第33話 やっぱり小学生は最高だぜ!

 『sorcery-ソーサリー-』の対戦では、デッキ切れは敗北となる。

 どうしてこんな話を急に始めたかと言えば、相手のデッキが一周したからだ。


 レイドバトルのモンスター側にはデッキ切れの概念が存在しない。

 カードゲームの『sorcery-ソーサリー-』において、レイドバトルという形式は、公式がイベントで参加者に楽しんでもらうための特殊ルールだった。つまりプレイヤー同士の対戦ではない。

 プレイヤーの力を合わせて強大な敵のライフを削り切るのがキモであるため、実質的な時間制限となるデッキ切れは、ルール上起きないようになっていた。


 レイドモンスター役はデッキがなくなると、トラッシュや除外域のカード、つまり使用済みのカードをシャッフルし、山札に戻してゲームを再開する。ドロー中であれば、中断したところから指定枚数までドローする。


 設定的には、侵略者は凄まじい生命力と再生力を持つので、取り込まれて尖兵となったユニットも、撃破されたところで時間が経てば復活する。みたいな感じだった。


 なるほど、対面の目玉触手も事実そうであるらしい。出てくるユニットすべてに見覚えがある。


 ので。


「アハハハハハハ! エクス⭐︎プロージョン!」


 我が家の愛すべき爆弾魔の的は途切れることなく湧き続けた。触手や妖精たちなど、一度見た顔ぶれが現れては爆炎に消えていく。

 相手は『妖精の花畑』を2枚張っているので、ライフが1減るたびに2ドロー分、2体のユニットが現れる。今更頭数が増えたところで、ターンを渡さなければどうということはない。


 しかし使用済みカードがデッキに戻っているということは、防御札もデッキに戻っているということだ。

 6度目の自爆特攻エンジェルダイナマイトで『白き結晶盾』がめくれ、相手のライフは減らなくなった。

 アタックはできるので回復状態のユニットをプロジエルで一掃する。

 するとパワー値の関係で触手が残った。


「最後はアレデスね! プロジエル⭐︎行きマース!」

「おい待てェ勝手に行こうとするんじゃねぇ」


 もはや勝手に飛び出そうとしたプロジエルを静止する。この場面なら情報収集も兼ねられる、もっと適任の天使がいるのだ。


「カマエル。最後のアタックお願いできるかな。……くつろいでるとこ悪いけど」


 リペールが亜空間から取り出したオレンジの浴衣を着て、同じくリペールが取り出したベンチで他の天使共々リンゴ飴を舐めているカマエルに声をかける。本当に何をやっているんだ。


「仕方ないわね。せっかく出てきて見てるだけっていうのもなんだし、一仕事してきてあげるわ」


 カマエルは一息にリンゴ飴を平らげ、浴衣を脱いで炎を纏う。

 そこに祭り気分でくつろいでいた女の子の姿はなく、どこからどう見ても戦いに燃える一体のユニットだった。変わり身が早い。


「『炎天使カマエル』でアタック!」


 カマエルが炎の尾を引いて触手に突撃。見た目通りに植物なのか、蔦の全体が炎上する。生の植物は水分を含んでいるのである程度までは火を弾けるはずなのだが、それだけカマエルの火力が高いのだろう。

 そして炎は飛び火して、他の蔦やモウセンゴケにまで燃え移った。


 カマエルの効果は「破壊したユニットと同じ種族のユニットすべてを破壊する」。あの各種触手はやはり同じ種族の扱いかつ、他のユニットと共通する種族を持たない、やはり異端の物体だったようだ。


