第42話 そらもう銀河無敵の罪業苦よ

「減らされたライフはマナに置く」


 悠里は澱みない手つきで無色マナを破棄して、めくれた青のカードをマナに置いた。トラッシュに置いておきたいカードがマナゾーンに落ちていたようだ。


「バトルフェイズを続ける。『命の大天使ラ・メール』でアタック」

「なっ」


 アタックしてくるとは思っていなかったようで、悠里が綺麗な目を見開く。それはそうだ。俺だって普段ならこんな無謀なことはしない。


「天使がアタックしたのでライフを1回復」

「また回復!」

「継戦力が売りなもんでね」

「継戦……っ!? そうやって桜もねっとり堕としたわけ!?」

 顔を赤らめて体をかき抱く悠里。何考えてんだエロ娘。


 『命の大天使ラ・メール』のパワー値は、収録された時期のコスト帯平均から見てもやや低い方だ。だからアタックするような機会はほとんどない。だがさすがに4コストの『讐炎獣グズルーン』よりは高いパワーを持っている。

 悠里はマナを使い切っているので、ブリンクで反撃が飛んでくることもない。アタックに伴うリスクは【激発】をはじめとしたライフ誘発程度。

 そしてすでにグリームヒルドランが出てこれる最低ターン数は経過している上、進化元として想定された『讐炎妃クリームヒルト』を握られている。強力な除去効果を持つ奴が出てくればブロッカーなどなんの意味もない。

 ならば自分のライフを増やしにいく方がアドバンテージを取れると判断した。

 天使のライフは擬似的なリソース、多ければ多いほどいい。


「ブロックはしない!」


 色褪せた薔薇の園に立つグズルーンは迎え撃とうとする素振りを見せたが、悠里はブロックを選択せずライフで受けた。


「んっ……! ライフが減少したので、手札から『魔神プネウマ』を1コスト支払って召喚!」


 大気から滲み出るように、翠を纏った女性が現れる。

 大いなるものの吐息。命の息吹。超自然的存在がヒトの形をとったもの。

 見る者全てがため息をつくような美しさだが、その体躯は見上げるほどに大きい。


 ライフ減少をトリガーとして踏み倒し召喚できる青の汎用札(どんな構築でもとりあえず入れておけば機能する便利な効果を持つカード)。ビジュアルカラーは翠だがカードの色は青だ。カードイラストの時は特に何も思わなかったけど、ユニットを直接前にするとあれだな、ややこしいな。


 コストは6。グリームヒルドランが乗れるコストだ。


 こいつは『讐炎』のパーツではない。構築がGSグッドスタッフに寄っている?


  ***


 ライフ減少時の誘発効果は、ライフが減ってから、そのライフが手札またはマナに置かれるまでの間に処理しなければならない。

 ライフゾーンの下には、ライフから取り除かれたカードの内容を確認するためのエリアが設けられている。【激発】などをチェックするのもここだ。

 ライフから取り除かれたカードはまずここに置かれ、その間に減少時誘発を処理することになる。

 このエリアは初期からあったものではない。実用性の高いライフ減少時の手札誘発が増えたことで、処理順を明確にするために新設されたものだ。なんなら今出てきた『魔神プネウマ』は原因の一つだったりする。

 それまでは、ライフが減って手札かマナに加えるまでが一括りで「ライフが減った時」の扱いだった。【激発】も、ライフを表向きにした瞬間に発揮する裁定だった。

 だがそれではライフから引き込んだ手札誘発を即使用することができてしまう。実際のルールではそのようなことはできなかったのだが、多くのプレイヤーが誤認してしまうこととなった。そのためこのようなエリアを設けることになったのだ。

 実装されたのは第十二期、つまり『sorcery-ソーサリー-』十二年目から。

 なので、この時代にはまだ存在していないはずなのだが、未来のカードがある以上ルールがそちらに則しているのは当たり前かもしれない。

 俺がいた時代よりさらに未来のデッキテーマが現れたら、ルールもまた変わるのだろうか?


