第41話 湿っぽくて燃え盛るもの

 目の前に広大なフィールドが広がる。

 肌を舐める風は妙に湿っていた。いつもは気持ちよく乾いているのに。カードが曲がりそうで不安だ。


 天から落ちてきた光は俺のプレイシートに宿った。第一ターンは俺からだ。

 マナ染色黄1して『エンジェルズラダー』を配置し、ターンエンドする。白い光が悠里のプレイシートに移動した。


「スタートフェイズ、チャージフェイズ、ドローフェイズ……」


 山札から1枚ドローした悠里は、ふと顔を上げる。


「そういえばあなた、私のデッキの色を知ってたわよね」


 あれはほぼ自爆だったろ。

 たまたまデッキカラーと同じ色のパンツを履いてたそっちが悪いよそっちが。


「どこで聞いたのか知らないけど……それならごまかす必要はないわね? 最初から飛ばすわ」


 ……誤魔化す? 何を……いや、この首筋が焼け付くような感覚。まさか。


「メインフェイズ。『冥府に流れる清流』をマナに置くわ」


「……ッ!」

 悪い直感が的中したことを悟る。


 『冥府に流れる清流』は紫単色のスケープカードだ。

 不浄の地底世界に流れるただ一つの清い川。亡者は触れることができず、近付くだけで浄化されてしまうという。冥府に住まう死者は赦しを求めてこの川を探し、あてどなく彷徨うのだ。

 このカードはフィールドまたはマナにある時、色を青としても扱える効果を持つ。紫でありながら青マナにもなるわけだな。


 悠里はカード名をわざわざ宣言してからマナゾーンに置いた。複合色を扱うプレイヤーによくある特徴だ。そうすることで「(色)染色1、効果で(色)としても扱う」と一々言うよりかえって簡潔に済むからだ。


 今まで出会ったプレイヤーたちと同じように純正構築なのであれば、やつのデッキは青紫の混色。

 おそらく序盤は青単に擬態するのが普段のプレイングなのだろう。しかし紫であることが俺にバレていると思っているから、誤魔化す必要がないと判断して初手から複合色マナを切ってきたのだ。


「4コストで『讐炎獣グズルーン』を召喚」


 大地が割れ、昆虫の如き大顎を持つ獣が地面を突き破って現れる。関節から紫の炎が噴き出し、フィールドを怪しく染め上げた。


 やはり『讐炎』か。


 竜殺しを成した英傑の夫を暗殺され、復讐の炎に身を焦がす未亡人、クリームヒルトの物語をテーマとしたカードグループだ。


 このデッキテーマであれば、切札は十中八九『讐焔魔竜グリームヒルドラン』だろう。素でヒットを2つもつ、大型の進化ユニットだ。


 進化とは、重ねるカードと同じ色のマナを1枚破棄して条件が合うカードの上に重ねることで、強力なユニットを本来のコストより軽く出せる効果だ。


 グリームヒルドランの進化条件は「コスト6以上」。つまりフィールドにいる6コスト以上のユニットに重ねることができる。

 普通にプレイすれば最速で先攻二ターン目、第三ターンには出てくる計算になるが、返しのターンを考えればそんな無茶はできないだろう。

 今回は悠里が後攻なので、早くて第四ターン。桜の持つ『護国将 太陽の皇子 流樟』のような、誘発で踏み倒すユニットがあればさらに早く、しかも無理なく出てくる。迂闊にアタックするわけにはいかなくなった。


 ……いや、だが純正構築であれば後半の方がバリューがデカくなる。リスクを承知で早めに削るべきか?


 前の世界じゃGSグッドスタッフのフィニッシャー枠としてしか相対したことがない。純正の対面だとどうするのが正解だ?


 そもそも悠里はデッキホルダーを使ってバトルを開始した。運命のデッキではないなら『讐炎』のパーツを採用したGSの可能性もあり得るか……?


 マズイな、相手のいいように踊らされている。

 考えすぎかもしれないが、考えないではいられない。想定される敵のカードパワーが高すぎるからだ。


「召喚時効果。紫の手札1枚を破棄することでデッキから2枚ドローする。または「讐炎」を含むカードをすることで、デッキから3枚ドローする。今回は『蝕む竜血』を破棄して2枚ドロー」


 例えば『讐炎獣グズルーン』のこの効果。通常はこのように手札コストが必要だが、グリームヒルドランから踏み倒すことで無条件3枚ドローに変化し、召喚後はグズルーン自身も『讐焔魔竜グリームヒルドラン』への補助効果を持つ。

 他の『讐炎』も同様に、グリームヒルドランの効果で召喚されることにより強化される効果と、本体たる讐焔魔竜への支援能力を持つユニット群で構成されている。

 なにも対策がなければ高打点の連続アタックで一気にライフを吹き飛ばされるのは確実だ。


 悠里がターンエンドを宣言し、手番が俺に回ってくる。


「1枚染色。マジック『エンジェルギフト』。3枚引いて2枚破棄する。……さらにもう1枚『エンジェルギフト』。3枚ドロー、2枚破棄」


 ドローで引き込んだ追加のドロソを即座に叩きつける。どの道あまりターンに余裕があると思わない方がいい。俺にできるのは、可能な限り手札を回すことだけだ。


 マナを使い切りターンエンド。


 第四ターン。ここから先は、いつグリームヒルドランが出てきてもおかしくない。警戒を最大にしつつ、迅速に勝負を決めに行かなければ。


「メインフェイズ。マナ染色して3コスト。青のスケープ『ヴォルムスの薔薇園』を配置。配置時効果でデッキを上から2枚オープンして、コストが異なるユニットカード1枚ずつを手札に加えるわ」


