休日ってのは休むためにあるんだよオーケイ?

第36話 inマジックランド

 土曜日。

 リアと約束のデートの日である。


 リアは朝から上機嫌で俺のクローゼットを漁っている。ベッドの上には今日俺が着る服の候補がいくつも並んでいた。俺もリアのクローゼットから、それらに合う服の目星をつけておく。

 今日のメインは、リアにこの世界のカードショップを案内してもらうことなので、動きやすい服がいいだろう。



「あら、ペアルックね。いいなぁ」

 着替えて一階に降りると、この世界で俺の母親役を務めてくれている『慈母の月天使ルナエル』が羨ましそうに指をくわえた。

 結局リアも無難に動きやすい服装をチョイスしたので、ジャケットを色違いのお揃いにしたのだ。

「ふっ、同世代の特権だよ」

 得意げに俺の腕に抱きつくリア。


「朝ごはん、食べていくでしょう? 用意したから、冷めないうちに食べちゃって」

「はーい」

「ありがとう」

「それからふたり共、これは今日のおこづかいよ」

 食卓に着こうとすると、ルナエルから紙幣を渡された。

「忘れないうちに、ね」

 そうだ、今は小学生なんだった。自分で稼げないじゃないか。

「っごめん! 必ず返すから」

「もー。いいのよ。今のあなたは子供で、今はアタシがお母さんなんだから。親は子供を助けるものなの」

 ルナエルはそう言って、俺の額にキスを落とした。


  ***


「いってらっしゃい」

「いってきます」

「いってきまーす!」

 ルナエルに手を振りながら出発。


「それで、目当てのカードショップはどこにあるの?」

「電車でちょっと行ったところ。都内じゃないよ。あそこはこの世界だと修羅の国になってるから」

「修羅の国」

 カードで?

「そうだよー。この世界は『sorcery-ソーサリー-』の舞台と隣接してるけど、それはそれとして『sorcery-ソーサリー-』以外のシェアもそこそこ存在しててさ。特に大きなショップがあるところだと、どこもだいたい三つぐらいの勢力に分かれて混沌を極めてるよ」

「壁でも生えてきてるの?」

「心理的なやつがねー」

 やれやれと肩をすくめるリア。


「この世界だと他のカードゲームも、『sorcery-ソーサリー-』の一般普及時に開発された技術を流用した立体映像バトルができるんだよね。

 大きな街だと腕に変な機械つけた連中ばっかり見かけるよ」

「街が戦場と化してるじゃん」

「エブリデイ戦場だよ」

 都会怖ぁ。ここも都内だけど。



 駅に着いて最初に目にしたのは、規模が縮小したガラガラの券売機だった。

 誰も切符を買っていない。人々はすいすいと改札を抜けて行く。

「ねえリア。あの人たち、デッキホルダーで改札通ってるように見えるんだけど」

「安心してください、現実ですよ」

「何一つ安心できないんだよなあ」

 なんでデッキの入れ物が電子決済対応してるんだよ。教えはどうなってんだ教えは。

「券売機でチャージすればいいの?」

「魔力払いだよ」

 なんて?


「魔力払いだよ」

「聞こえなかったわけじゃないんだ」

 だから繰り返さないで。常識がゲシュタルト崩壊する。いかに元の世界に近しいとはいえ別世界なのだから、今までの常識がもう通用しないのはわかっていたことだが。


「この世界、一般の……というか、魔法使いじゃない人ってむしろ少数派?」

「そんなことないよ。運命の相手なんてそうそう巡り会えるはずないでしょ」

「でもみんなデッキ使ってるよ? 魔力がデッキに宿るなら、あそこにいる人たちはみんなソーサリープレイヤーってことになるじゃないか」

 ちっちっち、と指を振るリア。


「まず、ソーサリープレイヤー=魔法使いの等式が間違いなんだよ。普通の人も『sorcery-ソーサリー-』はするよ。だってカードゲームだもん。運命がいれば魔法が使えるようになる、それだけだよ」


