第40話 ん? 今なんでもって言ったよね

「待ちなさい!」


 速やかに退店しようとする俺たちの前に、一人の少女が立ちはだかった。

 小学生にして氷の如く、しかし幼さを残す美貌。青みがかった銀の縁取りは、ふわりと伸びた長い髪だ。俺とラビエルが抱き合っていたところでも見ていたようで、透き通る頬は桃色に染まっている。


「悠里ちゃん?」

「名前で呼ばないで!」

「やだ」


 高天原 悠里。一昨日、保健室で出会った、桜にただならぬ想いを寄せる少女だ。


「どうしてここに?」


 一応聞いたものの考えるまでもない。おそらく彼女にとってもここが最寄りのショップないし活動拠点店、いわゆるホームなのだ。

 学校のクラス数と人数から、単純計算で一学年につき一つの県から三人強の子供がマギ・ソーサリスの学園に通っていることになる。こういう偶然もあるだろう。

 少なくとも、遠征でたまたま来ていたところに鉢合わせたというよりは確率的にあり得る事だ。


 悠里は俺に指を突きつける。


「それはこっちのセリフ! なんであなたがここにいるのよ! しかも桜に手を出したくせに、そんな風に他の女を侍らせて……この女の敵!」


 侍らせるって小学生が使う表現じゃないぞ。お前の語彙どうなってるんだ。


 黙っていれば深窓の令嬢という風情の整った顔に怒りを漲らせる悠里に、リアが腕を引いて俺を下がらせ、メタトロンが前に出る。


「あの子、一昨日の」

「なんで知って……ああ、そうか」


 リアは運命で繋がってるから、保健室で出会ったことも知ってたんだったな。


「情けないわね。女の子に守ってもらうなんて恥ずかしくないの?」

「ご存じないのですか? ユニットは人より強いのですよ」


 俺の代わりに応えたのはメタトロンだ。


「そう、あなたがそいつの運命なのね」


 あ、まずい。


 俺たちが通っているのは、運命持ちだけが入学できるらしいマギ・ソーサリスの学園だ。

 しかし俺は今しがたこの店でラビエルと新たに縁を結んだばかり。

 悠里と同級生だとバレると、俺に複数の運命がいると芋づる式に知られてしまう。


 メタトロンが失言に気付きぷるぷる震えているが、今の今まで危険に気付かなかった俺も大概だ。


 電車でやった姿隠しの結界をリアに……いや、天使の力を使うとどの道バレる。


 脇を駆け抜けるか。いや、だめだ。悠里は店の出入り口を塞ぐように立ちはだかっている。捕まらない速度で駆け抜けようとすると、どうやっても突き飛ばしてしまう。


「ちょっとちょっと、何事ですか? って、悠里ちゃんじゃないですか。お店の中で揉め事はよして下さいよぉ〜」

「店長。ちょうどいいわ、バトルステージ貸して」


 おっとり刀で駆けつけた眼鏡の店員に、悠里はそっけなく言い放つ。しかし冷たさはなく、どこか気心が知れた様子だ。やはりホームか。あと彼、やっぱり店長だったんだ。


 透き通った青い目が俺を射抜く。

天使あまつか、あなた言ったわよね。大人がいないところで勝手に『決闘戦』するたたかうのはだめだって。

 なら、大人がいればいいのよね?

