第47話 小悪魔機動天使
「せーくん」
背筋が凍えるような冷たい声が背後から俺の首を掴んだ。
まあそりゃ不機嫌になろうというものだろう。今日のお出かけの名目はデートなのだから。向こうから絡んできたのが発端とはいえ、別の女にかまい倒しては。
リアがひたひたと近づいてくる。
「ねぇせーくん。こっち向いて?」
「「恥ずかしがらーないでー♪」」
メタトロンとラビエルが綺麗なユニゾンを響かせる。誰がムーミンみたいにチャーミングだって?
というか、笑っていない笑顔を浮かべているリアはともかく、他のふたりはなんでしれっと再顕現してるの。悠里と話してる途中からなんか体がだるくなってたけど、これ多分そっちに魔力吸われてるよね? フィギュエル? 今回はデッキに入れなかったから、バトル中もずっと胸ポケットにいたよ。
「せーくん、また女の子に手を出したね。桜ちゃん、猫ちゃん、みどりちゃん先輩に続いてもう四人目だぁ。こっちの世界に来て今日で三日目だよね? なんで一日一人のペースですらないのかな? 悲しみの向こう側に行きたいのかな? ボート用意する? ドロドロの学校生活送りたいの?」
光のない目で迫ってくるリア。相当プッツンしている。
「まあ正直そこはいいんだけどさー」
「それは脇に置いてはいけないところではぁ」
「今日もう四人目だよ」
「キュッ」
自分(たち)が数に含まれていると察したラビエルは速やかに口を閉じた。危機察知能力が高い。
「また別の女のこと考えた!」
「仮にも仲間の天使を別の女呼ばわりはどうよ」
「私とメタトロンちゃんとラビエルちゃんは
わざわざ背景ストーリーの関係性を持ち出して頬を膨らませるリア。
「せーくん、私言ったよね。今日は私とのデートだって。繋がった運命はもう仕方ないけど、なんで他の子によそ見してるのかなー!」
「よそ見なんてしてないよ。俺はいつもリアを想ってる」
「だったらさっきのはなに!」
「リスクを賭けて戦ったんだから、相応のリターンは貰わないとだよ。でもごめんね。不安にさせちゃったみたいだ」
怒れるリアの手を取り、体を抱き寄せる。
カードバトラーは、売られたバトルを買わずにいることができない。リアもそんなことはわかっている。それでも言わずにはいられなかったのだ。
これが気のない相手だと面倒臭いやつだとしか思わないが、愛しいリアが相手ならそんなところもいじらしく思える。
肉付きが良くなり始めた成長期の体を腕の中に収めると、リアの激情は急速に萎んでいった。
「不安なんて……私はそんな、別に」
「……めちゃくちゃキレてたくせにですぅ」
俺の首筋に顔を埋めてぐりぐりとこすり付けるリアに半眼を向けるラビエル。リアが当たり強くてごめんな?
リアの匂いを肺腑一杯に吸い込んでいるとキスマークを付けられた。お返しにこちらもリアの首筋を吸う。
「んぅ」
「エクセリア、ちゃんと結界を張って──いますね。こういうところは抜け目のない」
メタトロンがなんか光ろうとして、すぐにやめた。
リアの結界は光の歪曲、姿隠しの結界だ。俺たちが睦み合う姿を周りの人間に見られることはない。
さっきまでこちらを見物していた客は驚いて辺りを見回している。
「なんでそれラビエルの時にやってくれなかったんですかぁ!?」
「ラビエルちゃん、しーっ。私の結界、見えなくなるだけで声は聞こえるから」
「理不尽ですぅ……」
ショボン顔になるラビエル。
「真面目な話、ラビエルが出てきたこと事体が原因で注目されてたからね。そこから姿を隠しても意味なかったと思うよ」
「視線を集めたくなかったわけじゃなくてぇ! この結界があれば、ラビエルは恥ずかしい格好を色んな人に見られずに済んだじゃないですかぁ」
「衆目の中で全裸になったのはまあ心中お察しする」
「そりゃぁ運命で繋がってますからわかるでしょぅねえぇ! 脱がせた当人がなにを言うんですかぁ! あとギリギリ半裸でしたですぅ!」
「あれは事故だよ。ごちそうさま痛った」
リアに脇腹をつねられた。今は他の娘の痴態を思い出すのもだめなようだ。
スカートをめくっておしりに手を添え、歳相応の丸みを確かめるように手のひらで撫でる。
「……あのぅ、メタトロンさん。ひょっとしなくてもご主人様ってすっごくえっちですねぇ?」
「ええ。しかもただのスケベではありません。ド級のスケベ──ドスケベです」
「悪質な風評を立てるのやめて?」
別にエロいことをしようと思ってしてるわけじゃない。据え膳食わぬは男の恥ってだけだ。
それとも俺に恥を晒せと?
