第45話 目先のものに囚われすぎると大事なことを見落とすよ
「スタートフェイズ。チャージフェイズ、1枚チャージ。ドローフェイズ」
悠里は唇を噛みながらターンを進める。ドロー直後の渋面を見るに、引きも芳しくなかったようだ。
「メインフェイズ。『永久氷壁』をマナに置くわ」
『永久氷壁』は無色マジックだ。マナに置いても裏向きのカードと同じ無色マナとなり、色の足しにはならない。
マナ染色でわざわざ無色カードを置くくらいなら、チャージフェイズで2枚チャージした方がいい。そうすればマナを確保した上で、手札を1枚多く抱えておける。
だがそれはマナとして利用する場合の話。手札から保護付きカードを捨てる手段として見れば、これほど簡単なものもない。
しかし紫という色が得意としている
あったところで『永久氷壁』は、その防御性能故に一度トラッシュに落ちると一切の効果を受け付けなくなる。結果は変わらない。
山札が残り半分を切った状況で、貴重な防御手段をわざわざ無色マナにする……悔しいでしょうねぇ。
なぜそんなことをしたのかといえば、ラビエルの効果でまた疑似ハンデスされるのを避けるためだろう。さすがだぞ。ラビエルの効果がお互いのバトルフェイズ開始時だということを、バッチリ覚えていたんだな。
眉間にしわを寄せ、歯を食いしばる悠里。しかしどれほど悔しさに歪もうと、極上の美しさは欠片も損なわれないままだった。顔が良すぎる。
「続けて……っ、4コストで『永久氷壁』を空撃ちする」
2枚目の『永久氷壁』!? トップドローか! この局面でこれは手痛い。
しかし捨てられなければ使えばいいのはその通り。上手いプレイングだ。
「やってくれるね」
「余裕ぶって……! 絶対負けない! あなたに勝って、桜の目を覚まさせるんだから!」
おいおい。それじゃあ俺が悪者みたいじゃないか。こんな天使みたいな悪者がいるわけないだろう。
自分で天使って言うのはなんかアレだな。
意気軒昂は大変結構。だけど先程の一手は、最善手とは言い難い。
上手いプレイングだとは言ったが、それはあくまで、ラビエルの効果による疑似ハンデスを厭うならの話だ。
悠里の残りライフは4。『永久氷壁』が2枚、いや1枚でもあったなら、次の俺のターンは確実に耐えられただろう。このターンにラビエルの効果で1点減るとしても、辛うじて安全圏内だ。
だから、今この盤面で悠里が気にするのはデッキの方であるべきだった。
***
『sorcery-ソーサリー-』の敗北条件は2つ。ライフを全て失うか、デッキが0枚の状態で自分のスタートフェイズを迎えるかだ。
山札を自然界に満ちる魔力に見立てた『sorcery-ソーサリー-』の世界観において、デッキ切れは土地の魔力を使い切ってしまったことを意味する。
土地が魔力を失えば、後に残るのは死の大地だ。枯れた土地に命は育たない。
決闘戦は文字通りの決闘だ。誇りをかけた戦いだ。他者を踏みつけにしてまで得る誇りなどありはしない。
目先の戦いに夢中になり、土地を枯らしてしまった時点で、そいつの負けなのだ。
***
「バトルフェイズ! あんたのユニットの効果でライフを1枚賭けて、手札が5枚になるようにドロー! 交換はしない!」
引いたカードの内容も見ずに無交換宣言、ポーカー勝負をはなから捨てている。つまり事実上5枚のデッキ破棄に等しい。
現在俺たちのどちらも、山札がすでに半分を割っている。無用な消費は敗北への特急券だ。
『永久氷壁』は手札で相手の効果を受けないとはいえ、手札の枚数としては数えられる。勝負後に5枚捨てられなければドローもないのだから、山札の消費は手札を5枚にする際の3ドローのみで抑えられたのだ。
どの道グリームヒルドランでこちらのユニットを除去すれば2枚はなにかしら引き込めるのだから、無理に手札から排除する必要はそんなになかったはず。
ラビエルの効果を意識し過ぎだ。
「こっちも交換はなしだ」
「あんたの効果には乗らない! フォールドよ!」
まあそうくるよな。
ラビエルの効果はポーカー勝負にさえ乗らなければ、リターンもないが被害も最小限だ。
フォールドが掛かったのでそれ以降のベットがなくなり、お互い手札をフィールドに置く。
「──え?」
悠里が愕然とした声を上げた。
それもそのはず、4コストが2枚でワンペアが成立している悠里に対し、俺の手札は役のないハイカードだったのだから。
降りなければ少なくとも1点ライフを回復しながら、俺のライフを1枚トラッシュ送りにできたのに、好機をみすみす逃してしまったね?
