第8話 進撃の太陽竜

「スタートフェイズ! 『天岩戸』の効果! 手札を1枚裏向きでこのスケープの下に置く!」


 桜が手札を『天岩戸』に封じる。


 『天岩戸』。

 自分のスタートフェイズに、手札のカード1枚をこのスケープの下に裏向きで置ける。このスケープが破壊されたか、同じターン中の自分のバトルフェイズで3回アタックすると、下にある裏向きのユニットカード全てを、コストを支払わずに召喚できる。ユニットカード以外は破棄される。

 これが第一の効果。


 だが今更召喚準備を始めたところでもはや手遅れ。脱出不可能だ。

 よって桜の狙いは『天岩戸』の第二効果だと推測できる。

 となると問題は『俺がその効果を知っていること』を桜が知っているのかどうかだ。

 念の為ブラフでカマをかけておく。


「俺が今更『天岩戸』を破壊するとでも?」

「思ってないよ! でも、やれることはやるだけやる!」


 夏の太陽みたいな瞳に、一度は萎えた闘志が再び宿っている


「全力を出した方が楽しいもん!」

「奇遇だね。俺もそう思う。やっぱり気が合うね、俺たち。ずっと思ってたんだよ」

「そうかな? ……そうかも。じゃあ最後まで全力で行くね!」


 少しでも集中力を削ぐべくわざと誤解されそうな言い回しを選んだのだが、桜に気にする様子はない。まだそういう話に興味が薄い年頃……というより、今は『sorcery-ソーサリー-』が楽しくて仕方がないって感じかな。


「まったく、困った主だ。そんなことをしていてはいつか刺されてしまうぞ」

 バエルが苦言を呈してくるが、知ってるんだぞ。お前、地獄の侯爵の身分と既婚者であることを隠して幼馴染と交際していた時期があるだろうが。背景ストーリーで全部赤裸々だぞ。

 その上、何が一番酷いってこいつ、その幼馴染を野望の駒兼必要な犠牲と認識してたんだよな。

 これは自身の信じる正義を求めたバエルのスタンスには矛盾しない。その幼馴染が、こいつの正義──正しいと考えることの内側にいなかっただけだ。


 白亜の騎士に思わず半目を向けていると、テンション上がってきた桜がデッキに手をかけた。


「よぉし! 走り切るよ! チャージフェイズ! 1枚マナチャージ!」

 1枚か! もうマナは必要ないか!


「メインフェイズ! あなたにかける! 赤共鳴1して赤3マナ! 無色5マナ!」

 神道系の太陽デッキでそのマナ配分の8コスト! 来る!


 桜は手札の1枚を居合いの如く抜き放ち、フィールドに叩きつけた!


「空を翔る日輪の軌跡! 命司る赤き竜! 『天翔陽竜ドラグ・アマテラス』! 召喚ッッッ!」


 瞬間、日がかげる。

 竜だ。

 赤い竜。

 陽炎を塗り固めたような鱗を持つ、見上げるほど巨大な竜が降りてくる。太陽を背に晴れた空から迫ってくる。

 まさしく太陽から産み落とされたかのよう。神の名を冠するのもむべなるかな。


 赤竜は轟音を立ててフィールドに着地した。地面が捲れ上がり、土砂と土煙が空高く舞い上がる。地球の化身か? お前は太陽だろ。


「召喚時効果で相手のスケープ2つまでを破壊! この効果で破壊したスケープ1つにつきデッキから1枚ドロー! その後パワー15000以下の相手ユニット1体を破壊!」


 赤竜が咆哮。暖かな光をたたえる天空の雲が吹き散らされ、天から差す光がかき消える。

 『エンジェルズラダー』を砕いたことで桜はデッキから1枚ドロー。

 赤竜はさらに炎を吐き、『癒しの天使キュリール』を焼き飛ばす。

 ええいこれだから! 一枚で取れるアドが多すぎるんだよなあ!


「このターンで全部ぶつける! いくよ聖くん!」

「いいよ来いよ! 俺の天使は絶対、負けない!」

「主様!? それ負けるやつ!」


「ドラグ・アマテラスでアタック! アタック時効果でアマテラスのパワー以下の相手ユニット1体を破壊! さらに自分のバトルフェイズでアマテラスが相手ユニットを破壊した時、そのユニットのヒット1につき相手のライフを1つ破壊!」


 ステディエルのツッコミを踏み潰すように赤竜が進軍。リンゴのような赤毛が爆炎に消える。

 ヒットとは、ユニットがアタックによって相手に与えられるダメージの数のことだ。

 ステディエルのヒットは1。よって俺のライフ-1。残りライフは2。


「ライフからエクセリアを手札に!」


 ブリンク・モーメントはまだ行わない。桜が必ず動くからだ。

 『天翔陽竜ドラグ・アマテラス』はブリンクのタイミングで手札2枚かマナ2枚を破棄して回復できる。さらにこの効果で赤のマナを破棄した時、そのバトルの間ヒット+1──アタックで相手に与えられるダメージが1つ増える。

