第39話 命懸けの冒険に、今日も旅立つ者がいる 異世界に眠るカードを探し出すためにあらゆる困難を乗り越えて進む豪快なやつら、その名は!

「つまり君は生まれたばかりのユニットってこと?」

 対面座位で俺に座るラビエルを見上げる。


「はい、ええ、あのぉ……んっ♡ そうなり……ますぅ……っ♡」

「せーくんそろそろその子おろしなよ」

「エクセリア、多分中に誰もいませんよ」


 そっちじゃないメタトロン。そっちじゃないし多分じゃない。確実にいないから。


 フリースペースの端でラビエルの痴態をこっそり撮っていた彼氏が彼女に激詰めされて破局の危機を迎えているのを横目で眺めつつ、スカートの中の素肌をまさぐる。


 柔らかい。つまり幻覚じゃあない。確かな質量をもってここにいる。

 テーブルの上でひっそりとカードの陰に隠れるお人形さんサイズの女の子、『魅惑の手のひら天使フィギュエル』も、カードに触ることができている以上実体だろう。後で自分の手でも確かめるが。


 店員さんの話は続く。


「15歳までに運命のユニットと出会った子には、マギ・ソーサリスの学園に通う権利が与えられます。魔法使いへの第一歩ですね」


 マギ・ソーサリスの、つまり『sorcery-ソーサリー-』の舞台となる世界にある学園か。

 それもしかして今通ってる学校のことかな。


「16歳の4月を過ぎて運命と出会った場合には、政府管理下の施設で魔法使いの心構えを叩き込まれます。15歳以下でも、一般の学校で魔法による問題を起こした場合、同様の措置が取られます。

 ですから学園に通うのは、権利とはいいますが、半分ほど義務のようなものですね。

 それでも、運命に出会ったことをひた隠しにして違法カードクエスターになる人は後を断たないんですが」


 何か今耳慣れない単語が出たな。


「カードクエスター?」


「はい! なりたい職業ランキングでは上位常連の、あのカードクエスターです!」


 初耳です!

 語感からするに、カードをクエストする者、でいいんだろうか。

 クエスト、英語で探求、冒険、それから──遠征。

 マギ・ソーサリスは異邦の地だし、カードを探すために異世界へ遠征する者、と和訳するのが一番しっくりくる気がする。


 考える俺をどう見たか、店員さんは口元に優しい笑みを浮かべた。


「もしかして、今まであまり興味がなかったかな? まだ小学生ですものね。時間がある時に、ゆっくり考えてみるといいですよ」


 興味がなかったというか、存在しない世界から来たのだ。言うわけにはいかないけど。


「カードクエスターは、マギ・ソーサリスで未知のユニットやマジック、スケープやオブジェクトを探して、その力をカードに写し取ったり、危険な力を持つユニットを捕獲したりする、『sorcery-ソーサリー-』ひいては魔法技術の発展を担う大切なお仕事ですよ。


 マギ・ソーサリスへの渡航は誰にでもできます。ゲートは自然発生することもあるので、そのすべてを国が管理するのは難しいからです。

 ですがソーサリーカードの地球への持ち込みは、基本的に国が定めたゲートで、クエスターの国家資格を持つ人にしか認められていません。それ以外のゲートを使ってクエスト活動を行うのは違法になります」


 つまり密猟者か。


「運命と出会ったのなら、まずは役所への連絡ですね。こちらでやっておきましょうか? あ、先に親御さんへご連絡かな」

「大丈夫です、自分で伝えま──伝えたいので」

「ああ、だよねぇ!」


 店員さんは『お父さんお母さんには自分で伝えたいよね!』と前向きに捉えてくれたようだが、申し訳ないけどそんな殊勝な理由ではない。


 俺はすでに学園に通っている。運命に届出が必要だとは思わなかったが、それはもうされているはず。

 リア以外がどういう扱いなのかはわからないけど、クラスメイトや教師の反応から見て運命が複数いるのはイレギュラーっぽいし、火種になりそうな情報をわざわざ届け出るのは抵抗があるのだ。


「いやあ、まさかうちのパックから運命を引き当てる子が出るなんてなぁ」


 店員さんはうきうきでレジに戻っていった。

 他に店員見当たらないし、ひょっとして店長さんだったりするのかしら。


 ラビエルを膝に乗せっぱなしなせいか、他の客は話しかけてこない。あの店員さんが人好きすぎるだけかもしれないけど。


「どうしよう。少し目立ち過ぎたな」

「移動を推奨します、マスター」

「そうだねー。そろそろ本命のお店も開き始める頃だし、ちょうどいい時間かも」


 あ、ここじゃなかったんだ?


「ここは一番来やすくて雰囲気も穏やかだから、前の世界みたいにカードバトラーとして活動するなら拠点にどうかなって。

 これから行きたいところは、魔法使い向けのお店だよ」

「魔法使い向けの店?」


 なにそれわくわくする。


「この近く?」

「んーん。また電車に乗るよ。少し大きな街へ行くの。目指すはねぇ──八王子! だよ!」


 ──なんだって?

