第17話 お前はもう死んでいる

 石動の残り手札は6枚。その中に戦況への回答となる札があるかどうか。

 集中して表情を読む。石動は今必死でコスト計算をしているから、手札コストの内訳は読み取れる。


 3、4、4、4、5、9。


 どうもデスペラードが1枚ダブついてるな。

 5コストはここまで出てないから未知のカード。

 すぐ殴ってこないということは『インビジブルポーション』も多くて1枚。

 3コストが1枚あるようだがすぐに打たない時点で『ビルディングドロー』ではない。同様の理由で『採泥場』も除外。ファドロ(※『ファクトリードロー』)か『造兵局』だろう。


 全種全投(※)を前提とするなら、見えてないカードは1種類。

(※デッキに採用しているカードを全種類上限まで投入すること。『sorcery-ソーサリー-』はデッキ60枚、同名4枚までなので、全種4枚ずつ入れると15種類になる)

 まあ心臓脳髄全投はリスキーにも程があるので、枚数は崩してるだろうが。

 スケープを利用するデッキなのだから、さすがに『スケープリビルド』は入れていると信じたい。


 桜と同じく純構築だとするなら、採用しやすい5コストは『造人要塞の迫撃砲』『クレイボーイ』『建築技師アーキテクト』辺りか。今のところ除去が全然見えてないし、迫撃砲が濃厚だな。


 で、あれば。


 詰みだ。


 石動が取れる行動はもはや二つに一つ。スケープを配置して、俺がブロックしないようお祈りしながらデスペラードを特攻させるか、このままターンエンドして、次のターン俺がアタックしないことを祈るかだ。


 華々しく戦火に飛び込んで鉄錆になるか、怯えて縮こまったまま沙汰を待つか。


 まあ結末はもうわかっている。ここで最後にひと花咲かせられるようなやつなら、好きな相手にも、もっと踏み込めていたはずだ。


 石動の手がプレイシートに落ちる。

 つまりは、それがすべてだった。


 ターンが返る。


 何もせずにバトルフェイズ。キュリールでアタックする。


 キュリールとラ・メールの効果で俺のライフが2点回復し、天の大秤の効果が発揮。石動の最後のライフを削り取った。


  ***


 バトルフィールドが消える。

 なんだか妙に疲れた。この世界の『決闘戦』はやけに体力を消耗する。まして本日二戦目だ。


「せーくん!」


 ふらついた俺にリアが駆け寄ってきた。背中を支えてくれる。


 体力を消耗したのは石動も同じようで、背中からふらりと廊下に倒れ込む。危ない!

 頭を打ってあわや大惨事かと焦ったが、おとちゃん先生が石動の体を受け止めた。

 おとちゃん先生の顔が俺に向く。窓から吹き込んだ風が亜麻色の長い髪を優しく揺らした。だが乙女ではない。男だ。


「天使くん。大体の話はここに来る途中で絵救世さんから聴きました。君の口から詳しい説明をお願いしたいんですが、いいですか?」

「リアが話したというなら、大体その話の通りだと思います。石動に、違法デッキで無理矢理勝負させられたんです」

「はい、それは聞いています。ええと、勝負の発端はなんだったんですか?」

 言いづらいことを。

「……痴情のもつれ……ですかねぇ……」

「痴情のもつれ」

 リピートしないでくださいません?


「えっ、えっ? ひょっとして好きな子の取り合いですか? 石動くんは天使くんの運命である絵救世さんに惚れてしまった……!?」

 ねえこの人なんかわくわくしてるんだけど。教師として取り繕おうとする仮面の下に好奇心が溢れてるんだけど!?

「私のために争わないで! ごめんなさい、私の運命の相手はせーくんだけなの!」

 リアもノリノリである。


「…………お前に……告白した覚えは、ねーよ」

 おとちゃん先生の腕の中でぐったりとしている石動が、息も絶え絶えに反論した。

 お前にとは言うけど本命にも告白してないだろ。

「絵救世さんではないんですか? では、誰がきっかけで?」

「それは……」

 顔を背ける石動。この期に及んで好きな相手を口にするのが恥ずかしいらしい。

 まあこの場においてはそれで正解だろう。口にしてしまうと桜を巻き込むことになる。


「それより先生。石動はどうなるんですか?」

 ここは話題を逸らすに限る。槍玉に挙げられた石動はビクリと体を震わせた。

「違法デッキの使用は犯罪です。本来であれば警察を呼んで、然るべき処分を受けることになるのは避けられないのですが……」

 そんな大事おおごとになることある?

