第14話 人の意見を聞く気がない相手との会話ほど無意味なものはないという話

 咄嗟にリアを突き飛ばす。眩い金の髪が歪む景色の向こう側へ遠ざかっていく。


 ええいふざけるなよ。早く帰ってルナエルにありがとうを言いたいのに、今からバトルだと?


 というか『決闘戦』って、相手の同意がなくてもできるのかよ!


『普通はできないよ! 相手のデッキホルダー、承認術式を故意に破壊した違法改造品──違法デッキだ!』


 頭の中にリアの声が響く。

 運命の繋がりとやらのおかげだな。分断されても意思疎通できるのはこういう時に便利だ。

 リア、無事か?


『ちょっとおしり打っちゃったけど、それ以外は無事!』


 そうか。悪い、強く突き飛ばしすぎたな。後で診る。


『えっち。こんな時でもせーくんはせーくんだねぇ』


 取り繕いはしても曲げはしないさ。

 それより人を呼んでくれ。できれば先生がいい。


『わかった。せーくんも気をつけて! あ、石動が使うのはゴーレムデッキだよ!』


 そういえば俺と桜が離脱した後もリアはちゃんと授業に出てたんだったな。自分で確認したわけじゃないからカンニングみたいな気もするけど、この状況だと正直助かる。


 ──リアとの同調から意識を外し、周りを見る。距離感が引き伸ばされた学校の廊下。

 床材がやけに大きく、階段や突き当たりの教室が、遥か彼方に見える。

 授業の時も引き伸ばされる感覚があった。このバトルフィールドは空間を拡張して作っているのか?


 目の前にはプレイシートが浮いている。しかしカードは置かれていない。リアがいない分デッキの枚数が足りないのだ。

 デッキ枚数を口実に無効試合を主張してもいいが、それだと石動は不戦勝を主張しそうだ。桜と話せなくなるのは困る。

 そもそも強制的にバトルに引き摺り込めるなら、中断もできない可能性が高いか。


 仕方ない。


 常に仕込んでいる差し替えカードをリアが抜けたスロットに装填し、ついでにいくらかリストをいじる。リアによって相手のデッキが判明した分メタを打てるというのもあるが、そんなことより大切なことがある。

 なにせこの世界の『決闘戦』はユニットが実体化するのだ。会いたいユニットはいくらでもいる。


 調整を終わらせたデッキを山札の位置に置くと、勝手に初期状態が完成した。便利だなこれ。

 初期マナ3枚、手札4枚、そしてライフの枚数は10。レギュラールールだ。


 空から光が落ちてきて石動のプレイシートに宿る。向こうが先攻か。


「メインフェイズ! マナ染色して3コスト、スケープ『造兵局』を配置! 効果で、種族:ゴーレムを持つユニットカードを召喚する時、そのコストを-1する! 『人造守衛ガードム』『人造門番ゲードム』を召喚!」


 リアのリークでわかってはいたが、隠す気もなくゴーレムデッキか。スケープの扱いに長ける茶のデッキ。にしても序盤からガンガン手札使ってくるな。


 廊下のタイルを下から押し割って、2体のゴーレムが出現する。槍と盾を携えた灰褐色の兵士型ゴーレムだ。小型だが、『造兵局』の効果でパワーが+2000されている。


 第1ターンにバトルフェイズはないので石動はそのままターンエンド。


 第2ターン、俺はチャージフェイズで1枚チャージし、メインフェイズ。マナを染色して4コストで天使パワーを召喚。

 ボン・ジョビのIt's My Lifeと共に舞台袖ならぬフィールド袖から筋肉の天使がポージングを決めながら現れる。フィールド袖ってなんだよ。

 そのままターンエンド。


 第3ターン。石動はチャージフェイズで2枚チャージし、メインフェイズで『フェート文明』を配置。


 ゴーレムによって発展した社会。その興りは人口の少ない村。村に生まれた一人の天才が、足りない人手を補うためにゴーレムという存在を創造したことから始まった。

 その時代の文化社会は後年、その天才の名前を取り、こう呼ばれた。

 『フェート文明』と。


 ……だったかな。俺が『sorcery-ソーサリー-』を始める前のデッキテーマだから背景ストーリーの方は少し曖昧なんだよな。


 石動がカードを捻りアタックの指示を出す。


「バトルフェイズ! 『人造守衛ガードム』でアタック! 『フェート文明』の効果、種族に『ゴーレム』を持つユニットがアタックした時、デッキから1枚ドロー! 『造兵局』の効果でパワー+2000!」