 同族が受けた仕打ちに対する一種の意趣返しを果たしたカマエルは、晴々とした顔で笑った。


  ***


「太陽、空に奇跡を描く! 『天翔陽竜ドラグ・アマテラス』召喚!」


 桜もターンの頭からアクセル全開だ。


 光の尾を引いて天上から赤竜が降臨。咆哮を上げる。


「召喚時効果! 相手のスケープ2つまでを破壊し、破壊した数1につきデッキから1ドロー!」


 アマテラスのドラゴンブレスが放たれる。敵の陣地は太陽の炎に包まれ、『妖精の花畑』は跡形もなく燃え尽きた。桜が2枚ドローする。


「さらにパワー15000以下の相手ユニットを破壊!」


 ついでのようにユニット破壊を添えるな。

 とはいえ味方である今は、これ以上なく頼もしい。


「バトルフェイズ! アマテラスでアタック! アマテラスのパワー以下の相手ユニットを破壊してライフを砕くよ!」


 そしてアマテラスが暴れ出す。

 焦土の敵陣に飛び込む赤竜。爪と牙による蹂躙が繰り広げられ、瞬く間に命が消えていく。

 が、3度目のアタック時のライフバーンで三度みたび『白き結晶盾』が発動。ライフ奪取は5個で止まる。


 しかし別に構わないのだ。

 見えている『白き結晶盾』は3枚。デッキ投入上限まであと1枚あるが、仮に『来訪者オヴザーブ』の残りライフに埋まっていたとしてももう関係ない。


 なにせ俺たちプレイヤーターンの大トリを飾るみどりちゃんの場には、すでに一撃で9点を奪える戦力が整っているのだから。


「決めるよ、ティターニア」

「うむ」


 妖精女王が、どっかの爆発系女子のせいで土埃まみれになったスカートをはたきながら立ち上がる。


「妖精の始末は妖精が、だよね」

 俺がそう言うと、ティターニアは愉快げに、みどりちゃんは少し寂しそうに笑った。

 桜も「最初からフィニッシュは譲るつもりでしたよ?」と言わんばかりのドヤ顔を披露している。かわいい。


「『妖精女王ティターニア』で、アタック!」


 みどりちゃんの宣言を受け、ティターニアが錫杖を振りかぶった。先端の豪奢な装飾を触手目玉に振り下ろす。

 その一撃で、『来訪者オヴザーブ』の残りライフがまとめて消し飛んだ。


  ***


 ────オォオオォォォォ…………──

 『来訪者オヴザーブ』が唸り声のようなものをあげながら後ろ向きに倒れていく。巨大であるせいか妙にゆっくりだ。かっ開かれていた一つ目が光を失い、半端に閉じる。


 巨体が倒れた振動のせいか、バトルフィールドの空が音を立ててひび割れた。ひびはみるみる亀裂に変わり、轟音を上げて崩れていく。


「なになに!? なんでバトルフィールドが壊れてるの!?」


 轟音と異常事態に桜が慌てて辺りを見回す。かわいかったのでとりあえず腕の内に収めた。

「ひゃあ!?」


 相手のユニットと、桜のアマテラスにヤタスズメ、みどりちゃんのフヨウ、それから2体いる俺のバエルの片方が、姿を保てず光の粒子となって消えていく。


「落ち着いて二人とも! 多分あの触手目玉が倒れたからあっちょ、やだ!」


 激しい振動で下着を押さえる腕を固定することが出来なくなったみどりちゃんが悲鳴を上げる。そんなことはいいからこの現象の原因に心当たりがあるなら教えてほしい。


「嘘でしょ、めちゃくちゃ白い目されてる……」


 自分の恥ずかしい姿に食いつくでもなく白けた態度を取られたことが割りかしショックだったらしく、完全に冷静になるみどりちゃん。


 人は命の危機に直面すると、子孫を残そうとする本能が働くという。

 しかし今の俺は桜を抱きしめている。なので安全保障に意識を割けるのだ。


「えっと……バトルフィールドが決闘する魔法使い同士の魔法でできてるのは二人とも知ってるよね。

 普通は決闘戦が終わっても、デッキホルダーに刻まれた術式がフィールドを維持するんだけど、あいつは多分自前の術式か、それに近い何かでフィールドを成立させてたんじゃないかな。

 だからこれは、ちゃんとあの目玉を倒せたってことなんだよ。きっと!」


 下着を諦めたみどりちゃんは長いツインテールで急場を凌ぐことにしたようだ。少し顔を赤らめながら、俺たちの不安を取り除こうと小さくガッツポーズ。胸の横で拳を握る。卑劣な視線誘導を……。


 初耳の情報はさておき、そういうことなら辻褄は合う、のか?

