第4話 闘るんだな!? 今! ここで!
TCG──即ちトレーディングカードゲーム。
『sorcery-ソーサリー-』は、市場に数多存在する、そんなTCGタイトルの一つだ。
魔法が存在する時代を舞台に、プレイヤーは魔法使いとなり、マナを使って魔法を使い、時に陣地を構築し、使い魔を呼び出して戦い合う。
魔法使いは名誉を求め、互いに決闘を繰り返すのだ。
これが『sorcery-ソーサリー-』の世界観。古今東西の魔法や伝承がカードのモチーフになっていて、明るくもどこか仄暗さのある背景ストーリーと併せて俺の厨二心にブッ刺さった。
まあそれから2年しないうちにエクセリアに惚れて美少女カードコレクターに転身するのだが。
校庭に集合した体操着の少年少女が一様にデッキケースを持っているのは、なんともおかしな光景だ。そう感じるのはこの世界で唯一俺だけなのだろうけど。
運動するための場所にテーブルゲームのカードを持ち込むのは少しだけ拒否感が湧く。事故でカードが潰れるリスクとかを考えてしまうとどうしても意気揚々とはいかない。
「お待たせ。みんなちゃんといるね」
予鈴とほぼ同時に現れたおとちゃん先生は、また徹底した格好だった。
亜麻色の髪を首の後ろで縛り、首に黒いレースのネックカバーをつけている。肩とサイドに黒いラインの入った白い半袖シャツに、下はジャージの長ズボン。手首にはリストバンド。
男の身体的特徴が出やすい箇所を的確にケアしており、薄着にも関わらずパッと見では性別を誤認しそうだった。
自分を美しく見せるために手を抜かないその姿勢、心から敬意を表する。
考えないといけないこと他にもあるんだけどなぁ。先生のインパクトが強すぎて意識が全部持って行かれてる。
生唾を飲み込む音が聞こえたので視線だけ向けると、クラスの約半分の男子がかっぴらいた目を血走らせて先生を凝視していた。
ワァ……性癖壊されちゃってる……。
始業の礼を済ませると、おとちゃん先生はパチンと手を叩いた。
「さて、みんなも待ちきれないだろうし、早速始めようか」
アッこれ続きの授業だ。
特に説明のない宣言で察してしまった。俺以外全員やることわかってるやつじゃん。どうしよう。
「それじゃあ二人一組になって。決まったペアから僕のところに来てください」
一人称僕なんだ。
まだ会って少ししか経ってないのに属性が多すぎて渋滞起こしてる。
ではなく。
二人一組、全員デッキ持参。もしかして本当に授業で『sorcery-ソーサリー-』やるのか。
にしても科目名が『魔法』っていうのは……確かにsorceryは英語で魔法の意味だけども。
「とりあえず行こうか」
「私ユニットだからペア扱いにはならないよ。他の子捕まえないと」
リアと一緒に前に出ようとしたらそんなことを言われた。ここにきて梯子を外すなよ。
「えっと、じゃあどうするかな……」
こういうペア決めはさっさとやらないとあっという間に余ってしまうのだ。
すばやく周囲に視線を走らせる。
「あ」
いたいた。さっき隣に座ってたピンク髮の子が孤立している。
休み時間の様子を見てた限りだと友達がいないわけじゃなさそうだけど、なんで余りかけてるんだ?
「おーい」
「天使くん……?」
声をかけるとまんまるお目目をさらに見開いて驚く女の子。体操服には『巫 桜』と刺繍がある。読みは『かんなぎ さくら』でいいのかな。
形のいい眉がへにゃりと下がる。見事なハの字だ。読み取れるのは微かな諦め。未来ある小学生には余り浮かべてほしくない類の表情だ。
「どうしたの? あ、わたしとペアになってくれるとか?」
余り期待していない調子の問いに対して、意識的に軽く首肯する。
「うんまあ、そのつもりで声をかけたんだけど。他に約束があったら別にかまわな」
「え、いいの!? ほんとに!?」
変化は劇的だった。
表情にパッと光が差し、見る間に眩く輝き始める。
そんな驚かれるようなこと言ったかな。なんか嫌な予感がしてきたぞ。
背中に同級生のざわつきを感じる。「あいつ勇気あるな」ってどういう意味ですかね。
桜は飛びつかんばかりの勢いで俺の手を握った痛い!
「ほんとに!? ほんとにいいんだよね!?」
「なんでそんなに念押しすんの……?」
近い近い! 顔が近い! キスするぞこのやろう!
