第46話 カード名間違えたのでどこかしらでカードリスト作っといた方がいいかもしれない
『
『sorcery-ソーサリー-』にたった二種類しかない、相手ユニットのコントロールを奪うカードの片割れだ。
『sorcery-ソーサリー-』は魔法をモチーフとしたカードゲームであり、各色が異なる魔法体系を象徴している(黎明期の設定であり、近年は大分形骸化しているものの)。
『
「帰依」という言葉は、「優れた者に身を委ねる」という意味を持つ。
赤が内包する日本系の信仰、黄が示す死後の担保。形は違えど、いずれも人の心の拠り所となる考え方だ。心に安寧をもたらすため、それらの考え方に身を委ねる行為を「帰依」という。
狂信者がよく神の名に泥を塗る行いをしているので誤解している人も多いかもしれないが──『信仰とは元々、苦しい日々に小さな救いを見出す行為である』。
つまるところ心の支えだ。
心の支えがないと、人は簡単に潰れてしまう。だから拠り所が要る。
「ヒーローが必要なんだよ」だ。
その役が務められるなら、ぶっちゃけ神だろうが霊だろうが大した違いはない。
このマジックが2色に跨っているのも、まあそういうことだろう。
勿論、断じて押し付けるものではないということは明示しておく。
「『
相手ユニット1体を指定する。このターンの間、指定したユニットの色を、このマジックのコストで支払ったマナと同じ色のみにし、次に可能な限り、疲労状態でも相手にアタックさせる。
このカードはメインフェイズで使用できず、このカードのコストはすべて同色の染色マナで支払わなれければならない」
このカードは相手ユニット1体を指定し、現在行われているバトルの解決後、そのユニットで相手に攻撃させる。この時、指定されたユニットは疲労状態でもアタックできる。
つまり、敵兵に自分たちの考え方を刷り込んで私兵に作り変え、死兵として突貫させるマジックだ。
このカードのコストを支払う時、色共鳴はできず、使うマナはすべて同じ色一色である必要がある。具体的には悠里が使った『冥府に流れる清流』のような複合色マナで支払えない。
もう一枚のコントロール奪取カードである『
え? めっちゃ信仰押し付けてる? 一瞬前につらつらと語ったことはなんだったんだって?
ちゃんと言っただろ。信仰とは「元々」、苦しい日々に小さな救いを見出す行為である、って。
強く信じすぎれば光は影を生む。
愛に狂うとか、推しに狂うとか、よく言うだろう。
信仰は行き過ぎると狂信に変わる。そうなればもうおしまいだ。
人は大切なもののためなら命だって投げ出せる。
表裏一体裏返りて、本末転倒またのお越しをお待ちしておりますってね。
このマジックが与えるのはきっかけだ。唯一絶対の教えを説き、深く深く信じ込ませる。
相手は狂信者に成り果てて、勝手に信仰に殉じてくれるって寸法だ。
みんながみんな清く正しく生きられるのなら宗教戦争なんて起こりはしない。人は時に信仰を武器として振りかざす。
「指定──『讐炎魔竜グリームヒルドラン』」
「っ、あ」
手札に目を落とす悠里。だが……使えないだろう。
悠里のマナゾーンにあるカードは10枚。『永久氷壁』『ネクロエキサイト』がそれぞれ4コスト。今しがたメタトロンが削ったライフはマナリフレッシュに使われたので、10-8+1で、
見えているマジックカードは、先の二種に加え、未使用の『讐炎、我が身を焼き尽くせ』。これら三種のコストはいずれも4だ。使うには1マナ足りない。第六ターン、グリームヒルドランを進化させるために使った1マナが。
念の為表情も読んでおく。……やはり今使えるカードは持っていない。悠里はグリームヒルドランの叛逆に対処できない!
