第37話 お! パックの開封楽しいよなぁ!

 電車を降りた足で駅前のスーパーに入り、飲み物と甘い物を買う。季節柄気温はそんなに高くないが、水分補給は大切だ。おやつは脳の糖分補給用。

 買ったラムネを早速一粒口に放り込む。

 あぁ〜ブドウ糖が染み渡る音ぉ〜。


 この世界に来てからこちら、アマテラスとファストルールで対面したり、盤面だけじゃなく実在する侵略者とレイドバトルしたりと、立て続けに集中力のいる対戦をしていたものだから、どうにも脳が乾きやすくなっていた。

 色々考え事をするのはもう性分だから仕方ないのだが、二日連続で酷使された脳が今日も対戦に備えてエネルギーを蓄えようとしている。そんなそうそう連日バトルはしないって。休日だぞ。

 運命の繋がりで俺の考えが筒抜けたリアが、キャラメルラテを飲みながら苦笑した。


  ***


 カードショップというものは大体駅周辺に分布している。少なくとも前の世界ではそうだったし、今日の目的地もその例に漏れない。駅から少し歩くと、その姿が見えてきた。

 前の世界にもあった店だ。見た限りでは特に変わったところもない。


「ここ『sorcery-ソーサリー-』扱ってたっけ」

「あるよー。この世界のTCG最大シェアはいまや『sorcery-ソーサリー-』だからね。どこに行ってもちゃんとあるよ」


 小学生なら十分大きい胸を張るリア。

 前の世界では、店の規模によっては取り扱い自体がないところもあったからな。シングルのことも考えると大きな街まで行く方がむしろ効率よかったんだが、こちらだとそんなこともないらしい。


 店に入ると、入り口から一番近いショーケースに『sorcery-ソーサリー-』がディスプレイされていた。

 思わず感動してしまう。前の世界だと、漫画原作のOCGやボールに入れればポケットに入っちゃうモンスターのカードが最大の展示面積を誇っていたからな。それを考えると快挙と言っていい。だからなんだと言われればまあそうなのだが。


 しかし感動は心の栄養だ。感動のない人生ほど無味乾燥でつまらないものはない。

 生活とは「活気をもって生きる」こと。活気は心の元気だ。活きのいい心はよく跳ねる。心が跳ねるとはつまり感情がよく動くことで、これすなわち感動である。

 人生に疲れた人は少しだけ立ち止まってみてほしい。何事にも感動できる心こそ、いい人生の秘訣なのだ。


 ちなみに、例に挙げた二つのタイトルは『sorcery-ソーサリー-』コーナーの隣に大体同程度の面積で展開されていた。

 『sorcery-ソーサリー-』が最大手の世界でこれって、やっぱり化け物コンテンツだよ。シェア争いも納得だわ。


 さて。

 以前の俺が『sorcery-ソーサリー-』にハマったのは中学二年生、今から見ればおよそ二年後、バエルやステディエルが出た『天獄編』の頃だ。

 今は小6の4月前半なので、現在発売されている弾は、前の世界と同じなら『復活編』が終わり『戦乱編』の開始が秒読みの時期だったはず。過去弾の天使を集めるにあたって『sorcery-ソーサリー-』の歴史を履修したのでわかる。


 しかしたとえば桜が持つアマテラス、あれは今から約九年後、俺が元いた時代の『盟約編』に収録されたカードだ。

 アマテラスは過去キャラクターを現代水準にリメイクしたものであり、その大元は『sorcery-ソーサリー-』黎明期の『七耀編』に収録された『天陽竜ドラグ・クリムゾン』まで遡る。

 『天陽竜ドラグ・クリムゾン』は、当時放送していたアニメの主人公が使う「ドラグ」の名を持つユニットの一体だ。

 しかし足場含む他のメインユニットやライバルのユニットが『天獄編』のリバイバルラッシュを皮切りに次々とリファインされていく中、ただ一体、いつまでもリメイクどころかリバイバルすらされずに『盟約編』まで不遇の時を過ごしていた。

