第2話 我思う故に我があるとしてもその大元の我が違ってたらそれは我じゃなくない?
俺はカードバトラー、
TCG『sorcery-ソーサリー-』世界大会に優勝し、勝利の余韻を味わっていたはずだったが、目を覚ますと──体が縮んでしまっていた!
目の前には長年共に戦ってきた相棒カード、エクセリア。カードイラストより少し幼い姿で、小学校の制服を着て座っている。
……本当にどうして居るんだろう。
もちろんこうして会えたこと自体はとても嬉しい。嬉しいが、そういうことではないのだ。
実体化しているのはこの際横に置いておくとしても、なぜここに、この時代に存在しているのかがわからない。
『煌めきの天使エクセリア』は、俺が高校一年生の時に発売されたパック『神代戦線』に収録されたカードだ。このパックはその名の通り、神に関連するテーマが強化されたパックで──と、これは今はいいか。
エクセリアの発売は、俺の体感では約5年前。しかし俺は現在小学6年生であるようなので、この時点から換算すると約4年後に発売されるはずの、未来のカードということになる。『sorcery-ソーサリー-』初代アニメでも、最終話において次の弾に収録の高レアカードが『未来のカード』という肩書きでラスボスの切り札になっていたけど、現実の環境において4年となれば流石に同じ物差しで語れるものではない。
『煌めきの天使エクセリア』はこの時点では存在していてはいけないカードのはずなのだ。
他人の空似や同姓同名のそっくりさんという線も考えたが、名前を呼んだ時に一瞬『やばっもうバレた!?』という表情を浮かべたので、俺と戦いを共にしてきたエクセリアであろうことはほぼほぼ間違いない。俺と一緒にタイムリープしてきたのだろうか? どうしてかそれを隠そうとしていたようなので、あえて気にしないことにしたが、動機がわからないのはどうにも収まりが悪い。ついでにエクセリアがこの事態を仕掛けた下手人であるという確証もない。
つまりミステリで言うところの『5W1H』すなわち『誰が・なぜ・いつ・どこで・何を・どのように』のほぼ全てがわからないということだ。
別にたった一つの真実を見抜いてやろうなんてつもりはないが、自分の身に何が起こったのかぐらいは把握しておきたいというのが、安心を求める人間として当たり前の心理というやつだろう。
ただ、戻りたいかと訊かれると、まったくもって不思議なのだが、どうしてかそんな気はまったく起こらないのだった。
ひとまずは事態の把握を方針として行動するとしよう。
情報整理終わり!
***
少なくとも俺が小学6年生の時分の天使 聖であるのは間違いないと言ったな。あれは嘘だ。
俺、やっぱり同姓同名のそっくりさんかもしれん。ソーサリー世界チャンピオンの天使 聖の意識が、一般家庭の天使 聖くん(12さい?)に乗り移ってるだけ。そんな気がしてきた。
そう考えるに至った主な原因は、母との朝のやりとりだ。
現状を整理していた俺は、階下からの呼び声で、そういえば朝食ができていたんだったと思い出した。急いで着替えを済ませて(エクセリアは俺が脱ぐと慌てて目を覆ったが指の隙間からばっちり見ていた)一階に降りると、待っていたのは仁王立ちの母だった。
「おはよう聖。今日は一段と遅かったわね。ご飯ちょっと冷めちゃったわよ」
「ああ、うん。おはよう」
「リアちゃんいつもありがとうね」
「いえいえ、役得ですから」
「あらあら。リアちゃんの苗字が天使になるのも近いかしら?」
……妙な感じだ。
独り立ちしていたはずなのに、今こうして親と子供としてのやりとりをしている、というのもそうだが、なにかこう、もっと根本的な、何かが違うような。
少し確かめてみるか。名前の話題が出た今なら自然に訊ける。
「リアの苗字ってどんな字だっけ?」
「ええー、覚えてないのー?」
「字として見る機会はあんまりないからさ」
「仕方ないなぁー」