  ***


 『魔神プネウマ』の召喚後、悠里はライフから削れたカードをまたマナに置いた。

 手札に加えてもいい場面だったはずだが、俺の『エンジェルサイン』によって悠里の場のスケープは次の俺のスタートフェイズまで無色化しており、共鳴ができない状態だ。色マナの補充を優先したか。

 ドローソースのマナ落ちが確定したので、チャージフェイズで2枚マナチャージしてデッキを掘る心算かもしれない。

 紫はトラッシュ利用が豊富な色だ。万が一キーカードをマナに落としてしまっても、削られたライフをマナに置くことでトラッシュに送れば、容易にリソースへ戻すことができる。


 俺にアタックできるユニットはもういないので、ターンエンドするしかない。


 第六ターン。

 予想通り、悠里はチャージフェイズで2枚チャージ。手札を温存しつつ可視情報を増やす。


「メインフェイズ。『讐炎獣グートルーネ』を召喚するわ」


 悠里は新たな讐炎獣を召喚した。青2紫2無色1の5コスト『讐炎獣グートルーネ』。

 薔薇園からマグマが吹き出し、蒼い炎を纏った二足歩行の獣が現れる。頭部は綿帽子に似た形状の皮膚で覆われており、胴体にはヒレののような器官。輪郭だけ見れば花嫁のようにも見える。


「召喚時効果で自分のデッキを上から4枚破棄できる。その後、トラッシュのユニットカード1枚を手札に戻す」


 デッキを破棄して肥やしたトラッシュを確認する悠里。その唇が弧を描く。


「トラッシュから『讐焔魔竜グリームヒルドラン』を手札に加えるわ」


 やはり……グリームヒルドランか……。

 しかしさすがにここから勝負を急いてくることは……いや。

 あるな。ワンチャン削り切られるルートが。


 『讐炎妃クリームヒルト』は『讐焔魔竜グリームヒルドラン』の進化元にある時、グリームヒルドランに「讐炎獣」を蘇生するアタック時効果を与える。

 逆に言えば、もし悠里が『魔神プネウマ』に『讐焔魔竜グリームヒルドラン』を乗せるつもりなら蘇生による打点追加はない。


 だが『讐炎獣グズルーン』は「讐炎獣」のバトル終了時にそのユニットを破壊し、グリームヒルドランを回復させる効果を持つ。

 だからヒット付きのオブジェクトカードがあるだけで同ターン中の決着が見えてくる。


 悠里の手札3枚中、見えているのは2枚。

 『讐炎』のカードプールなら、オブジェクトカードは5コストの『血塗れの竜滅剣ブラッディバルムンク』だけだ。このターンにはもう出せない。

 しかし汎用ユニットの『魔神プネウマ』が出てきた以上、同じように汎用オブジェクトが採用されていてもおかしくはない。そしてオブジェクトカードにヒットが付き始めるのはコスト4からだ。

 プネウマとグリームヒルドランがいる以上、盤面を更地にされるのは確定している。耐えたところで次ターンのリカバリが厳しい。


「バトルフェイズ! 『魔神プネウマ』でアタック! この時3マナまで支払うことで、段階的に効果を発揮できる! 1マナでコスト7以下の相手ユニット1体を破壊! 2マナでさらに回復! そして3マナでターンに一回、相手の手札を1枚破棄してライフを1つ破壊!」


 殴ってきた! オブジェクトはなしか!

 空にそびえる翠の女が身じろぎをした。それだけでフィールドが震撼する。

 風が吹く。翠の風が。大いなる意志。神の吐息。意識が否応なく引き寄せられ、思考が止まる。

 気付いた時には、ステディエルが盤面から消えていた。

 なんだ今の感覚。カードの力で意識が操作されたってのか?

 減らされたライフはちゃんとマナに置いたようだが、集中が少し乱れた。面倒な。

 手札も減っている。撃ち落とされたのは……ハグメルか!


