第35話 たとえシロでも後ろ暗くないとは限らないという話

「石動くん!? どうしてきみが!?」

 モアイダーから降りてきた石動に、リアの上ジャージを胸に乗せたみどりちゃんが驚きの声を上げる。

 石動は目を逸らした。

「それは……」

「モアイダー、あるいはその関連カードがお前の運命──または、それに類する何かだ。だろう?」

 横から口を挟む。石動は目を剥いた。

天使あまつか……お前、どうしてそれを!?」


「だって昨日お前運命のカード使わなかったじゃねえか」


「……っ」

 唇がわななく。何か言いかけて、俯く。


 そう、昨日石動が繰り出した三体のユニット。ガードム、ゲードム、デスペラード。いずれも意思のない人形のようだった。

 ゴーレムだからそういうものなのだろうと思ったが、みどりちゃんのティターニアや桜の流樟ルークスと会った今ならわかる。

 石動のゴーレムからは、彼ら彼女らから感じた覇気のようなものを一切感じなかった。


 しかしこのモアイダーとやらには、たしかに石動との繋がりのようなものを感じる。みどりちゃんが花畑の妖精と戯れていた時にも似たような感覚があった。

 近しい運命にある存在同士の繋がり……なのだろう。この感覚は。


 みどりちゃんが目を見開いた。

「『石動』……もしかしてきみ、石動博士のお孫さん!?」

「先輩?」


 みどりちゃん、ステイ。テンション。興奮が隠しきれていない。

 石動は『知られてしまった』と顔を歪める。


「どういうことです?」

「石動博士だよ! 石動建蔵! モアイダーを造った人!」

「石動……?」


 疑惑の目を向ける。

 石動はしばらく葛藤してから、諦観の笑みを浮かべた。


「そうだよ。モアイダーを造った石動建蔵は、俺の家族だ」


 『孫じゃなくて息子だけど』。……!?

 なんか表情からすごい情報を拾ったんだけど。孫がいるような年齢で産ませた……ってコト!? ワァ……。


 『知られたくなかった』。顔にありありと出ている。微表情を読むまでもない。

 テンション爆上がってるみどりちゃんは気付いていないが、どうやら石動は親にあまりいい感情を抱いていないようだ。

 でも知られたくないならもっとすることがあるだろうに。母方の姓を名乗るとか、もっと腕にシルバー巻くとかさ。


 家族がコンプレックスか。そうなると、昨日俺に挑んできたのも納得がいく。自分の拠り所が奪われるのは、そりゃあ耐えられなくて暴走するだろう。


 しかしまあ、やはり本質的には善良な部類だな、石動は。

 家名に泥を塗るために傍若無人に振る舞ったり、家の名を傘に桜を無理矢理手ごm囲ったりもできただろうに、そうしなかったんだから。

 する勇気がなかった? そりゃ違う。

 悪事に手を出すのは勇気ではない。ただの妥協で、敗北だ。舗装路を脱線して崖下へ真っ逆さまに落ちているんだ。

 そうなれば、もう他人の道を破壊することしかできなくなる。社会の不要物の出来上がりだ。


 どんなに道が険しかろうとも、正しい道を外れないこと。

 それこそが本当の勇気なのだ。


 昨日こそ脱落しかけたが、俺が相手だったからなんとか踏み留まれた。俺じゃなかったらそのまま『契約ギアス』が通って、石動は後戻りできなくなっていただろう。

 まあ原因も俺だが。


 「今度サイン貰いに行ってもいいかな?」と聞くみどりちゃんの起伏に富んだ体を上から下まで眺めて、石動は一言「やめといた方がいいぜ」。

 表向きは忙しさを理由にしていたが、表情には『あの妖怪ジジイが我慢できるはずがねえ』と出ていた。ははーんさてはエロジジイだな? 石動が生まれた敬意をなんとなく察してしまった。

 あと敬語使え。


 モアイダーを見上げる。

「じゃあ、こいつはお前の運命?」

「いや、このモアイダーは向こうにあったやつ。力を貸りたんだ」

 みどりちゃんが言っていた寄贈品か。


「同種別個体の力を借りることってできるのか?」

 リアは首を振る。

「普通無理だよ。初対面の相手になんて、ついて行ったりしないでしょ?」

 そりゃそうだ。


「これだよ」

 石動は指で、腰につけたものを叩いた。

 普段使いには絶対にしないようなゴツい装飾品。幅の広い帯で腹に巻かれている。いや、帯というか、これは、ベルトか?

