第7話 天使続々

「めっちゃびびってるwww♡ あたしたちをこんなにしたのはご主人様なのにwww♡ 責任とれ♡」


 片手に細身の剣を持った黒い天使は、腹立つ笑顔でそんなことを言ってくる。

 え、お前喋れるの!? いや桜のユニットと違って人型だし、言葉を話してもおかしくないけどさ。

 というか、なんだって?

 俺が原因?


「何黙ってるの♡? 聞こえなかった♡? 耳までよわよわ♡ 難聴系主人公気取り♡」


 さっきから言い方がうるさいなこのメスガキがよぉ……。


「ユニットがしゃべってる……!? 天使くんの運命のカードってリアちゃんじゃないの!?」


 桜が驚いている。

 ってことはイレギュラーじゃねえかよ。何が人型だし言葉を話してもおかしくないだ。反省しろ反省! はい……。

 それはそれとして、


「聖って呼んでってば」

「……このバトルで勝ったらね」


 無理だろうけど、と。言葉には出さなかったが、そう思っているのは明白だった。


「ふふ、いいことを聞いたな。じゃあ絶対勝たなくちゃ」

「ご主人様必死すぎwww♡ このケダモノ♡ 小さな女の子に粉かけるロリコン♡」

「同級生だよどこがロリコンだ。言っていいことと悪いことがあるだろ!」

「え〜♡? 言っていいことって何♡? ご主人様の歳とか♡? ドーレルわかんなぁい♡」


 俺の歳、今の歳ではなく精神年齢のことだろう。

 脅す気かこいつ……ッ!


 ちなみに、俺が先ほどライフからマナに置いた『斬罪天使キリエル』を、背景ストーリーで裸に剥いて辱めたのは他でもないこのドーレルだ。

 第二次性徴期前の少女然とした姿とこの性格で、天使ドーレルは凄腕の剣士なのである。詐欺だろ。


 というか、そろそろいい加減バトルに戻りたい。


「ドーレル」

「いきなり呼び捨てwww♡ 彼氏面か♡」

「お前が一緒に戦ってきた『天使ドーレル』なら……わかってるだろ。勝ちに行く」

「小学生の女の子に名前呼びしてもらうために必死www♡ みっともなぁい♡」


 ようやく前に向き直り、細剣を構えるドーレル。一言余計だけど。

 さて。

 ドーレルは登場後、即こちらを煽りだしたから、フィールドに出た時の効果から再開だな。


「種族に『天使』を持つユニットが召喚されたので、『エンジェルズラダー』の効果発揮。トラッシュにある、自分の色マナ以下のコストの種族:天使のユニットカードを手札に戻す。コスト3の『天使ハグメル』を回収」


 破壊されたライフと入れ替わりでマナゾーンからトラッシュに落としたカードを手札に入れる。


「桜、ブリンク・モーメントの使用は?」

「普通に再開した!? あ、な、ないよ! あっ、じゃない! 待って! コスト!」

「うん?」

「そのカード、4コストだよね!? なんで使えるの!?」


 俺のマナゾーンにあるカードは6枚。前のターンで3コストの『エンジェルギフト』を使ったから残りマナは3。コスト4の『天使ドーレル』は使えないはずだ。そう言いたいらしい。