 アマテラス発表の時は界隈が盛り上がったものだ。まさかそこから一直線に環境を駆け上がるとは思わなかったが。


 そもそも俺の天使たちだって、今の時代から見れば未来のカードだ。


 そんな、環境から見ればあり得ないカードが存在している中で、パックの状況はどうなっているのか……と見れば、何のことはなく、普通に『復活編』のパックが売られている。


「リア、パック買ってもいい?」

「いいけど、収穫はないと思うよ?」


 ということは、収録内容も同じか。

 買うけど。

 パックを開けるのってやっぱりワクワクするし。

 あれだ、運試しみたいなものだよ。


「どれにしようかな……」

「マスター、わたしはこれなんかいいと思いますよ」


 涼やかな声と共に、白い手が後ろから伸びてきた。

 ほぼ反射で振り向く。急に耳元で声がしたもんだからめちゃくちゃびっくりした。

 そこにいたのは水色の髪を背中まで伸ばした、眠たげな目の少女だ。背丈からして高校生くらい。一見無表情だが、よく見るとうっすら笑みを浮かべている。


 ……誰だ……?

 俺をマスターと呼んだということは天使の誰かか?


「メタトロンちゃん!?」


 リアが目を見開く。

 メタトロン? 無骨なパワードアーマーで武装した、インナースーツの角度がすごいあの『機動天使メタトロン』?

 リアの言葉に少女の顔を見ると、少女は表情の薄い顔を微妙にドヤ顔させ、ピースサインをひたいにあてた。……あ、ユニット状態の時頭についてるV字アンテナか。たしかに見覚えがある。

 しかし確証がなかったので、少女の背後に回ってスカートをめくる。


「え」


 真っ白な肌が目に飛び込んできた。レオタードタイプのインナー。カットが深くて腰骨まで見えている。

 この丸くて白いおしり。たしかにメタトロンだ。間違いない。

 肌はすべすべで、撫でる手のひらにまったく引っかかりがない。ふとももは見た目よりむっちりしている。


 メタトロンは腰を切って俺の手から逃れ、めくられたスカートを叩き落とした。


「……マスターがどこでわたしを判断していたかよくわかりました」


 眠たげな目がジットリした半眼になっている。


 だって召喚したときみんな相手の方向いてるじゃん。メタトロンは後ろからだと武装で顔が見えないから、どうしてもおしりの方が印象に残るんだよ。


 リアが頬を膨らませる。


「なんでついてきてるのー? 今日は私のターンなんだよ」

「ついてきたわけではないですよ。同胞の気配を感じたので、デッキの繋がりを使って飛んできたんです」


 そう言って指差したのは先程のパック。

 天使が「気配を感じる」と言うのだから大分確度は高いのだろう。


 とりあえず三人で1パックずつ選んで購入し、フリースペースで開封する。


 まずは自分で選んだ分から。

「お、プロジエル」

 爆滅⭐︎天使にパワーアップする前の『天使プロジエル』だ。しかも美品。これは嬉しい。

 『天使プロジエル』はコモンカードだ。レアリティのランクで言えば一番低い。

 だが俺が元いた時代からすると古いカードなので、美品はとても貴重だ。


 レアリティの低いカードは光り物と違い、発売からしばらくすると極端に手に入りづらくなる。

 発売直後はストレージに落ちていても、時間が経てばより新しい弾のカードに入れ替わってしまうからだ。

 運良く発掘できたとしても、大体剥き出しで置かれているので年月による劣化を容赦なく受ける。

 だから古いコモンカードの美品は、ともすれば同時代の美品レアカードよりも貴重なのだ。

 あ、『魅惑の手のひら天使フィギュエル』! 俺これ持ってない!

 ……あれ、これで終わり?


「光り物がない」

「このフィギュエルって子じゃないの? 光ってるよ」

「これはタバック加工だよ。レアリティは……U?」

 そんなランクあったか?


