第34話 来た、見た、負けた
みどりちゃんは俺たちの無事を確認すると、デッキホルダーからカードを取り出した。
それは間違いなくソーサリーカードだった。でも枠だけだ。
コストも、テキストも、パワー値も、イラストさえ無い、真っ白な無地のカード。みどりちゃんはそれを、倒れ伏すオヴザーブに投げつけた。
触手目玉の半開きの眼球にカードがサクリと刺さる。痛そう。
「何を……?」
心を落ち着けるため桜に抱きついて首筋やキャミソールの内側に這わせていた手が思わず止まる。
しかしみどりちゃんの行動を不可解と思う暇すらなかった。
眼球に刺さったカードが空中でくるくると回りだす。蔦が緑の光となって、ホースに吸い込まれる水のごとくカードに引き寄せられていく。
オヴザーブを吸収しているのだ、と理解したのは、無地のカードに見覚えのある絵柄が浮かんだからだ。
カード『来訪者オヴザーブ』。
──だとすると。
「もう一枚投げなきゃダメだ! 先輩! もう一体いる!」
「え?」
蔦を吸収しきったカードはひとりでに飛んでみどりちゃんの手元に戻った。肉触手の塊をその場に残して。
「な……合体してたっていうの!?」
みどりちゃんが慌ててもう一枚カードを取り出そうとする。
しかし一手遅れた。
肉触手が再起動し、少女たちを辱めるまで俺は蘇る! 何度でも! とばかりに赤黒くて脈打ってるぬるぬるしたやつを伸ばす。みどりちゃんが咄嗟に投げたカードは粘液に弾かれ地面に落ちた。
もはや絶対絶命。
その時だった。
花畑を取り囲む木々の向こう、学校に近い方角から、燃焼物の噴射音と、キュラキュラと金属が擦れる音が聞こえてきた。
この方角は……オリエンテーリングでこれから向かうはずだった、出発地点からもっとも近いチェックポイントがあった方だ。
「来てくれたのね!」
みどりちゃんの表情がパッと明るくなる。
木々を踏み倒して巨大な塊が森から飛び出した。
そいつはキャタピラを佩き、体側面にガトリング、頭にキャノン砲を装備、背中にはジェットブースターをつけた────モアイだった。
モアイだった。
何度見てもモアイだ。
言うなればモアイの戦車といったところか。そいつはガトリングの掃射で触手を蹴散らすと、俺たちと肉目玉の間にその身を割り込ませた。
え、何? これは。
「モアイダーだ!」
桜が歓声をあげる。知ってるんだ。
「ふっふっふ。実はね、出発地点から一番近いチェックポイントには、この! モアイダーがいたんだよ!」
「えー!」
困った。ふたりのテンションが上がっている理由がわからない。
というか、
「いた、って、じゃあユニットじゃないってこと……? いや、妖精たちはユニットだったんだから、こいつもそう、なのか?」
しかしユニットだとして、俺はこんな、モアイを戦車に仕立て上げたようなヘンテコなキャラクターを見た覚えがない。
こんなの一度見たら忘れられないはずだ。
リアを見る。
めちゃくちゃ困惑している。
「もちろん本物よ!」
みどりちゃんは俺の疑問をいいように解釈してくれた。玉虫色の言い方をした甲斐はあったか。
「世界初の人工ユニット、『石像戦車モアイダー』! しかも企業から学校に寄贈された、初期ロットの一体なのよ!」
みどりちゃんが生まれたままの胸を張る。自分が裸なの忘れてるな?
……待って今なんつった。
人工ユニット?
ユニットは『sorcery-ソーサリー-』の舞台に住む生き物や魔法生物だ。
そのユニットを、作った?
ビルドだかクリエイトだか知らないが、そんなことできるものなのか?
