第44話 運命の切り札

 第八ターン。

 カイエルの効果で追加ターンをもぎ取ったとはいえ、依然打点不足なのは変わらない。悠里のライフはあと6点。彼女が追加ターンの衝撃から抜け出して冷静になる前に勝負を決めなければ。


「ドローフェイズ。──……!」


 ここでか。ここで来るのか。

 ──カジノ台に腰掛け、妖艶な流し目を第四の壁に向ける白バニー。

 『天使ラビエル』。

 はっきり言って有効牌ではない。ないのだけど……こちらの方が、面白くなりそうだ。


「メインフェイズ。『天使ラビエル』を召喚!」


 バトルフィールドにトランプが降る。カードが舞い散る中に現れたのは素朴な白バニー。

 ラビエルは先程セクハラされていた時とは打って変わった真剣師の顔で空中のジョーカーを掴み取ると、


「わきゃあ!?」


 降り積もったカードに足を滑らせて派手にすっ転んだ。


「痛たたぁ……」


 脚を開いて尻もちをつき、打った頭をさするラビエル。


「大丈夫ですか?」

「うぅ、刻の涙を見ましたぁ……」


 そんなもんホイホイ見るんじゃないよ。

 ラビエルはM字に開いた脚を畳んで女の子座りになると、メタトロンが差し出した手を握って立ち上がる。体柔らかいな。


「はうぅ……初陣だしカッコよく決めたかったのにぃ」


 目の端に涙を滲ませる白バニー。プルプル震える姿は実に弱々しい。おしりを打って足が痺れたのか?

 よろよろとして猫背なものだから、バニースーツのカップが浮いて胸の先端が見えそうだ。頼りねえ……。

 なんだか勝負所を間違えたような気さえしてきた。

 まあ今更言っても詮無いことだ。こうなればとことん地獄に付き合ってもらう。


 嫌な予感がしたので、『エンジェルズラダー』の効果は使わないでおく。念の為だ。


「メインフェイズ終了。ラビエル、準備はいい?」

「はいぃ! 張り切って行きますよぉ!」


 萎れていたウサミミがピンと立ち、丸めた背が真っ直ぐに伸びた。心なしか肌ツヤも増した気がする。肉感が増したみたいでえっちだね。


「お互いのバトルフェイズ開始時、『天使ラビエル』の効果発揮!」


 フェイズ開始時という特殊なタイミングで起動する効果に、悠里は警戒を浮かべる。いいセンスだ。感動的だな。

 だが無意味だ。


 ラビエルの効果は、手札をポーカーに見立てて勝負するというもの。一種のルール書き換え効果だ。

 トランプと違い、デッキ内の数字コスト比を好きなように操作できるのでイカサマ賭博だが。


「ではご両人、まずは賭け代ベットをいただきますぅ!」

 クリクリとした瞳に獰猛な光が宿った。

 ラビエルの元に俺たちのライフが1つずつ飛んでいく。この状態ではまだライフが減ったことにはならない。


「なんでライフが!」

「それはただの参加費だ。本番はここからだよ」


「ディールですよぉ!」

 ラビエルが放ったトランプが、俺と悠里の目の前でそれぞれ静止する。その枚数と数字は、今の手札とそのコストに等しい。


「お互い手札が5枚になるように、デッキからドローするか、手札を破棄する。

 その後、お互い好きなだけ手札を破棄でき、破棄した枚数と同じ数だけドローする。

 その後、ライフ賭け代追加でベットレイズでき、ベットする枚数が決まったら、手札をオープンして

「っ!?」


 悠里の表情が強張る。──なるほど。やっぱり握っていたか。手札増加に対する誘発を。

 『讐炎』、というか『讐焔魔竜グリームヒルドラン』を軸にしたデッキで採用されるカードであれば、『昏き闇の蛇 ブルーウィロー』辺りだろう。

 相手の手札増加に反応してノーコスト召喚され、増えたカード1枚につき、ユニットまたはスケープ1つをデッキの下に戻す効果を持つ。それだけでも破格だが、フィールドにおいても効果を持ち、バトルする時ターンに1回、回復できる。色が紫と青の混色であるため、『讐炎』では召喚後に共鳴先の役割も持てる。


 だがどんなに強かろうと、ラビエルの前では死に札だ。


 『sorcery-ソーサリー-』の効果処理は基本的に即時解決であり、スタックやチェーン(※)は存在しない。そもそもの効果発揮を封じるものや、マジック効果の打ち消しこそあれど、発揮を始めたユニット効果をキャンセルできないのだ。

(※いずれも「後入れ先出し」の処理形式。使用した順番の遅い効果から解決していく)


 手札から発揮する効果は、当然だが手札からでなければ使えない。そしてフィールドに置かれたカードは、その時点で手札ではなくなる。

 なので、ラビエルの効果に対して手札誘発は使えない。

 宣言自体はできるが、効果処理の順番が来る前にフィールドに置かれてしまい、「手札からの使用」という条件を満たせなくなるからだ。


「手札を5枚にして……俺は1枚だけ交換しよう」

「何をしたいのか知らないけど、利用させてもらうわ。3枚破棄よ。捨てた数だけドローすればいいのね?」

「そうそう」


 悠里は手札から3枚の『讐炎』を捨てた。よって効果により、デッキから3枚ドローする。


「さぁ御二方ぁ? 楽しい楽しいレイズのお時間ですよぉ」

「レイズ?」

「賭け代を増やすことだよ。こんな風にね」

 俺はライフをさらに1枚追加で賭け皿に乗せる。

「ご主人様がレイズなさいましたぁ。悠里さんはいかがなさいますかぁ?」

「ここでできるのはコール、レイズ、フォールドのみっつ。コールは相手と同じ額を賭けること。レイズは賭け代を吊り上げること。そしてフォールドは勝負から降りることだ。でも悠里ちゃんは、まさか勝負から逃げたりなんてしないだろう?」