 悠里のフィールドを荊棘が這う。鋭利な棘が蔓同士を傷付け合いながらみっしりと足元を埋め尽くすと、鮮血のごとき深紅の薔薇が次々と花開いた。

 クリームヒルトの生家が所有する薔薇園。そこには十二人の戦士がいるという。

 もっとも、今そこにいるのは虫の大顎をカチカチと打ち鳴らす魔獣だが。


 召喚時効果でオープンされたカードは『アヴェンジドロー』と『讐炎妃クリームヒルト』。ユニットカードは1枚だけだ。『クリームヒルト』は手札に加わり、『アヴェンジドロー』はデッキの上に戻る。


 『薔薇園』の効果はそれだけではない。


「『薔薇園』がフィールドにある間、相手はアタックする時、1コスト支払わなければアタック時効果を使用できない」


 青の本領は効果封じだ。相手の自由を奪い、その間に自陣の攻勢を整える戦法を主流としている。

 ここに紫が複合する『讐炎』はかなり厄介だ。

 紫は死の色。墓地利用を得意とし、ライフが減るほど強くなる。

 青の効果でロックされる前に殴り切ろうとすると、紫の効果が強化されてしまう。逆に紫を警戒しすぎると、青の効果で身動きを取れなくなってしまう。


「スケープ『秘められし黄金』を配置。バトルフェイズで相手ユニットが疲労した時、自分はデッキから1枚ドローできる。さらに、自分のフィールドに青のカードがある間、お互いフィールドに存在しない色の【激発】効果は使えない」


 【激発】。

 桜の持つ『護国将 太陽の皇子 流樟』や『爆灼陽炎斬』のような、ライフからめくれた時に発動する誘発効果の総称だ。

 このように、特定の効果をわかりやすくひとつの単語にまとめたものは【キーワード効果】と俗称され、【激発】の他にも様々な効果がある。


 相手のフィールドを埋め尽くす棘薔薇の隙間から、一瞬だけ輝く金の光が漏れた。


 夫を暗殺されたクリームヒルトは、夫が殺した竜、ファヴニールの財宝を少しずつ切り崩して慎ましく暮らしていた。

 しかし暗殺者を送り込んだ王は、その潤沢な資金によって彼女が復讐を企てることを恐れ、その遺産を隠してしまったのだ。

 この行為が彼女の復讐心に火をつけることとなる。


 『秘められし黄金』のカードに描かれているのはその財宝だ。眩いばかりの価値あるものが、どこか暗い場所に押し込められているイラスト。

 王は恐怖心から、財宝のように眩いクリームヒルトの穏やかな心を閉じ、復讐鬼に堕としてしまったのだ。


 俺を睨む悠里の瞳は昏く粘ついて燃えている。

 『お前が桜を奪ったから私は復讐鬼になった』とでも言いたいのか?

 面白い。受けて立ってやる。


 第五ターン。

 俺は2枚マナチャージしてメインフェイズへ。


「『天使ステディエル』を召喚。『エンジェルズラダー』の効果でトラッシュから『天使ハグメル』を回収。

 続けてマジック『エンジェルサイン』。デッキ下から1枚ドロー。フィールドに天使がいるので、次の俺のスタートフェイズまで、お前のスケープの効果と色を消す」


 セミロングの赤毛を風に靡かせながらステディエルが現れ、指先に光を灯して宙に記名する。

 御使いの名を表した天使文字は敵対者から色彩を奪い、荊の隙間から光を放つ鮮やかな薔薇園が色褪せた。


「これでステディエルがアタックした時、お前は『秘められし黄金』の効果でドローできない。デッキトップのドローマジックは次のターンにマナゾーンへ落ちる」

「だったら何? それだけのためにスケープの効果を消したのかしら」

「手札を増やされるのは怖いからねえ」


 軽くうそぶいて『天使ステディエル』に指を置く。


「バトルフェイズ。ステディエルでアタック!」

「ご主人様!?」


 ステディエルが驚いて振り向く。それもそうだろう。

 いつもなら『天命循環』などで仕込んでから行うガチャ効果。しかし今日はなんかいける気がして、気付いたらそのままアタックしていた。


「ん? 今そのユニット喋って──」

「アタック時効果でデッキを1枚オープン。天使ならコストを支払わずに召喚できる」


 変な追求をされそうだったので食い気味に効果宣言。

 デッキトップを1枚めくると、そこにいたのは『命の大天使ラ・メール』だった。大当たりだ。


「うっそぉ……」


 ステディエルが唖然とする。そりゃ信じられないだろう、こんな運任せのジャックポット。


 真紅の渦潮が逆巻き、中学生程度の少女の姿の天使が現れる。

「あっ」

 ステディエルが背後から波に飲まれた。そのまま潮流に乗って相手フィールドへ運ばれていく。


「ラ・メールの召喚時効果。デッキの上から1枚をライフに置く」

「ライフ回復……初期値を越えて増やせるのね」

 11になった俺のライフに、悠里は険しい顔をする。


「ブロックはしないわ」


 そうだろうな。

 『讐炎獣グズルーン』はパワーで『天使ステディエル』に勝る。

 しかし紫はライフが減るほど強くなる色。後半の除去効果にも優れる。まだバトルは序盤。目先の勝利にこだわるよりも未来への布石を打つ方が得だ。打たせて溜める、というやつだな。


 川の流れを止める堰を打ち壊す丸太のごとく(文字通り)真っ直ぐ敵陣に突っ込んだステディエルが、死んだ魚のような目をしながら悠里のライフをひとつ砕いた。

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