第16話 違法デッキで薄い本が厚くなる

『2人とも何をしているんですか!』


 フィールドにおとちゃん先生の声が響いた。


『聞こえますか? 聞こえていますよね!? 今すぐバトルを中断してフィールドを解除してください!』


 授業中とは比べ物にならないくらい厳しい声。当然だな。大人の目がないところで勝手にやるなと言われた『決闘戦』を、その舌の根も乾かない当日の放課後にしでかしたんだから。


「先生! えっと、こっちの声聞こえていますか?」

『せーくん、プレイヤーの声は外には聞こえないよ』


 答えたのはリアだ。頭の中に話しかけてきている。

 声外に漏れないのか。内緒話し放題だな。

 先生を連れてきてくれたのはありがたいけど、すでにバトルは大詰めだ。中々見つからなかったと見える。下校時刻頃なら校舎の見回りや生徒の見送りで先生方も忙しい頃合いだしな。

 ……あるいは、空間と同じで時間も拡張されてるのか? 外界よりも時間の流れ方が早いとか。ありうる。というかそうじゃないと授業で『決闘戦』なんて時間内に一組か二組しかできないわけだし。


 リア、そこのところどうなん?


『私が先生を呼びに行ってから、まだ五分くらい……少なくとも十分は経ってないよ。私も知らなかったぁ……』


 やはりそういうことか。

 バトルフィールドの内部は外よりも比較的高速で時間が流れているらしい。

 ──つまりこの中でイチャつけば時間の節約になる……!?(天啓)

 まあそれはいいや。


 リア、外側からバトルを中断させられないか、先生に聞いてもらえないか?


『わかった。ちょっと待って』


 頭の中の声が遠ざかる。


 ふと見れば、石動が真っ青な顔で震えながら手札とマナを数えていた。なまじ手札が多い分、択も多いから盛大に迷っているようだ。同時に深く集中しているようで、先生の言葉も、それどころかさっき俺が先生への呼びかけを口にしたのも気付いていない。


『……先生、できればあなたたちの意思でやめてほしいんです』


 おとちゃん先生のやや気遣わしげな声が聞こえてくるが、それができれば苦労はしないんだ。

 仕掛けてきた石動に止める様子がない。加えて俺はこの空間でのバトルの切り上げ方を知らない。俺にはどうしようもできない。

 と先生に伝えてほしい。


『なんか二度手間だねぇ』


 仕方がない。こっちの声は外に届かないんだから。


『そうですか……仕方ありませんね。わかりました。ではジャッジマスターの権限で強制終了を行います』


 ジャッジマスター。なるほど。先生は文字通り監督者なわけだ。


 元々そこまでやる気を出していたわけではない。バトル中断にも「やっと終われる」という気持ちが強く出る。

 正直少しだけ楽しくなってきたところだったけど、さほど気にするようなことでもない。


 そもそも、この対戦は俺が一方的にリスクと不利益を背負わされている。

 帰りたいのに無理矢理引き止められるわ、負ければ桜に近づくなだとか。その上勝っても何もなしだ。驚くほどに付き合うメリットがない。


 大体悠里もそうだけど、誰それに近付くな、など土台無理な話。袖擦り合うも多少の縁といって、人の縁というものは至極簡単に繋がるもの。今縁の話をしたか? これでお前とも縁ができた! まして桜はクラスメイトだ。どうやったって顔を合わせない方が不可能。なんか今思考が異物に繋がったな。

 つまり縁とはそういうもの、切ろうと思ってもそうそう切れないのだ。それを力づくで切ろうなどと、相手がよほどの悪人でなければ許されない。


 つまり石動の中では、俺はよほどの悪人として認識されているのか……?


