指差す。

「くっ……もう! わかったわよ、さっさと次行くわよ!」

 みどりちゃんはぐぬぬと唸ったものの、渋々再び隊列の先頭となった。


  ***


 二つ目のチェックポイントは道端の木だった。オリエンテーリングのチェックポイントって割とそういうとこある。カードはまたしても雑に括り付けてあるだけだった。

 これ先生たち毎年設置に来てるのかな。頭が下がるね。

「『一枚布のタパ』? 知らないカードだ」

 記録係こと石動がカードを読み上げる。

 『一枚布のタパ』。緑のオブジェクトカードだ。オセアニア系の神性をモチーフとしたユニットが主に持つ種族:洋神の召喚補助をする置物効果と、装備時効果として、対象ユニットのパワー加算とアタック/ブロック時のマナ加速を持つ。

 耐性のある疲労ブロッカーに装備させておくと、マナ加速を嫌がる相手のアタックを抑制しやすい。

「たぱ?」

 首を傾げる桜。かわいい。

「木の皮で作る布だね。南太平洋の辺りの伝統的な素材だったはずだよ」

「ほえー」

「よく知ってるなあ」

 一二三の、たしか一だったか、も感心の声を上げた。

「カードのことは興味あるので調べたんです」

 それこそ俺も昔「タパってなんぞや?」ってなった口だからな。


 『一枚布のタパ』。6文字か。これはルビもないカードだ。

 クロスワードの該当箇所と照らし合わせた時、5文字は一箇所しかないので確定になる。三箇所ある6文字の列のうち、二列はこの5文字の列と交差する。『一枚布のタパ』と先程の『活力の弾丸』をそこに当てはまると文字が重ならないので違うとわかる。残り一箇所の6文字に『一枚布のタパ』を当てはめた時、双方が縦の6文字二列と重なるが、その虫食いは『◯パ◯◯丸◯』『◯布◯◯力◯』となる。後者はちょっと自信がないが、前者に該当するカードは、俺がこの世界に来る前の未来までの時点には存在しなかったはずだ。

 よって『活力の弾丸エナジーアモ』は読み仮名で確定。そうすると『一枚布のタパ』はなんだ? フェイク……いや、カナ部分だけ入力、か?

 などと俺が考えているというのに、

「5文字と6文字だからこことここだな!」

 と石動が勝手に書き込もうとしていた。

「待てや」

「なんだよ」

「そこまだわからないから書くのは待て。一回書いて消したら紙が汚くなるから」

「でも5文字はここしかないぜ」

「そのまま書き込むのが罠っぽいから。せめてもう二、三箇所見てからでも遅くないだろ」

「罠!? マジかよ。ここしか入れる場所なさそうだけどなあ」

 鉛筆の尻で頭をかく石動。こいつ素直すぎるだけで悪いやつではないのだろうが、考えなしに突っ走るきらいがあるな。ちょっと苦手。


  ***


 三つ目のチェックポイントは、学校とは逆側に山を下った場所にあった。地図を見る限りある程度広い場所のようだ。

 視界を遮る枝が途切れると、眼下に鮮やかな色が広がった。女子たちが歓声を上げる。

 見渡す限りの花畑だ。色とりどりの花々が一面に咲き誇っている。

 花畑の中央辺りには庵があった。柱に何かが括り付けられている。カードだろう。ちょっと慣れてきた。

「あれ? 二つあるね」

「本当だ」

 庵の四隅の柱のうち二本に、それぞれ違うカードが貼り付けられている。

「『小さな歌姫 花妖精カリンカ』。リア、そっちは?」

「『愛の花妖精アネモネ』だよ」

 いずれも花妖精──種族に妖精を持つユニットのうちカード名に「花妖精」を含むカード群に属するユニットだ。

 花畑だしな。適任だ。

 6文字オーバーということは、カタカナ部分だけ参照する形で確定だな。


 『小さな歌姫 花妖精カリンカ』。

 赤いガマズミの実の髪飾りを花と同じ白い髪につけた、歌が大好きな花の妖精だ。

 妖精デッキの初動カードのひとつで、メインフェイズに自分のマナゾーンの無色マナ1枚を表向きにする効果と、コスト支払いの時にフィールドに置いてあるマジックをマナとして扱える効果を持つ。

