第58話 神々の話
「せ゛ー゛く゛ん゛っ゛っ゛っ゛!」
明治神宮への参拝を終え、そろそろ帰ろうかと話し始めた頃、読モの如きシャウトが頭上から落ちてきた。
空を見上げると、そこにはユニットモードのリアが。魚目掛けて水に飛び込む鳥のように真っ直ぐ急降下してきている。
リアは俺たちの目の前に着地すると、その反動を使って勢いよく飛びついてきた。慣性で体が吹っ飛びかけたが、ルナエルとアズが背中を支えてくれたおかげで事なきを得る。
「よかっ、よかったっ、無事だったよぉっ!」
泣きじゃくるリア。どうやら俺の身を案じてくれているみたいだけど……? ぐりぐりと頭をこすりつけてくるものだから、服があっという間にぐしょ濡れになる。
「ちょっとちょっと。一旦落ち着いて」
「無ぅ〜理ぃ〜!」
「どうしたの。というかひょっとして、家からここまで飛んでき──」
「どうしたのじゃないよぉ! 急にせーくんの意識が消えたから飛んできたんじゃん! すぐに起きたみたいだけど、私、せーくんに何かあったのかって心配で、居ても立ってもいられなくて!」
リアがぼろぼろ涙を零しながら叫ぶ。そっか、意識飛んだのが伝わっちゃったのか。
「心配かけてごめんよ」
「本当だよ! ルナエルさんは何してたの!?」
「ふぐぅっ」
ルナエルの一番新しい傷口に塩を塗り込むリア。ルナエルは大きな胸を押さえて体を折る。
リアはますます強く俺を抱きしめる。
「私、せーくんの守護天使なのに! 肝心な時にそばにいなかったなんて! こんなのってないよ、あんまりだよ!」
「リア、落ち着いて。ちょっと一旦落ち着こう。ね、俺は大丈夫だから」
「うーうー!」
完全にひっつき虫になってしまった。
ユニットモードの中学生ボディが光って縮み、小学生の姿に戻る。
太陽の光を吸って輝く金の髪を撫でながら、赤ちゃんにやるみたいに背中を一定のリズムで叩くと、強張った体が次第に緩んできた。抱擁を解いて唇を合わせる。
「ん……ちゅ……む、ん、ん!」
「むぐっ!」
リアの腕が首に巻きついた。絡めていた舌が吸引され、口の中に甘い味が混ざる。
貪るような、いや「ような」ではないな。完全に唇を貪られている。
落ち着かせようと思ったのに、逆に火をつけてしまったみたいだ。
口の中で綱引きするも、今日ばかりはリアが勝った。舌を引いてもより強い力で引き戻される。まるで獲物を捕らえた蛇だ。
ユニットが全力を出したら人間では勝てない。
ルナエルは咄嗟に俺を庇おうとして抱き潰した。アズは人体を一から作った。リアもまた、彼女らと起源を同じくするものである。わかっているつもりだったけど、わかった気になっていただけだったみたいだ。
俺は今、異世界にいる。
前の世界とほとんど同じで、だけど全く異なる世界にいるのだ。
それをようやく理解した。
頭でも心でもなく体で理解できた。
少し鍛えた方がいいかもしれない。パワーにお願いしてみようか。
首にぎゅうぎゅう抱きつく腕がそろそろ絞め落としにかかっているんじゃないかってくらい強くなっているので、背中に添えた手を下ろしておしりを撫でる。
「んぅっ」
少し力が緩んだ。と思ったのも束の間、吸い付きがますます強くなる。
……ッ、深い……!
『せーくんを感じたい』。そんな情念が唾液と共に流れ込んでくる。そんなに心配をかけてしまったのか。
「ふたりとも、ここまだ参道よ。ほら、人が見てるわ」
『
「そういう問題じゃないのよ」
保護者ストップにより引き剥がされるリア。
「やーっ!」
「ヤー!」
その叫びに呼応して出現した天使パワーには丁重にお帰りいただく。
「せーくぅん……」
俺に向かって両手を伸ばし続けるリア。あまりにもいじらしい。
「ル──んんっ、母さん、離してあげて」
「キスはもうここじゃだめよ?」
「わかってる」
俺の返答に、ルナエルは渋々リアを解放した。
一目散に駆け寄ってくるリアを受け止める。
リアは俺の左腕に抱き付くと、肩に顔を埋めた。
「……びしょびしょ」
「それリアの涙だよ」
ジャケットとはいえ春物だ。薄手なので涙が染み込んで、実は肩がかなりスースーしている。
「……ごめんなさい」
「いいよ。リアは俺を心配して泣いてくれたんでしょ? 俺こそごめんね、心配させて」
「……ん」
リアはずびずびと……うん、服で鼻水拭くのはさすがにやめてほしいな! しかも絶妙に手が届かないところだし!
