第32話 天使の逆襲のターン
頭の中にバエルの声が響く。
──我々の意思は常に君と共にある。見せてやろう。我々天使の持つ、すべてをねじ伏せる力を。
ああ……わかってる。
「目覚めの時だ。『偽りの仮面 天使バエル』」
プレイシートにカードを置く。フィールドに光の柱が立ち、白亜の甲冑を纏った騎士が現れる。
バエルはその手に握る剣を天高く振り上げた。
「召喚時効果。自分のデッキを上から5枚オープン。その中の天使族すべてを、コストを支払わずに召喚できる」
「中型でそんなに踏み倒すの!?」
驚くみどりちゃん。昨日も似たようなリアクション見たぞ。
「まず1枚目」
山札をめくる。
「……なるほど」
そこにいたのはバトルの直前、対レイドモンスター用に仕込んだカードだった。さっきの感覚は、だからか。チャージフェイズで2枚置いていたら、この重いコストが手札に来てしまっていた。
「『
「大型だ!」
桜が自分のことのように喜んでいる。かわいい。
「2枚目、『天の大秤』
3枚目、『ライフチェンジ』
4枚目、『天使ステディエル』」
しかしその後のやや振るわないめくりに笑顔が陰る。
だがまだだ。革命はまだ終わっていない!
先のターンで無理をして召喚しようとした俺を、バエルは主義を曲げてまで自ら制止してくれた。すべては、フィールドの対岸で触手をうねつかせる侵略者を屠り、人類を守るため。
なら俺も、最後まで信じなくちゃなあ!
「5枚目! ──、」
ああ、やはりだ。
先程の桜を見て、ふと思ったのだ。
そして、一つの推測を立てた。
──昨日のバトル。
桜は、俺がろくに抵抗しないと判断した途端にデッキの速度が低下した。
桜との関係を維持することに固執していた石動は、茶属性では一切サーチできない防御札を高頻度で素引きしていた。
プレイヤーのモチベーションがデッキ回転に直結する。ここはそういう世界なのだ。
あと数回は試行を重ねてみなければ確証はないが、きっと間違っていない。
であれば俺がするべきはただ一つ。デッキを、共に戦うユニットを、最後まで信じ抜くことだ。
高らかにその名を宣言する。
「──『偽りの仮面 天使バエル』!」
「2枚目のバエル!?」
桜の驚愕が耳に心地いい。
そうとも。あらゆる勝負事の原則じゃないか。
日本書紀にも書いてある。戦いは、ノリのいい方が勝つのだと。
柱光から歩み出るステディエルと、2体目のバエル。
共にデッキからの踏み倒し持ちという効果の共通点から察される通り、二人は同じ年間テーマのカードだ。実装当初はテーマのカードパワー故に「R以下確定ガチャ」などとも揶揄されていた。
背景ストーリーで明かされるその関係性は幼馴染。少なくとも側から見る限りは気心の知れた仲だ。エスコートしようとしたバエルの手を払い除けて複雑な顔をするステディエル。
そして。
天から爆発が、落ちる。
破壊的なプラズマの光球が残光と硝煙の尾を引きながらフィールドに着弾した。地面が大爆発を起こす。さらに誘爆。また大爆発。
俺たちプレイヤー個々人の前に浮かぶプレイシートと違って、ユニットたちが現れるバトルフィールドは共有されている。
なので大変申し訳ないことに、桜やみどりちゃんのユニットが爆発に巻き込まれて右往左往することになった。
二人のバエルはステディエルを挟んで空中に退避中。長身の男と背の低い女の子で男女男の並びというのはどうしてこう、どうしようもなく心が躍るのか。いくつになっても大人には成りきれないものだな。
リアもプレイシートの前まで逃げてきた。
「せーくん、プロジエルまで入れてたの!?」
爆発音にかき消されないよう大声で叫ぶリア。
「あわよくばと思って一枚だけね!」
俺も同じように叫び返す。
「規模が大きすぎて濡れ手で漁夫の利だよこんなの!」
そりゃあ漁夫なら手は濡れるだろうけども。