 ちなみにこの効果、ターン中の発揮回数制限がない上、回復阻害があっても赤マナ破棄による物理打点向上は可能である。

 天使とはカードパワーが天と地ほども違う。格差がありすぎて泣きそうだ。もちろん天使が地面側である。

 天の光は全て星。俺たちはいつも見上げる側だ。

 だから、俺たちはいつも星を見ている。


「ブリンク・モーメント! マナ2枚を破棄してアマテラスは回復! 赤マナを破棄したのでヒット+1!」

「わかってたよ! フラッシュキャスト! 『煌めきの天使エクセリア』のマジック効果を使用! このターンの間、相手ユニット1体はアタックできない!」

「もうアタックしてるから意味ないよ!」

「ところがぎっちょん! エクセリアはドーレルと同じサイクルだ! マジック効果発揮後ユニットになる!」


 光が収束し、再びエクセリアが舞台に現れる。

「どうも過労死枠でーす!」

「ゴホゴホ……いつもすまないねえ」

「おとっつぁん、それは言わない約束でしょ」

「今は小学生だけどな」

「「あっはっは」」

「そのアタックはエクセリアでブロック!」

「この鬼畜ぅー!」


 アマテラスが吐く炎の吐息から逃げ回るエクセリア。しかし逃走路を誘導され、アマテラスの真正面に出てしまった。

「わぁ!」

 炎に包まれ再び焼滅するエクセリア。

 だがブロックは成立した。


「いくらヒットを増やしても、アタックが通らなければ関係ない!」

「くぅ……! でもライフバーンはうけてもらうよ! アマテラスが相手ユニットを破壊したのでライフ1点貫通!」


 破壊による貫通がアタック中常時発揮なの本当におかしいと思うんだよな!

 ライフがまた1つ減るも、破壊されたエクセリアがライフゾーンに移動したので差し引きの変化はなし。

 アマテラスは回復しているが、エクセリアの効果でもうアタックできない。


「っ、ターンエンド! アマテラス、次のターンを凌ぐよ!」


 桜の声に応えるように赤竜が咆哮した。


  ***


「メインフェイズ! 『天使リペール』『天使シエル』を召喚!」


 金属の輪っかが出現。その内側の景色が歪み、中から快活な顔つきの少女が飛び出す。

 ミニ丈のオーバーオールスカートに厚手のズボンの作業着姿。ややサイズが大きめの黒いインナーの隙間から脇や胸の肌色がガッツリ見えている『天使リペール』は、工学にのめり込む天界の異端児だ。短いポニーテールをぴょこぴょこ揺らし、六角レンチとドライバーを手の内でくるくる回している。


 その隣にいつの間にか出現していたのは『天使シエル』。目の下に大きな隈を作った、髪も服装も全てが白いショートボブの白ロリ童女。


「メインフェイズ効果! 『天使リペール』を疲労させ、トラッシュのスケープカード1枚をノーコストで配置できる!」

「まっかせてぇ!」


 リペールが俺の背後に飛んでいく。


「敬虔なるものに祝福を。悪逆なる者に裁きを! スケープ『天の大秤』を配置!」


 背後から振動。おそらく大秤が出現したのだろう。


「バトルフェイズ! 『天使シエル』でアタック!」

「うぇ……」

 面倒そうに顔を顰めた真っ白童女が突撃する。


「シエルの倦怠は感染する! 効果でアマテラスを疲労!」

「ブリンク! 無色マナを2枚破棄してアマテラスを回復! そのままブロック!」


 防御にも使えるのマジで壊れてんだよなぁ!

 竜の腹にぶつかって跳ね返される白い弾丸。


「『天使シエル』の効果!」

「ここで!?」

「相手によってこのユニットがフィールドを離れる時、フィールドを離れる代わりにマナゾーンにある種族:天使のユニットカード1枚と回復状態で入れ替わる! 対象は『斬罪天使キリエル』!」


 ぐるり。

 シエルの身体がリバーシブルのぬいぐるみみたいに裏返る。

 白いロリータが白い髪が隈の濃い顔が巻き込まれるように体の内側へ消え、代わりに出てきたのは白い翼の少女剣士。ところどころ破れた服の隙間から肌色や肌着が覗いている。


「イラストと格好が違う!」

「それはパラレルですから! あんな格好で人前に出られるわけないじゃないですか!」

 それはそう。


「キリエルでアタック!」

「参ります!」

 少女は翼を広げて飛翔する。

「アタック時効果! 自分のライフ-1! そのカードのコスト1につき、このターンの間、相手ユニット1体のパワー-3000! さらに、そのカードがユニットカードならコストを支払わずに召喚する! もうわかっているな!? 選ぶのは当然エクセリアだ!」