「っ!」

「よし! 防御札!」


 ぺたんこな胸の横で拳を握りしめた悠里は、さらに手札へ指をかける。


「ブリンク・モーメント! 色マナを1枚破棄し、『魔神プネウマ』を『讐焔魔竜グリームヒルドラン』に【進化エボリューション】!」


 魔神の名を冠しながら静謐な光をたたえる美しいひとが紫の炎に包まれた。

 炎に映るシルエットは人型を逸脱し、悪鬼の如き邪竜の姿へと変貌を遂げる。鱗は他者を拒絶するように刺々しく尖り、腕には竜殺しの魔剣が融合してしまっている。


 王への復讐心からかつて夫が使った剣を手に取ったクリームヒルトは、剣に宿る邪竜の呪いと共鳴し、自らもまた竜となった。

 それこそが『讐焔魔竜グリームヒルドラン』。復讐の炎で己諸共怨敵を焼き尽くす、魔に堕ちた乙女の竜である。

 クリームヒルトの伴侶は『不死身のザイフリート』。別名ジークフリートとも呼ばれる男で、英傑ユニットの一角だ。殺した竜の血を全身に浴びて不死身の体を手に入れたが、その時菩提樹の葉が張り付いていた背中だけは不死身にならず、殺される時もそこを貫かれたという。

 クリームヒルトが竜化したのは邪竜の呪いではなく、魔剣を通してザイフリートが持つ竜の因子を取り込んだためであるそうな。英傑である夫の力を取り込んでいるため、『讐焔魔竜グリームヒルドラン』は種族に英傑を持っている。


「進化時効果! コスト8以下の相手ユニットを破壊! この効果で破壊した時、デッキから2枚ドロー! そして『讐焔魔竜グリームヒルドラン』がフィールドにいる間、私の効果でフィールドを離れるあなたのユニットすべてはゲームから除外される!」


 魔竜がドス黒く濁った赤い炎を吐く。まるで復讐に走りながらも尽きることのない苦しみに血を吐いているようだ。

 炎にさらされた大地は赤熱して融解し、フィールドは地獄の様相を呈した。


 除外とは読んで字の如く、ゲームから取り除かれること。除外されたカードは同ゲーム中の再利用が不可能になる


 『命の大天使ラ・メール』のコストは8。相手の除去効果の射程内だ。

 命を生み出す赤潮が蒸発し、無防備になったラ・メールがマグマに飲まれる。

 サムズアップしながら溶岩に沈んでいくラ・メール。アイルビーバックじゃないんだよ。除外だって言ってるだろ。


 除外されたカードはプレイシートの外に置く。そうすることで、もうゲームの中にはいませんよ、ということを示すのだ。

 なお公式からは山札やトラッシュの右横辺りに置くことが推奨されている。


「これがメインのアタック!」


 グリームヒルドランが迫る。俺の命を奪うため、魔剣と融合した右腕を振り上げる。


「ライフだ!」

「グリームヒルドランのヒットは2! ライフを2つ破壊する!」

「っだあ!?」


 ものすごい衝撃が体の芯を叩いた。なんでオヴザーブの時みたいにライフ破壊で衝撃があるんだ!?


『ああっごめんね! 言い忘れていたよ! バトルステージでは演出として、ライフが削られた時にノックバックがあるんです!』


 外から店長さんの声が飛んできた。なんだその傍迷惑な機能!

 そういや悠里もさっきなまめかしい声上げてたな! だからか!


「やけに痛みが強いんですけど!?」

『えっ? そんなはずは……あれ?! ごめんなさい! 君の方だけ設定が最強になっていました!』


 ……ほう。俺の方だけ。


「おい」

「なによ。私は知らないわよ」


 つんと顔を背ける悠里。でも実行犯がお前だって顔に書いてあるんだよなあ!


 ええい畜生! これが終わったら二度とステージなんて使わねえ!


「減ったライフはすべてマナにする!」


 メタトロンはマナに落ちているがまだ使わない。グリームヒルドランは効果で回復した『魔神プネウマ』から進化したので当然回復状態。今出しても次のアタックで除外されるのが確定している。


「もう一度! 『讐焔魔竜グリームヒルドラン』でアタック!」

「それもライフだ! っぐう!」


 ああくそってえなあ! 集中が削がれる!

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