あまりの勢いに引きながら聞く。
次の瞬間、額がくっつくくらいの至近距離で大輪の笑顔が咲いた。
「だって最近『桜は強すぎるから……』って言って誰もバトルしてくれないんだもん!」
わあ強すぎる故の苦悩。
「ひどいと思わない? わたしバトル大好きなのに、授業だとペアが決まらないから全然バトルできないの」
「あー、桜?」
「えっ何? 急に距離詰めてくるじゃん。……もしかして、そういう目的で声かけてきたの?」
「小学生同士で何言ってんだ」
風評被害も甚だしい。
「あと距離が近いのはそっちな。一周回って話しにくい」
桜はパチクリと目を瞬かせると、うっすら頬を染めてそっと体を離した。
「…………ごめん」
「いいよ役得だったし」
「……天使くんってひょっとしてえっちな人?」
「そこまで言われなきゃならないようなこと言いましたかねぇ!」
「役得ってえっちなことでしょ?」
「違うが?」
「でもわたしくらいかわいいと、男の子はそういうこと考えちゃうんでしょ?」
「自分に自信持ちすぎだろ。かわいいのは否定しないけど」
「でしょ? 『かわいいからペアになったのに強すぎて面白くない』ってみんな言うんだよ」
「誰だそいつぶっ飛ばしてやる」
ナンパ目的で声かけた挙句負けて悪態つくとか最悪通り越して害悪じゃねえか。カードゲーマーの風上にも置けない。
「え? あ、違うの! そういうつもりで言ったんじゃなくて! そんな悪口でも否定できないくらいわたしはかわいいんだなって!」
「自己肯定の怪物か何か?」
「事実ーっ!」
ポジティブが過ぎる。
「痛っ」
じゃれ合っていると首筋に視線が刺さった。そちらに顔を向けないように桜の瞳の反射で背後を確認すると、同級生の一人が凄まじい目つきで俺を睨んでいる。
ははぁさてはこいつだな悪態の主は。
桜が気になってるけど負けるのはプライドが許さないからペアには誘えなかったと見える。
小さい。小さいな少年よ。そんなことじゃあ好きな相手も、知らない間に掻っ攫われちゃうぞ。
「そこの二人! ペアが決まったなら遊んでないでこっちに来てください!」
「あっはい!」
立ち話に興じていたせいでおとちゃん先生に注意されてしまった。……そろそろちゃんとした名前が知りたい。
何はともかく呼ばれたので、桜の手を引いて先生の下に集合する。
「えっ手っ、天使くん!?」
「聖で。そう呼ばれる方が好き」
「ええ? ちょっとあまつ」
「聖」
「……ひ、ひじりくん」
自己肯定高い割に押されると弱いらしい。将来悪い大人に引っかからないか心配だ。
首に刺さる視線が圧を増したけど、突っかかってすら来ない時点で映す価値なし。
そりゃあカードゲーマーとして、時間と暇があるなら導くのもやぶさかではない。どんなコンテンツも人が離れれば衰退するのだから、若者はどんどん育てていかなければならないものだ。
しかし、将来はともかく現状では負け戦を糧にできないやつと、今この時バトルに意欲のある(かわいい女の)子。どちらを優先するかといえば当然に後者だ。
手を繋いでやってきた俺と桜に、おとちゃん先生が微笑む。
「巫さんペア作れたんですね。天使くんありがとう」
「ぐふぅっ」
視界の端で何人かの男子が胸を押さえてふらついた。なんという魔性。俺も背中にリアをくっつけた状態で桜と手を繋いでいなければ即死だったかも知れない。
「ではせっかくですから、最初は巫さんと天使くんにやってもらいましょうか」
まさかのトップバッターに指名された。なぜだ。というか何を!?
「やったあ! 久しぶりのバトルだ!」
あーそうか。ペアが作れないから全然バトルできてないって言ってたな。先生は生徒全員に平等に機会を与えたいわけだ。
そしてやっぱりバトルなのか。先ほど密着した時も思ったがやはり小学生にしては中々いいものを持っているなと飛び跳ねる桜を見ながら思う。
『sorcery-ソーサリー-』は俺が1番好きなカードゲームだ。
それを他の人も同じように楽しんでいる。
嬉しくないわけがない。
楽しいバトルにしよう。心の底からそう思った。
少し距離を開け、桜と向き合って立つ。
……………………?
こんなに離れてたらバトルできなくないか?
それとプレイマットくらいは欲しいんだが。砂の上に直接カードを置けと? 傷だらけにしろと仰る?
疑惑の視線をおとちゃん先生に向けると、流石に暑いのか後ろ髪をかき上げ、シャツの襟をつまんで服の中に風を送り込んでいた。天然でこの仕草してんの? クラスの男子のHPはもうゼロよ!
顔を正面に戻すと桜がデッキをシャッフルしていたのでそれに倣う。
先生が体操座りしたクラスメイトたちと、そして何より今から対戦する俺たちに向かって注意事項を告げる。
「始まる前に、簡単におさらいだけしますね。
君たちは魔法使いです。
そして『sorcery-ソーサリー-』は魔法を使うために必要な大切なカードです。
魔法は扱い方を間違えるととても危険です。小学生のうちは絶対に、ぜ・っ・た・い・に! 先生のいないところで使わないようにしてくださいね! 決闘戦も先生がいるところで行うように!」
……なんか風向きが変わってきたな。
その言い方だとまるで本当に魔法が使えるように聞こえるんですけど。
「それでは巫さん、天使くん、準備ができたら始めてください」
もっと詳細な説明をください。
「いつでもいけるよ!」
少し離れた場所で桜がブンブンと手を振る。
「じゃあ──私たちもいこうか」
そう言ってリアがデッキに手を置いた。その体が光に包まれる。
「リア!?」
「『いつもの』だよ。叫んで、あなたの魔法を目覚めさせるあの言葉を!」
リアが光となり、デッキに吸い込まれた。
俺は導かれるようにデッキを宙へかざした。対面の桜も鏡写しのように構える。
あの言葉──『sorcery-ソーサリー-』のゲームを始めるための掛け声を。
「「──『アウェイクニング、アセンション』!」」
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