「でも運命のユニットがいないとデッキに魔力が宿らないんだろ? だったら普通の人は魔力支払いできないはずだ」


「一昨日言ったでしょ。魔力は精神の血液に乗って流れる酸素みたいなもの。みんな持ってはいるんだよ。

 でも──たとえば貯水池と水車があったって、池からの水路がないと動かせないでしょ? 運命の相手がいることで、デッキに魔力が宿るんだよ」

「ああ」


 理解した。デッキは原動機で、運命はケーブルか。


「てことは、デッキホルダーは擬似運命?」

「うん。使用者の魔力を汲み上げてフィールドを生成する装置。魔法使いなら生身でできることだけどね。デッキ自体に魔力が流れるわけじゃないから魔法は使えないんだよ」


「なるほどね。運命が恋人だとすれば、ホルダーはさしずめ抱き枕や等身大パネルってところか。その汲み上げた魔力で支払いしてるんだね」

「──! そう、運命は恋人なの! さすがせーくん、いいたとえするね!」

 手を繋いだまま器用に腕に飛びついてくるリア。

 

「でも、だったらむしろなんで券売機があるんだ?」

「魔力不全の人も時々、本当に時々いるみたいでね。そういう人が切符を使うんだって」

「へぇ」

 不全、つまりあるべき場所に行き渡っていないということだ。

 魔力が精神体の血液に運ばれる酸素、というリアのたとえにのっとるなら、血管の梗塞……あるいは小血球や白血病になるのかな。

 精神体である以上、実体はないはず。それが詰まったりエラー起こしたりするものなのか? 興味深いな。機会があれば調べるか。


「デッキホルダーでタッチすればいいのか?」

「うん。魔法使いならデッキでもいいんだけど、わざわざホルダーから出すのも手間だしね。ちなみに私はユニットだからフリーパス」

「魔力払いもほぼフリーパスみたいなものでは?」

 デッキホルダーをタッチすると、本当に改札が開いた。


 そういえば昔見た映画であったな。人がみんな魔力を持っている世界で唯一魔力を持たない王が、こんな風にして集めた魔力を逆流させて魔力持ちを皆殺しにしようとする話。

 そのために用意された装置はしかし、協力者だと思われていた裏切り者が用意した偽物だった。本当は人を怪物に変える装置だったんだ。

 あれ見たのはいつだったかな……たしか十年くらい前だった気がする。ということは……あれ? ひょっとして、現時点から見て一年前くらいか? もしかして。ギリギリネタバレをしてしまったかもしれない。