 ここで会ったが百年目よ。私と勝負しなさい!」


 高らかな宣戦布告に店内がざわついた。


「悠里ちゃんがバトルするって!?」

「しかも相手はさっきの羨ましいやつだ」

「運命持ち同士の『決闘戦』か。面白い」


 ……こいつ。

 中々したたかなことをしてくれる。


 表情からは純粋な戦意しか読み取れない。俺にバトルを受けさせるために最も有効な手段としてギャラリーを味方につけたのだ。


 こういう真っ直ぐさは嫌いではない。

 だが結果的に逃げ道を潰されてしまった。


 人間は社会性生物だ。集団に馴染まない異物を排斥する習性を持つ。

 普通じゃないことを知られるのは都合が悪いが、ここで断るのも印象が悪い。


 ここまでくると、知られるのを避ける術は無いに等しいな。


 それに悠里はわざわざ対外的な理由を廃して俺に勝負を挑んできた。それを無碍にするのも気が進まない。


 どうあっても見つかった時点でゲームオーバーだったか。


「悠里ちゃん、彼と知り合いですか? 彼、さっき運命に出会ったんですよ。もしかしたら君と同級生になるかも」

「何言ってるの? あいつ学園の生徒よ。同学年。クラスは違うけど」

「えっ? でも──」


 ああ、ほら。もうバレた。


「いいよ。やろうか」


 店長が深く考える前に『決闘戦』を了承する。

 こうなるとあれだ、追求される前にバトルを始めて有耶無耶にしてしまう方がいい。


 いや、おためごかしはよそう。

 俺は悠里とバトルしたいのだ。

 監督者となる大人がいるなら『決闘戦』を行う際の安全上の問題はクリアされている。そこに関して拒否する理由はない。

 挑戦は受けて立つ。これはカードバトラーの本能だ。


 運命が複数いる件については、ああ、あれだ。後で『契約ギアス』なりで口止めでもすればいい。


「リア、メタトロン。それから……ラビエルも。準備を」

「ぶ、ぶっつけ本番ですかぁ?」

「そうだよ」


 せっかく縁が繋がったのだ。一緒に闘りたい。

 ただ、フィギュエルはお留守番だ。負けられない戦いで試行もなしに初めて使うカードを二種類も入れるのは、リスクが高いなんてレベルじゃない。


「大丈夫、落ち着いてやればいい。さあ、いくよみんな」

「イエス、マイマスター」

「結局休みの日でもバトルしてるねえ」

 まったくだ。休日ってなんなんだろうな。


 ところでバトルステージって何。


 あまりにさらっと出過ぎてスルーしてた。

 いや、語感からなんとなくわかるけども。


「なに突っ立ってるの? ほら、あっちよ」


 悠里の指差す方へ向かうと、バスケやサッカーのコートみたいに四角く線が引かれたエリアが店の奥にあった。壁には大画面のモニターが設置されている。


「……これは?」

「なによ? 見るの初めて? これがバトルステージよ」

「このモニターは?」

「バトルフィールドを映すためのものよ。ジャッジマスターがいないとフィールドの中を見られないから、これで中継するのよ」

 そういえば石動とバトルした時先生が言ってたな、ジャッジマスターの権限がどうとか。

 バトルフィールドの中を覗くのも魔法の一種、機械でそれを代替してるってことか。

「見せ物になるつもりはないんだけど」

「お店で『決闘戦』するならここしかないでしょ。フリースペースでバトルフィールドを展開したら迷惑じゃない」

 どうせ戦うのは異空間じゃ……ああ、戻ってきた時に人がいたら危ないか。


「悠里ちゃん! ステージの準備できましたよ!」

「ん」


 悠里はスタスタとバトルステージの端、サッカーコートならゴールが置かれている場所に移動した。


「それじゃあ、お友達は観客席に……あれ?」


 店長の言葉に礼だけして、全員で舞台に上がる。観客からもどよめきが上がる。


「あのう、バトルできるのは一人ずつですよ。というか君、デッキは? ただ運命のカードを入れるだけでは魔力は宿らないんです。対応するテーマじゃないと……」

「あります。悠里も言ってたでしょう? 俺はマギ・ソーサリスの学園の生徒ですから」

「それだと君にはもう運命がいたことに……でも君が運命と出会ったのはさっきで……? あれ?」

「ぬか喜びさせたみたいになって申し訳ない。俺はとっくに魔法使いなんですよ」


 ホルダーからデッキを取り出し、手早くカードを入れ替える。


 保健室でのことを信じるなら、悠里のデッキは紫。ドローと蘇生が基本戦術となる。

 だが本当に紫を使ってくるかはわからない。特化させると他色や多色だった時に轢き潰される。なので紫へのメタは厚くするだけにとどめ、全方位に対応できる余地を残した。それでもやや苦しいが。


 悠里は俺に指を突きつける。

「『契約』よ。私が勝ったらもう桜には近づかないで」

「同じクラスで席も近いんだぞ。無理に決まってるだろ」

「なら桜に話しかけないこと!」

「班で授業受けることもあるんだけど?」

「〜〜〜〜! なら桜にはこれ以上手を出さない! それでいいわね!」


 落とし所というにはいささか乱暴だけど、条件として提示するなら妥当なラインか。

 了承の意を示すように肩をすくめてみせる。


「それで、俺が勝ったら何を貰えるのかな」

「……………………これからも桜と話していいわよ」

 すごい葛藤。でもダメだ。

「それじゃ今までと変わらないだろ。俺は友達と話せなくなるリスクを負うんだ。なにかリターンがないと『契約』は受けられないな」

「……っ。だったら……だったら、あなたが勝ったらなんでもひとつ言うこと聞いてあげる」

 ん? 今なんでもって言ったよね。

『せーくんさぁ』

 リアに念話で呆れた声を送られた。

 向こうが勝手に言っただけなので俺に非はない。

「随分思い切るね」

「どうせ私が勝つもの。こんな言葉一つであなたが『契約』を受けるなら安いものだわ」

 と言いつつ、声が少し震えている。

 勝った時が楽しみだな。


「みんな」

「うん」

 リア、メタトロン、ラビエルがふわりと浮き上がり、光になってデッキに入る。


「なっ!」

「ええ!? みんなユニットだったんですか!? しかも運命!?」


 悠里と店長が驚きの声を上げる。まあそんな反応をされるだろうことはわかっていた。


「そういうこと……浮気男は運命まで二股できるってわけ」


 好き勝手言ってくれる。


「マジかよ……俺今日から浮気男になるわ」

「あ゛ぁ゛!?」

 さっきこっそりラビエルの裸を撮ってた彼氏が彼女の剛腕で床に叩きつけられていた。堂々と不貞宣言するんじゃないよ。


 未だ混乱抜けきらない店長に悠里が声をかける。


「店長、変な踊りしないで。もう始めていい?」

「え? ああ、ええ、はい! どうぞ!」


 悠里はスカートを翻し、ふとももからデッキホルダーを取り外した。合わせて俺もデッキを構え──待て、なんでホルダーを使う? まさか運命のデッキじゃな──


「『アウェイクニング・アセンション』!」


 瑞々しい唇から呪文が紡がれ、世界が光に包まれた。

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