「要は相手の意思を無視した契約の強制だからね。立派な人権侵害なんだよ」

「そりゃそうだろうけどさ」

 リアからランドセルを受け取って背負う。


 違法デッキによる強制決闘の被害者として言わせてもらえば、正直そこまでしなくていい。勝ったし。


 別に俺は「罪を犯した子供にも未来がある」なんて脳みそに蛆が湧いてるやつしか思いつかないような馬鹿な考えを持っているわけではない。

 命の価値には差がある。一度道を踏み外した人間と、一度も罪を犯していない人間、どちらの未来が尊いかといえば、考えるまでもなく後者だ。

 一度でも犯罪に手を染めると、次からはそれが手段として選択肢に入るようになる。後ろめたい行いへの心理的ハードルが下がるわけだな。

 そんなやつの更生を信じ野放しにして人類全体の未来に無視できない大きなリスクを残すよりは、危険物のラベルを貼って警戒を促す方が人類社会のためになると思っている。


 しかし違法デッキ使用の量刑がどれほどのものかは知らないが、今回の場合、警察を呼んだところで未成年、それも小学生ならほぼほぼ観察処分、よくて厳重注意だろう。


 そして見逃したところで、石動が違法デッキを使ったという事実は消えない。


 つまり、警察を呼ぼうが呼ぶまいが、事実は消えないし処遇は変わらない。

 それどころか、今日の帰宅が遅くなるという即時的な不利益と、明日以降の教室の空気という不安要素が発生する。


 戦局が動かず盤面有利が取れない無意味な一手だ。


 ぶっちゃけ早く帰りたい。


 というか先生の言い方だって、大事にはしたくないと言っているようなものだ。不祥事が起こるのはまずいからね。学校という組織は基本的に隠蔽体質なのだ。


 どうせ悪事は千里を走る。人の口に扉は建てられない。石動は自分で自分の価値に傷を付けた。この事実は二度と覆らない。


 結末が変わらない以上、俺が動く理由はない。ラストアタックが通ると確定した段階で、余計なアクションは時間の無駄なのだ。


 何より、勝ったし。


 先程は色々割合厳しいことを言ったが、結局のところ、罪を犯した人間を裁いたり許したりする権利を持っているのは、被害を受けた当事者だけだ。外野がわいわい騒ぐことじゃない。

 今回の場合は、つまり俺だ。


 しかし俺は勝った。

 これで俺が負けて契約ギアスが発動していたなら本当に罪として取り返しがつかなかったのだろうけど、結果として俺は勝っている。なら、ただ単に俺が無理矢理勝負を受けさせられただけだ。


 だったら別にいいかなと。


 まあ、要するに。

 あまり好きではない関心がないのである。


「別に俺は構いませんよ。そんな大事にしなくても。ここではなにも起こらなかった。それでいいです」


 それより早く帰らせてほしい。本当に。

 時期的にそろそろマジで夕陽が沈む。リアに暗くて危ない道を歩かせたくない。


「ですが……」

「心配しなくても言いふらしたりしないですよ。先生がちゃんと叱ってくれるんでしょう?」


 子供好きらしいおとちゃん先生のために、子供らしい笑顔を作る。出番だにゃんこ。

 俺の笑顔スマイルon theネッコは、ちゃんと級友を思いやる優しい少年に見えたらしい。おとちゃん先生が感動の涙を浮かべている。

 ここで断固とした姿勢をとらない辺り教育者としての資質に問題があるように思うが、今この場においては都合がいい。


 しかし事態の当人には納得できない展開だったようだ。


「どうしてだよ天使……俺はお前を……!」


 先生の腕の中で赤ちゃんになっている石動が、呻くように問いかけてくる。先生の腕の中で赤ちゃんになってる!?

 こわ……幼児返りしてる……!


 見逃す理由なんて、警察に突き出したところでアドが取れないからに過ぎない。

 だが石動は納得できる理由を求めている。安心したがっているのだ。人はいつの時代も変わらないな。

 ここはひとつ、未来への投資をしておこう。


「さぁな。俺はさっさと帰りたかっただけだよ」


 思わせぶりに笑い、踵を返す。

 紛れもない本心だが。

 リアがとてとてと足音を立てて俺に続く。


 階段を下り切ったところで、上の階から涙混じりの絶叫が響いた。途中から泣き声に変わった。赤ん坊の。先生ェ……。


  ***


 多分校門に該当するのであろう、校庭の端の黒い渦を通り抜けると、朝入ったところと同じ場所に出た。

 東の空はすでに暗くなり始めている。


「なんでこんな人通りが少ない場所にあるんだろうな、この門──でいいのか?」

「ワープ『ゲート』だから門でしょ」

 リアは俺と手を繋いだまま器用に肩をすくめた。

「日本の魔法はそんなに詳しくないけど、確か地脈がどうこうって話だったはずだよ。それに人通りは少ないけど、目は多いから」


 山へ振り向く。瞬間、木々の隙間から強烈な視線を感じた。

 全身が泡立つ。この量の視線に気付かなかった!? 今の今まで!?


「だいじょーぶ。悪いものじゃないよ。天使の私が保証する」

 それは視線の質でわかるんだけども。向けられた視線や意識には敏感な方だと自負していただけに、それらが一切感じ取れなかったものだから本能が脅威を覚えてしまった。恐怖ではない。俺が恐れているのは、リアたち天使との離別だけだ。

「……」

 この世界で死んだらリアたちが連れていってくれるのかな。


 俺たちを見守ってくれているらしい視線に一礼し、帰路に着く。今度お供えでも持ってくるか。

「おっ?」

「せーくん!?」

 足がもつれた。リアが咄嗟に抱き止めてくれる。

「だいじょーぶ?」

「あんまりかも。今日のうちに二回もバトルしたせいかな。この世界の『決闘戦』、なんか妙に疲れるんだよ」

「そりゃあ魔力を消費してるんだもの。疲れるよ」

 なんて?

「ん? 魔法は魔力を使うものでしょう?」

「そうだけど……そうだよなあ、魔法が使えるんなら俺の中に魔力とやらがあるってことだよなあ。知らないうちに自分の中に得体の知れないものが入ってる……」

「そんなに深く考えるようなものじゃないよ。魔力っていうのは、なんていうか、精神の血液? みたいな感じのね? ほら、血液は生命力を運ぶものでしょー? 魔力っていうのは精神の生命力を運ぶものなんだよ」

「じゃあ魔法使うたびに血を抜かれてるみたいなものじゃん。そりゃあ疲れるわ」

 例えはよくわからないけど。

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