たしかにユニットでも、たとえば緑のウィッカーマン、紫の人形、茶のゴーレムなんかは人の手で作られた物品だ。
ああ、ゴーレムは近いかもしれない。モアイだし。石像だし。やたらメカメカしいオプションついてるけど。
肉触手とモアイダーの戦いは格闘戦にもつれ込んだ。
ガトリングを腕に見立てて肉触手を殴りつけるモアイダー。拳もとい銃口を肉触手に叩き込むと、バリアも張れないような至近距離での接射をお見舞いする。
「アネモネやカリンカみたいに、カードと一緒に……逆か? そうか。ユニットがいるところに、そのカードが置いてあったんですね。
じゃあオリエンテーリングの目的って、学校の周りにいるユニットたちと会うこと?」
慎重に、されど話に遅れないように、知識の食い違いに気付かれないように言葉を選ぶ。知っているべき知識を知らないことで怪しまれないためだ。
疑いの目というのはすなわち偏見だ。そんな色眼鏡で見られてしまっては、好き勝手ができなくなる。
とはいえこの質問は本心からでもある。
みどりちゃんは「大正解」とばかりに頷いた。
「そうよ。このオリエンテーリングの目的は、この学校を守ってくれているユニットに顔を覚えてもらうこと。
でもそのためだけに山の中を歩くのはつまらないから、ってことでクロスワードが用意されたらしいよ。あたしも先輩から聞いた話だけど。
こんな状況だからもう言っちゃうけど、こっちのエリアでは一番南の庵に『武神ローカパーラ』と、教会に『炎天使カマエル』がいるわ。
カマエルさんは面倒見が良くてね、よく生徒から相談を受けてるのよ。あたしも何度か悩みを聞いてもらったなぁ」
その言葉で、リアの表情が抜け落ちた。多分俺も同じ顔をしている。
「さっき、いましたね。敵に。うちのとは別の、カマエルちゃん」
「──あ」
過去を思い返して緩んでいた先輩の表情が、冷や水を浴びて凍りついた。視線が肉触手目玉と手元の『侵略者オヴザーブ』を忙しなく行き来する。
「そうだ、あいつが出て来た方向……教会から森を迂回したら、ちょうどあの辺りに……!? そんな、まさか!」
血の気が引いた青い顔で遠くに視線を投げるみどりちゃん。おそらくその方向に教会があるのだろう。
観測していないものは不確定だ。だからそうと決まったわけではない。それでもなんとなく、その教会の主人はもうどこにもいないのだろうな、と思った。
みどりちゃんが見ている方角からは、俺の天使たちが常に放っている聖性が、これっぽっちも感じられなかったのだ。
モアイダーがガトリングで肉目玉の胸ぐらもとい涙袋を掴み上げ、キャタピラの先端で膝蹴りする。何を言っているのかわからないだろうが事実だから仕方がない。
頭部のキャノン砲にエネルギーが収束。狙いは肉触手の目玉、その正中をピタリと捉えている。
高密度の熱がキャノンから放たれ、モアイの
これで決着。
そう思った矢先だ。
空間が裂けた。大喰らいの口のようにパックリと開いた。裂け目の向こうには宇宙のような深い黒があり、小さな光が星のようにぽつぽつ浮いている。
裂け目は肉触手を飲み込み閉じた。モアイの形をしたエネルギーが何もないところを素通りしていく。
──逃げられた。
ふと体が軽くなった。侵略者が放つ存在の圧が消えたのだ。
そうしてようやくまともな感覚を取り戻して、
──視線。
全身が総毛立った。
オヴザーブのものに似た、無機質に全身を舐め回すような視線。舐め回すなら桜かみどりちゃんだろう。リアは俺のだから駄目。
「く、くるしいよ聖くん」
無意識に桜を抱き寄せていた。体が人肌を求めている。
「ごめん、少しこのまま」
「えぇ〜? いいけどぉ」
そう言いつつ桜は体重を預けてきた。まんざらでもないらしい。
「なによ、今更怖くなったの? 真っ先に触手目玉……『来訪者オヴザーブ』? と戦い始めたくせに。かわいいところもあるじゃない」
カード名を確認しながら揶揄ってくるみどりちゃん。
ふたりは何も感じないのか!?