やがて爆炎が晴れ、中から現れたのは金の髪を緩く巻いた西洋系の整った顔立ち。が、霞むくらい多種多様な爆薬を全身に搭載した二重の意味でダイナマイトボディな美少女だ。
「爆滅⭐︎天使⭐︎プロジエル⭐︎推⭐︎参⭐︎」
「推⭐︎参」のところ以外の⭐︎で繰り返し起きる爆発。
『
プロジエルは元々、爆発に魅せられた少女だった。映画の爆発。特撮の爆発。紅蓮の爆炎が少女の心を染めた。
その憧れは魂に刻み込まれるほどで、転生の際に漂白しきれず輪廻に悪影響を与えると判断されてやむなく天使に召し上げられた。
しかしやつは弾けた。
文字通りの意味で。
そうしてやつはスーパーウルトラハイパーミラクルファンタスティックな爆弾天使になったのだ。
「爆発は
男であれば最優先で処理せざるを得ない二つの爆弾をぶるんぶるん揺らしながら無邪気に飛び跳ねるプロジエル。名乗りの時点で十回は爆発している。火薬戦隊かおのれは。
「……え? あれ? 喋ってる!? 絵救世ちゃん以外に運命がいるの!?」
と、ここで遅まきながらみどりちゃんが身を乗り出す。これまた既視感のある反応だ。ホックが壊れた下着を押さえる手も外しかけて、慌てて胸元をかばっている。見えそうで見えない。
そういえばメタトロンもバエルもまだ喋ってはいなかったか。シエルは触手に特攻させた時に抗議の声を上げていたが。
「聖くんの天使って、なんかみんな喋るんですよ」
驚きの現象を目の当たりにした先達である桜が、それでもやっぱり不思議そうに天使たちを見ながら言う。
しかしその顔はすぐにわくわくと興奮をたたえだす。
「それより聖くん、あの白い騎士、ばえる? の効果で同じカードが出たってことは……!」
「うん。バエルの効果召喚でもユニットは問題なく召喚時効果を使えるから──」
「もう一回めくれるドーン⭐︎!」
うっせえなスカートめくんぞ。
「1枚目、『機動天使メタトロン』!
2枚目、『命の大天使ラ・メール』!
3枚目、『天使パワー』!
4枚目、『天使リペール』!
5枚目──『炎天使カマエル』!」
めちゃくちゃ固まってた。
星々の隙間を縫って光が走る。胎海の赤潮が湧き出る。白煙の中から筋肉の天使が立ち上がり、次元を超えるゲートから異端の天才天使が飛び出す。
そして炎が渦を巻く。
地面が溶け、赤熱する。
渦の中心に立つは、真っ赤に燃え盛る炎の髪を持ち、形なき炎の羽衣をまとった天使。その
というより、ラ・メールが初期の天使の面影を色濃く残しているのだ。
初期の天使は、神の意志を代行する「現象の擬人化」のような存在として描かれていた。
カマエルは「神が遣わした、邪悪を焼き尽くす炎」である。
一気に5体の召喚。脳汁が溢れてヤバい(語彙消失)。
バエルがこちらを向く。
「劇的な舞台に似つかわしい、劇的な演出だろう?」
気取ったウインクをしたのが仮面越しにもわかった。
『来訪者オヴザーブ』のフィールドにいる、燃え滓のような自分を見てカマエルは盛大に顔を顰めた。
「やだ、なにあれ」
「やっぱり気分悪いか? 自分が目の前にいるのって」
聞いてみる。
みどりちゃんのフヨウもそうだけど、相手フィールドに同個体がいるのに普通に召喚できてるんだよな。
カードゲームでミラー(※)はよくあることだけど、ユニットが実体化するバトルでそれを見ると、なんだか奇妙な感じがする。
(※同じデッキ同士での対戦になること)
ドッペルゲンガーとか、正直俺だったらいい気分はしない。
カマエルは振り向いて肩をすくめた。
「そういうタイプの気味の悪さじゃないわ。ほら、宇宙一有名な黄色い電気ネズミだって、主人公のとことか、頭の毛が跳ねてるやつとか、波に乗る青目のやつとかいるでしょ?」
同種別個体の認識なのか。
「あ、私それなら麦わら帽子の女の子が好き!」
「そこの話を広げようとするんじゃないよ」
俺の世代のタイトルには出てこなかったから印象薄いんだ。むしろリアはなんで知ってる?