「『天使パワー』でブロック」


 ガードムの攻撃に対し、天使パワーは腰に手を当て胸を張った。大胸筋バリアだ。激突したガードムはバトルフィールドの端まで吹っ飛んで砕けた。


「『人造門番ゲードム』でアタック! 『フェート文明』の効果で1枚ドロー!」


 ブロッカーを残さないか。ドローを優先したな。


「ライフだ。無色マナを破棄してマナゾーンに」


「ターンエンド!」


 ターンが俺に返る。


 チャージフェイズでデッキから1マナ置き、ドローフェイズ。

 おっ、メタトロンだ。4枚フル投入してるのに桜とのバトルでは1枚も来なかったんだよな。メインフェイズでそのままマナゾーンに置く。


「『エンジェルギフト』。3枚引いて2枚破棄。続けてもう1枚『エンジェルギフト』。ターンエンド」


「なんだよ手札事故か?!」


「いちいち叫ばなくても聞こえてるから、もうちょっと声量を抑えられないか?」


 子供のがなり声って耳がキンキンするんだよな。


 後、手札交換を単純に手札事故と捉えるのは良くないぞ少年。


「この調子ならすぐに俺が勝つな! やっぱりお前が巫に勝ったのはただのマグレだったんだ! マグレ勝ちで気を引きやがって!」


 だから声を抑えろと。


「『泥人形の防壁』を配置! これでお前はアタックする時、1コスト支払わないとアタックできない! さらにもう1枚『泥人形の防壁』!」


 石動のフィールドに泥が湧き出る。目算で約3メートル程盛り上がると、その中腹辺りに輝くルーン文字が浮き出て、指のないずんぐりとした人の姿を形成。その首から下がさらに変形し、壁の形をとった。

 石動がいる場所の左右を固めるように出現したので、一見すると城門のようにも見える。


「バトルフェイズ! 『人造門番ゲードム』でアタック! スケープの効果で1枚ドロー!」


「ライフ。カードはマナゾーンへ。この時、マナゾーンにある『機動天使メタトロン』の効果発揮。マナゾーンにあるこのカードはライフをマナに置く時無色マナとして破棄でき、破棄される時、コストを支払わずに召喚できる。そうした時相手ユニット1体をパワー-12000」


