第56話 禁止になるだけの理由ってもんがあるんですよ
禁止カードと遭遇した。
どう対処すればいいのかな。うちの天使は危険なものだと言うが、そもそもカードだぞ?
いや、この世界においてカード≒魔法であることは理解している。
だがみどりちゃんに教えてもらったところによると、魔法使いが使える魔法は運命の魔法のみだというから、そう警戒する必要があるとは思えない。
そも、対戦型TCGにおける禁止・制限措置は、主にゲームのバランス調整を目的として行われるものだ。
一枚で完結したパワーカードは、その性能ゆえにあらゆるデッキの必須カードとなったり、デッキの空いた枠にとりあえず入れられたりする。
そうすると、相手取る方は対策が必須になり、デッキと直接的なシナジーがないメタカードを投入する必要すら出てくる。
結果構築の多様性が失われ、歪んだ環境が出来上がる。
しかし『運命』というファクターと「魔法である」事実によって明確な対戦環境が存在しないこの世界において、「環境が歪む」という概念が存在するのだろうか。
……いや、仮に魔法として使えなくても、デッキに入れることはできるか。
そうなると話が変わってくる。
この世界の決闘戦は『sorcery-ソーサリー-』の背景設定に則した魔法使い同士の決闘──『
魔法使いは運命のデッキを優先して使用する傾向がある。石動と悠里は例外だが、二人とも本来のデッキにコンプレックスないし後ろめたさがあるようだった。そのような例を除けば、ある程度経験を積んでいるであろう駒込氏ですら例外ではない。
運命というファクターは、事実上デッキ選択に枷をかけている。俺が妖精デッキを使えると知ったみどりちゃんの反応と汗で透けた胸を思い返す限り、サブデッキすら持っているかどうか怪しい。
デッキを変えられない場合、勝てない相手には絶対に勝てなくなる。
行動制限系効果が干渉しづらい領域から発揮されているなら、対策カードがなければ身動きが取れない状態で殴られ続ける事態になるし、干渉手段の少ないメインフェイズでループを起こされると、文字通り手も足も出せずに負けるのを待つことになる。
そんな戦局を引き起こすカードが、遭遇するあらゆるデッキに入っているとしよう。
前の世界において、それらはほぼ例外なく
これらのカードが世間に蔓延った時、対策カードを持っていなければどうなるか。蟹どころか猿でもわかる。一方的に『契約』をかけ続けられる惨めな鴨の出来上がりだ。ネギどころか鳥ガラに至るまで搾り尽くされる未来が目に見える。
うん、駄目だな。言葉ではなく心で理解できた。
幸い決闘戦は双方の同意がないとできないけど──あ。
違法デッキ。
あるじゃないか。無理矢理決闘戦をふっかける方法。
対抗手段を持たない相手に繰り返し決闘戦で『契約』をかければ……相手の尊厳を奪い尽くすことすら、なんら難しくない。
それを防ぐためには、相手と同じ力を使うしかない。そしてそのカードの出所は……ああ、そういうことか。繋がった。
つまり、こいつらはカードを……『sorcery-ソーサリー-』を、金儲けの道具にしたいわけだ。そのために他人を犠牲にすることになんの罪悪感も抱いていない、吐き気のする悪だ。
ああ、でも一応訊いておくべきか。
「お兄さん。
口から出た言葉が勝手に変換された。カードの用途を理解したことによる、世界の修正力みたいなものだろうか。禁止措置を受けたマジックカード。なるほど、略せば禁呪になる。
「────ッ!」
カードを配っていた男は、顔中から汗を吹き出した。
顔めがけて飛んでくる水飛沫を咄嗟に腕で防御する。卑劣な目潰し。最後に勝てるなら過程や結果などどうでもよいと思っていることがよくわかる。
こちらが怯んだ瞬間、男は荷物も上っ面もかなぐり捨てて逃げ出した。同時に、周りで同じようにカードを配っていた連中も走り出す。やっぱり全員仲間だったか!
