第57話 人類及びユニットは、相手が転売を行っていると認めた場合、自らの判断で犯人を処罰することができる。(補則)場合によっては抹殺することも許される。子どもの夢を奪い、その心を傷つけた罪は特に重い。

 結局俺にカードを渡そうとしてきた──ルナエルの胸を触ろうとした男には逃げられてしまった。


 トラックを奪われた挙句に破壊されたトラック乗りのおっちゃんが、こうべを垂れて男泣きしている。可哀想に。

 トラックが上げる爆炎に肌を焼かれながら空を見上げていると、もうもうと立ちのぼる黒煙の向こうに、幾何学的な模様──それこそ魔法陣のようなものが、虚空から滲み出るように現れた。

 方角は凡そ北西。男が逃げて行ったセンター街の方向……いや、それだと微妙に角度がズレてる。一本隣、井の頭通りか?


 ──行ってみてもいい?


 例によって胸が鈍く痛むので念話で聞くと、キュリールのこめかみに青筋が浮かんだ。


「安静にしてください」

 はい。


 でも気になる。

 それにあの紋様、どこかで見た気がするんだ。


「あれは『審判のジャッジメント・アイ』。魔法犯罪者を裁くための魔法だよ」


 ああ、それそれ。あの紋様、『審判の目』のカードイラストだ。

 過去を見通す力で対象者の罪を暴き、重さに応じた罰を与えるという魔法で、『sorcery-ソーサリー-』の背景ストーリーでも印象的な使われ方をしていた。

 空に浮かぶ目のようなあの模様はマギ・ソーサリスの秩序を司る、魔法曹界という異次元に繋がっている。そこで対象者の過去の罪状を洗い出し、マギ・ソーサリス最高裁判所によって判決が下されるのだ。その期間実に48ヶ月。ただし魔法曹界は外界とは異なる時間の流れの中にあるため、現場の感覚では1分程度なのだという。


 カードとしては、相手の過去、つまりトラッシュを参照する効果を持ち、ユニットカードが多いほど効果が強力に。10枚以上で確定除去となる。


 ……って、誰!?


 振り向くと、警察官の男性が子供好きな笑顔を浮かべて立っていた。

 トラックの横転、爆発炎上。明らかに交通事故以上のなにかだ。そりゃあ警察は駆けつけるか。なにより駅前交番の真ん前だし。


 警官の制服に掛けられたトランシーバーから、犯人を拘束した旨の連絡が流れてきた。漏れ聞こえた場所は、空に開いた『審判の目』の位置とおおよそ一致する。もしかしたらさっきの男が捕まったのかもしれない。


「ん?」


 犯罪者はデュエルで拘束するんじゃ無かったのか?


「悪い人はデュエルで拘束するのではないのですか?」


 まだちょっと声を出すのが辛い俺に代わり、癒やしの光を当て続けてくれているキュリールが尋ねてくれた。


「デュエルによる拘束は、暴力事件を起こした魔法使いを制圧、現行犯逮捕するためのものです。『審判の目』は、魔法犯罪者の処遇を決めるためのものになります」


 キュリール相手だからか、言葉が敬語に変わる。

 

 そのふたつの違いがわからないんだが。どういうことだってばよ。

 全身で疑問符を浮かべると、微笑んだ警察官の男性は、膝を折って俺と目線を合わせた。


「魔法を使って人を怪我させたりするのは暴力事件。魔法を無断で改造したり、開発したり、あと、危ない魔法を使ったりするのが魔法犯罪だよ。君くらいの歳だとちょっと難しいかな?」


 子供扱いされている。舐めないでほしい、中身は成人だ。ちょっと難しい? とてもの間違いだ。

 キュリールに隣に来てもらい、同時通訳を頼む。

 警察官の男性は、俺のことをうまくシャイボーイだと思ってくれたようだ。微笑ましいものを見る目をしている。本当に子供が好きなんだな。


「魔法の開発って悪いことなんですか?」

「いいや、それ自体は社会のためになることだよ。

 魔法には、天から与えられるものと、人がその手で編み出したものがあるのは、学校で習ってるよね。

 この二つの内、新しい魔法を編み出す、つまり開発するのは、ライセンスが必要なんだ。ライセンスっていうのは、ええと、なにかを作ったり使ったりしていいよっていう許可のことね」


 すいませんその部分の学習意図せずスキップしちゃってるんですよ。


 何? 天与の魔法と人造の魔法? カラーサイクルの話か?