「でもそれってどの道このフィールドが崩れるってことじゃ」

 桜が言い終わるより先に足元が崩れた。


「せーくん!」

 リアが小学生スタイルに戻りながらこちらに飛び込み、天使たちは泡を食ってデッキに戻る。

「って戻るんかい!」

「私以外は魔力消費が大きいからバトル直後は無理! せーくんがもたない!」

「リアは大丈夫なんだ。やっぱり特別なんだね」

「え……特別? 特別……特別。えへへー。そう、私はせーくんの特別なの!」

「……むぅー」

 照れるリアと、途端に不機嫌になる桜。


 ティターニアもみどりちゃんを手のひらで受け止めようとするが、バトルフィールドの崩壊のせいかプレイヤーエリアに来たせいか、とにかく等身大に戻ってしまった。


「あれ、流樟ルークスは!?」

「る、流樟は普段都内でお店してるの。バトルの時だけ遠隔で力を借りてるんだよ」

「うっそだろ」

 そんなことある? 運命のユニットなのに?

 ひょっとしてこの世界の人が言う「運命」って、縁の繋がり以上の意味はなかったりする感じ? 目が合っただけで縁を結んでくる妖怪もいる世の中だというのに……あ、この時間軸だとまだ発生してないのか。


 桜を抱きしめたままリアにつかまる。直後、視界がホワイトアウトした。後頭部に土の感触。地面に倒れている。

 顔に感じる感触がとにかく柔らかかった。小学生にしては発育のいい桜と、小学生であれば十分大きいリア。二人の胸が押しつけられている。


「ふひゃ!? ひ、聖くん!? くすぐったい!」


 桜が身をよじり、柔らかいものが顔の上で形を変える。リアが対抗して体を押し付けてくるけど二方向からそれされたら普通に窒息するんだよなあ!

「息が! できない!」

 せっかく侵略者を倒したのにこんなところでくたばってはたまらないので、ふたりの胸を押し除ける。


「あ、ごめ……え?」

「やん♪」


 桜は一瞬謝りかけてから、自分の胸を揉む手に目を落として固まる。リアは喜んだ。どいてって。


「あ、あの、聖くん、手が」


「みんな大丈夫!?」


 近くに着地していたみどりちゃんが駆け寄ってくる。俺たちの安否が頭を占めていたようで胸を隠すのを忘れていた。ツインテールでちゃんと隠れていたが。ままならないね。


「俺は無事です。リアも」


 リアが先にどいてくれたので、そちらの手を地面に着き、腹筋で体を浮かせて桜と体を密着させる。


「桜は怪我とかない?」

「ひぅ」

 どさくさに紛れて膨らみを指先で撫でながら桜の腰に腕を回し、俺の体ごと持ち上げる。多少の無茶な体勢ならなんとかなる無尽蔵の体力!

 やっぱり小学生の体は最高だぜ。

 桜の腰が俺の太ももにまたがるようにストンと落ちる。


「…………聖くんのえっち」

 桜はキャミソールの胸をかばい、恨みがましい目で俺を見た。

「ごめんね? 桜がかわいいからついイタズラしたくなっちゃう」

「もー……そう言っておけばごまかせると思ってるでしょ。いくらわたしがかわいいからって、えっちなことはだめなんだから」

「かわいいよ桜。ちっちゃくて天真爛漫で、とってもキュートだ」

「えへへぇ」

 誉め殺しするとすぐにでれでれと顔を緩める桜。


「よかった、頭以外は無事ね!」


 それは無事とは言わない。

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