第13話 僕が先に好きだったと言うのならさっさと告白なりしておけばよかったのでは? ボブは訝しんだ
「あれ?」
リアと一緒に屋上から戻ると、大層不機嫌な桜が階段を降りようとしているところに出くわした。
表情が険しい。昼とはえらい違いだ。
「桜? 今帰り?」
「わ。え、聖くん? そっちこそ……」
視線が逸れ、リアに向く。ちょっとムッとしたな。『運命なんだから一緒にいるのは当たり前』か。
どうなんだろうな。運命は勝ち取るものだと俺は思うけど。この世界では桜の方が一般的な考え方なのかもしれない。今度調べておこう。
余計なことを考えてしまったと思ったようで、ぶんぶんと頭を振る桜。
そんな桜に向けて、リアが一歩前に出た。怖い笑顔をしている。そんな表情もかわいい。
『本気で言ってるのかこいつ』という桜の視線と『そういうとこだよー』というリアの流し目を同時に頂戴した。口に出てたか。
「桜ちゃん」
「リアちゃん? どうし──」
「
「なっ……」
……宣戦布告だぁ……。
桜の表情がこわばり、それから柳眉を吊り上げる。
『そうだ。リアちゃんは聖くんの運命だから保健室のことも知ってるんだ』──!?
おい待てェそれどういうことだ。運命のカードとやらが持ち主と記憶を共有してるみたいに聞こえるんですけど!? 何それ俺聞いてない!
『言ってなかったからね』
突如頭に響くリアの声。こいつ、頭の中に直接!?
ドヤ顔で俺を流し見るリアに、桜が猛る。
「ま、負けないもん!」
その目には決闘中のような闘志が浮かんでいる。やっぱり良くも悪くも直情的だなあ。
と思っていると、桜は名前と同じ色の髪を翻してリアをかわし、一気に俺との距離を詰めた。ほとんど倒れ掛かるような突進。避けるわけにもいかないので受け止める。
口に柔らかなものが触れた。視界いっぱいに桜の顔が映っている。しかし勢いがつきすぎて歯がぶつかった。桜が涙目で離れる。
「痛い……」
俺も……。
「ふふふ。下手っぴ」
煽るリア。
涙目でキッと振り返る桜。
俺としてもキスの思い出が痛いやつに塗り替えられるのは嫌なので、桜のあごを捕まえる。
「ちょっと貸してみ」
「んむっ!?」
ふにふにと啄むように、時折角度をつけながら桜の唇を貪る。
「──こうだよ」
「ふぁぃ……」
一分にも満たない口付けだったのにもう腰砕けになっている。
俺にもたれかかりドヤ顔でリアに振り向く桜。リアは……あっちょっと青筋浮いてる。
「お子様ぁー」
ツカツカと高く足音を立て、今度はリアが俺に体を擦り付ける。屋上でしたように手で俺の顔を挟んで接吻。口の中に舌が侵入してきたので絡め返す。
「っぷは。キスってのはこうやるんだよー」
糸を引いたよだれを舐め取りながら己の優位を桜に見せつけるリア。大人気ない。
桜は真っ赤な顔でわぐわぐと口を震わせている。
「わ……わ、わ、わたしだってぇ!」
「待った待った待った。それ本当にキリがないから。練習はまた今度しような」
リアに負けじとまた桜がキスしてこようとしたので流石に押し留める。すでに学校のスピーカーから生徒に下校を促す放送が流れ始めているのだ。登校時の道のりを思い出す。あそこはあまり人がいなかった。これ以上遅くなると帰り道が危なくなる。
「桜、俺たちは荷物取ってくるけど、どうする? 一緒に帰る?」
「言ってもどうせワープゲートまででしょ。出口はみんな違うんだし」
肩をすくめるリア。
ワープゲート……ってあれか。来た時にくぐった黒い渦。
へぇー、みんな違うところからここに来てるんだな。
「そういえば俺たちは東京の西の方なんだけど、桜は?」
「え、わたしもだよ! もしかしたら結構近くに住んでたりして……って、そうだ」
一瞬はしゃいだ桜だったが、ふと何か思い出したらしい。
「二人とも、荷物って教室だよね? でも今はあんまり近付かない方がいいかも……」
「んなこと言ったって時間が……。……それ、会わない方がいいやつがいるってこと?」
「うん。えっ? なんでわかったの?」
「そりゃあ……もう手遅れだからかな」
癖で表情を読んだものの、その必要すらなかった。全身に突き刺さる敵意。
ショックで取り落としたのか、オレンジに染まる廊下に荷物が散乱している。その中心から俺を睨みつける一人の少年。
名前は確か……、
「い、
桜が俺から飛び退くように距離を取り、乱れたスカートを整える。
いつからって言われたら……桜とキスしてる時に何かが落ちる音がしたから、多分そこからくらいじゃない? じゃあ結構前からじゃねーか。声くらいかけてくれればいいのに。
「
叫ぶ石動少年。その目にはうっすらと涙が滲んでいる。必死でかわいいねえ。
桜を見れば、また先ほどのように不機嫌になっている。
「……何かって何? わたしは別に……、……別に……」
言いながらまたキスの感触を思い返したらしく、顔を赤らめて目を逸らす。
「まあ間違ってはないわな」
「天使は黙ってろ!」
子供特有の甲高い声。まだ声変わりが来ていないんだな。あれは中学生くらいで起こるんだったか。人にもよるけどそれくらいだった気がする。
「しかしねぇ、君。見たところ、桜とはもう決裂しているようだけど?」
「黙れって言ったんだ!」
「話さなきゃ会話にならないだろ」
「うるさい! 俺はお前と話すことなんて何もない! 魔法の授業の後から巫がおかしくなった。帰ってくるのも遅かったし。お前が桜に何かしたに決まってる!」
まあ当たりである。
「それにさっき、巫とくっついて、一体何してたんだ!」
「そんなの石動くんに関係ないでしょ」
突き放したのは桜だ。
「ある! だって俺は……俺は……」
おお、少年が大切な言葉を口にしようとしている。いいぞ、頑張れ頑張れ!
