第6話 決着には早すぎる

「いくよ! バトルフェイズ!」


 来る。

 幼さに似合わぬ鋭い闘気が皮膚を刺す痛みに直感した。


 ここで攻撃するのは戦術的観点から見ても当然だ。

 俺の場には置物が1枚。

 完全に殴り得の盤面だ。


 桜の全身からは濃い闘志が立ち昇っていた。むせ返るような甘い匂い。小さな体に煮詰められた少女性が情炎に熱せられ、爆発的に周囲へ放出されている。

 理屈でものを考えるタイプは、この場面でここまで高揚することはない。

 一手で理解した。こいつは直感型のカードバトラーだ。


「まずはアシガルルでアタック! アタック時効果でデッキから1枚ドロー!」


 鋭い攻撃宣言。

 アタックとは、自分のバトルフェイズでユニットカードを横向きにして『疲労』させることで行う、使い魔への攻撃指令だ。


 軽甲冑を纏ってお座りしていた狼がスッと立ち上がり、前傾姿勢をとる。そして矢の如く飛び出した。

 襲い来る狼。迫り来る牙と爪は鋭く、俺の命を刈り取ろうと迫る。頸動脈を刃でなぞられているような悪寒。

 テーブルの上では何度も繰り返した攻防だ。それが、ユニットが現実に存在するというだけでここまで恐ろしいとは。


「ライフで受けよう」


 それでも俺は恐怖を押し殺し、そう宣言した。

 なおこれは『sorcery-ソーサリー-』の用語ではない。元は別のカードゲームの用語で、語感がよく妙に馴染むためついつい口にしてしまう。

 元の世界の友達も「馴染む。実に! 馴染むぞ。フハハハハハ!」と高笑いしていた。


 灰色の毛皮が奔る。

 跳躍。

 桜のアシガルルが、その鋭い爪を振り下ろす。

 狼の爪が俺の命をひとつ、砕いた。


 ライフが減ったプレイヤーは、ライフゾーンから任意のカード1枚を、表向きにしてから取り除く。カードがライフゾーンから移動する時に発揮する効果があれば、このタイミングで発揮する。

 ライフゾーンから取り除いたカードは、手札に加えるか、無色マナ1枚を破棄(マナゾーンから取り除いてトラッシュに置くこと)して表向きでマナゾーンに置ける。

 ちなみに無色マナとなっている裏向きのカードはいつでも表面おもてめんを確認できるため、キーカードがマナゾーンに落ちていることに気付かない、なんてことは起こらない。

 命を収めていた器を戦いのために使うか、マナに還元して次の力にするか。魔法使いの戦略が試される判断とされる。


 ライフを1枚開く。『斬罪天使キリエル』。戦闘で服を破られた天使が剣を構えている通常版と、その後更にダメージを受けて服がボロ切れ同然になり、うずくまって体を隠すパラレル版のイラストから、キャラクターの紳士人気が非常に高いカードだ。

 ちなみにこれはパラレル版。

 効果も悪くはないが、この状況に必要なものではない。今手札に来ても持て余す。


「無色マナを破棄してマナゾーンに置く」

「手札にしないんだ」


 桜が驚いている。


「俺のデッキは下準備が大切でね」

「へえ。でもこのペースじゃ、すぐにわたしが勝っちゃうよ! ヤタスズメでアタック!」


 三つ首ふくら雀の姿がかき消える。気付いた時には目の前にいた。恐ろしく速いスピード、普通に見逃してたね。


「それもライフだ」


 丸々とした肉の砲弾がライフを撃ち抜く。

 めくれたのは2枚目の『エンジェルズラダー』。これもマナにする。


「ターンエンド!」

「ターンをもらう。スタートフェイズ」


 プレイシートの光がこちらに戻る。


「チャージフェイズ。山札から2枚マナゾーンに置く」

「えっ?」

「ドローフェイズ。メインフェイズ」


 桜が小さく声をこぼしたが、俺は気にせずターンを進める。

 減ったライフをマナに加えたことで、今の俺のマナゾーンは黄3.無色3となっている。


「エンジェルズラダーで黄色1共鳴。黄1、無色2で3コスト。マジックカード『エンジェルギフト』を使用。デッキから3枚ドロー。手札を2枚破棄。ターンエンド」


「何も召喚しないの?」


 いかにも不満ですという顔で桜が訊いてくる。そりゃそうだ。今のところ一方的に攻撃しているだけだから、面白いバトルではないだろう。


「このままじゃ次で終わっちゃうよ?」

「そう思うならそうすればいい。俺はターンを返したよ」

「ふーん……」


 ぶっすぅううううう、と。

 桜の顔が一気に不貞腐れた。


「じゃあそうさせてもらうね。スタートフェイズ。チャージフェイズ、2枚マナチャージ」


 山札から裏向きで2枚置く。共鳴先があるからこれ以上マナ染色は必要ないという判断のようだ。つまらない勝ちを確信した割には手堅い動きをする。手を抜ける性分ではないのかな。