「ライフから置いただろう? 使い終わったマナを破棄して」


 そう。破壊されたライフをマナに置く時は、無色マナを破棄しなければいけない。しかしこの時破棄するマナは、使用前と使用済み、どちらでも構わないのだ。

 このシステムを利用することで、相手のターン中、一時的に使えるマナを増やすことができる。『マナリフレッシュ』と呼ばれる小技だ。


「な、なるほど……! たしかに!」


 素直に感心している桜だが、まだ終わりじゃない。


「ヤタスズメのアタックはドーレルでブロック!」


 ヤタスズメは、カード名『ヤタスズメ』一体につき味方ユニットをパワー+1000する効果を持つ。

 今桜の場にいる『ヤタスズメ』は2体。よってパワー+2000が、2体分でパワー+4000。ヤタスズメの本来のパワーと合計で、現在パワー5000となっている。


「ドーレルのパワーは5000! 相打ちだよ!」

「そうはならないんだなあ♡ これが♡」

「ドーレルのバトル時効果! バトルする相手ユニットのパワーをこのターンの間-3000!」


 これによりアタック中のヤタスズメのパワーは2000にまで下がる。

 弾丸の如く突っ込んでくる三つ首雀をドーレルは半身でかわす。旋回し再度突撃する雀。天使は剣を正面に構え、返す刀で打ち落とす。三枚におろされた雀は哀れ爆発四散した。


「秘剣♡雀返し♡」

「──返り討ちだ」


  ***


 アタックできるユニットがいなくなった桜はターンを終了。俺にターンが返る。


「チャージフェイズ。山札から2枚裏向きでマナを追加」


 前のターンでドーレルが出て共鳴先が増えたので、このターンで色マナを増やす必要がなくなった。よって再び2枚チャージを選択。


「メインフェイズ。共鳴1、3コスト。マジック『天命循環』。天使ユニット1体を表向きでマナゾーンに置いてデッキから1枚ドロー。この効果で置いたカード以外のマナゾーンのカード1枚をデッキの上に戻す」

「戻さなきゃドローできないざこ効果♡ はぁ〜もう出番終わりか〜」

「はよ戻れ」

「しょうがないな〜、こんなことに付き合えるのあたしくらいだもんね♡?」


 そりゃあ今お前しかいないからな。

 ドーレルが光の粒子になってマナゾーンに吸い込まれる。

 使用済みの無色マナをデッキに戻し、さらにカードをプレイ。


「黄共鳴1。黄1無色2の3コスト『天使ステディエル』を召喚。ラダーの効果でトラッシュから『天使シエル』を手札に戻す」


 光の中から、セミロングの赤毛を緩くカールさせた少女が現れる。ドーレルと同じく空中に出てきたものの、スカートを押さえて着地されたので残念ながら中身は見えなかった。肩越しに半目を向けられた。

「えっち」

 女の子の恥じらいってどうしてこう胸がときめくのか。

 こういうのでいいんだよ、こういうので。お前に言ってるんだぞドーレル。


「バトルフェイズ。『天使ステディエル』でアタック。アタック時効果でデッキを上から1枚オープン。それが種族:天使を持つユニットカードならコストを支払わずに召喚できる」


 めくれるのは当然、先ほどデッキトップに戻したカードだ。


「『偽りの仮面 天使バエル』を召喚」


 光差す雲間から白が覗く。白亜の甲冑を纏った天使が姿を現し、天使の梯子を滑るようにゆっくりと降下してきた。

 実に神々しい登場だが、神話学方面に明るい人なら名前を聞いた時点でおわかりだろう。

 大半の天使と同じくアルファベット/ローマ字表記の時に『el』で終わる名前をしているものの、こいつのモチーフ、天使ではなく悪魔である。


 『sorcery-ソーサリー-』においては紛れもなく天使なのだが、同時に、仮面で正体を隠し地獄の侯爵として君臨していた。

 己の信じた正義のために行動し、地獄との内通という裏切りを働いてなお堕天することなく天使として在り続けた異色の経歴を持つ。

 最期は王になるべく天界に反旗を翻すも、かつての親友に討たれて果てた。思えば悲しい男だ。


 しかしそのカリスマは本物で、叛逆の際には彼の呼びかけに応え、多くの天使が離反。結果、地上など他の世界を巻き込み、天界を二分する大戦に発展した。7年くらい前の年間ストーリーの内容である。

 このカードは、そのカリスマを表した効果を持つ。


「召喚時効果。デッキを上から5枚オープン、その中の天使族をコストを支払わずに、好きなだけ召喚できる」

「そんなに!?」


 桜は驚いているが、『sorcery-ソーサリー-』において6コストはかなり重い部類に入る。これはコストに見合った効果だ。誠に遺憾なことに、天使としては珍しく。

 そして高めの戦闘力と引き換えに、バエルはそれ以上の効果を持たない。誠に残念なことに、天使全体に共通するカードパワーの低さ故に。年間ストーリーの中心人物であるにも関わらず。

