第43話 剥き出しのその大地に迸る光を放つように

「『讐炎獣グートルーネ』でアタック!」


 攻勢継続だと!

 『讐炎獣グズルーン』がバトル後の「讐炎獣」を破壊して『讐焔魔竜グリームヒルドラン』を回復させる効果を持っているため、このターンで悠里が削れる俺のライフはあと6点。

 勝負を決め切るには1打点足りないはずだ。さっきのドローで追撃を引き込んだか!?

 だが甘い! 『讐炎獣グズルーン』の効果発揮タイミングはバトル終了時。これはバトル中に発揮・誘発するあらゆる効果の中で最も遅いタイミングだ。具体的にはライフ減少から派生するすべての処理を終えたさらに後で、ようやく発揮の順番が回ってくる。そこに辿り着くまでに効果対象となるユニットを除去してしまえば効果自体を使えない!


「ライフで受ける! っ!」


 ……うん。さっきよりは痛くない。

 が。


『どうですか? 衝撃度は標準まで下げたんですけど』

「それでもまあまあキますね……」


 大分マシになったけどぉ……。これ通常設定なの? 子供泣いちゃうよ? 今は俺も小学生だけど。

 なんだって二日連続でこんな痛い思いを……。

 そういえば、痛み方がオヴザーブの時と違うな。あっちはもっと体の芯に響く感じだった。

 このバトルステージで受ける衝撃は、なんというか、巨大なハリセンでぶっ叩かれてるみたいな感じだ。瞬間最大風速が強いだけで後には尾を引かないというか。

 いや、だとしてもバトルの邪魔だよこれ。


「なんだってこんな演出つけたんだ」

「派手でわかりやすいからじゃない? ほら、大会とか。あなただって見たことあるでしょ。ライフがただ減るだけだったら画面映えしないわよ、絶対」

「あいにく行く機会がなくてね。人が集まるイベント自体は嫌いじゃないんだけど」

「中継とかテレビでやってるでしょ!?」


 え、大会のテレビ中継とかあるの!?

