第5話 『sorcery-ソーサリー-』は魔法である

 『sorcery-ソーサリー-』をプレイするためには、60枚のカードが必要だ。

 カードには、ユニットカード、マジックカード、オブジェクトカード、そしてスケープカードの4種類がある。


 ユニットカード──俗に言う『生物』。背景ストーリーにおける使い魔や傀儡、神様などのキャラクターが描かれたカードだ。相手を攻撃したり、逆に相手の攻撃からプレイヤーを守ってくれたりする戦闘の要となる。

 マジックカード──『魔法』のカード。様々な単発の支援効果を発揮する使い捨てのカードだ。

 オブジェクトカード──『物品』のカード。いわくのついた武器や装飾品のカード。これはやや扱いが複雑なので説明は別の機会にする。

 スケープカード──『場所』のカード。フィールドに存在し続け、自軍に有利な効果を与えるカードだ。他TCGに倣って『土地』や『置物』と呼ばれることもある。

 これら4種類のカードを60枚組み合わせた束をデッキと呼ぶ。デッキに入れられる同名カードは4枚までだ。


 『sorcery-ソーサリー-』のカードは古今東西の様々な魔法や神話がモチーフになっており、ゲームにおいては系統を色で6つに分けている。

 神道や陰陽道、八百万の神などの、東洋系の魔法。攻め気が強い攻撃的なカードが多い。割り振られた色は、赤。

 精霊魔法やドルイドなど、自然の力を借りる魔法。コストであるマナを増やし大型をすばやく召喚する、緑。

 4大元素や風水など、西洋系の魔法。相手に応じて水のように柔軟な戦術が採れる。イメージカラーは、青。

 ゴーレムや錬金術など、大地に関係する魔法をモチーフとし、スケープやオブジェクトの扱いに長ける、茶色。

 黒魔術、死霊術、童話など、残酷なイメージを持つ魔法が割り当てられている、倒されたユニットの再利用が得意な、紫。

 神聖魔術。俺が主に扱う天使のカードの大半が属し、ライフ回復とコンバットトリックを得意とする、黄色。

 プレイヤーはこの中から、自分に合った魔法を選択して自由にデッキを構築する。


 『sorcery-ソーサリー-』の対戦は『決闘戦』と名付けられており、背景ストーリーにおいて、元々は魔法使いの腕比べだったとされている。

 しかし魔法をただ撃つだけでは、よほど実力が隔絶していない限り容易に勝敗がつかなかった。そもそも判定基準が曖昧だったのだ。

 やがて魔法使いが命のストックを持てるようになり、分かりやすい目安としてそれを削り合う形式が成立した。

 しかし一流の魔法使いは魔法防御も卓越しているので、魔法の撃ち合いでは命を削れない。

 決闘戦は、次第に使い魔で物理的に命を潰しあう今の形へと移行していった。


 ちなみに『決闘戦』の言い方だが、そのまま読むと長いので、俺を含めソーサリープレイヤーはほぼみんな、バトルだのデュエルだのファイトだの好き勝手に呼んでいた。


  ***


 開始の宣言となるワードを叫んだ俺の目の前には光が満ちていた。白一色に染まった視界の中で、体の内に力が満ちていく。

 光が収まると、そこにはゲームの初期状態が整ったプレイシートが浮いていた。


 プレイシートの見方。

 右上が山札。1番最初にデッキを置く場所だ。

 その下がトラッシュ。使い終わったマジックや戦闘で負けたユニットを置く場所。

 左手側にライフゾーン。自分の残機を示す。

 手前にあるのはマナゾーン。カードをプレイするためのコストとなるマナを置く場所だ。


 『sorcery-ソーサリー-』のレギュラールールにおいては、まず山札からライフゾーンに裏向きで10枚、次にマナゾーンに裏向きで3枚、デッキからカードを置き、最後に手札を4枚引く。この時引き直しはできない。

 これがゲームの初期状態にあたる。


 ただし、今ライフに置かれているカードは5枚。ファストルールと呼ばれる、短期決戦用のルールに基づいた枚数だ。

 ファストルールはライフが少ない分決着までが早い。制限時間のある大会で多く用いられるバトル形式で、世界大会も準決勝まではファストルールが採用されていた。

 できるだけ多くの生徒に実践させるのが目的であろう学校授業で採用するのは理に適っている。


 しかし先生には申し訳ないのだけど、俺のデッキは長期戦を見据えた耐久型だ。泥沼の戦いになると予告しよう。


「フ……」


 おかしいな。どうして俺は笑っているのだろう。

 だってまず何よりプレイシートが宙に浮いているし、それになんだか周りがやけに広くなっている。リアはデッキに吸い込まれたし、そもそも目を覚ましてからここまでおかしなことばっかりで理解が追いつかない。

 だというのに、体の奥から熱が溢れて止まらない。


 俺のデッキは天使──カードが持つ情報の一つである『種族』に『天使』を持つユニットを軸にしたものだ。

 『天使』のカードは美麗なイラストでコレクターアイテムの趣が強いカード群であり、毎年単独テーマパックが発売されている。そうして細々と強化を受け続けているものの、そのカードパワーは本弾に比べて妙に低い。


 世界への挑戦は一つの証明だった。

 一人一人は力の弱い天使でもここまで戦えるんだぞと世界に示したかったのだ。


 だからこのデッキでバトルする時はいつも思う。

 ──お前も食ってやる。

 俺の天使を勝たせるために。

 煮えたぎる戦意が腹の底から湧き上がる。誰が相手でも変わらない。


 顔を上げる。桜と視線がぶつかった。

 可愛らしい相貌に滲む、肉食獣の獰猛な笑み。自信と興奮。


 空から落ちてきた光が俺のプレイシートを照らす。どうやらこっちが先攻ということらしい。


 ターンの流れはこうだ。


 スタートフェイズ

   ↓

 チャージフェイズ(先攻1ターン目はなし)

