第38話 飼育下にあるメスのウサギは背中を撫でると腰を上げてオスを許容する姿勢をとることがあり、そんな時にお尻を撫でると偽妊娠を誘発してしまいます えっちだね(※R15)

 カードが──メタトロンが選んだパックから出た『天使ラビエル』が、イラストの中から俺の顔をまじまじと、穴が開くほど凝視していた。

 ラビエルはイラスト手前に描かれたテーブルに手をついた。いや違う。イラスト枠に直接手をかけている。膝も乗り上げた。

 まさか……出てこようとしているのか!?


 絵の人物が三次元を認識して外に出てこようと動き出す図って結構な恐怖映像だ。

 古い映画だが、「リング」の貞子とかまさにそれ。あっちはテレビだな。

 動物園で猛獣を安心して見られるのは檻があるからだ。もし虎やライオンが目の前で柵を越えてきたら怖いだろう。

 今出てこようとしているのは天使だが、それはそれ。

 静止画が突然動き出すのは普通に怖い。


 背筋が泡立つままに椅子から腰を浮かせた。ほとんど反射だった。


 そして、光が爆発した。


 浮遊感。上下が無くなる。それも一瞬。背面から衝撃。金属の背もたれが背中に食い込んで非常に痛い。

 でも頭はさほど痛くない。重量のあるマットにでもぶつけたような感触。そして顔に柔らかいものと、甘い匂い。

 この感触は知っている。昨日も桜とリアのに顔を埋めた。でもふたりのよりも柔らかさは上だ。

 舌を伸ばせばミルクのような味に触れた。大体14〜5歳くらいの少女のようだ。

「ひぅっ!?」

 目を開くと飛び込んでくるのは白い肌。後頭部の感触は腕か。頭を抱き締められている。

 体に戻ってきた重力で、椅子ごと床に倒れていることを自覚した。

 そして、俺の上に誰かが覆いかぶさっている。


「えっ……えっ!?」

「ほら、エクセリア。わたしの言った通りでしょう? 同胞ですよ」


 俺の天使が何事か言葉を交わしている。

 やにわにざわつく店内。そりゃあ急にあんな光が出たら驚くだろう。

 足音が近づいてくる。この体重、パックを買った時レジにいた店員さんだ。


「お客様、大丈夫ですか!?」

「なんとか……。君も、もう大丈夫だから退いてくれない?」


 後半は俺の頭を抱きしめる誰かへ。そのまま下敷きにしてもよかったのに、俺が頭をぶつけないように庇ってくれたのだ。

 座ったまま椅子ごと後ろに倒れたようだから、のしかかられていると起き上がれない。気道確保のために谷間をかき分けながら視線を上げる。

 頭を後ろに逃がさない状態でですね、顔の凹凸に合わせて形が変わる程度に柔らかいものを押し付けられるとですね、本当に窒息するんですよ。

 なんで二日連続して胸で窒息死しかける憂き目に遭わなくちゃあいけないんですか?

 あっ違う三日だ。初日にルナエルの胸でも溺れかけてる。


「あ、あのぅ」

「ん?」


 上の人(?)がいつまでも退かないので胸を揉んでいると、頭上から遠慮がちな声をかけられた。


「わたしも、どきたいのは山々なんですけどぉ、倒れた時に肘をぶつけちゃって、痺れて動けなくってェ……ハァ、困ったなぁ……んっ♡ あのその、だから、一回おっぱい揉むのやめてぇ……♡」


 そう言いながら上半身で体重をかけてくる少女。だからそれされると口と鼻が塞がるんだって!