 それでもユニットカードの比率がやや多いこのデッキにおいては強力なエンジンになる。


「まず1枚目! 『天使パワー』!」

「っ!」

 いきなりユニットカードだ。桜の顔に焦りが浮かぶ。

 3枚も出ればユニットが5体並ぶ。マナを使い切りブロッカーもいない今、十分にライフ致死圏だ。

「2枚目! 『エンジェルギフト』!」

 手札交換が落ちた。正直痛い。

「3枚目! 『癒しの天使キュリール』! 4枚目! 『天の大秤』!」

 次々にめくっていく。

 最後の1枚に手をかけた時、ふと首筋を撫でる予感があった。

 そうか。そこにいるんだな。


「5枚目! ──『煌めきの天使エクセリア』!」


「やっぱり出るよね……運命のカードッ!」


 ようやく。桜の表情から余裕が消えた。その顔は満面の笑み。純粋にバトルを楽しんでいる。

 それでいい。そう、バトルは楽しいものなのだ。


「『天使パワー』『癒しの天使キュリール』『煌めきの天使エクセリア』を召喚!」


 光の柱が三つ、大地に突き立ち、天使たちが次々と現れる。


 パブリックイメージに最も近い、一枚布を巻いただけの天使らしい格好で、筋骨隆々の肉体美を惜しげもなく晒す『天使パワー』。

「パワー!」


 薄紫の髪を太い三つ編みにして、パステルな色のナース服に身を包んだ『癒しの天使キュリール』。

「あらあら。またこんなにダメージを受けて……」


 そして、リア。

 バトル開始前までの小学生姿から少し成長してカードイラストの姿になった『煌めきの天使エクセリア』。

「やっと出てこれたー」


「全員喋ってる……!?」

 また桜が慄いている。どうやら普通、運命とやら以外のユニットは喋ったりしないらしい。


「スケープの効果でトラッシュの『天使リペール』を手札に」


 さらに『エンジェルズラダー』の効果で、マナから落とした『天使リペール』も手札に返ってくる。本当はバエルの効果でめくれて欲しかったのだけど、さすがにそう上手くはいかなかった。


「『天使ステディエル』の、これがメインのアタック!」

「通すよ!」

「ごめんねっ!」

 ステディエルの指鉄砲から放たれたハートの弾丸が桜を射抜く。

「ライフはマナに!」


「『癒しの天使キュリール』でアタック! アタック時効果で山札の上から一枚、裏向きでライフに置く!」

「ライフ回復!? っそれも通し!」

「ちょっとチクッてするわよ?」

 キュリールは癒しの光で俺のライフを回復すると、注射器を投擲。桜のライフを割る。


「ライフは──ッッッ、ま、マナ!」


 少々の葛藤が見えた。手札に握っておきたいカードだったようだ。

 しかしこの場では他に選択肢がない。叩きつけるようにマナゾーンへ送る。


「『天使パワー』でアタック!」

「パワー!」

「それもライフ!」

「ヤー!」


 パワーのサイドチェストが疲労中のヤタスズメごとライフを吹き飛ばす。

「ユニットがっ」

 桜のフィールドにはもうスケープ『天岩戸』一枚のみ。ガラ空きだ。


「バエルでアタック!」

「いいだろう。征くぞ!」

 白亜の騎士が二振りの剣を振りかざして突撃する。


「フラッシュキャスト! 3コスト『爆灼陽炎斬』! パワー10000以下の相手ユニット1体を破壊! 対象はリアちゃん!」

「まだ何もしてないのにー!」


 炎の斬撃がリア、『煌めきの天使エクセリア』を破壊する。だがそれでいい。手札に防御策があるのは仕草からわかっていた。


「破壊されたエクセリアはライフに移動する!」

「また回復っ、ぅあう!」

 バエルの斬り下ろしが桜の四つ目のライフを切り裂く。

「あ……ふふっ。ピンチだ」

「楽しくなってきただろ? ──ターンエンド」


 ライフ差はすでに逆転していた。

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