 背景ストーリーでは中々大変な目に遭っており、その歌に目をつけた密猟者に捕獲されるも、小さな女の子が好きな男に買われて毎日着せ替え人形にされる。

 故郷の花畑から遠く引き離された寂しさとストレスから、大好きだった歌も歌えなくなるカリンカ。その様子を哀れに思った男は、妖精を花畑に帰すことにしたのだった。


 ──とのことだが、彼女も妖精なので『魅了テンプテーション』の絵柄違いを貰っており、その固有テキストを見る限り、男を魔法で心変わりさせたのは明らかだったりする。

 そちらのイラストはやたら薄着。なんと男の手によって剥かれた場面なのだ。嫌いな相手に魅了をかけているため、よく見るとちょっと無理した顔をしている。

 この薄幸っぷりが紳士に刺さったのか、カリンカの『魅了』のシングル価格は4000円を越えていた。もしも汎用札だったら間違いなく5桁には達していただろう。みんな好きだねえ。俺も好き。


 『愛の花妖精アネモネ』は、花弁のような赤いドレスを着た妖精で、相手ユニット1体につきデッキから1枚ドロー、その後フィールドのマジックカードの枚数以下のコストの対象マジックを踏み倒す効果を持つ。

 どちらも盤面に依存する効果をしているためやや扱いにくいものの、条件が揃えば爆発的な威力を発揮するユニットだ。愛の名を冠するだけのことはある。

 なお『魅了』の通常版はこいつだ。画面の向こうから真っ直ぐ愛を伝えてくるような可愛らしいイラストで、これはこれで人気が高い。ストレージでよく会う。

 

「──私達の匂いがする」

「うおっ」

 耳元で声がした。反射的に身をそらす。リアに受け止められた。

「わあ」

「んー? 天使? でも匂いする……。アナタ妖精使いよね? でも天使と一緒にいる……」

 俺たちの周りをくるくると飛び回りながら首を傾げるのは、羽が生えた手のひらサイズの人型──妖精!?

 慌てて視線を巡らせる。庵の柱に隠れてこちらを伺う多数の目。いつの間にか囲まれていた。

「あ、アネモネ。カリンカもいる」

 言われてリアの指先を追うと、本当だ、どこか熱っぽい視線をこちらに向ける赤いドレスの妖精と、無性に服を脱がしたくなる幸薄そうな白い髪の妖精がいる。

「彼は妖精じゃなくて天使使いよ」

 みどりちゃんが庵に入ってくる。

「みんな、久しぶりー。元気してた?」

「あ、みどりちゃん」

「みどりちゃんだー!」

「みどりちゃんじゃねぇか」

 妖精たちがわらわらとみどりちゃんに集まってくる。

 サブデッキとして『妖精』も組んでいるからわかるぞ。見覚えのあるやつが何人かいる。

 ざっと見ただけでも、リコリス、ウメ、フリージア、パンジー、ライラック、それから──いや多い! なんかどんどん集まって来てる!

「先輩人気者ですね」

「まあね! 生まれた頃からの付き合いは伊達じゃないのよ」

「先輩こっちで生まれたんですか」

「そうそうこの花畑でオギャー、ってなんでよ! あたしの運命が妖精族なの!」

 見事なノリツッコミである。

 文章の前後に因果関係を見出せないが。

 この世界の人が言う「運命」というものを、俺は漠然と赤い糸的なものと考えていたのだが、聞きかじった文脈から推察するに、どうももっと違う意味を持っているように思える。

「なんとなく思ってたけど、君ってもしかして天然?」

 どうにも読めないことが多すぎるせいか、顔に出ていたらしい。みどりちゃんが揶揄うような調子で聞いてくる。

「ご覧の通りサラツヤですよ?」

「髪の話じゃないわよ! そっか天然であの言動……やっぱエロじゃん」

 極めて何かものすごく俺の人間性に対する誤解を感じる。

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