第15話 母なる海とならず者

「ドローフェイズ! ──よし!」


 ガッツポーズする石動。わかりやすいやつめ。表情を読み取るに、どうやらドローソースを引き当てたらしい。


「メインフェイズ! マナ染色! 『人造門番ゲードム』を召喚して1共鳴、茶1無色2でマジック『ファクトリードロー』! 自分のスケープ1つにつきデッキから1枚ドローする!」


 石動のフィールドにあるスケープは『造兵局』『フェート文明』『泥人形の防壁』×2 『採泥場』『資源再生工場』の計6枚。よって6枚ドローとなる。


『来た! けどコストが……クソッ』

 このドローで切札を引いたようだ。微表情を読むまでもなく顔に出た。

 さらにカードをプレイしようとして、しかし思いとどまる石動。追加で引いた『採泥場』でも叩きつけようとしたところで、スケープの効果を発揮できないことを思い出した。そんなところか。


「バトルフェイズ──」


 『人造門番ゲードム』に手を伸ばすが、このターンは『フェート文明』の効果も当然発揮しない。ゴーレムでアタックしてもドローはできない。


「──何もしない。ターンエンド」


 懸命な判断だ。


 俺のターン。


「チャージフェイズ。マナ2枚追加──お」


 いいのが来た。


「メインフェイズ。手札から『天の大秤』を配置。

 マジック『ライフチェンジ』を使用。自分のライフ1枚をマナゾーンに表向きで置き、フィールドの天使ユニット1体を手札に戻す。その後、マナゾーンにある、この効果で置いたカード以外の、天使族のユニットカード1枚をコストを支払わずに召喚する」


 『天使ハグメル』を手札に戻し、今しがたのチャージフェイズでマナゾーンに入ったカードをそのまま出す。


「マナゾーンから『命の大天使ラ・メール』を召喚。召喚時効果でライフ+1。

 自分の天使の効果でライフが増えたので、『天の大秤』の効果発揮。相手のライフ1枚をトラッシュへ」


 フィールドに真紅の海水が湧き出る。白く波立つ渦潮の中心で片膝を抱える一人の少女。彼女こそはこの胎海の主ラ・メール。纏う海の色に似たふたつ結びの桃髪は、中途から潮の流れとなって彼女の周りを巡る。

 ラ・メールがゆっくりと立ち上がった。地面には降りない。空中に浮かぶ赤い海の中で静かに揺蕩たゆたっている。


「ヤーッ!」

「この私に潮を浴びせるとは……」

「ギャーッ! 工具が! 大切な道具が!」

「やだ、べたべたしちゃう」

「あーれー」


 なんか味方に変な被害が出てる。というかシエルが潮流に巻き込まれてるんだが!? 効果上は特に干渉しないはずなんだけど……大丈夫なのかあれ?

 まあいいや。


 ラ・メールは海を衣服のように纏っている。つまり衣服を身につけていない。中学2〜3年生相当の薄い体を隠す潮流は、あたかもサイドがざっくり開いたオフショルダーのような形状を維持している。

 イラストだと特に気にならなかったのだが、今は形を伴って実際にそこにいるわけで。ちょっと動いたり腕を上げたりするだけで大胆に肌が見えたり横から先端が見えそうになったり。とにかくすごい。目が離せない。