 だが、俺は別に『桜は俺のものになったから二度と近付くな』なんてことを言ったわけじゃない。

 アプローチするなら好きにすればいい。自分を磨いて振り向かせればいいのだ。

 相手を貶めたところで、自分の価値が上がるわけではないのだし、そんなことをする時間を有効に活用すれば、最後に隣にいてもらえる確率は上がるだろう。


 まさか魔法による催眠や洗脳を疑われているわけじゃないだろうな。

 確かに『sorcery-ソーサリー-』においてたった二種類しかないコントロール奪取カードの片割れであるマジック『帰依デヴォーション』は、赤と、俺が扱う黄色に属する2色マジックだが。疑われてるわこれ。


 ちなみにもう片方は『魅了テンプテーション』という緑青のマジックで、なんと妖精ユニットの数だけパラレルがある。顔を真っ赤にした少女妖精が素肌も露わに慣れない誘惑をしているイラストのカードは特に人気が高い。あと乙女ゲーみたいな絵柄のイラスト違いがある。

 「『魅了テンプテーション』の絵柄、デッキに合わせないんですか?」は、界隈ではよく聞いた煽りだ。


 なお、紫は死体や人形を操る魔法、茶は主に無機物を操る魔法であるため、コントロール奪取カードが存在しない。コロコロしたり埋めたりした方が早いから、わざわざ意思を操る意味がないのだ。


 しかし俺が使ったのは魔法ではない。完全人力の単純な思考誘導──と言うと聞こえが悪いが、要は雄としての強さを見せつけて惚れさせる、極めて原始的かつ動物的なアプローチを実行しただけだ。だからこそ、恋敵に突っかかる暇があるなら自分を磨けばいいのにと思っている。

 やはりこういう惚れた腫れたの問題は、楽しく、クールで、セクシーに取り組むべきだと俺は思うのだ。(ろくろを回しつつ)


 兎にも角にも、先生からバトルを強制終了されれば、石動の頭も冷えるだろう──


「『採泥場』を配置。効果で1枚ドロー」


『あ、あれ? 強制解除ができない……セーフティ術式が壊れてる!?』


 その発言は同時だった。


 石動が、過緊張ではやる呼吸を抑えながらカードをプレイ。

 同時に、おとちゃん先生の焦る声がフィールドに響く。


『承認術式も壊れてる。なんてこと……違法デッキに手を出すなんて、なんてことを……』


 声から伝わる、動揺と悲しみ。そこまで悲嘆に暮れることある?

 強制バトルで萎えてた俺が言うのもなんだけど、無理矢理バトルさせられて、外から中断できないってだけでは? 普通にまあまあ問題だけども。


『せーくん、『決闘戦』の設定覚えてる?』


 魔法使いの決闘の方法だろ? 互いに譲れない意見や信念がある時、それを通すための。


『うん。そして『契約ギアス』でもある。勝った方が我を通すためのものだからね』


 おい待てそれまさか。


『もちろん、本来はちゃんとお互いの確認と了承の下で交わされる契約だよ。あらかじめ誓約してなければ、その『決闘戦』には何も賭けられない。なんだけど──』


 違法デッキはその術式が壊されていて、一方的に契約を押し付けられる──ってことか。


 最悪じゃねえか。


 つまり気に入った女の子に無理矢理勝負ふっかけて手籠にできるってことだろ? 


『なんでその例えにしたのかは聞かないけど大体そういうことだよ』


 マジかよ薄い本が厚くなるな。

 思わず頭を抱えた。石動にバトルを中断する気がない以上、さっさと勝って終わるしかなくなったわけだ。


 仕方がない。やるか。


 石動の呼吸が荒い。酸欠だ。過度の集中によって血中の酸素を消費しすぎたのだ。これ以上長引かせると本気で危ない。


 宙に浮くプレイシートにカードが叩きつけられる。


「オブジェクト! 『ゴーレムの心臓』『ゴーレムの脳髄』召喚!」


 ドスン。

 虚空から二つの塊が顕れ、廊下の床材を割った。いずれもほぼ球状の、灰褐色の塊だ。

 ──ここでオブジェクトか!