 八王子なら、前の世界でも頻繁に行っていた。


 しかし行き始めたのは高校生になってからだ。

 小学生の時はカードをやっていなかったから、今の頃の八王子を俺は知らない。


「大丈夫? 昔の八王子は治安が悪かったらしいってよく聞くんだけど」

「だいじょーぶ。この世界じゃ、街の隅にあるカードショップなんて、どこも大なり小なり治安が悪いから」


 何がどう大丈夫なんだそれは。


「大丈夫ですマスター。あなたには天使がついています。わたしたちの手にかかれば、暴漢なんて一捻りですよ」

「ありがとうメタトロン」


 でもできれば危ない奴がいないことの方を保証してほしかった。


「ついてくるのー?」

「その方が安全ですよエクセリア」

「本音は?」

「どうせこちらに顕現した以上、徒歩で帰ることになりますし。だったらせっかくなので、わたしもマスターとデートしたいなと」

「むぅー! 今日は私とのデートの日なんだよー!」


 リアが地団駄を踏んでいる。


「ラビエルもいますよぅ。ディーラーならお任せです」

「俺未成年だからギャンブルの機会はないかな」

「というかこっちでも賭け事は違法だよ」


 あ、やっぱり?

 まあ魔法があるならイカサマを見抜くのも手間がかかりそうだし、なおさら無理だろうな。


 ……八王子かぁ。

 俺が知るより昔の街はどんななんだろうな。


「じゃあ行こうか」

「わ、わかりましたぁ」


 ウサミミ天使は俺の上でもぞもぞと腰を動かし、胴に脚を巻き付けて俺にしがみついた。


「……ラビエル。立てない」

「はうぅ……重くてごめんなさい」


 ふわりと重さが消える。胸に埋まった顔を谷間から出すと、ラビエルは天使の羽を広げていた。

 天使はみんな白い羽を持っている。形には個人差があることもあるが、飛ぶ機能を持つことには変わりない。

 飛ぶといっても羽ばたくのではなく、自在に空中移動ができるようになる器官であるらしい。

 ラビエルの羽は腰から生えていた。

 燕尾服風のバニースーツの、その燕尾を持ち上げて、服の中から羽が出てきている。

 浮遊すれば重さは無くなるからね。


 違う、そうじゃない。


 いくら重量がなくても身長差で前が見えないんだよ。

 大体こんな頭がフットーしそうな格好で外を歩こうとするんじゃない。


「ラビエル。柔らかくて気持ちいいけど、さすがに歩けないからどいてほしいな?」

「えぇ? ごめんなさぃ、ラビエルはてっきり……」

「ほら早く退く!」


 ぺしぺしとラビエルのおしりを叩いて急かすリア。


 周囲に意識を向けると、年若い少年たちのグループが、フリープレイをしながら横目で嫉妬の視線を向けてきているのが見えた。

 主に先ほど衆目に裸身を晒したラビエルに釘付けで、同時にカードから現れた手のひらサイズの天使、フィギュエルには気付いていない。

 今のうちだな。

 カードの砦に立て篭もるフィギュエルを指で招いて手のひらに乗せ、ジャケットのポケットに導く。


 ラビエルが少しふらつきながらも俺の上から降りた。

 俺も席を立つ。するとリアが抱きついてきた。太陽の香りが鼻をくすぐる。


「ラビエルに嫉妬しちゃった?」

「……うん。あと、ふたりきりじゃなくなっちゃったから、今のうちに補給」


 なんていじらしい。

 髪が崩れないように頭を軽く撫で、唇を触れ合わせる。人目があるので舌は入れない。

 こちらに視線を向けている集団からどよめきが起こる。


「はわぁぁぁぁ…………!」


 ラビエルも指の隙間から凝視していた。


 少年グループを視界の端で確かめると、無事脳破壊を喰らったり性癖が壊れたりしたようだった。胸を押さえる者、血走った目を見開く者、呼吸を荒くする者。まさに三者三様、十人十色。これだから人間は面白い。


 最後に少しだけ深くキスをして体を離すと、唇によだれの橋がかかって落ちた。


 胸ポケットに視線を落とす。俺たちのキスをすごい角度で見せつけられたフィギュエルが、真っ赤な顔でわぐわぐと口を開閉していた。


 パックから出たカードをまとめてデッキケースに入れる。いつものデッキを入れているデッキホルダーとは別のやつだ。

 というか、バトルフィールドを展開するデッキホルダーとは別に、普通のサプライとしてのデッキケースも売ってるんだよな。レジ周りを見れば、アニメキャラクター柄のプラスチックケースや革製のデッキボックスも陳列されている。

 それはそうか。ホルダーは術式とやらが埋め込まれているせいか、まあまあいいお値段するものな。保管や持ち運びなら特に仕掛けのない普通のデッキケースがいい。


 ……そういえば、俺の持ってる通常デッキケースは、『sorcery-ソーサリー-』を始めた時期の関係で、全て未来に発売されるものだ。迂闊に人目に晒すのはまずいかもしれない。海賊版だと誤解されるのも嫌だし。

 普段使い用にいくつか買っておくか。


「なんかかわいいやつあるかな」


 サプライは美少女系で揃えている。厨二の頃に使っていた不気味な骸骨竜や、湯呑みみたいに全面に魚の漢字が書かれたやつ、果てはひらがなの「ぬ」がびっしり書かれたようなキワモノも、あるにはあるが、新しく買うなら美少女系がいい。金髪やピンク髪だとなお良い。

 あ、小学生がバスケするアニメのやつあるじゃん。これにしよ。やっぱり小学生は最高だな。せっかくだし同じデザインのスリーブも欲し──いかんいかん。

 金銭感覚が以前のままだった。このお金はルナエルからの預かり物だ。浪費は抑えないと。


 そう自戒した時にはスデに購入を終えていた。


「あっれえ?」


 レジ袋の中にはデッキケースとスリーブ一式が揃っている。

 レシートもちゃんとあった。

 習慣って怖いな。

 あっでも安いな……前の世界よりも大分……。

 インフレするのはカード効果だけじゃないってことか。世知辛い世の中だなあ。

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