 ふぅ……。

 対戦相手に意識を戻そう。


「2枚目の『エンジェルサイン』を使用。次の俺のスタートフェイズまで、お前のスケープすべての効果と色を消す」


 これにより石動の防壁は機能停止。仮に生き延びたとしても、ライフをある程度マナに送っておかなければ、せっかく引いた切札も召喚できずに終わる。

 流石にそこまで戦闘感がないとは思わないが。

 何よりすでにこちらのライフバーンの準備が整っている。大秤の効果で減ったライフの行き先はトラッシュだ。次のターン、ユニットを召喚する力にはならない。


「バトルフェイズ。『癒しの天使キュリール』でアタック。効果でライフ+1。天使の効果でライフが増えたので『天の大秤』の効果で相手のライフを1枚トラッシュへ。

 さらに『命の大天使ラ・メール』の効果。自分の天使族がアタックした時、自分のライフ+1。これも天使の効果なので、大秤の効果で相手のライフをひとつトラッシュへ」


 海水でレトロナースのような服が体に張り付き、肉感的な体のラインをはっきりと浮き上がらせたキュリールが注射器を投擲。瞬間胎海は脈動し、大秤が輝きを放つ。


「ライフが、10を超えた……!? それに効果だけで3点も……っ、これ以上やらせてたまるか! フラッシュキャスト『スケープデストラクション』! このカードはブリンクのタイミングで使用する時、自分のスケープを好きなだけ破壊することで、破壊したスケープ1つにつき有色マナの支払いを-1できる!」


 握ってたか、防御マジック。


「『採泥場』と『フェート文明』を破壊して2マナで使用! 自分のスケープ1つを破壊することで、このバトルの終了時、バトルフェイズを終了する! 『資源再生工場』を破壊! これらの効果で破壊されたスケープはマナゾーンに置ける!」


 お、うまい。

 切札が手札に来てるから、使用済みと機能停止中のドロソを切ったか。それと効果復活後の優先度から、効果を一度も発揮できていない『資源再生工場』を切り捨て、次のターンに希望を繋ぐ。

 なんだ、ちゃんと動けるじゃないか。


 『スケープデストラクション』のコストでスケープ3枚自壊とは被害がデカそうに見えるが、つまり『攻め込んできた敵を、建物を犠牲にしてでも足止めする』というマジックである。

 破壊したスケープをマナゾーンに置けるのは、破壊した建物を新たな建材にするイメージだ。

 こういう『sorcery-ソーサリー-』の世界観がわかるマジックカード、好きなんだよな。


「そのアタックは通す! ライフは手札だ!」


「倒れた建物でこれ以上進めないな。ターンエンドだ」


  ***


「メインフェイズ! マナ染色! 茶共鳴が1つあるので茶5無色4! かつて朽ち果てし古のゴーレム、今再び使命を果たせ! 目覚めろ! 『棄造人デスペラード』!」


 やっぱりデスペラードじゃねえか。


 フェート文明の祖となる天才少年がある日森の中で見つけた巨大な人型。すべてのゴーレムのアーキタイプ。

 もはや失伝するほどの昔に起こった大きな戦で、人々を守る命令を受けて戦い、散った、古の泥人形。

 苔むしたその全身には、彼が繋いだ絆のように美しい花が力強く咲き誇っていたという。


 …………というストーリーの、その失伝した大戦時の方の姿である。赤茶けた土で作られた、頭部に角のようなものを生やした巨漢の泥人形だ。


 全身に花が咲いた方の姿は『希望の花造人デスペラード』という名で個別にカード化されており、背景ストーリーではどうやら平和の象徴として扱われている様子。

 戦いの道具に花が咲いて子供たちの遊び場になってるやつ、いいよね……。


「続けて3コストでマジック『ビルディングドロー』! 自分のデッキを上から4枚オープン、その中のスケープカードを好きなだけ配置できる!」


 やっこさん、ようやくデッキが回り始めたようだ。

 石動がデッキを1枚ずつオープンしていく。


「1枚目、『人造守衛ガードム』

 2枚目、『泥人形の防壁』

 3枚目、『ビルディングドロー』

 4枚目、『造兵局』!