   ***


 カラーサイクル。

 『sorcery-ソーサリー-』の基本色、すなわち、赤、緑、青、茶、黄、紫、の6色が持つ、背景世界での関係性を表す言葉だ。

 簡単に言えば五行思想のようなものだが、『sorcery-ソーサリー-』のそれは3色ずつ、2つの円環に分かれている。

 赤、緑、青の『自然』サイクル。

 茶、黄、紫の『文明』サイクル。

 ここに魔力を持たない存在を表す無色を加えたものが『sorcery-ソーサリー-』のカラーサイクルだ。

 なお白は現時点をして情報が少なすぎるので割愛する。


 この2グループは、それぞれ赤と黄を頂点として、『自然』のサイクルは半時計回りに、『文明』のサイクルは時計回りに配置され、時計回りに循環する概念となる。

 視覚的に表現するとこうだ。


   赤      黄

  ↗︎ ↘︎    ↗︎ ↘︎

 緑 ← 青  茶 ← 紫


 は上昇気流を生んでを呼び、草木を育て、は伐られて薪となりにくべられる。

 人が定着した土地が宿り、信仰は廃れて魔導となり、潰えた命大地に還る。

 この循環の中に生きる只人と、この循環の外から来る侵略者は共に無色。皮肉を感じずにはいられない。


   ***


 とはいえあれだ、魔法を作るところということは、文字通りの開発元、要するに版元にあたるものだろう。

 で、海賊版やオリカ、禁止カードは犯罪と。そりゃそうだ。

 前者と後者では犯罪の意味が違う気がするが、それは前の世界の話。カード≒魔法であるこの世界ではまとめて魔法犯罪であると。

 大体わかった。


 とすると、デュエル拘束と『審判の目』は、リアルファイトと反則に対する対処の違いか。逮捕と出禁じゃたしかに違う。で、出禁の方もこの世界では別系統の逮捕になると。


「『審判の目』で魔法犯罪者の処遇を決めるというのは、具体的には?」

「無罪か、拘留か……あるいは罪の重さによっては、即時処分の可能性もある」

「即時処分って?」

「ああ。魔法に関する法律はマギ・ソーサリスが基準だ。こちらの世界の司法で裁くことはできない」


 直接的な表現を避けられた。つまり、あまり子供に聞かせるべきではない内容──殺処分デリートか。


「天から与えられた魔法? なら大丈夫なんですか?」

「そうだよ。そういうのは天与の魔法って言うんだけど、人の強い思いに対する世界からの贈り物なんだ。ただし、天与の魔法は悪いことに使うと消えてしまう。

 だから君も、悪いことはしてはいけないよ」


 そういうのもあるのか。

 というか、世界に消されるって昨日も聞いたな。ひょっとしてそれも駒込氏の言っていた『世界規則ルール』ってやつか。

 とりあえず子供らしく返事をしておこう。元気よく。


「はー……ぁいっっった!」


 喋ると痛むんだった!