ドーレルがグズルーンに打ち負けて散る。
『
魔竜が鎌首をもたげて肩越しに振り向いた。魔剣が癒合した腕はだらりと垂れ下がり、切先が地面に埋まっている。
己の主人を捉えた視線は、しかし彼女を見ていない。一つの眼窩に収まった無数の目玉は、奥底に神を宿して狂気を映した。
後ずさる悠里。その行動を咎めるようにグリームヒルドランが体を翻した。剣先が弧を描き火花を上げる。
悠里の残りライフは2。そしてグリームヒルドランのヒットも2だ。
「さあ──神に帰依しろ。さすれば救いをくれてやる! 『讐焔魔竜グリームヒルドラン』で──ラストアタック!」
***
バトルフィールドが消える。
足裏に感じるトタンっぽい感触。観客の興奮とどよめき。蛍光灯の白い光。カードショップの店内だ。帰ってきた。
「いやあ、すごいバトルでしたね! 二人に触発されたお客さんで、パックやストレージのコーナーが大賑わいですよ! いやあ、やっぱり生の決闘戦は迫力が違いますね! 見てるこっちも手に汗を──悠里ちゃん!?」
ニッコニコで近付いてきた店長の前で、悠里は膝から崩れ落ちた。
「大丈夫?」
さすがにちょっとただならない様子なので声をかけると、虚空を彷徨う青い視線が焦点を結んで俺に向く。半開きの口が何かを言おうとしてわななく。それから言葉を噛み潰すように歯を食いしばると、悠里は涙を溜めた目でキッと俺を睨みつけた。
「最後の、あれは、いつから」
いつからこの結末を見据えていたのか。投げかけられたのは、表情から漏れ出す恨み言ではなく、そんな問いだった。
「そっちの手札に『永久氷壁』がダブった時。今日のデッキは臨機応変型でね」
と言えば聞こえはいいが、要は戦術を特化させない器用貧乏デッキだ。相手デッキの情報がなかったので、そうするしかなかった。
天使というテーマは長い歴史の中で、得意とする戦術を時代ごとに変えてきた。
だからいろんな戦法が取れはするものの、カードパワーの低さ故、特化させるとそのギミックだけでデッキのスロットが埋まる。
そうなるとメタカード一枚であっけなく動きを止められ、そのまま轢き潰されてしまう。
だから天使デッキで勝つなら相手に合わせて構築を変えなきゃいけない。入念な予習と対策が必要なのだ。
しかしこの世界の『sorcery-ソーサリー-』は、運命という要素が厄介すぎる。
リアをはじめとした天使たちと逢えたのはこの上なく嬉しいが、それはそれ。
Tierに左右されないデッキ選択の基準が存在するせいで、メタゲームは滅茶苦茶。まるで凸凹で石ころだらけの道だ。一度美しく舗装し直した方がいいと思う。
今回は悠里が大分直情的な面を持っていたからなんとかなったけど、長男じゃなかったら耐えられなかった。初見殺しの戦法も、冷静な対処ができる相手には通用しないだろう。
「……前のターン、アタックしなかったのは、なんで」
悠里はつらつらと問いを重ねる。感想戦の大切さがよくわかっているんだな。
でも戦略的な理由ではないから、聞いても参考にならないと思う。
「ライフを減らしたら『永久氷壁』を使われるから」
「次のターンでマナに置けばいいことくらいわかってたでしょ。それすら思いつかないと思ってたわけ?」
「いいや? その機転こそ俺の狙いだ」
「は?」
「君があんまりいい顔で悔しがるもんだから、もっと見たくなっちゃってね。……さすがにあの場面で2枚目の氷壁を引いてきたのは笑っ、驚いたけど」
形のいいあごを指で持ち上げて顔を上向かせる。こうして正面から見ると、整った顔立ちが改めてよくわかるな。
「笑ってんじゃないわよ!」
悠里は小学生にして既に完成の片鱗を見せる氷の美貌を羞恥と屈辱に染め、捕まった女騎士のようにキッと俺を睨みつける。
「さいってい……っ! それって本気出すまでもなかったってことじゃない! 馬鹿にしてっ!」
あごに添えた手が払い除けられる。俺は振り抜かれた悠里の手を捕まえて指を絡めた。
「ちょっ……」
「ちゃんと本気で全力だったよ。焦る場面もあった。手を抜く理由なんてない。なにせ──『
膝を着き、目線を合わせて囁く。俺への怒りに燃える悠里はその一言で凍りついた。
「とりあえず河岸を変えよう。ほら、立てる?」
繋いだ手をにぎにぎしながら引っ張り立たせ、観客に一礼してバトルステージの脇にはける。
「あっ、ちょっ、ちょっと!」
抵抗の様子を見せる悠里を壁際に追い詰め、膝の間に脚を差し込む。
真っ直ぐ立つとやはり悠里の方が目線ひとつ分背が高い。二次性徴は女子の方が早いから仕方ないね、こればかりは。
「俺が勝ったらなんでもしてくれるんだよね?」