 『泥人形の防壁』と『造兵局』を配置!」


 そこ被るのかよ。面倒なことになったな。


「バトルフェイズ! 『棄造人デスペラード』でアタック! アタック時効果! 自分のスケープ1つにつき、このユニットのヒット+1! 俺のスケープは5つ、よってデスペラードのヒットは6だ!」


 ほんこれ。

 赤泥の巨人が足音を響かせて突進してくる。


「フラッシュキャスト! 4コスト『インビジブルポーション』! 自分のユニット1体を回復! そのユニットはこのバトルの間ブロックされない!」


 わざわざアンブロッカブルをつける石動。シエルの効果を嫌がったか。

 さてどうするか。手札にもマナにもそんなに困ってない。ライフにも余裕があるし、受けてもいいか。


「ライフだ」


「6点ダメージだ! どうだ、これが俺のデスペラードだ!」


 ライフを削り切ったわけでもないのに勝ち誇る石動。ひょっとして忘れてるのか。


「1枚はマナに。マナゾーンから『機動天使メタトロン』を破棄するかわりに召喚。デスペラードのパワー-12000」


 マナゾーンから再度立ち上がったメタトロンが巨大な敵を撃つ。


 デスペラードのパワーは19000。よって残り7000。10000を切った──つまり『天使ドーレル』の射程範囲内だ。授業で俺と桜のバトルを見ていた以上、石動もわかっているはずだ。メタトロンの効果のためにライフをマナゾーンに置いたことで、俺の使えるマナも4枚に増えた。ここで警戒しないほど迂闊ではないだろう。


 まあドーレル握ってないんだけど。


 デスペラードに伸ばした手を握り込む石動。


「……ターン……エンド」


  ***


「バトルフェイズ。防壁の効果3枚分、3コスト支払って『天使パワー』でアタック。パワー以外の自分の天使ユニット1体につき、相手ユニット1体をパワー-3000。対象はもちろんデスペラードだ」


 バエル、リペール、シエル、キュリール、ラ・メールで5体分、デスペラードのパワー-15000。今は石動の『造兵局』も生きているのでパワー+2000が2枚分入り、19000+4000-15000で、デスペラードは現在パワー8000となる。


 背中の筋肉を斜めに魅せる天使パワー。


「天使がアタックしたのでラ・メールの効果発揮。ライフ回復し、天秤の効果で相手のライフ-1」


 さて、相手の手札は8枚。防御札1枚くらいならありそうだけど、今石動が使えるマナは残り1しかない。ここを生き残るには『スケープデストラクション』が必須だ。

 そして、仮に握っていたとして、『スケープデストラクション』のマナバランスは茶3無1。この茶色3マナまでが、自壊で軽減できるコストである。よって破壊しなければいけないスケープは4つ(マナコスト代用で3つ、効果コストで1つ)。残るは1つ。生き残れたとしても、返しのターンで俺を仕留められる可能性はかなり低くなる。

 マナ自体は潤沢なので、手札からの直接配置、もしくは『ビルディングドロー』があればデッキから、補充はできるだろうが、俺の現在のライフは7。キュリールとラ・メールを除去せずにスケープ並べを優先すれば、待っているのは翌ターンの確実な敗北だ。


「……っ、じ、『人造門番ゲードム』でブロック!」


 宣言する声はほとんど裏返っている。尋常ではない発汗。頻度の高い呼気。『負けたくない』『巫を取り返したい』『悔しい』『こんなやつに』──顔を見なくてもわかる。

 こんなやつってなんだお前。


「フラッシュキャスト! 『スケープデストラクション』! 『泥人形の防壁』3つを破壊して1コストで使用! 『造兵局』1つを破壊し、このバトルが終わった時バトルフェイズを終了する!」


 持ってたか。


 泥でできた壁がガラガラと音をたてて崩れ去る。まるで奴の虚栄心のようだ。


 灰褐色のゴーレム兵が、迫る筋肉の天使に槍を構えて特攻。しかしその穂先が筋肉の鎧を突き破ることはなかった。

 身命を賭した攻撃は頑健なる大胸筋に弾き返され、人造門番ゲードムは、背景世界において相方であるガードムと同じ末路を辿った。


 そのタイミングだった。

 頭の中にリアの声が響く。


『せーくん! 先生連れてきたよ!』

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