「リアちゃんのコストは4だから……パワー-12000で、えっと、残り9000! まだ勝てる! ブリンクでマナ2枚破棄して回復! アマテラスでブロック!」


 再び回復した赤竜が横薙ぎに爪を振るう。キリエルは垂直に跳躍、大上段から剣を振り下ろしたが力の差は歴然。優美な装飾の長剣が中程からへし折れる。


「折れたぁ!? あぅ!」


 弾き飛ばされたキリエルが光の粒子となる。


「『天使パワー』でアタック!」

「パワーーーー!」


 筋肉の天使は手を頭の後ろへ回し、腹筋と脚を強調する。アブドミナル アンド サイ。弾け飛んだ腹筋が竜の鱗を貫くも、倒すには至らない。


 『天使パワー』のアタック時効果は、味方の自分の天使ユニット1体につき、相手ユニット1体のパワー-3000するというもの。オーディエンスが彼に力を与えるのだ。

 今はエクセリアとバエルがいるので2体分、パワー-6000となり現在アマテラスのパワーは3000。


「ブリンク! マナを破棄して回復! そしてブロック!」


 迎え撃つ桜。しかし天使パワーは4コストというコスト帯に見合わぬ破格のパワー9000を誇る。

 天使パワーのダブルバイセップス。艶やかに輝く肉体美が、弱体化を重ねた竜を破壊した。


「まだだよ!」


 だが桜の目はまだ諦めていない。

 そうとも。向こうにはまだ使える効果がある。


「『天岩戸』の効果発揮!

 自分の太陽神族ユニットが相手によって破壊された時、このスケープの下にあるカード1枚を破棄することで、回復状態でフィールドに戻ってくる!」


 桜は鋭く叫び、『天岩戸』の下に置かれたカードを破棄した。

 陽炎揺らめき炎が燃え上がる。その姿まるで不死鳥の如く。赤き竜は炎の中から復活する。


 これが『天岩戸』第二の効果。

 下のカードを破棄することで種族に『太陽神』を持つユニットに擬似的な耐性を与えるのだ。


 手札を下に置く効果は毎ターンのスタートフェイズに発揮するため、踏み倒し後も腐ることなく継続して残機を確保できる。

 それを嫌って破壊しようものなら、今度は第一の効果によって、岩の中にいたユニットたちが根こそぎ出てくるわけだ。

 配置から効果発揮までにタイムラグがあるとはいえ、時間が経てば経つほど厄介になる強力なスケープと言えるだろう。


「だが趨勢はすでに決まっている」

「その通り。いかに蘇ったとて、一度破壊を免れただけのこと! 落ちたパワーはそのままだ! 『偽りの仮面 天使バエル』で──アタック!」

「フ……では、踊り明かそうか!」


 白亜の騎士は剣を払い、二刀を携え竜の懐に踏み込む。


「アマテラスでブロック!」


 桜は最後の手札に手をかける。


「ブリンク! 手札2枚を捨ててアマテラスを回復! この効果で手札を破棄した時、破棄した赤のカード1枚につき、このターンの間アマテラスのパワー+5000!」


 アマテラスはブリンクで赤マナを捨てた時ヒットが増える。では手札なら? 答はこれだ。

 破棄されたのは2枚とも赤のカード。よってアマテラスはパワー+10000。

 元のパワーが21000なので、21000-12000-6000+10000で、現在パワー13000となる。

 バエルのパワーは12000。上回られた。


 赤竜の爪が汚れひとつない甲冑を捉える。

「何っ!」

 白亜の騎士は身をよじりもがくが、竜も主人のために死力を尽くしていた。手の内に捕らえた敵へ炎の吐息をぶちかます。

 苦しみの声を上げるバエル。甲冑の中で蒸し焼きになっているのだ。

「ぐっ……おおおおおっ!」

 フルフェイスのヘルムが吹き飛び、爆風に髪が踊る。露わになった端正な顔立ちはしかし、血と汗と火傷で無残なものだ。

 竜の手に締め付けられた甲冑が甲高い軋みを上げ始めた。腕の装甲が潰される前に、バエルは甲冑から手を引き抜く。

 そこに握られていたのは、天使には酷く似つかわしくない冷たい光を放つ、無骨な鉄の武器。

 発砲。火薬が生み出す爆発によって射出された鉛玉は、しかし竜の額の鱗に弾かれ明後日の方向に飛んでいった。

 騎士は薄く笑う。

「……フ。見事な戦術だ……」

 爆発。


「──返り討ちだ」

 桜が真っ直ぐに俺の目を見ていた。

 ヤタスズメの意趣返しか。案外ねちっこいやつだ。こういうタイプは一度ハマると中々激し……ん゛っんん!

 なんでもない。失言だ。


 手札もマナも使い切った桜はほっと息を吐く。

「守り切ったよ……! 次のターンでわたしの勝ちだ!」

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