   ↓

 ドローフェイズ

   ↓

 メインフェイズ

   ↓

 バトルフェイズ(先攻1ターン目はなし)

   ↓

 エンドフェイズ


 エンドフェイズが終わればターンが終わり、相手のスタートフェイズからまた始まる。

 この流れを、どちらかのライフまたはデッキが尽きるまで繰り返すのだ。


「フゥゥゥ〜〜〜〜〜〜〜〜…………──」


 細く息を吐き、対面に立つ桜を見据え、俺は静かに始まりを宣言する。


「スタートフェイズ」


 対面に立つ桜の肩が小さく揺れた。

 強すぎてバトルの相手がいなくなった?

 上等だ。強い相手ほど喰い甲斐がある!


「ドローフェイズ」


 山札からカードを1枚引く。


「メインフェイズ」


 このフェイズでは様々なことができる。主に自陣を整える時間だ。

 まず、プレイヤーはターンに一回、手札一枚を表向きでマナゾーンに置ける。

 これを『マナ染色』といい、マナゾーンの表向きのマナは『染色マナ』あるいは単に『色マナ』と呼ばれる。

 今は黄のカードを置いたので、マナの内訳は「黄:1 無色:3」となる。

 魔力は使い込むほど自分に合わせて馴染んでいく。そんな設定を反映したゲームシステムだ。


「黄1、無色3。スケープカード『エンジェルズラダー』を配置」


 黄色を含むマナ4枚を使用してカードをプレイ。マナを使用する時は、マナゾーンのカードを横向きにする。

 その瞬間だった。


「────ッ」


 体の中に満ちていた力が持っていかれる感覚。軽い虚脱感。

 それはどうやら空へと向かって行き……そして、天から光が差した。

 天使の梯子と呼ばれる自然現象だ。カード『エンジェルズラダー』のイラストモチーフでもある。

 偶然にしては出来過ぎだな。


 マナを使い切ったのでメインフェイズを終了する。

 先攻1ターン目にバトルフェイズはないのでそのままターンを渡した。


「わたしのターン! スタートフェイズ!」


 桜がスタートフェイズの宣言をすると、プレイシートの輝きが桜に移った。


「チャージフェイズ!」


 後攻1ターン目から始まるチャージフェイズでは、山札からマナゾーンに1枚か2枚、裏向きでマナを置くことができる。2枚置いた場合は、そのターンのメインフェイズでマナ染色を行えない。


 無色のマナだけでプレイできるカードも存在するが、それらは基本的に相手のライフを削る力を持たない。無色のユニットカードは魔力を持たない者という位置付けであり、魔力を持たない者では、魔法使いが無意識に垂れ流す程度の魔力防御すら突破できないのだ。


 よってお互い最初のターンはマナ染色が定石となる。

 桜もその例に漏れず、山札から1枚だけマナゾーンに置いてドローフェイズに移った。


「メインフェイズ! マナを赤に染色して、赤1枚、無色2枚の3コスト! 『アシガルル』を召喚!」


 マナを3枚寝かせてユニットカードをプレイする。

 その瞬間だった。

 虚空が歪み、焔が走る。焔は小さく円を描き、猛る。

 焔が消えると、そこには軽甲冑を纏った狼がいた。


 ──だ。


 風に乗って微かに香る獣臭。ふわふわした毛並み。後ろ足で喉を掻く動作。牙の隙間から漏れる獰猛な唸り声。

 いる。

 間違いなくそこにいる。

 カードのイラストに描かれた姿そのままにユニット『アシガルル』が、確たる存在として現実に顕れた。


 空を見上げる。雲間からは依然光が降り注いでいる。

 タイミングが良すぎるとは思ったのだ。

 偶然なんかではなかった。この階光はスケープを配置したことで発生したものだったのだ。


 『sorcery-ソーサリー-』は魔法。

 その言葉が耳の奥で渦を巻く。


 動揺する俺などお構いなしで、桜は次のカードをプレイした。


「アシガルルでマナ共鳴1! 2コストで『ヤタスズメ』を召喚!」


 また焔が走り、今度は三つ首のふくら雀が顕れた。右側の首がやけにしょぼくれている。


  ***


 さてここでコスト支払いのシステムについて説明しよう。

 桜が今召喚した『ヤタスズメ』はコスト2。内1枚は必ず赤のマナを使わなければならない。

 簡略に表記するとこうだ。

 (2(赤1))

 しかし桜のマナゾーンのあるのは赤が1枚と無色4枚。アシガルルの召喚ですでに赤マナを使っているため、残るマナは無色が2枚。これではヤタスズメを召喚できない。

 これを解決するのがマナ共鳴だ。


 マナ共鳴とは、魔法使いがユニットや物、土地から力を受け取ることで起こる、限定的なマナの変質を差す。

 ゲーム的には、フィールドに存在する有色カード1枚につき、マナゾーンの無色マナ1枚を染色されているものとして扱うことだ。

 今の場合だと、フィールドに赤のカードであるアシガルルが存在するため、無色マナ1枚を赤マナとして扱える。これにより召喚コストを賄うことができたのだ。

 ここで注意点が一つ。

 色共鳴を行っても支払いコストの総数自体は変わらない。

 あくまで必要な有色マナの最低数を減らすだけと覚えておくといいだろう。


  ***


「じゃあいくよ! バトルフェイズ!」

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