見かねたルナエルがティッシュとハンカチで肩とリアの顔を綺麗にしてくれた。
「これでよし、と。
あ、そうだ! せっかく神社に来たんだし、御朱印貰っていかない?」
『
そういや俺もよく知らないな。前の世界で集めてる友達はいたけど、なんだと言われると……なんだろう。外国の教会には記念スタンプがあったりするけど、あれとは違うらしいし。
「ちょっと待って、調べる。……あれ、出てこない?」
「せーくん、ルナエルさん、この世界に御朱印はないよ」
「あら?」
「マギ・ソーサリスがあるから、神様を戴く宗教は根本から成り立ちが違うんだよ」
ああ、そういえばそうだ。教科書に載っていた鎌倉時代の合戦絵巻には、鎌倉武士に斬り伏せられているユニットと思しき存在の図があった。つまり、その頃にはもうユニットがこちらの世界に流入しているのだ。
ユニットの力はこの身で体感したばかりだ。人間を遥かに凌ぐ力を持つユニットの存在は、『sorcery-ソーサリー-』を知らない昔の人から見れば神様かなにかにしか思えなかっただろう。
この世界の神様はユニットなのか。
いや、よく考えれば分かりきっていたことだ。
太陽神だの洋神だのといった、神の名を持つ種族が実在しているのだ。そいつらの立ち位置がどこにあるかなんて、考えるまでもない。
歴史が違えば文化も変わる。下手に前の世界と酷似しているから間違えそうになるが、大元の土台がまるで別物なのだ。
前の世界と似ているのは、きっと収斂進化のようなものだろう。世界は違えど同じ土地に暮らす人間だから、宗教の様式も同じ形へと収束していったのだ。
「ちなみに御朱印は、元々は納経の証明書で、写経をお寺に奉納した証に貰えるものよ。時代が下るにつれ、お参りするだけでいいところが多くなっていったわ」
「へぇー」
知らなかった。今となっては意味のない知識だが。
「あ、でも証明書に当たるものはあるよー。この世界版の御朱印だね」
「へぇ、それは興味あるかも」
「じゃあ私もお参りしてくる。参拝せずに受け取るものじゃないし」
「さっきも思ったけど天使が神社に参拝するのはアリなの?」
「ありあり。お寺さんも行けるよー。日本って元々そういう土地柄でしょ?」
それはそう。
神様なんてなんぼいてもいいですからね。
リアが参拝をつつがなく終えたので、いよいよこの世界の御朱印に当たるものを戴きに行く。ルナエルは楽しそう。傍目にも明らかなほど胸を弾ませている。
「……おっきい」
「リアもこの年頃だと大きい方だよ」
「つまり将来性に期待だね」
ぐいぐいと二の腕に胸を押し付けてくるリア。柔らかい。
ルナエルに手を引かれるままついて行くと、人が並んでいる受付があった。アズの誘拐未遂の件もあるので、四人で列に加わる。
前の世界の朱印所にあたるのだろうこの場所は、拝領所というらしい。
受付で料金、じゃない初穂料? を納める。神社仏閣は営利目的ではないので、寄進と返礼という形で受け取るのだ。
提示されたのは、カード、それとカード入りのファイルだった。
…………うん、カードだ。
なんとなく予想はしていた。神の起源がユニットであるなら、もしかしたらと。
しかしあえて言おう。
なんで寺院にカードがあんだよ。教えはどうなってるんだ教えは。
いや寺院ではなく神社だけども。
カードファイルを持っている人はカード単品を、持っていない人はファイル入りを選ぶといいらしい。形式から見て、カードファイルが御朱印帳にあたるもののようだ。
御朱印は二回以上貰うようなものではない。ハイランダーにしろとでも言うのか。
ルナエルはファイル入りを選んで受け取った。
拝領所脇に移動し、みんなでカードを確認する。
神道系だから色は赤だ。箔押しのキラカード。テキストボックスの背景に印章が刻印されている。通常のカードではコピーライトとイラストレーターの記載がある位置に、神社名と祭神が毛筆の筆致で大きめに記載されていた。
「『天翔ける太陽の軌跡』。太陽神の関連カードだね」
「祭神にちなんだカードが貰えるみたいね」
祭神とは神社に祀られている神様のことだ。
……太陽神の系譜?
「ねえせーくん」
「気のせいだよ。断じて」
御朱印帳ファイル完成させたのかもしれないだろ。
にしても交番でもらったお土産といい、こうも立て続けにカードを見せられると、やっぱりデッキ触りたくなってくるな。
「ふふ。聖、カード触りたいって顔してる」
「もー、せーくんほんと私たちのこと大好きなんだからー」
ルナエルは柔らかく笑って俺の頭を撫でた。リアがすりすりと頬擦りしてくる。
『
アズの表情も心なしか柔らかい気がしなくもない。
こうして本日のお出かけは終了した。
***
夜。お風呂で汗を流した俺は、リアと共に天使以外のデッキを取り出すことにした。
「他の子たちのデッキは〜♪ たしかこのへんに〜」
調子はずれなメロディを口ずさみながらクローゼットの奥を探すリア。パジャマに包まれたおしりがふりふりと左右に揺れている。
うちのクローゼットはコの字型のウォークインタイプなので、収納とは別に下段と正面を物置として利用していた。そもそもそこまで衣類を持っているわけでもなかったから、空間に余裕があったのだ。
「でも少し怖いな」
「怖いの?」
「うん。…………え? ……あれ」
自分で自分の発言が信じられなかった。どうして俺は今「怖い」なんて思ったんだろう。
それに、リア、今、しらばっくれた。平静を装っていたが、言葉尻が微かに震えた。
リアやルナエルは、未だ何かを隠している。わかっていたことだ。
今感じた恐れは、そのヒントになるだろうか。
……まあ、いいさ。俺はリアになら、天使たちになら、裏切られても構わない。
「あ! あったよ、せーくんのデッキ!」
気付かれたことに気付いているだろうに、リアは笑顔で振り向いた。
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