  ***


 『sorcery-ソーサリー-』というカードゲームにおいて、オブジェクトカードは少々特殊なカテゴリに分類される。

 その性質は、一言で言えば『置物』にして『装備品』ということになるか。


 土地や設備のカードである『スケープ』に対し、『オブジェクト』は小型の、持ち運べるアイテムのカードだ。

 スケープと同じくフィールドにある限り効果を発揮し続ける『置物』だが、先程の石動を見ていただければ分かる通り、「配置」ではなく「召喚」する。

 ユニットと同じく「召喚物」なのだ。


 そして、オブジェクトは、フィールドのユニットカードに重ねて『装備』させることで、『置物』状態の時とは異なる効果を発揮できるようになる。


 故に、『置物』にして『装備品』。


 もちろん誰にでも無制限に装備できるわけではない。当然カードごとに条件がある。


 条件となるものは大きく分けてふたつ。


 ひとつ目は『重さ《ウェイト》』。世界観においてはそのオブジェクトを持ち上げるために必要な筋力を表した数値で、ゲーム的にはコスト面の制限である。例えば、『重さ4』のオブジェクトは、コスト3以下のユニットには装備できない。


 ふたつ目は、カードごとに設定されたもの。装備するユニットの種族、名称、属性、魔法系統などの、コストよりも細かい指定だ。

 ただ入れれば強いわけじゃない。デッキに合わせた選択が必要になる。


 そして『オブジェクト』は個別のカードカテゴリであるため、「ユニットやスケープを対象とした効果」の対象にはならない。

 これ地味に大切で、例えば桜の持つ『天翔陽竜ドラグ・アマテラス』の召喚効果によるスケープの破壊から逃れ、置物効果を残すことができるのだ。


 加えて、オブジェクトを装備したユニットが相手によってフィールドを離れる時、オブジェクトはフィールドに残すことができる。


 建物の倒壊に巻き込まれても小ささ故に破壊を免れ、持ち主が斃れても別の者の手に渡り、想いは受け継がれる。


 オブジェクトは背景ストーリーにおいて、そんな、物語におけるキーアイテムのような扱いをされている。


  ***


 石動が召喚した『ゴーレムの心臓』並びに『ゴーレムの脳髄』は置物状態だと自ユニットすべてにパワー+3000する効果しかない。

 しかも装備させると、そのバフの対象が装備しているユニットだけになる。

 これだけ見れば装備させる意味がない。


 しかしゴーレム族に装備された時のみ、そのパワー上昇値は+5000まで跳ね上がり、そのヒットを+1する。


 加えて『ゴーレムの脳髄』には、装備数の制限を解除する効果がある。


 ユニットに装備できるオブジェクトの数は、ユニット1体につき1つまで。しかし複数合体効果を持つユニット/オブジェクトについてはその限りではない。


 『ゴーレムの脳髄』は、装備させているユニットが種族:ゴーレムの時、『ゴーレムの心臓』を1枚だけ追加で装備できる。

 この効果で2枚装備されている時、『ゴーレムの心臓』は、自身よりコストの低い相手のオブジェクトすべての効果を封じる。『ゴーレムの心臓』はコスト5なので、コスト4以下のオブジェクトすべてが木偶の坊になるのだ。


 俺のデッキには何も関係ないが。


「『棄造人デスペラード』に、『ゴーレムの脳髄』と『ゴーレムの心臓』を装備!」


 当然に2枚装備させてきた。


 灰褐色の塊が浮き上がり、赤茶けた泥の体に吸い込まれていく。


 デスペラードの姿が変わる。素材の味が生きた質感だった土塊の表面は滑らかになり、硬質に、鋭角に変わっていく。

 あたかもスーパーロボットのようなシルエット。色の鈍さは据え置きのため、なんだか闇堕ちっぽさがある。

 主人公ロボのブラックバージョン、男の子ならみんな好きなやつ。


 さて、あと2枚だ。あと2枚スケープを並べれば、デスペラードは俺のライフを一撃で消し飛ばせるだけのヒットを手に入れる。

 しかし俺のフィールドにはブロッカーが残っているため『インビジブルポーション』の使用は必須。

 石動はこのターン『採泥場』『ゴーレムの心臓』『ゴーレムの脳髄』をプレイし、残るマナは10。『スケープデストラクション』が効いている。

 しかしコスト4以上のスケープを1枚でも並べてしまうと、その瞬間にコスト4の『インビジブルポーション』は使えなくなる。

 コスト2以下のスケープカードは俺がいた時代ですら存在しない。 

 だからあとは、石動の手札にコスト3のスケープカード2枚か、運頼りにはなるが『ビルディングドロー』があるかどうかに掛かっている。

 さあ、どうだ。

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