 石動がバックルを取り外すと、帯はひとりでに収納された。便利だなその機能。


『モアイドライバー!』

 バックルが自己紹介した!?

「こいつでモアイダーを操縦できるんだ」

 石動はバックルにセットされていたカードを引き抜く。

 『石像戦車モアイダー』。コスト5、パワー──10000!? たっか。

 「このユニットは、コスト4以下の相手の効果を受けない」。効果耐性持ちの準バニラか。だからその分パワーが高めなわけだ。


 カードの色は白。


 ──白?


 なんだそれは。


 『sorcery-ソーサリー-』に設定された色属性は6色だ。赤、緑、青、黄、紫、茶。その中に「白」はない。

 人間や侵略者など、マナを持たないユニットが属する「無色」とも違う。

 「無色」のカード枠は二種類あり、人間ユニットや汎用カードが灰色。侵略者ユニットは裏面デザインの反転だ。やや灰色がかった黒地に水色のラインが渦を巻くように走っている。

 俺の知る『sorcery-ソーサリー-』に「白」はない。

 なんだ、こいつは。


 モアイダーから感じる気配は、たしかにリアたちや妖精たち、これまでに会ったユニットと似通っているが、完全に同じじゃあない。これは属性の違いによるものなのか?

 俺の直感はどうもそうではないように思うと言っている。


 全く未知の色。興味深い。


 大勝負をひとつ終えた直後だというのに、バトルがしたくなってきたじゃないか。


 デッキに手が伸びる。

 しかし頭の冷静な部分が、「戦うことはできないんじゃあないか?」と冷静な結論を告げている。冷静って二回言ってるわ。全然落ち着いてない。


 石動の運命の相手がモアイダーなのだとして、どうしてわざわざ学校のモアイダーに力を借りたのか。先程の、家族への確執を隠しきれない態度と合わせて考えれば、答えは明白だ。

 石動は今、モアイダーのデッキを持っていない。


 いやでもワンチャンないかな。


「いする」

「俺、モアイダーを戻してくる」

 石動は気まずさを振り切るようにバックルを腰に当てた。あまりモアイダーとの関係を詮索してほしくないらしい。ベルト帯が飛び出して自動的に巻き付く。

『モアイドライバー!』

 毎回自己紹介するの? それ。

 『石像戦車モアイダー』のカードを装填し、バックルを閉じる。流れ出した陽気な音楽と共に、石動はモアイダーに乗り込んだ。

 モアイの口が閉じ、モアイダーが走り去る。


「……あ」


 モアイのインパクトが強すぎて、復活の肉触手から助けられた礼を言うの忘れてた。


  ***


「おーい! 大丈夫かぁー!?」

 しばらくして、先生方がやってきた。警察隊が持つような全面透明の盾を持って、木々が折れた坂道を猛スピードで駆け下りてくる。

 そして彼らはみどりちゃんと桜の格好に気付き、男性教師のことごとくは一人の女性教師に殴り倒された。

 やつは理不尽にも桜を抱きしめる俺まで手にかけようとしてきたが、リアが頭を抱きしめて守ってくれたおかげで事なきを得た。危なかった。


 教師のジャージを借りてようやく裸ではなくなったみどりちゃんが、俺たちを代表して経緯を説明してくれる。

 オヴザーブに襲われたこと、レイドバトルのこと、ユニットが犠牲になったこと、そして、オヴザーブを捕獲したこと。捕獲だったんだあれ。封印にしか見えなかった。


「これがそのカードです」

「これは……」

 『来訪者オヴザーブ』を受け取った、妙に容姿の若い先生は、カードテキストを読んで顔をしかめた。

「種族──『侵略者』だと? 聞いた覚えがない。新種か? 色も……。

 というかそれ以前に、ユニットとファイトなんて前代未聞だぞ!」

 決闘戦ファイト呼びする派かぁ。


「真っ先に立ち向かっていったのは彼──天使くんです」

「ほう。君──は、……いつまでそんな格好の女子とくっついているつもりだね?」

 げっ矛先がこっち向いた。

 足にまたがらせた桜の二の腕やふとももを指でなぞる俺を見て、女性教師の目に浮かんだ興味の色が一瞬で冷え切った。


 桜はそろそろ立てる頃だが、今の彼女にとって下着姿でくっつくくらいどうということはない。恥ずかしさは感じているものの、首や鎖骨へのキスの方がよっぽど恥ずかしいと思っている。なので時々体を小さく跳ねさせながらも、体に触れる俺の指を受け入れていた。