「っとにかく巫! そんなやつと喋るな!」
しかし言えなかった。代わりに出てきたのは、ただのクラスメイトがするには理不尽で図々しい要求。
当然桜は怒る。
「わたしが誰とお話しするかなんて、わたしが決めるもん。石動くんが決めないで!」
立ち尽くす石動。
そりゃあそうなる。惚れた腫れたを抜きにしても、人間っていうのは理不尽な要求には腹が立つものだ。理由も言わずただ押し付けてくるなら尚更のこと。彼は見事に最悪の選択肢を選んだ。
年齢が年齢、それも仕方ねぇか。
好きな子の前で格好つけたいのは、男だったら当たり前。老いも若いもみんなそう。男の子には意地がある。
しかし彼のそれは意地というよりは恥で、見栄だ。見栄は往々にして物事の本質を覆い隠す。
彼は桜のことが好きなのに、恥ずかしくてそれを口にできないのだ。
思春期の焦ったさというやつは、側から見る分にはいい肴だが、当事者となるとどうも回りくどくていけないな。おかげで引っ掻き回したくなる。
「桜、先に帰った方がいい。まだ日はそんなに長いわけじゃない、暗くなったら危険だよ」
「で、でも」
桜を隠すように石動の視線へ割り込む。視線の圧が強くなった。
桜の心配はもっともだ。今感じる敵意はそろそろ害意に変わる。
「こういうのは一度吐き出させた方がいい。でも、それに桜を巻き込みたくないよ。さあ」
安心させるためににっこりと微笑み、早くお行きと背中を押す。
「わ……わかった。でも無理はしないでね。また明日、だよ。会えなかったら泣いちゃうからね!」
桜はとててと音を立てて階段を駆け降りた。
「待てよ巫!」
「石動。今日はもうやめておいた方がいい。心がぐちゃぐちゃなままで話しても余計拗れるだけだ。少し自分の気持ちを整理して──」
「うるさいって言ってるだろ! どけよ!」
「一度落ち着けって言ってるんだよ。聞けよ。これ以上は本当に嫌われるぞ。悪いことは言わないから今日はもう」
「お前が巫に手を出したのが悪いんだろ! 絵救世がいるくせに!」
「それを言われたら返す言葉もないけど、それどっちに比重置いてる? リアのことを抜きにして、桜に手を出したってこと自体を悪く言ってるなら、俺に咎められるいわれはないぞ」
「あるだろ! 巫と一番仲がいいのは俺なんだぞ!」
「付き合ってたわけじゃないんだろう?」
その言葉に、石動は絶句した。
「それは……でも、巫と一番仲がいいのは俺で……」
「ああ。仲のいい
「そんなこと、だって、俺が、だって、そんなの、横入りだ!」
「恋愛はヨーイドンで始める競争じゃない。横入りもなにもないんだ。手を伸ばしたやつだけが掴めるんだよ」
石動の肩に手を置き、正面から視線を合わせる。
「石動、お前は一度でも、桜に気持ちを伝えたことがあるのか?」
「……それは、ない。できるか、そんなこと」
こぼれたのは、ちっぽけな羞恥心と、幼いプライド。人に気持ちを伝える時に最も役に立たないものだ。
「なら、桜が誰と付き合おうと、お前が口を出す権利はない。気持ちを伝えていないお前は、桜を奪い合うレースのスタートラインにすら立ってないんだよ。
お前だってわかっているはずだ。だから感情のやり場をなくして、桜に当たってしまったんだろう?」
「う……」
「石動?」
「うるせーーーーーーーーっ!」
石動は絶叫し、肩に乗せた俺の手を払い退けた。
「お前がなぁ! お前が全部悪いんだよ! お前が巫に手を出さなければ、巫はずっと俺のものだったんだ!」
「桜は誰のものでもない。強いて言うなら桜自身のものだ。
それに、あんなにかわいいんだ。俺が手を出さなくても、いつかは同じことが起こる。それが今日だっただけのこと」
「黙れ! お前なんかに巫は渡さない! 決闘だ! 俺が勝ったら二度と巫に近付くな!」
それ聞くの本日二回目だが?
桜、実は魔性の女説ある。
デッキを構える石動。
その横をぽてぽて通り抜けるリア。
「せーくん、鞄持ってきたよー」
ランドセルを掲げるリア。こっそり離脱して教室から荷物を取ってきてくれたのだ。
「ありがとう」
お礼を言って黒のランドセルを受け取る。石動との会話でだいぶ時間を取ってしまった。濃い夕陽が段々と光量を落とし始めている。
「石動、今日はもう遅い。また日を改めて──」
しかし石動はこちらに同意も取らず、開戦の言葉を口にした。
「『アウェイクニング・アセンション』!」
景色が、歪む。
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