ラビエルの効果は強制かつ、場合によっては相手に利する効果。だからこういうことも起こり得る。
「あっ、ああっ!?」
役割を持てたはずのハンド5枚が無為にトラッシュに落ちる様に、悠里の喉から悲痛な声が上がる。
悠里のデッキは残り20枚を切った。今ラビエルの効果で5ドローしたから、残りは……11枚か。そろそろ一枚一枚を大切にしないといけない頃合いだ。
ここでタダ捨て、それも自分の判断ミスとなれば、受けるショックはいかほどのものか。
「ターンエン──っじゃない! グリームヒルドランでアタックよ!」
失意の中ターンエンドを宣言しそうになった悠里だが、寸前で気が付いてアタックを仕掛けてきた。惜しい。
「効果でコスト8以下の相手ユニット1体を破壊! 消えなさい、ふしだらうさぎ!」
「ふしだらぁ!?」
いわれない誹謗中傷にショックを受けるラビエルがブラックホールに吸い込まれる。グリームヒルドランの除外効果は未だ健在だ。
先程デッキ枚数が残り少ないと言ったが、逆に言えばそれは、トラッシュを利用する色である紫が最大のパフォーマンスを発揮できる状況ということでもある。
そもそもフィニッシャーたるグリームヒルドランは、適当なマジックでトラッシュから『讐炎獣グズルーン』を釣り上げるだけで実質的に追加攻撃チャンスを得られるわけで。
もしグリームヒルドランが『讐炎妃クリームヒルト』から進化していれば、その蘇生の一手間すら省けていた。まったくもって恐ろしいユニットだよホント。
でもそうはならなかった。あのグリームヒルドランの進化元は『魔神プネウマ』だ。だからこのターンのバトルはこれでおしまいなんだ。
「ライフだ。手札に」
ライフから2枚を手札に加える。これでもう悠里のフィールドにアタックできるユニットはいない。それともバトル終了時に何か出してくるか?
「あっ」
青く澄んだ瞳が手札とトラッシュを往復する。やっぱりあったか蘇生札。だがもう遅い。バトルは終わり、フェイズ中に手札を使えるタイミングはもう訪れない。
先程、悠里は捨てた札に意識を取られ過ぎていた。新たにドローしたカードに目を通していなかったのだ。そこに付け込ませてもらった。
悠里が抱く桜への想いにはウルッとしたし、正直悪いなもと思ったけど、これはリスクとリターンの存在する決闘戦。
あと、グリームヒルドランが相手を破壊した際のドローも発揮を忘れていたので、これ幸いとスルーさせてもらった。
最初に効果を使った時、悠里は「破壊した時2枚ドロー」と言ったが、『讐焔魔竜グリームヒルドラン』の正確なテキストは『コスト8以下の相手ユニット1体を破壊でき、破壊した時、自分はデッキから2枚ドローできる』だ。
ドロー「する」ではなく「できる」、つまり『ドローの権利を得る効果』なので引かなくともルール上の問題はない。
もっとも、効果発揮を忘れなかったとしても、デッキの残り枚数的に、追加ドローにはかなり勇気が必要だったろうが。
というかはっきり言って、今ラビエルを除去する必要はなかった。
なにせラビエルの効果は強制だ。公開情報を鑑みるなら、俺のデッキ切れを待つ方が確実だった。複数回に渡るライフ回復の分、デッキの残り枚数は俺の方が少ないのだから。なんならもうカイエルの効果で戻したカードのゾーンに突入している。
マナがなければ手札を使えない。ライフがなければ戦えない。だがどちらも欲張りすぎると山札を枯らしてしまう。『sorcery-ソーサリー-』の中〜終盤戦はここの塩梅が難しい。マナ加速やライフゲインをし過ぎて自滅していくプレイヤーを何人見たことか。洗面台の鏡に映っていたこともあった。