「ん……っ」

 頬を桃色に染め、目を閉じてちいさな声を漏らす桜。かわいい。よほどキスをしたくなったが、教師の前なので我慢した。

 なのにみどりちゃんよりもわずかに小柄な女性教師は、俺に殺気を叩きつけてくる。

「貴様女の敵だな?」

 仮にも教師が生徒を貴様呼ばわりはどうなんですかね。


「妖精が言ったんですよ」

 肩をすくめて本筋の話をする。

「「暴れるなら上でやってよ!」って。それで『アウェイクニン──あ、えっと」

「決闘戦の呪文を唱えたんだな」

 迂闊に口にするとまたバトルフィールドが発生するかもしれないと思って言い淀むと、先生は意図を汲んでセリフを引き取った。


「言ったのはシロツメクサか? わかる程度には似てて気持ち悪いな……」

「さっきから大人が子供にぶつけるべきではない言葉を言い過ぎじゃありません?」

「ん、ああ、すまない。どうも同年代と話している気分になっていた。……一応聞くが、貴様本当は大人だったりしないよな?」

 す……っ、る、どい! こっわ! 顔引き攣りかけたわ! たしかに俺の頭には前の世界で生きた二十余年の確かな記憶がある。なんで勘付いた!?


「名簿見てもらえばわかりますけど、ちゃんと六年生ですよ。どうしてそんなことを?」

「目が……いや、いい。それで? 決闘戦の呪文を唱えたらこの……『侵略者』ユニットをフィールドに引っ張り込めたわけか。しかしだからといって、よくユニットとファイトしようなどと思ったな?」

 それは、俺が前の世界でレイドバトルを知っていたからだ。


「だってバトルフィールドではバトルするものじゃないですか」

 先生の目がスッと細まった。

?」

 なんでわかるんだよ。

「本心ですよ」

「そうではあるのだろうな。だがユニットとファイトした理由ではない。あまり教師を舐めるなよ?」

 この世界の教師すごいな。

 嘘は通じないようだ。観念して事実をありのまま伝える。


「蔦目玉、えっと、らい──」

「『来訪者オヴザーブ』よ」

 視線で助けを求め、敵の名前をみどりちゃんに言ってもらう。


「『来訪者オヴザーブ』がバトルフィールドに現れた時、ユニットが出てくるところじゃなくて、そこを挟んで俺たちの反対側、対戦相手がいるべきところに出てきたんです。

 それから、目の前に人数分のカードのフィールドプレイシートが出てきました。一緒に取り込まれた俺の運命──こちらのリア、エクセリアは俺の運命なんですが、それを除いた三人分です。

 オヴザーブの背後には30本、俺たち三人分のライフの合計と同じ数の蔦があったんです」


「……なるほど。それでファイトをするのだと判断した、と」

 『嘘の臭いもしないし、筋も通っている。説明を面倒がっただけか?』。

 ……嘘の臭い、ね。

 たまにいる、五感が鋭いタイプか。

 嘘を暴かれる面倒さは身に染みている。気をつけておこう。


 先生は紫髪の頭を首肯させた。

「話はわかった。……学校としては、『来訪者オヴザーブこいつ』との戦闘映像を提出してほしくはあるのだが……」

「もちろん、ちゃんとホルダーに記録が残っています」

 この世界のデッキケース、もといデッキホルダー優秀だな。そんな機能ついてるのか。

「ああいや、そうじゃなくてだな……その、君たちはいつからその格好だったんだ?」

 気を遣った婉曲な指摘をする先生。

 俺は足に跨った桜を傍に下ろし、背中にもたれるリアを預けて立ち上がった。


 桜とみどりちゃんは、肉触手に服を脱がされた状態でバトルフィールドに入っている。オヴザーブとの戦闘が映像として残っているなら、ふたりの下着姿もばっちり記録されているわけだ。

 提出しようとデッキホルダーを取り出したみどりちゃんの顔が真っ赤になる。


「さっきのバトル、自動記録機能で残せたんだ。……あれ? ってことは聖くんのホルダーにも」


「  バ  エ  ル  !(迫真)」

「まったく、困った主だ!」

 カードから白亜の騎士が出現、俺を抱えて高速で場を離脱する。


「あっ逃げた!」

「ユニットの現界!? あいつの運命は君ではないのか!?」

「そっそれは……とにかく今はせーくんを追わないと! 静かなところで記録を見ながら感想戦(意味深)始めるつもりだよ!」

「ええ!?」


  ***


 なお追いかけっこの結果だが、数で追い詰められて、逃げ切ること叶わず。ホルダーが記録していた本データは消されてしまった。どっとはらい。

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