「いいからさっさとどきなよー!」


 痴態に怒ったリアが少女を引き起こした。

 しかし少女が着ていたのは胸元の肌も露わなビスチェ型のバニースーツだった。そこに俺の指が引っかかったまま体だけ起こされたものだから、体前面に張り付いていた布が剥がれて随分見通しがよくなった。


「あ」


 距離が開いたことで顔が見えるようになる。

 平均的に可愛らしい容姿。ふたつ結びのおさげ。頭頂部から白いうさみみが生えている。やはり『天使ラビエル』だ。カードイラストのそのままだ。

 バニースーツが剥けて、首から丹田まで、視線を遮るものが何もない状態になっていた。

 綺麗なお椀型をした手頃なサイズの胸が揺れる。


 店の中にいた男性客から歓声が上がった。ワールドカップでゴールが決まりでもしたような盛り上がり様だ。

 年若い(小学生である今の俺よりは年上だが)少年のグループは一人の例外もなく、声も出さずにこちらを凝視している。一人くらいはいろよ例外。

 椅子ごとひっくり返った俺たちを心配して来てくれた店員さんの両鼻からも熱い血潮が迸る。


 そんな馬鹿な男どもを、女性客が冷ややかは目で見ていた。


 ん?


 あ、女性客いるんだ。


 前の世界だと、たまにゲロ以下の臭いをプンプンさせているやつが出没するから、女性は当然の自衛としてほとんどカードショップに寄り付くことなんてなかった。

 『sorcery-ソーサリー-』がこの世界で本当の魔法になったエボンの賜物だろうか。


 それにしてもいい体をしている。シミひとつない綺麗な裸身だ。

 リアの肌も張りツヤがいいけど、俺に年齢を合わせて小学生になっているから、まだ若さの方を強く感じる。

 ラビエルはやや幼なげな高校生といったところで、大人ほど熟れてもなければ、子供ほど未成熟でもない、思わず飛びつきたくなるような瑞々しい体をしていた。


 あどけなさを残す童顔が真っ赤に染まる。しかし衆目にさらされたままの胸を隠すでもなく腕で寄せるばかり。俺の頭を庇った時に打った肘の痺れがまだ抜けていないのだ。


「リア、悪いけど上着貸してあげて。俺今ちょっと脱げないから」

「あ、うん!」


 腰に乗っかられているものだから、上体を起こすこともできやしない。

 呆然としていたリアだが、俺の声でハッと我に返り、俺とお揃いで少し丈の短い上着をラビエルの胸にかけた。

 しかしそれでどうにかするには、みどりちゃんほどのサイズが必要だ。ラビエルの胸も決して小さくはないのだが、そこまでの大きさもなかったので、布が引っかからずにストンと下に落ちる。


「あれ?」

「〜〜〜〜〜〜〜〜っ!」


 ラビエルは頬を膨らませてプルプルと震え始めた。恥ずかしさで爆発しそうな表情の中にちょっぴり屈辱が垣間見える。


 見かねたメタトロンが背後から手を回して胸を隠した。


「イメージです、ラビエル。ちゃんとした服を。わたしたちはイメージで服装を変えられ──あら、ヒトミミ」

「あ……っ♡ またおっぱい……♡ りゃめ……え? イメージですかぁ? えーっと、うーんとぉ」


 目を閉じて集中するラビエル。すると白い裸身が光に包まれ、燕尾服ベースでスカート付きのバニースーツが現れた。ほとんど脱げてあとは下半身の大切なところを辛うじて隠すのみとなっていたビスチェ型が入れ替わりに消える。


「あ! できまし……ひぁぁ!?」


 スカートをめくってみると、ソックスもサイハイからオーバーニーに変わっていた。インナーはレオタードタイプだ。メタトロンの言ってた「同胞」ってそういう?