「待て!」
「待つのはあなたよ。落ち着いて聖」
「離してルナエル。あいつだけはゆるせない!」
ああいう手合いとは関わり合いにならないのがベストだということはもちろん承知している。
だがあの男は俺の
『
おっとアズの喋り方が移った。
『
「ご主人様の想いは嬉しいけど、落ち着いて一回立ち止まって。赤信号よ」
目の前にキュリールが立ち塞がる。
俺はその豊満な胸に正面から激突し、弾き返された。受け止めてくれたルナエルの胸に後頭部が埋まる。
「ほら、落ち着いて。お母さんなら大丈夫だから」
体勢を崩したことで、信号機が丁度視界の真ん中に来た。逃げる男につられて渡りそうになったが、歩行者信号はずっと赤だった。
男は車が疾走する交差点を体一つで突っ切っている。あ、轢かれた。しかしめげずに立ち上がり逃走を再開する。車の流れは止まらない。
スクランブル交差点の信号が切り替わる間隔はたしか
そう予想したのと、車両用信号が黄色になったのはほぼ同時だった。すぐに歩行者信号も色を変え、流れ出した音楽が行っていいよと人々に告げる。
俺も渡ろうと踏み出したが、腕を掴まれてまたしても止められた。
「なんで止めるの」
「危ないからよ。相手が反撃してきたらどうするの?」
「あー」
たしかにそうだ。なにも考えていなかった。
俺のデッキケースは正規品だ。相手が応じなければ決闘戦はできない。
魔法を使うのもだめだ。みだりに使うなと学園で釘を刺されている。そもそも天使たちが割と自由に出てくるのを除くと、まともに魔法を使ったことはない。
「こういうのは
「気持ちは嬉しいけど……」
今回ばかりはなあ。動機が完全に私怨なのに、その清算を押し付ける形になる。たとえケジメをつけさせることができたとしても、俺の心に後味のよくないものを残すだろう。
「────」
──視線を感じた。
背筋が急速に凍る。体が動かない。この感覚、オヴザーブと戦った直後の。
『
生者でも死者でもない? 動く死人か死んだように生きている人間? あるいはそれ以外の、もっと人智の及ばないものか。
顔を逸らしたい衝動を全霊でねじ伏せて視線を返す。
ゴシックロリータを纏った、白い髪の少女がそこにいた。
この重圧。あの日俺とリアを見ていたのはこいつだ。どうしてここに。
少女は俺が真っ向から視線を返すと、距離があってもわかるほど目を見開いて、驚いたような仕草をした。遠すぎて微表情が見えなかったから内心はわからない。
絡んだ視線がほどける。
「待っ──」
「聖!」
名前を呼ばれて振り向く。
一台のトラックが突っ込んできていた。
「え?」
運転席には、先程禁呪を指摘されて逃げ出した中の一人がいた。車体越しに、道路に投げ出されたおっちゃんが見える。トラックを乗っ取ったのか。
妙にスローな視界でそこまで確認した俺を、ルナエルが強く抱きしめる。
次の瞬間、胸部に鈍い痛みが走り、意識が濁って黒く染まった。
***
息が苦しい。気が付いて最初に思ったのはそれだった。妙に呼吸がし辛い。
「聖! 聖! よかった、目を覚ました!」
「ルナエル、ダメ。また同じことになるわ」
俺を抱きしめようとするルナエルを、纏う空気が変わったキュリールが押し留めている。俺は横になっているみたいだ。どういう状況だ?
「ごめん、ごめんね。ごめんなさい。咄嗟のことだったから、力加減ができなくてっ。アタシはあなたを守る天使なのに」
ルナエルはぽろぽろと涙をこぼしながら泣きじゃくっている。
キュリールが、俺の目を覗き込んだり、手首を掴んだりして、安堵の息を吐いた。……ん。今焦点と脈拍を診られたのか。
「ご主人様、トラックが突っ込んできたのは覚えていますか? ルナエルがあなたを庇って抱きしめたのですが、その際、ユニットの力をそのまま発揮してしまって。胸が圧迫されたことで呼吸が困難になり、意識を失っていたのです」
「そ……な、がはっ!」
喋ろうとすると胸が痛んで喉が詰まった。
「無理に喋らないで。念話で大丈夫」
その言葉に甘えて、頭の中に聞きたいことを思い浮かべる。
みんなは無事? というかそのトラックはどこに……?
「私も含めて皆無事よ。トラックはルナエルちゃんが止めたわ」
ルナエルが?
「ええ、片手で」
「アタシは天使だもの。これくらいなんてことないわ」
俺なんかのために……。
「聖を守るのがアタシの仕事よ」
でも!
「ふざけられる余裕があるなら大丈夫そうかしら。他に怪我もなさそうだし」
ルナエルとの茶番劇に、キュリールがほっと息をついた。張り詰めた雰囲気が霧散し、最初のふわふわした空気が戻ってくる。
あ、一個だけ聞いていい?
「なぁに?」
………………なんでパワーがいるの?
「パワーーーーーーーーーーーーーー!」
天使のパブリックイメージそのままの一枚布を体に巻いた筋肉の天使が、なぜか俺に背を向けて胸と声を張っていた。うちの天使たちは相変わらず自由に出てくるなあ。
「ルナエルちゃんが守ったから心配はしてなかったけどぉ、トラックが近くまで来ていたから、念のため即席の無菌室を作ってもらってたのよ〜。私の守護結界でもできたけど、診察に集中したかったからお願いしたの〜」
そうか……パワーの守護結界は大胸筋バリア。こういう場面にはうってつけだ。筋肉はすべてを解決する。
「ありがとう、パワーさん。もう戻っても大丈夫よぉ」
「パワー! ハッ(笑顔)」
パワーは腕の筋肉を俺に見せつけてからカードに戻った。
大分楽になったので体を起こす。
「聖? まだ横になっていた方がいいんじゃないかしら?」
「ううん、大丈夫。路上だし……それよりアズは?」
姿の見えない告死の分霊を探して辺りを見回すと、横転したトラックがあった。ひしゃげたフロントに手形が付いている。その傍に、アズがしゃがんでいた。
「ア……ごほっ!」
──アズ、なにしてるの?
声をかけようとして咳き込んだので、念話に切り替える。
アズは無言で地面を指差した。
トラックを乗っ取って突っ込んできた女が、倒れた車体の下敷きになっていた。
「た……助けて……」
殺そうとした相手に助けを求めるとかどういう神経してるんだこいつ。
潰れた車体から炎が漏れた。破損したエンジンから出火したようだ。
アズは立ち上がり、左腕のスマートウォッチ──生者の目録に目を落とした。
それからもう一度女を見て、無言で俺の手を引いた。
背後で液体の音がする。炎が爆ぜる音が強くなる。
女が叫び始めたが、アズは最後まで振り返らなかった。
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