フィールド全体を見渡せていないと、せっかくの勝機も指をすり抜ける。
ちゃんと戦場を俯瞰することだ。
悠里は呆然と立ち尽くしている。
このターン中にできることは、もうなにもない。
「ターンエンドだ、悠里ちゃん。ターンエンドしよう。時計の針は次に進めないと」
「……っ」
唇を噛み、目尻に涙を浮かべて俺を睨む悠里。すまし顔も超絶美人だが、感情が乗ると年相応のあどけなさが前面に出てきて、また違った良さがある。
「ターン……エンド……っ」
絞り出すような宣言でターンが返る。
第十ターン。
「メインフェイズは何もしない。すべてスキップする」
「マナ染色も召喚もなしっ!?」
「細工は流々、あとは仕上げを
おどけてはみたものの、心臓は依然早鐘を打っている。カードゲームは最後まで何が起こるかわからない。予定通りに事が運ぶよう──ふふ、結局最後は神頼みだ。
「バトルフェイズ! 『機動天使メタトロン』でアタック!」
「当たれーっ!」
全身の武装から全方位にミサイルやビームを乱射するメタトロン。相手一人だぞ。
「カイエルのブリンク封じは自身のバトル中だけだ。このバトルでは使えるよ。ある?」
「っ! ……いいえ」
悠里の視線が一瞬カイエルに向く。意識したな。
「なら貰おう。『天使ドーレル』のマジック効果をフラッシュキャスト。効果は一応グリームヒルドランに。
使用後、このカードはフィールドに残りユニットになる」
光が収束し、サイドテールが翻る。現れるはイタズラ好きな少女天使。
「ここでリアちゃんじゃなくてあたしを呼ぶなんてぇ♡ ご主人様浮気者〜♡」
「事実無根の中傷はやめろ」
「え、本気で言ってる?」
おいマジトーンはやめろよ。
メタトロンの光線が悠里のライフを射抜く。
「続けて『天使ドーレル』でアタック!」
「──ここ! フラッシュキャスト『ネクロエキサイト』! 自分のトラッシュにあるコスト4以下の紫のユニットカード1枚を、コストを支払わずに召喚できる! 『讐炎獣グズルーン』を召喚!」
相手フィールドの大地を砕き、虫の大顎を持つ獣が復活する。
「手札を1枚破棄してパワー+2000! パワー6000よ!」
『ネクロエキサイト』はトラッシュからユニットを直接召喚する、いわゆる蘇生マジックのひとつだ。
この効果で召喚できるカードはコスト4以下の紫。その対象の狭さと引き換えに、手札を好きなだけ破棄することで、召喚したユニットのパワーを破棄した枚数1枚につき+2000できる効果を持つ。
ただし、このカードの効果で召喚したユニットはターン終了時に自壊する。
逆に言えば勝手に破壊されてくれるので、破壊時効果を能動的に発揮する手段にもなる。召喚時効果こそ発揮されないが、緊急時に肉壁を用意しながらリソースを稼げる可能性がある燻し銀のカードだ。
「『讐炎獣グズルーン』でブロック!」
虫の大顎がドーレルの剣を受け止める。
アタック時に1コスト支払っていないので、『ヴォルムスの薔薇園』の効果によりドーレルのパワーダウン効果は発揮しない。よって打ち負けるのはこちらだ。
……が、重要なのはそこではない。
使ったな、マナを!
「フラッシュキャスト。マジック『
悠里の表情が今度こそはっきりと凍りついた。
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