「こっちは恥ずかしい格好を晒されてるんですよぅ!」
ははは。違いない。
「なぁーに笑ってるですかぁ!」
ウサミミをバタバタと振るラビエル。
一方リアは完全にスイッチが入ってしまった。
「ん……こっちも……」
おしりを撫でる俺の手を、小学生にしては大きい胸に誘導する。
俺が胸を揉み始めると、リアはとろんとした顔で唇を差し出した。俺も応えて唇を合わせる。
「またですかぁ」
「まあ本来、今日はふたりのデートですからね。問題ないのでは?」
「あ、そうだったんですねぇ。てことは、もしかしてラビエルたちお邪魔虫……んぅ? じゃあメタトロンさんはなんで着いてきてるんですかぁ?」
「あなたの気配を感じて飛んできたんですよ」
「ラビエルのせいでしたかぁ」
「せい、だなんてとんでもない。新しい仲間が増えるのはいいことです。マスターもあなたをパックから引き当てた時、とても喜んでいましたよ」
「そうなんですかぁ? 今はラビエルより目の前のおっぱいとキスに夢中みたいですけどぉ……」
ちゃんと聞こえてんぞ。
「ひぃう」
「マスターはわたしたち天使を好いてくれていますけど、その中でもエクセリアは特別オブ特別オブザ特別ですからね」
「なんですかぁその頭の悪い感じのトートロジー」
「え? あ、そうか。時代が……失礼、なんでもありません」
そうか。ラビエルはいまだ平成の只中にあるこの時代に生まれたばかりだから、令和に生まれる言い回しや概念は当然知らないんだ。
年数だけ見れば未来に当たる前の世界にあったものが、この世界線でちゃんと同じように生まれるのかはわからないけど。なにせ『sorcery-ソーサリー-』の世界──マギ・ソーサリスという、世界観の根幹を変える要素があるわけだし。
リアが俺の舌を思い切り吸った。今は余計なことを考えないでほしいらしい。
しかしそういうわけにもいかない。そろそろ音で周りの客に少しずつ気付かれはじめている。
その感覚を運命の繋がりで共有すると、リアははっと目を見開き、俺の顔を両手で挟んだ。唇を強く押し付け、俺の唾液を根こそぎ奪う。
「ぷはっ」
喉から嚥下の音を鳴らすと、リアはようやく体を離した。ラビエルがドン引きしている。
「行こう、せーくん」
幼気な顔を満足の色に染め、リアは俺と腕を絡めた。
他の客を避けながら移動を開始する。
「ようやく出発ですか。わたしたちも同行しましょう」
「メタトロン」
「わたし『たち』ってぇ、ラビエルも入ってますぅ!?」
「フィギュエルもいるよ」
リアとイチャついてる間ずっとポケットにいたもんですっかりのぼせてるけど。
「そぅではなくぅ、デートなんですよねぇ? だったらラビエルたちはご遠慮したほぅがいいのではないですかぁ?」
ラビエルの問いに、リアは黙ってそっと目を逸らした。割と散々態度に出した後でも、さすがに面と向かって邪魔だと言うのは気が引けるらしい。
「でもラビエルは生まれたばかりですから、家までの道もわからないでしょう?」
「あっメタトロンさんはついて行く気なんですねぇ」
「……メタトロン、さすがに一人で放り出すのは……」
「マスターもこう言っています。一緒に行きましょう」
「メタトロンちゃんがラビエルちゃんとフィギュエルちゃんを連れて帰ればいいだけなんじゃないかなあ」
俺の腕を強く抱きしめるリア。こめかみに青筋が浮いている。
メタトロンは素知らぬ顔で、リアがくっついているのとは逆の腕を抱え込んだ。
「このような機会でもないと、わたしたちはマスターと遊べないのです。
エクセリアはずるいですよ。いつも一緒にいられるポジションに収まっておいて、その上デートだなんて」
「うぐ、それは……ぐぬぅ」