「あ、あのぅ、おいたはだめですよぅ」


 ラビエルはそっとスカートを押さえる。

 こういう反応をされるのは新鮮だけど、正直そろそろ退いてほしい気持ちが強くなってきている。

 いやね。足がずっと跳ね上がってるんだよ。そんでさ、この椅子、背もたれが斜めってるタイプでさ、体が無理矢理逸らされてるんだよね。

 そうするとさ、重力ってあるじゃん? 血がさ、集まってくるんだよ。頭の方に。

 正直ちょっと意識が朦朧とし始めた。「君は重力を信じるか?」と聞いてくる神父の幻覚が見える。まさに今被害を受けてんだろうが、その重力のよぉ。


「あっ」

「これは」

「えっ? あっ、ごめんなさいぃ!」


 俺のバイタルアラートを伝心した天使たちが慌てて動き出す。

 俺を引っ張り出そうとするリア、椅子ごと起こそうとするメタトロン、俺の上から退こうとするラビエル。

 なんでそこはバラバラなんだよ。


 ラビエルは横に動こうとして、椅子の足に引っかかって転んだ。手頃なサイズの胸が再び降ってくる。


「もーっ! このえろうさぎ!」

「ご、ごめんなさいぃ」

「マスター、そのままラビエルをつかまえてください。一緒に起こします。エクセリア、そっちを持って」

「えっ私今小学生なんだけど」

「やってやれないことはありません。なんとでもなるはずです」

「気合いでやれと!?」


 なんでもいいけど起こすなら早く起こして……。

 とりあえずメタトロンの言葉に従い、ラビエルの腰に手を回す。うわほっそ。背中側で指繋げる。


「ひゃあ!?」

「せーのでいきますよ。せーのっ!」

「んぎぎ……ちょっ、重い! やっぱむーりぃー!」

「ああっ、手伝います!」


 鼻血の止血を終えた店員さんの手も借り、俺はようやく自然な体勢に戻ることができた。


「軽く死ぬかと思った……」


 目の前にあるラビエルの胸に顔を埋める。


「あ、あのぅご主人様? どうしてラビエルの胸にお顔を?」

「疲れたから。慣れて」

「そんなぁ」


 ラビエルが涙声になる。

 というか、


「君、ラビエルなんだよね?」

「え? はい。ラビエルはラビエルですよぉ?」


 胸に顔を埋めたまま見上げると、不思議そうに首を傾げるラビエル。

 テーブルの上を見れば、イラストが白抜けになった『天使ラビエル』のカードがあった。スリーブは貫通したらしい。


 あと、両手で顔を覆って指の隙間からこちらを凝視する、手のひらサイズの幼女がいた。

 フィギュエルも出てきてるのかよ。


  ***


「いやあ、ユニットが生まれる瞬間なんて初めて見ましたよ! いいものを見……あっ、そういう意味ではないですよ!?」


 わたわたと手を振る店員さん。


「ユニットが生まれる……?」

「ええ。これで君も晴れて魔法使いの仲間入りですよ。おめでとうございます!」

「おめでとう!」

「おめでとう!」


 なぜか店内に巻き起こる拍手の嵐。最終回か?

 俺はすでに天使たちと運命で繋がっているから、この世界の魔法使いの条件に該当しているはずだけど。

 あ、もしかしてリアたちがユニットだってことに気付いていないのか?


 そもそもユニットって『sorcery-ソーサリー-』の舞台となる並行世界『マギ・ソーサリス』に住んでいるものだったはずだ。

 それがカードから生まれたって? 順番が逆転してるじゃないか。


 よほど不思議そうな顔をしていたのだろう。店員さんが人好きな笑顔を浮かべて口を開いた。


「もしかして、知らない? まあ滅多にあることじゃないですからね。無理はないですよ。

 ではまず基本的なことから。

 ユニットというのは、マギ・ソーサリスの原生生命体です。これにはゴーレムなども含まれます。

 これらのユニットを魔法使いが捕獲して、そのカードを複製・増版したものが、『sorcery-ソーサリー-』のパックに入ってるカードになります。

 ここまでなら君も知ってるよね」


 後半初耳ですが?


「複製したカードには当然ですがユニットは宿っていません。

 ですが!

 そのユニットと極めて相性のいい人がカードを手に取った時、運命の縁が紡がれ、オリジナルとは異なる人格を持った新たなユニットが誕生するのです!」


 なにもかも初耳ですが!?

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