……そういえば、前の世界にあったアニメやゲーム関連ってどうなってるんだろう。
今の俺は小学六年生。本当なら『sorcery-ソーサリー-』も知らない頃だから、まだゲームもやってたはずだけど。
帰ったら家を調べてみるか。
そのためにも、バトルだ。
『来訪者オヴザーブ』を倒す!
「ラ・メールの召喚時効果でライフを1回復。続けてリペールの効果でトラッシュの『天の大秤』を配置!」
背後から大天秤が出現する音を聞きながら、『
「バトルフェイズ! プロジエルで──」
「ノン! マスター! 「プロジエル⭐︎」デスよ!」
「……プロジエル⭐︎でアタック!」
「言うんだ!?」
「ていうかそれどうやって発音してるの!?」
そんなこと俺に聞くな。
揺れ方だけで柔らかいとわかる胸を張るプロジエル。するとその体が紅蓮の炎に包まれた。隣にいたカマエルがドン引きする。お前は元々燃えてるだろ。
プロジエルは全身を燃やしながら敵陣に突っ込んで行く。
「自分の天使がアタックした時、ラ・メールの効果発揮。自分のライフを1つ回復。これにより『天の大秤』の効果。相手のライフを1つトラッシュへ!」
そしてこのライフダメージにより相手の『妖精の花畑』が起動。ドローしたカードが即座に使用され、相手フィールドにユニットが増える。
「アタック時でライフバーンしたらブロッカーが!」
「いいや、これでいい! これがいいんです!」
出てきたのは『大輪の花妖精フヨウ』だった。まだいた──違うな。
『来訪者オヴザーブ』がレイドバトルと同じルールで動いているんだとしたら、相手の初期ライフが30だから、前ターンの便乗ドローでデッキが一周してる。このフヨウはさっきデッキ下に戻ったやつか。
だがそんなのもう関係ない。
フヨウがプロジエルをブロック。その瞬間、プロジエルの効果が発揮する!
「『
燃え盛る体で相手ユニットに激突したプロジエルは、相手を巻き込んで直ちに爆散する。
飛散した肉体は光の粒子となって集合し、プロジエルを再構成。
「再びプロジエルで」
「むぅ!」
「プロジエル⭐︎でアタック!」
毎回言わされるのこれ?
とはいえ言い直せば即座に機嫌を直すプロジエルはまたしても敵に突進。同じシークエンスが繰り返される。
『
バウンスには無力なものの、除去手段が破壊や直接戦闘しかない場合は途端にブロッカーを全滅させるまで止まらない無限アタッカーに変貌する。
対処法ははっきり言って簡単だ。ブロックしなければいい。
しかしレイドバトルルールでは、モンスター側は必ずブロックしなければならない。
劇中設定としては、侵略者は使える駒を温存する考え方が存在しない生態であるらしい。
相手のフィールドに『妖精の花畑』が貼られた時点で、これを利用した一種の「ハメ」ができると確信した。
その結果がこれだ。次々と湧いてくる的に無限自爆特攻。『命の大天使ラ・メール』と『天の大秤』のコンボによってライフを無限回復しながら相手のライフを焼却する! 焼いたライフの行き先はトラッシュなので、爆灼(※『爆灼陽炎斬』。尚すでに3枚見えている)などのライフ誘発以外は飛んでくる心配をする必要もない。
リアやバエル、メインフェイズで疲労しているリペールなんかはもう完全に観客ムードだ。たまやー、じゃないんだよ。
だがそうなるのも仕方ないだろう。ここまで状況がそろったのだから、あとは走り切るだけだ。
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