俺の肩に気まずげに顔を埋めるリア。繋がりを通してなにか後ろめたさが伝わってくる。抜け駆けの自覚はあるらしい。抜け駆けって何。
「じゃあ今度、メタトロンのために時間を取るよ」
「顕現権は天使内で持ち回りなんです。マスターの魔力には限りがありますから。次にわたしの番とマスターの休日が重なるのはいつになるのか……」
メタトロンは「よよよ……」としなだれかかってくる。
「顕現権って、何?」
「わたしたちがこちらに出てくる権利のことです。みんな一斉に顕現したらマスターの魔力が干上がってしまいますから。順番を決めて出てきているんです。言ってしまえばたまの休日ですね。
もちろん、マスターに呼ばれた時は別ですよ」
待って初耳。
「つまり、普段から何人かこっちで自由に活動してるってこと?」
「はい。今のマスターの魔力量だと、同時に顕現できるのは最大五騎までですね。その内、バエルが常時顕現してお金稼ぎをしています。自分の商会があるみたいですよ。
一騎分の魔力はもしもの時のため常に残して、残りをお仕事と自由時間で分け合っている感じですね」
「あっ、もしかしてラビエルその予備の魔力使ってますぅ?」
ウサミミ天使が何かの気付きを得ていたが、俺はそれどころではない。
「……お仕事。お金、稼ぎ?」
「はい。先立つものは必要になりますから」
おい待てマジか。
「朝渡されたお金、みんなが稼いでくれたやつだったのか……」
というかもしかしなくても生活費全般だな? 申し訳なさで心が潰れそう。胃が痛まない健康な体が随分と不義理に感じてしまった。
メタトロンはくすくすと笑う。
「ああ、シエルは幼いのでさすがに働いていませんよ。基本的にカードの中でぐうたらしてます」
まあ幼女だからな。むしろそれで問題ない働き口って間違いなくやばいやつやん。見たらわかる。
「世話かけてごめんよ」
「いいんですよ。もっと頼ってください。今のマスターは小学生で、わたしたちはマスターの天使ですから」
「でも」
「じゃあマスター、誰になら頼りたいですか?」
からかうような瞳が俺の目を覗き込む。
誰なら、って……。
「……なーんて。わたしたちは好きなことをしているだけです」
と、メタトロンはルナエルと同じことを言う。
「あ、でも気にしないでとは言いませんよ。こうしてたまにご褒美をください」
「こうして、って。俺はなにもできていないよ」
「一緒に歩いてるじゃないですか」
あっけらかんと言い放たれる言葉。
「わたしたちはこれまでカードからあなたを見ているだけでした。連れ歩いてもらうことはあっても、並んで歩くことなんてできなかったでしょう? だからこうしているだけで嬉しいんですよ」
「……なら、よかった。俺もみんなと会えて嬉しいよ」
「マスターならそう言ってくれると思っていました」
メタトロンはにっこり笑って俺の頭を抱きしめ、触れるだけのキスをした。
リアが濁点だらけの悲鳴を上げる。
ごめん、耳元はやめて?
「あ、でもバトルに影響は? 外出中はカードとして使えなくなったりとか……」
「それは大丈夫です。離れていても繋がっていますから。バトルフィールドへなら、遠くからでも参戦できます。
桜さんの運命もそうだったでしょう?」
流樟か。そういえば遠隔で力を借りているって言っていたな。
……あれ? でもリアは──、
「そしてわたしたち天使は半実体なので、バトルフィールドの外でも、呼んでくださればいつでも戻ってこられます。マスターの魔力が必要なので濫用はできないですけど。
身につけているものも一緒に持って来れます。便利でしょう?」
得意げにスマホを見せてくるメタトロン。
「あ、ちゃんと家族割ですよ」
家族割なのか。
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