 『sorcery-ソーサリー-』のレアリティは基本的に、CコモンRレアSRスーパーレアLRレジェンドレア。戦乱編からはその上にLLRレジェンダリーレジェンドレアが追加されたが、CとRの間にあったUCアンコモンはその年を最後に廃止され──


「あ、アンコモンかこれ」


 思い出した。

 カードのレアリティ記載は頭文字を取るので、アンコモンは表記上Uになるのだ。LRのさらに上ということを表すためか、LLRのみ二文字でLLと表記される。


 R以上が確定になったのは『天獄編』の途中からだ。その頃にはもうUCは存在しないレアリティになっていた。

 そうか、俺がまだ『sorcery-ソーサリー-』をやっていなかった頃は、パックを剥いても光り物が出ない、なんてことがあった時代なのか。そう考えるといい時期に始めたな、俺。


 次にリアが選んだパックを開けてみる。

 黄色は──ないな。うん。封入枚数8枚もあるのに黄色が1枚もない。

「ごめん……」

 消沈するリア。

「いいよ。俺と二人っきりでいたいってことだろ?」

「うん」

 背中にぴっとりくっついてくる。そんないじらしい反応をされては責められないし、もとより怒る気もない。

 しかしこのパックも光り物なし。この時代渋くない? 俺たちの引きが悪いだけか?


 ちなみに、後の時代なら確定でR以上になる枠にいたアンコモンは紫だった。


「相手ユニットの下にトラッシュのカードを置いてパワーをダウン……なるほど。カード

を毒に見立ててるのか。へぇー」


 環境に爪痕を残せず消えていったカードにはそこまで詳しくないので、こうして実物を見るのは新鮮で面白い。

 相手のパワーを下げていく戦法は天使が属する黄色にも通じるところがあるな。


 最後。メタトロンが選んだパック。

 「同胞の気配を感じる」とまで言っていたから期待値は高いがしかし、この時代の黄のLRは全部リバイバル済みのはず。さて何が出てくるかな……。ちなみにそれらはリバイバルに際してレアリティが降格した。インフレって残酷だね。


「お?」


 本当に黄色、しかも天使が出た。

 『天使ラビエル』。素朴な容姿の少女天使で、白いバニースーツを着ている。手には5枚のトランプ。

 効果は「バトルフェイズの開始時に手札を5枚にし、ポーカーの役に見立てて勝負。勝てば相手のライフを削ることができる」というもの。手札保護などで役を作れない場合は強制的に負けになる。

 あと『sorcery-ソーサリー-』は単色構築が主なため、フラッシュ系の役はオミットされている。

 ジョークエキスパンションみたいな効果してるだろう? 公式戦でも使えるんだぜ、これ。


 『天使プロジエル』『魅惑の手のひら天使フィギュエル』と共にスリーブに入れる。持ってきておいてよかった。


 いやぁ、やっぱり新しいパックを開封するのは楽しいな。年代的には古いパックだけど。


 それはそれとして。


 ソーサリーカードと一緒にパックに封入されている、収録カードの目録が記載されたライブラリカード。

 主目的はこちらだ。

 カードリストにさっと目を通す。


「……ユニット、オブジェクト、スケープ、マジック……色は基本6色と汎用無色……」


 普通だ。それがおかしい。


 昨日見たモアイダーは白のカードだった。しかも学校行事に使われるくらいだ、登場からそれなりに経っているはず。

 なのにこのカードリストには白のカードの形跡すらない。

 年次でフィーチャーされるテーマが切り替わって強化が打ち切られることはあるだろう。しかし一度出た色属性そのものがなくなるなんてことあるか?


 そもそもこのパック内容、前の世界で昔調べたものとそう大差ないように思える。

 別世界から持ち込まれた俺の天使たちは例外としても、アマテラスやティターニアがすでに存在しているのに、だ。

 『大輪の花妖精フヨウ』のような、俺が知らないユニットの例もあるし、考えれば考えるほど、わからないことが増えていく。


 ああもう、頭がこんがらがってきた。

 引いたカードでも見て一度落ち着こう。


 ────目が合った。

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