『せーくん、これ、私たちだけだ。この視線は私たちだけを見てる!』
頭に直接響く声にリアを見ると、脂汗を流しながら小さく震えていた。手足をこちらに伸ばしかけたまま固まっている。
ユニットであるリアがこんな風になるなんて、一体────……?
首が動かない。
視線の主を確認しようとしたのに、体が動くことを拒否している。
そうだ。俺はここまで相手の姿を見ていない。確認するのを無意識に拒んでいた!
顔から汗が吹き出る。
心の底から湧き上がる恐怖が、頭で考えて行動する意思を上回り、体を縛り付けているというのか。
だが恐怖とは打ち破らなければならないもの。「えいやっ!」と無理矢理体の向きを変えようとしたところで、視線が消えた。
「……っ!?」
慌てて振り向く。もう抵抗はなかった。
見えたのは、翻る白い髪と、真っ黒なゴスロリスカート。一瞬見えた所作にどこか冷徹な印象を受けたが、それだけだ。
何だったんだ、一体。
「あ、あの、聖くん?」
桜が居心地悪そうにもぞもぞと腰を動かす。首を巡らせて見れば瑞々しい頬がほんのりと染まっていた。自分の格好を思い出したらしい。ようやく。
「その、そろそろ離れてほしいなーって」
「離れると見えちゃうよ?」
「そ、それは……うぅ、でもこんな格好でくっついてるのもえっちだよぉ」
その様子にみどりちゃんがつと視線を落とす。そこで目に入るのは当然肌色だけだ。
「ひっ」
身を縮ませて腕をクロスする。
リアが背中合わせにもたれかかってきた。先程の視線がこたえたらしい。
「ていうか聖くん、やっぱり気付いてたんじゃん! 忘れて! 全部!」
「かわいい自覚はあるのにこういうのは恥ずかしいんだ?」
「それとこれとは! 別! でしょ!」
いよいよ恥ずかしさの限界が近付いてきたようで、喋る言葉全部叫びになっている桜。その白い首筋にキスを落とす。
「ひぃぅ!?」
キャミソールの肩紐を咥えて肩から落とし、なめらかな肩や鎖骨にも口付けしていく。
「ひゃ、あ、ちょっと、なにし、ひぅ、くすぐっ、た、あ」
「こらこらこら!?」
慌てたみどりちゃんが俺から桜を引き剥がそうとする。
「せんぱーい。私のでよければ上着いりますかー?」
「え、いいの!? じゃなくて! 絵救世ちゃんも止めなよ! 天使くんの運命はあなたと繋がってるんだから!」
「私はそこらへん、せーくんの好きにさせてるのでー。……嫉妬はしますけど」
ボソリと付け加えられた一言。事実さっきからずっと脇腹をつねられている。
そのつねる指を離し、リアは自分の上着をみどりちゃんに渡す。
「サイズは合わないと思うのでー、かけるか縛るかしてくださーい」
……いつも以上にゆるゆるだな。思いの外消耗しているようだ。帰ったらまた甘やかしタイムだな。
「ひぁ、ぁぅ……」
リアとみどりちゃんがやりとりしている間に桜を声も出ないほど腰くだけにしたので、俺も上着を脱いで桜の肩にかける。
なぜこんなことをしたのかといえば、まあ。
颯爽と登場したにもかかわらず最早忘れられているモアイダーに目を向ける。
モアイダーは俺たちを、正確には俺にイタズラされる桜を見て、血の涙を流していた。
モアイダーの中核をなしているモアイがパカッと開いた。こう、口の部分から、蓋と船が一体になった容器みたいに。
「よ、よう。お前ら、ぶっ無事みたいだな?」
石動が声と膝を震わせながら出てきた。好きな子があられもない姿で他の男の腕の中にいる状況を前に、溜まった涙が溢れないよう懸命にこらえながら。がんばれ♡
やっべドーレルのが移った。
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