「えっ」


 アタックを終えた『人造門番ゲードム』が十文字に切り裂かれ、生まれた隙間を悠々と通り抜けて現れる武装天使。

 機械の装甲を身に纏い、右手のブレードがうなりを上げる。脚のホバーで宙を駆け、左手の銃が敵を撃つ。

 俗に言うメカ少女の系譜に連なるデザインの天使だ。額のV字アンテナは言い逃れできない気がするが。


 時期としてはかなり最近のカードで、条件はあれどマナゾーンから無償で飛んできてユニット焼きを行う便利なカードだ。


 ボディスーツのデザインがハイレグレオタードなので、後ろから見ると白いおしりが丸見えだった。実に眼福だ。


「なんだよそれ。なんでマナゾーンからユニットが出てくるんだよ」


「そういうデザインのカードだからかな」


「こ、こんなの」


「卑怯だ、などとは言ってくれるなよ。不意打ちでバトルを強制する方がよっぽどだ」


「…………っ!」


 自分の所業を引き合いに出された石動は悔しげに押し黙った。

 アタックできるユニットがいなくなったためか、プレイシートの光が自動的に俺の方へ移動する。


 今回はチャージフェイズで2枚マナを追加。


「メインフェイズ。1共鳴3コスト『天命循環』。『機動天使メタトロン』をマナゾーンに戻し、1枚ドロー。メタトロン以外のマナ1枚をデッキの上に戻す。

 続けて6コスト『偽りの仮面 天使バエル』を召喚」


 宵の空に一筋の光が疾る。人工衛星か、流れ星か。いいや違う。あれは、天使だ。

 高空から白亜の騎士が飛来し、ダウンバーストが辺りに吹き荒れる。


「さあ、始めようか!」


 声も高らかにバエルが剣を掲げると、光が天を突いた。光は天から再び降り注ぎ、デッキを照らす。


「バエルの召喚時効果。自分のデッキを上から5枚オープン。その中の天使ユニット全てをコストを支払わずに召喚する」


 デッキをめくる。

 1枚目。『癒しの天使キュリール』

 2枚目。『エンジェルズラダー』。

 3枚目。『天使ハグメル』。

 4枚目。『天使シエル』

 5枚目。『エンジェルズラダー』


 …………。おいラダー2枚落ちたぞ。

 リペールまだ見えてないんだけど。


 降り注ぐ光の柱から3人の天使が現れる。


「……シエルと同じ波動を感じる」


 俺の面倒くさい気持ちを感じ取ったらしいシエルが振り向いてニヤリと笑った。


「……ビバ、サボり」


 サムズアップする白ロリ。

 俺はお前みたいに積極的にサボりたいと思ってるわけじゃないんだけど?


「どれだけユニットを出してもお前はもうマナを使い切った! 『泥人形の防壁』の効果でこのターンはもうアタックできない!」


「そうだな。ターンエンド」


 ダメだな。桜との時みたいに気分が上がらないな。

 無理矢理バトルさせられているのもあって、正直萎えている。

 どうしようか。


  ***


 第7ターン。石動は相変わらずチャージフェイズで2枚置く。


「『採泥場』を配置。効果で1枚ドロー! 『資源再生工場』を配置!」


 スケープ並べまくってるなー。

 これ絶対フィニッシャー『棄造人デスペラード』だな。スケープ1枚につきヒット+1する大型ユニット。


 あれなら対処できる。


 暫定の脅威が見えたことで、一気に集中力が解けてしまった。そりゃあ最後までバトルはするけど、少しは意外性で楽しませてほしいものだ。意外性のあるデッキは見てて楽しい。


 ……いや大丈夫かな。今のメンタルでそこ外してこられるとリーサルプランが崩れてイラついてしまいそうな気がする。

 ストレスは美容の大敵なんだよなぁ。


 猛ってる石動には申し訳ないんだけど、本当に今日はもう帰りたいんだ。色々ありすぎて精神的に少し疲れてる。というかこの強制バトルでどっと疲れた。


 物事を楽しめるのは心に余裕がある時だけだというのは、特に余裕のない社会人の皆さんに大声で言いたい。

 たとえ好きなことだろうが、無理矢理させられれば嫌気がさす。


 このバトルも石動から一方的に仕掛けてきたものだ。

 カードゲームは対話だという考え方があるが、カードだろうが普通の会話だろうが、話を聞く気のない相手とは意思疎通なんてできない。

 暖簾に腕押し糠に釘。無意味なことをわざわざやる意欲なんて起きやしない。


 さておき、やつのデッキ、見たところスケープカードを多く入れすぎてドローが足りてない感じだ。『採泥場』見えてるし詰まってるだけかもしれないけど。

 ユニットが引けなかったらしく、そのままターンエンド。



「メインフェイズ。マジック『エンジェルサイン』。デッキの下から1枚ドロー。フィールドに天使がいる時、次の俺のターンのスタートフェイズまで、相手のスケープすべては効果を無くし、色がないものとして扱う」


 石動は最初のターンしかマナ染色を行っていない。フィニッシャーがデスペラードなら召喚には色マナが6枚必要だ。次のターンでは出せなくなる。


「底に埋まってたか。『エンジェルギフト』」


 引いてきた手札交換を即使用してデッキを掘る。相手の攻撃を1ターン凌いだところで、反撃手段がないんじゃ意味がないわけだ。

 あっリペール来た。


「『天使リペール』を召喚。疲労させることでトラッシュから『エンジェルズラダー』を配置」


 えっち作業服の天使リペールがワープゲートから飛び出し、六角レンチを真上に投げる。空高く放られた六角レンチは雲を切り裂き、光の梯子をもたらした。


 さて──、

 こっちも少々手札詰まってるし、ちょっとサービスしてやるとしよう。


「バトルフェイズ。『癒しの天使キュリール』でアタック。ライフを1回復」


 スケープの効果すべてが消えているため、『泥人形の防壁』は効果を発揮しない。

 キュリールの注射器が土壁の間をすり抜けて飛翔する。


「クソッ、通す! ライフは手札に!」


「バエルでアタック」


「それも通す! 手札だ!」


「パワーでアタック」


「通しだ! ライフは手札!」


 破壊されたライフをすべて手札に加えた石動。スケープの色が消えてるし、ユニットもいないから次ターン色共鳴できないけどいいのか?

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