   ***


 軽く事情聴取を受け、お土産に『犬のおまわりさん マスター・ドギー』なるカードを貰って交番を出ると、結構ないい時間になっていた。

 というかお昼食べてない。お腹空いた。


「ごめんね聖、アタシのせいで」

「何言ってるの。母さんルナエルが守ってくれてなかったら、俺は今頃地面のシミになってたよ」


 聴取を受けている間もキュリールにずっと癒やしの光を当ててもらっていたので、胸の痛みも消えている。


否定かみはいっている、ここでしぬさだめではないと 昏睡だがねたきりにはなっただろう

「それ意識戻らないやつ?」

『肯定』

「だったらやっぱり母さんのおかげだ。ありがとう」


 目を覚ました途端落ち着いて聞いてくださいされるのは、はっきり言って遠慮したい。

 ちなみにアズもお土産を貰っている。犬のおまわりさんのぬいぐるみだ。どうやら警察のマスコットらしい。

 ルナエルは目を潤ませて俺を抱きしめようとしたが、直前でピタリと止まった。

 また力を込めすぎて俺を潰さないか怖いようだ。


「いいよ。ほら」

「でも……」

「ルナエルちゃん、今のうちに失敗を払拭しておいた方がいいわぁ。こういうのは後になるほど尾を引くもの」

「だってさ」


 両手を広げて受け入れ態勢を取る。

 ルナエルはおずおずと俺の背に手を回した。身長差で胸に顔が埋まる。


「……私としてはご主人様も心配なんだけど……」

「え、何? ごめん、(胸で)耳が塞がってて聞こえなかった」

「こっちの話よ〜」

「そう? あ、キュリールもありがとうね。おかげで助かった」

「ええ。またいつでも喚んでちょうだい」


 キュリールは俺の頭をひと撫でしてカードに戻った。


「お腹空いちゃった。どこかでお昼ご飯食べよう」

「そ、そうね。あ! だったらアタシ、行ってみたいお店があるの!」

「もちろんいいよ。どこに──」


 ──メニューの一つ一つがやたらでかい、逆写真詐欺に定評のある喫茶店だった。俺の体小学生なんだけど……。

 今の体で食べきれそうなメニューって何かあったかな。


「ねえ見て見て聖。初心者におすすめの組み合わせがあるんだって。アタシこれにするわ」


 ノータイムで初心者狩りセットを選択するルナエル。

 ……念の為飲み物だけにしておこう。


「俺はとりあえずクリームソーダで。せっかくだし、アズもなにか頼んだら?」

不要このみにしょくじをとるきのうはない


 朝言ってたご飯いらないって、食べなくても大丈夫って意味じゃなかったのか。


「そういえば喋る時も口動かしてないね?」

質疑このきれこみのことか?


 自分の口を指差すアズ。ひょっとして口の機能をご存知でない?


「そう。口は、喋ったり、ご飯を食べたりするところだよ」

勘案ふむ


 アズは手を伸ばして俺の唇に触れた。


質疑まばゆきてんしやももいろのかみのしょうじょらとここをせっしょくさせているな 摂食これもしょくじか

「食べる意味の接触ではあるけど食事ではないかな」


 俺ひょっとしてそういうのこれから全部筒抜けになるのか?


承知りかいした いまきのうをつくる


 アズはそう言って俺の唇に吸い付いた。

 口の中に舌ではない何かが入ってくる。酷く冷たいそれは口内を満遍なくまさぐると、喉、そしてさらにその奥へと侵入した。

 臓腑を氷の手でかき回されているような感覚が十数秒、あるいはもっと長かったかもしれない。終わる頃には肺の底まで冷え切っていた。しかし寒いという感覚はない。口の中がエグ味のある液体で粘ついていた。甘くて苦くて渋くて酸っぱい。


完了りかいした


 アズの小さな体の中で何かが膨らみ始めた。肉がぶつかり合う湿った音。食事前に聞きたい音ではない。さほど大きな音ではないので、隣にいる俺にしか聞こえていないようであるのは救いだった。


「なにしたの?」

生成ぞうふをつくった


 内臓ってそんなカード感覚で作れるものだったっけなあ。


選択ではわたしもしょしんしゃせっとを

「待って」


 違うそうじゃない。



 その後、店を何軒か見て回ってから明治神宮に参拝した。天使が神社に参拝とはだが。

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