 ホームに上がり、電車を待つ。屋根の外を見れば、青空を暗い線が切り裂いている。

「電線はあるんだよな」

 魔力が存在する世界なのに。

「そりゃあ、そっちの方が効率いいもの」

「魔法がある世界だし、魔力で動くのかと思ってたよ」

「むりだよ。オドはそのままだと薄くて利用なんてできないし、マナを使おうとしたら人道にもとるよ」

 オド。自然界に満ちる魔力のことだ。呼吸によって取り込まれたオドは、生物の体内で練り上がりマナになる。

 『sorcery-ソーサリー-』でいうところの、ドローと染色だな。

「マナを社会利用しようと思ったら、人間を動力源にすることになるのか」

「それも無理があるけどね。電車を一本動かすだけでも、東京ドームをひとつ埋め尽くすくらいの人が必要になるよ」

 なるほど、だから「効率が悪い」か。


「オドをマナに変換する装置とか作れないのかな」

「オドを吸ってマナにする素材はあるらしいけど、すっごく珍しくてお高いんだって。だから電気のほうが人類にとって使い勝手がいいんだよ」

「なるほどなあ。ロマンじゃ腹は膨れないか」


 警笛が鳴る。ちょうど話が一区切りついたところで電車がやってきた。

「ん……?」

 やや乗客が多い。思わず眉が寄る。まだ満員とまではいかないものの、スーツ姿の大人たちで車内は少々混雑していた。

「今日土曜日だよね?」

「あ、そっか。うっかりだ。休日戦士だよ」

「あー」

 そうか……土曜日も休めないところに勤めている人たちか。

「どうしようか。人が減るまで待つ?」

「んー。どうせそんなに長く乗らないしなあ。いいんじゃない?」

 それもそうか。


 運良くドア脇を確保できたのでリアと共に狛犬になる。

 電車が走り出して少しすると、リアは空中で円を描くように指をくるりと回した。

 小さくもキラキラと眩い燐光が俺たちを覆うように広がり、背中にかかる圧力が消えた。体の周囲にスペースができている。

 光の結界。ドーレルの斬撃圏と同じく、リアの天使としての守護結界だ。

「リア」

「天使の特権だよー。ついでに私たちの姿も周囲から見えないようにしたよ」

 俺の腕の中で笑うリア。

 二、三駅なら小学生の細腕でも突っ張っていられるだろうかと考えていたが、その必要はなかったようだ。


 リアが俺の服をつかみ、体を寄せてくる。

「こういう人が多いところで隠れながらっていうのもドキドキしない?」

 わからんでもない。

 休日出勤だか土曜が休日にカウントされてないのか知らないが、とにかくこれから仕事に向かう戦士たちの陰で、俺たちは駅に着くまでお互いの唇を貪った。


  ***


 クラウチングスタートかな?

 ああいや、電車が駅に着いた途端、隣の車両から乗客の一人が爆速で飛び出したんだよ。


「その人痴漢です! 捕まえてください!」


 そんな叫び声に視線を向けると、下着姿の少女が涙目で服をかき抱いていた。


 ホームを駆け抜けんとする男を阻まんと、駅にいた人々や警備員が立ち塞がる。

 しかし男は懐からカードを取り出した。掲げられたカードから、人の頭ほどの大きさの岩が出現、そのまま射出される。

 あれ魔法使いか。世も末だな。


 岩が連続で四方八方、狙いもつけずに撃ち出される。

 流れ弾で自販機がひしゃげて火花が散った。販売所のカウンターが砕けて商品が飛び散る。あんなもん人にぶつかったら大事だぞ。

 あ。

 そっとリアの目を覆う。

「別にへーきだよ?」

「俺が見せたくないの」

 さっきまで命だったものが辺り一面に──冗談だ。命と原型は留めている。どちらにしろあまり直視したくない絵面なのは変わらないが。


 駅の奥から警備員が湧いてきた。

「やつをデュエルで拘束せよ!」

 おっと決闘戦デュエル呼び勢だ。昨日のファイト呼び派の先生に続いて立て続けに遭遇するとは。


 警備員の持つデッキが輝き、警備員と男が姿を消した。

 空中に、フィールドを挟んで向かい合う警備員と男が映し出される。

 バトルフィールドの展開って、側から見たらあんな感じなんだ。


「あれ。同意がないのに取り込めてる。あれって違法デッキの力じゃ」

「こっちが本家だよ。本来はこうやって、魔法を悪用する人とバトルに持ち込むためのシステムなの」

 そんなことせずにそのまま拘束すれば……とは言えないな。男が岩と共に撒き散らした被害を考えると。


「バトルでライフを奪えば相手の魔力を大きく削れるからね。そうやって無力化してから捕まえるんだよ」

「なるほど」

 そういえば一昨日、レギュラールールで負けた石動はまともに立てないほど消耗していた。

 桜はよろけるだけで済んでいたが、あれはライフの数が少ないファストルールだったからだろうか。


 しかしこういう制圧用のシステムまで悪用されるとは、人の業だな。世知辛い。


「どうする? 見てく?」

「いやぁ……見たくないわけじゃないけど、このままここに留まってると色々面倒そうだし。リアは?」

「私も別にいいかなー」

 ひらひらと手を振るリア。


 俺たちはリアの守護結界で身を隠し、そそくさと駅を離れた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る