 そんなに世間に浸透しているのか。やっぱりすごいな、この世界の『sorcery-ソーサリー-』。

 とりあえず知ってるフリしとこう。


「ああ、そうだったね。最近だとなにかあったかな」

「全国卒業生限定大会が三月にあったばかりじゃ──あ」


 ふと上がった声に顔を向けると、悠里が『やっちゃった……』と冷や汗をかいていた。目が合ったのは一瞬。気まずそうに視線を逸らされる。


「……なに?」

「……えっと。ねえ天使あまつか。あなた、もう誕生日来てる、わよね?」

「それこそあったばかりだよ。春休み中なもんだから、実は学校の友達に祝ってもらったことがないんだ」


 おどけて肩をすくめて見せたのだが、悠里はこちらを見ちゃいなかった。視線が宙を泳いでいる。


『君……聖くん? 遅生まれということは……もしかして君、まだ十一歳だったりする……?』

 店長の声が、いつの間にか静寂を湛えたバトルフィールドに響いた。


「? ええ、はい。なりたてほやほやピチピチの十一歳ですけど……」


 一応中身は二十代だけどね。


『そっかぁ。まいったな。バトルステージの推奨年齢は十二歳からなんですよ』

 年齢制限あるんかい。

「それはなんでまた」

『君もさっき言ってたじゃないですか。あれ結構痛いでしょう?』

「いやまあ、不意打ちだったんで。あの程度なら、あるとわかっていれば特には」

『お、大人びてるねえ……。でも中には泣いちゃう子もいるから、十一歳以下の子には使わせないようにしてるんですよ』

「あー……」


 やっぱり子供泣くよな、あれ。


「でも推奨年齢ってことは、使用自体に問題はないですよね?」

『それは……うーん。たしかに、法律で厳密に決められている対象年齢と違って、推奨年齢はあくまで目安ですからね』

「だったら。バトル、最後までやらせてください。ちゃんと勝ち切りたい」

「は?」


 俺の言葉に反応したのは悠里だった。綺麗な目が鋭く尖る。


「あなた、ここから私に勝てると思ってるの?」

「いいや? じゃない。俺はと思っているんだ」


 なにせ勝つために手を伸ばす奴のところにしか降りてこないからな。勝利の女神様ってやつは。ああ、俺の場合は天使様だけど。

 俺を射殺さんばかりに突き刺す視線。それを真っ向から受けて跳ね返す。


『……わかりました、続けましょう。僕が責任を持ちます!』

 店長さんが堂々と宣言した。有難い。


「しかしきみには嫌われていると思っていたんだけどねえ。歳の心配をしてくれるなんて意外と優しいじゃないか」

「な! 別にそんなんじゃないわよ! 万が一があったら親に顔負けができない、なんて言ったのはあなたでしょう!?」

 顔を真っ赤にして叫ぶ悠里。保健室でのやりとりを覚えていたのか。

「なに笑ってるのよ!」

「いや? やっぱり優しいんだなあって」

「〜〜〜〜! 年下のくせに生意気よ!」

「年上期間一年未満で威張られてもなあ?」

 話の流れから察するに、限りなく丸一年に近い差のようだが。


「…………」

 手元からじっとりした視線を感じたのでそっと目を逸らす。


 ええと、どこまでやったっけ。

 ああ、そう。割られたライフのチェックからだ。

 ライフゾーンのカードを1枚、チェックエリアで表向きにする。

 ──そら来た。勝利の天使様だ。


「カードは手札に加える」

「『讐炎獣グズルーン』の効果で、バトルを終えた『讐炎獣グートルーネ』を破壊して『讐焔魔竜グリームヒルドラン』を回復! グリームヒルドランでアタック!」


 毒々しい焔を纏った竜が再び襲いくる。


 削られたライフをマナゾーンに置く時は、無色マナを破棄してから置かなければならない。『機動天使メタトロン』のような特殊例を除き、この時破棄できるのは無色マナだけだ。

 無計画にマナ染色し過ぎると、いざという時にマナリフレッシュ出来なくなる。

 俺の無色マナは残り1。このターン中にライフからマナへ置けるのは、あと1枚だ。

 俺は、無色マナをすべて捨て去る勇気を持たなければならない。


 グリームヒルドランのアタック、受けるか? いや……。


 トラッシュを確認する。

 

 さっきまではリアの効果で魔竜を止めるつもりだったが、今の手札なら──こうだ!


「フラッシュキャスト! 4コスト、マジック『エンジェリックウォール』!」

「ここでマジック!?」

「自分の天使族ユニット1体を破壊するか、手札にある、種族:天使を持つユニットカード1枚を破棄し、そのカードのコスト1につき自分のデッキを上から1枚破棄する! 破棄した中にある、種族:天使を持つユニットカード1枚につき、このバトルの間自分が受けるダメージを-1!」

「防御札! まだ握ってたの!」


 ちなみに4コストのコスト帯には、特に条件もなくターン中に受けるダメージを1に抑えるカードがたくさんあったりする。このカードは単体で見れば非常にコスパが悪い。

 なんで手札1枚切ってるのにライフ保護値が運ゲーかつ適用期間が同バトル中のみなんですかね。


「手札の『斬罪天使キリエル』を破棄! そしてそのコスト分、デッキを7枚破棄だ!」


 心臓がうるさい。喉がヒリヒリする。乾いた唇を舐めると塩の味がした。


 破棄の内訳は……天使4枚、マジック3枚! よし!


「破棄した中に天使が4枚あったので、このバトルの間、俺は4ダメージまで軽減できる!」


 天使たちの幻影が光の壁を作り、グリームヒルドランの進撃を阻んだ。魔竜の爪が振り下ろされるが、その凶刃は届かない。


「まだよ! 『讐炎獣グズルーン』でアタック!」


 悠里はなおもアタックを仕掛けてくる。

 迫るは讐炎の獣。虫の大顎をカチカチと打ち鳴らし、大地を踏み鳴らしながら向かってくる。

 『エンジェリックウォール』の効果は使用したバトル中のみ。もう期限切れだ。


「ライフだ! カードはマナに置く!」

「「讐炎獣」のバトル終了時、グズルーンの効果で──」

「まだだ! まだ俺の効果処理は終了してないぜ!」

「なに言ってるのよ。もう減ったライフはマナに置き終わってるじゃない!」

「『機動天使メタトロン』効果発動! マナゾーンにあるこのカードは、マナから破棄される時、かわりにコストを支払わず召喚できるカード! そしてその時、相手ユニット1体をパワー-12000する!」