「……っ、当たり前でしょう! コール!」

 手札には耐性があるのに本体煽り耐性ゼロじゃん。

 売り言葉に買い言葉というか、打てば響くというか。効果もちゃんと知らないのによくもまあ不用意に賭け代を増やせるものである。

 コールの後すぐ顔に不安と後悔が浮かんだ辺り、あまりいいハンドじゃなさそうだな。

 ここでレイズすると行動権を与えてしまう。フォールドされても損だ。欲張らずにいくとしよう。


「さあ、運命の時間だ。フィールドに置いたカードのコストで役を作り、その強弱で勝負する。


 役の強さはハイカード<ワンペア<ツーペア<スリーカード<ストレート<フルハウス<フォーカード<ファイブカード。

 ハイカードが最弱で、ファイブカードが最強だ。フラッシュ系の役がオミットされているのは先に述べた通り。

 ハイカードは数字がバラバラで役になっていない状態のことを言う。少々ややこしいかもしれないが、「役なしという役」である。


 「役なし」も役の内なら「役が作れない」状況にはならないんじゃないかと思われるかもしれないが、そんなことはない。

 そら、ちょうど悠里がその状況を引き当てていたらしい。


 俺は手札をフィールドに置く。『煌めきの天使エクセリア』『天使リペール』『天使リペール』『天命循環』『エンジェルギフト』4コストが三枚と、3コストが二枚。フルハウスだ。

 悠里は顔を青褪めさせて手札を見つめている。

「どうした? 置かないのか?」


「……ッ」

 俺の問いかけに下唇を噛み、手札を力無くフィールドに落とす。『讐炎妃クリームヒルト』『讐焔魔竜グリームヒルドラン』『讐炎、我が身を焼き尽くせ』『昏き闇の蛇 ブルーウィロー』『永久氷壁』。

 『讐炎妃クリームヒルト』と『昏き闇の蛇 ブルーウィロー』は共に6コスト。つまりワンペア──

 なぜなら『永久氷壁』があるからだ。


 『永久氷壁』は、ライフが減った時にノーコストで使用できる無色の汎用防御マジックで、カード自体に。使用した戦闘以降に受けるターン中のライフダメージを0に抑える効果を持ち、ハンデスや手札使用制限に引っかからないため安心して使える防御札だ。


 しかし今回はその耐性が裏目に出たな。

 手札保護を持つカードは、ラビエルの効果を受けてフィールドに置くことはできない(効果耐性がある証明のために提示する必要はある)。もちろんその前段階の手札交換でも、『破棄できる効果』を受けないので、破棄することができない。

 ポーカーの役はカードが5枚なければ、ハイカードすら成立しない。

 だから手札保護付きのカードがあると、役が作れなくなり、ラビエルの効果による勝負の敗北が決定する。


 GS寄りの構築っぽいからもしかしたら入っているかと思ったけど、当たりだったな。

 ……というか2枚目のグリームヒルドランあるじゃねえか。今の手札交換で来たのか? あっぶなぁ……。


「負けたプレイヤーはベットしたライフすべてをトラッシュに置き、そのカード1枚につきデッキから1枚を、勝ったプレイヤーはライフに置く」


 ラビエルの手元にあった俺と悠里の賭け代ライフが、賭けの勝者である俺の元に戻ってくる。

 2枚ずつライフを賭けていたので、悠里はライフ-2で残り4、俺はライフ+2で残り7となる。またライフ差が逆転した。

 あそこで挑発に乗らずフォールドしていれば、悠里が失うライフは1つで済んだのになあ。


「フィールドに置いたカードはすべて破棄する。そうした時、デッキから5枚ドロー」


 カードは流して次のラウンドへ……だ。

 なお段階ごとに区切って読んだためわかりにくくなってしまったが、ラビエルの効果は頭からここまでで一纏めだ。従って、この効果で指定されている破棄枚数は5枚である。過不足なく5枚だ。それより多くても少なくても、「そうした時」が満たさないため、破棄した後のドローができない。

 『永久氷壁』を手札保護でフィールドに置けなかった悠里が破棄できるのは4枚だけだ。新しい手札は配られない。

 これはカード効果の時代背景による弊害だ。


 前の世界においてラビエルが刷られた当時──つまり今俺がいるこの時代──には、単体で手札保護を持つカードなんて存在しなかった、らしい。手札保護はユニットやスケープがフィールドから発揮する効果で、手札全体を保護するものだったのだ。

 なので手札保護があると破棄が通らず、バトルフェイズ開始時点で相手の手札が5枚より少なければ、ただ手札補充をさせてしまうだけの効果だった。役が作れないのは変わりないので一点確実に奪えはしたが。

 0か1か。効果に巻き込まれて手札交換するか、効果を拒否して手札すべてを守るか。そのどちらかだけだったのだ。


 ところが単体で手札保護を持つカードの登場により、役を作れず、五枚破棄ができないという新たな状況が現れた。ラビエルの効果は強烈なハンデスとして機能できるようになったのだ。

 相手依存で安定性がないのと、自分がその防御札を採用できなくなるので流行りはしなかったが。


「んー、いい仕事しましたぁ」


 指を組んで大きく伸びをするラビエル。一瞬前までの捕食者の空気はどこへやら。バニースーツがズレて綺麗なお椀型の胸がまろび出そうになる。


「ラビエル、見られていますよ」

「ふぇ? ひゃあ!」


 メタトロンの指摘で慌てて胸を隠すラビエル。余計なことを。


「アタックはしない。ターンエンドだ」

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