「メインフェイズ。2体目のヤタスズメを召喚。赤共鳴3で5コスト」


 桜は淡々と、次々にカードをプレイする。


「──スケープカード『天岩戸』を配置」


 そのカードがフィールドに置かれると同時、地響き。

 大地が揺れる。桜の背後の地面から光が迸り、天高くそびえる岩山が地面をせり上げて現れる。

 岩山には洞穴が開いていた。しかしその入り口は岩で固く閉ざされている。


 やはりだ。やはり、そうなのだ。

 アシガルルに続けて出てきたユニットがヤタスズメだった時点でもしかしてと思ったが、今確信した。

 桜は間違いなくカードのテーマを揃えてデッキを組んでいる。


 『sorcery-ソーサリー-』に限った話ではないけど、デッキを組んで遊ぶタイプのTCGのカードには、ある程度グループが存在する。

 プレイヤーはデッキを作る時、60枚のカードの内訳を好きに決めることができる。しかし効果的なカードの組み合わせ自体はほとんど決まっていると行ってもいい。

 運営によって開発時に想定された使い方、いわゆるデザイナーズというものだ。


 『天岩戸』は神道系の踏み倒しカードである。

 このカードで踏み倒すことを想定されているユニット。その名を『天翔陽竜ドラグ・アマテラス』という。

 ──世界大会で決勝を含めて何度も戦った、紛うことなき環境王者だ。



「バトルフェイズ。アシガルルでアタック。1枚ドロー」

「ライフだ。カードは手札に」

「ヤタスズメでアタック」

「ライフ。これはマナに」

「〜〜〜〜ッ!」


 この期に及んで抵抗の気配を見せない俺に、可愛らしい幼貌がひどく歪む。

 桜はその苛立ちを隠そうともせずに、手をプレイシートに叩きつけた。


「2体目のヤタスズメでアタック!」


 表情が雄弁に物語る、後ろ向きな勝ちの確信。

 わかるよ。なんの抵抗もしない相手をただ倒しても面白くないよな。

 でも、まだ終わっていない。勝負は最後の一点を取るまで終わらない。

 やはりまだまだ経験不足だ。周りに実力の拮抗したライバルがいなかったようだし、こればかりは仕方がないか。

 だが、それも今日で終わる。


「フラッシュキャスト。『天使ドーレル』のマジック効果を使用。アシガルルのパワー-10000」


 アシガルルの元々のパワーは3000。そこにヤタスズメ2体の効果が乗って7000。よって-10000すれば0だ。

 パワーが0になったユニットは、存在を保てず消える。

 地面に伏せて休息を取っていたアシガルルが「えっ、ワシですか?」みたいな顔をして爆発した。表情豊かだな。


  ***


 戦いとは潮流である。敵も味方も、抗うことのできない運命という大きな流れに巻き込まれて、時のうねりに飲み込まれる。

 しかしそんな運命に、時折隙間が生まれる。敵の牙が喉元に届くその一瞬に、時の流れから切り離されることがある。

 言ってしまえば走馬灯だ。

 だが一流の魔法使いは、その一瞬に活路を開くことができる。


 そんな戦闘の間隙をゲームシステムに落とし込んだのが『瞬きの刹那ブリンク・モーメント』だ。

 お互いのプレイヤーは、1度のアタックにつき1回ずつ、カードの記述で『ブリンク』に分類されている効果を使用できる。

 アクションの優先権は攻撃を受けた側(防御側)から。次にターンプレイヤー(攻撃側)が動く。どちらも動かなければ、防御側はユニットで攻撃を防ぐかライフを減らすか選ばなければならない。

 与えられた一瞬の猶予に何もしなければチャンスは掴めない。後は沙汰を待つだけ、ということだ。

 防御側が1度目のブリンクをパスしても、攻撃側がブリンクを行ったなら、防御側はもう一度だけブリンクのタイミングを得る。

 ここのプレイングで失敗するプレイヤーは少なくない。

 相手がブリンクを使わなかったから防御策がないものと考え、一気に決め切ろうとして逆に反撃に遭う……というパターンをよく見る。

 無抵抗の獲物の前で舌なめずりをすれば付け入る隙を与えることになるというわけだ。


 フラッシュキャスト──《瞬間詠唱》。

 それは、ブリンク・モーメントでマジックを使うことを指す。

 逡巡の暇すら奪われた致命の刹那。瞬く息の合間、指を弾くよりも速く詠唱を完成させ、撃ち出し、世界に変容を与える。

 魔法使いの腕の見せどころだ。


  ***


「マジック効果の後、天使ドーレルはフィールドに残り、ユニットとなる」


 眼前で光が収束。漆黒のキャミソールワンピースを身につけた黒髪の天使の姿をとる。

 相手のユニットと出方が違うんだな。色か、はたまた系統の違いか。向こうの、炎から産まれるみたいな登場の仕方の方が派手でいいなぁ。


 空中に現れた『天使ドーレル』は、長いサイドテールと短いスカートをはためかせて着地する。やや肉付きの薄いふとももの真ん中までしかスカートがないおかげで、その拍子に全部見えた。小さい星柄かあ。

 というか、イラストで思ってたより背中側の布面積が少ないな。やや浅黒い健康的な素肌がこれでもかと視界に飛び込んでくる。

 と、ドーレルがくるりと振り返った。


「うわwww女の子のパンツ見て喜んでるwwwきも♡ というかライフもう1しかないwwwよっわ♡ まだ後攻2ターン目なのにwwwざぁこざぁこ♡ よわよわご主人様♡」


 シャベッタァアアアアアアアアアアアアアアアア!?


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