「あなた……! 桜に手を出しておいて、私にまで!?」
俺に捕まっていない方の手でぺったんこな胸を庇う悠里。人聞きが悪い。
「そんなことをすると思われてるなんて。酷いなあ」
「そうですよー。未成年への公序良俗に反する『契約』は条例で禁止されています。そんなことするはずないじゃないですか。しないよね?」
地味にステージを片付けてる店長からの無自覚の援護射撃。助かるー。体勢が体勢なのでちょっと疑いの目が混じっていたが。
……条例で禁止ってことは、やろうと思えばできるのか。じゃあ『契約』を強制できる違法デッキってやっぱりかなり危ない存在なんじゃ。
『契約』で思い出したけど、そういや石動もホルダー使ってバトルしてたわ。じゃあやっぱり魔法使いがホルダー使うのも普通なんだな。
「といっても、特にお願い事は思いつかないんだよね」
「じ、じゃあなかったことに」
「すると思う?」
体を寄せると、キスを警戒されてあごを引かれた。上目で弱々しく俺を睨みながらぐぬぬと唸る悠里。
それから小さく体を振るわせ視線を落とすと、俺の脚でずり上がるスカートに気付き、自由な方の手で慌てて押さえた。……やっぱり今日の下着もデッキカラーと同じ色か。
正直上の方も確認してみたいのだが、人の目があるのでさすがに自制する。
「何をお願いするか決まったら連絡するよ。あ、スマホある? ちなみに俺はたまに忘れる」
「抜けてるわね。私はそんなことないわ」
話しやすいように体を離すと、後ろからリアがスマホを手渡してくれ──た──……アッ、もうデッキから出てきてたんだぁ……いつの間に……。
正直小6の頃スマホ持ってたかどうか覚えてなかったんだけど、少なくともこの世界線の俺は持っていた。型は古いし、容量64GBしかなくて笑ったよね。
「通話何使ってる? あ、LINEあるね。これでいい?」
「ちょっと、まだ教えるなんて」
「QR出し方わかる?」
「それくらいわかるわよ! ほら、こうでしょ!」
「はい登録っと」
「あ! ちょっと!」
ムキになって操作して見せたところを読み取り。あまりにも扱いやすい。
「消してっ!」
伸ばされた手をくぐり抜ける。そんな弱みになる写真を撮られたみたいな反応しなくても。
「そこまで拒絶されるとさすがに傷付くんだけど?」
「ひゃっ」
悠里の間合いの内側に入り込んで腰を抱くと、かわいい声が上がった。……背後から凄まじい
正面から抱き合う格好になったところで、悠里の名前をリストから消して見せる。
「ほら、消したよ。でもそれだと、どうやって連絡したらいいかな」
「それは……」
悠里はぐぬぬと唸る。話が連絡先交換の是非から連絡方法の選定にすり替わっていることには気付いていない。悪いやつに騙されたりしないか心配になるなぁ。
しばらくの逡巡の後、悠里はもう一度QRコードを出した。
平らな胸の前で捧げ持たれたスマホの画面を読み取り、改めて友達登録する。
「部屋作った。近々通話かけるから、そっちも友達登録しといて」
念の為言っておくと、悠里は苦い顔をして渋々画面を操作する。
「……これは仕方なくよ。『契約』のために仕方なく教えただけで、あなたなんて友達でもなんでもないんだから。勘違いしないでよね」
「する余地なんてなかっただろ」
徹頭徹尾険悪な関係性だが?
とりあえず連絡先は手に入れたし、今日のところはここまでかな。
腰に回した手の位置を少し下げる。
「ひっ」
「ま、これに懲りたら迂闊になんでもなんて言わないことだな。ゆ・う・り・ちゃん」
硬直を入れたところで頬にキス。唇の端に微かに当たる。
「────っ!?」
「じゃないといつか、悪い大人にこういうことされちゃうよ」
キスされたところを拭おうとした左手を捕まえ、出会った日と同じように薬指に口付けを落とす。
たっぷり3秒ほど吸ったところで我に帰られた。
悠里は俺の手を振り解き、右手で左手を包むように俺から隠す。
「なんでまたこんなところにキスするのよぉ……」
「なんでだと思う?」
なんとなくだよ。
「君はもう少し自分の顔の良さを自覚するべきだ。手札の価値と使い方をちゃんと理解してないと、さっきみたいに立ち回りを誤るよ」
自信過剰は良くないが、行き過ぎた卑下もまた正常な判断の妨げになる。多少の自惚れは優者の義務だ。
今度こそ距離を取ると、悠里はぷるぷると震えて逃げ出した。
「こっ……このセクハラ浮気男ぉ……覚えてなさいよ……っ!」
最悪の捨て台詞残して行きやがった。
さぁて、時間取りすぎた。後ろで黒いオーラを放つリアを
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