 最後の無色マナ。その表面は『機動天使メタトロン』だ。

 効果発揮の条件は『マナから破棄される時』なので、裏向きから破棄される場合でも問題なく召喚できる。デッキから直接マナに落ちても腐らないのだ。

 むしろ「表向きでマナに置かれている時に無色マナとして破棄できる」効果の方がおまけである。


「パワーダウンの対象はお前だ、『讐炎獣グズルーン』!」


 効果対象の指定と同時に、光の帯が天から落ちる。轟音と土煙を立てて現れたのは当然、武装を纏ったメタトロンだ。


「そこのアリっぽいキメラ! 一方的に殴られる痛さと怖さを教えてあげます!」


 体格的にはメタトロンの方が小さいのだが。

 メタトロンは武装から発生させた衝撃波に乗りグズルーンに突撃。大気との摩擦熱で赤く発光しながら、グズルーンの腹部を貫いた。


「バトル終了前に除去された場合、当然グズルーンの効果は発揮できない。グリームヒルドランは回復しない!」

「〜〜〜〜ッ! ターンエンド!」


 悠里は喉から声にならない声を上げてターンエンドを宣言した。全身が悔しさに震えている。

 だがどの道マナはほぼ使い切り、打点も元々不足。このターン中の決着は不可能だったはずだ。そこまで悔しがることはないんじゃないかな。


 第七ターン。チャージフェイズで2枚チャージしてメインフェイズへ。


「9コスト。『時司る大天使カイエル』を召喚」


 音が消えた。

 この場にいる一切が、息を潜めるように動きを止める。

 フィールドに満ちる静謐な空気。

 硬質な音が響いた。立て続けにもう一度、もう一度。一定の間隔で鳴りながら、段々と、近付いてくる。

 これは足音だ。時が刻む足音だ。

 俺の隣を、何かが通り抜ける感覚があった。姿は見えないが、たしかにそこにいる。

 がフィールドに降り立つと、の周りを公転するように、いくつもの光の粒が円の軌道を描いた。

 光輪は数多生まれ、積み重なり、繭のようになると、膨らんで一気にほどける。


 落ちる砂。回る歯車。潮の満ち引き。花は枯れて種を残し、芽を出してまた咲き誇る。


 カイエルは時間の進行を管理する大天使だ。彼女の力で、時は一定の速度を刻む。

 もしも彼女がいなければ、時間の流れは滅茶苦茶になってしまうだろう。人は老いては若返り、胎の中で老衰する。砂は崩れて大木となり、荒れ狂う海の底でマグマを吐く。昼と夜が次々に訪れ、かと思えば終わらない昼夜が続くのだ。


 大天使は時を刻む長短一対の剣を両手から垂らし、その瞳は無窮の彼方を見つめている。表情の浮かばない相貌は美しく、また空恐ろしい。


「そのカード……ッ」


 悠里が絞り出すような声を上げた。知っていたか。まあおかしな話ではない。

 『時司る大天使カイエル』は第五期シリーズの背景ストーリーに出てくるキャラクターだ。この時代でもすでに存在している。


 出てくるといっても、登場人物たちの話で語られるのみで、ストーリーにその姿を見せたことはない。

 だからなのか、『時司る大天使カイエル』はパック封入ではなく、ショップ大会の優勝景品であった。

 俺は当時『sorcery-ソーサリー-』をプレイしていなかったので、後年購入する形で手に入れている。

 いやあ、まさか地方の友人に会いに行った時、たまたま足を伸ばしたショップのストレージで出会えるなんて思わなかったよね。

 この時代の景品プロモはレリーフ加工がないとはいえ、通常レアとは光り方もデザインも違うのに。

 まあいくらレアリティが高くても、汎用性が低くて古いカードなんてそんなものなのかもしれない。同時期の他の景品プロモも一緒に落ちてたし。なのでみんなまとめてお迎え購入した。


「バトルフェイズ。『時司る大天使カイエル』でアタック」


 カイエルが小さく顔を上げる。


「そちらの『ヴォルムスの薔薇園』の効果で1コスト支払い、アタック時効果発揮! このバトルに『瞬きの刹那ブリンク・モーメント』は発生しない!」


 カイエルが一歩踏み出した。足音と共に世界が静止する。

 次の瞬間、無数に分裂した時針の剣が悠里を取り囲んでいた。

 だがカイエルの効果はこれで終わりじゃない。


「さらに! ゲームに一回、トラッシュにある、種族:天使を持つユニットカード10枚をデッキの下に戻す!」

「ゲーム一効果っ!」

「カイエルの名を知っているならもうわかっているな! 10人の天使をトラッシュからデッキに戻した時、このターンの終了時、続けて俺のターンを行う!」


 これが本領。一ゲーム中に一度だけ使うことができる、追加ターン効果。


「来なさい! どうせヒットは1でしょ!」

 悠里が吠える。

 飛翔する剣が悠里のライフを貫いた。

 ライフを1枚めくり、唇を噛む。【激発】を期待していたか。

 ライフのカードはマナと違って、効果を使わなければ表面を確認することができない。ゲーム開始時から置いてあるライフに【激発】があるかどうかは完全に運だ。


「ライフはマナに!」

「さらにメタトロンでアタック!」

「それも通し! っく、ライフはマナ!」

「これでターンエンド……そしてもう一度、俺のターンだ!」

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