頬を膨らませるリア。あからさまに不満げな表情……を、わざと作ったな。隠そうとしたのは──警戒。
やはりリアは何かを隠しているらしい。そしてそれを俺に知られるのは避けたいと思っているようだ。まあ今はいい。
リアが空中に指を踊らせる。
「絵は世界を救うって書いて、絵救世。ついでにリアは瑠璃の璃に愛で璃愛だよ」
わぁ苗字まで含めてキラッキラ。誤魔化す気ないだろもう。
しかし俺とて、知られたくないものをわざわざ正面から詮索しないだけの配慮は持ち合わせている。もちろん別角度からのアプローチで偶然知ってしまうことも時にはあるだろう。そういう事故はどんなに気をつけていても起こってしまうものだ。そうなった場合は仕方ない。
「リアも珍しい苗字だけど、うちも大概だよね」
「そうねぇ。天使って書いて『あまつか』だもんね」
「しかも俺は名前が聖だから聖天使だよ。母さんもこんな感じなるっけ?」
「アタシは月子だから月天使ね」
「子がどっか行ってるけど」
「いいのよそれくらい。誤差よ」
子の有無は結構でかいだろ。
さておき名前は合ってる……はずだ。よくよく考えたら俺の記憶が改竄されてる可能性もあるけど、その場合ならもう違和感自体を抱けないはずなんだよな。じゃあこの妙な違和感はどこから? 私は頭から。ベンザブロック。
あ゛ぁ゛ー゛っ気持ち悪い。
例えるなら、情報全てが無実を証明しているにも関わらず、直感が絶対にそれを受け入れない、みたいな感じだ。
先ほどからリアが横目で俺に見られていることも気付かず結構愉快な百面相を展開しているので、母さんにはこの状況の手がかりが何かありそうな気がするんだけど。
「ところであなたたち、こんなにのんびりしてていいの? もう8時だけど」
「えっ」
「あっ」
そうだよな。制服に着替えたんなら普通に考えて平日だ。小学生なら学校に行かなければいけない。
俺とリアは急いで朝食をかき込む。
先に食べ終わったのはリアだ。食器を流しに置いて歯を磨きに行く。どうせ洗面所は2人じゃ使えないので、俺は少し食事のペースを落とした。リアについて踏み込んだことを訊くなら今がチャンスだ。
「母さん。リアのご両親って何してる人だったっけ」
「何言ってるの。リアちゃんはあなたの運命の子じゃない」
会話、噛み合ってるか? これ。
確かに『煌めきの天使エクセリア』とは数多の戦いを共にした。もはや体の一部と言っても過言ではない運命のカードと言えるだろうが、俺が訊いてるのはこの世界におけるリアのご両親の話だ。
怪しまれないようある程度言い方に気を使ったのは事実だが、それにしたってこんな答えが返ってくるような問いじゃない、はず。
母の表情には嘘や誤魔化しがない。100%の本心だ。
母はシロ。やっぱりリアが重要参考人だ。
ランドセルを取りに二階へ上がったついでに確かめたところ、俺の部屋の隣にリアの部屋があった。一緒に住んでいるらしい。
こうなるとリアの立ち位置がますますわからない。運命ってなんだ。
正直、しばらく一人で考えに没頭したかったのだが、流石に始業時間も迫っているので思索を打ち切る。
デカい水筒と重箱をリアと手分けしてそれぞれ受け取り、玄関へ。
「2人とも気をつけて行きなさいね。急いでいても、信号はちゃんと守ること。周りに気をつけてね」
「はーい」
「大丈夫。わかってるよ」
──まただ。なんでもないやりとりなのに、妙に居心地が悪い。気恥ずかしさだとかむず痒さだとか、そんなちゃちなもんじゃあ断じてない、もっと大切なことを見落としているような違和感の片鱗が舌の上でわだかまっている。
「ハンカチ持った?」
「あるよ」
「ティッシュまだある?」
「ありまーす」
「あ、俺少し少ないかも」
「じゃあこれ使いなさい。あと──
デッキ。忘れてないでしょうね?」
「それもちゃんとある──…………は?」
「いつどこでバトルを挑まれるかわからないんだから、ちゃんとすぐ手の届くところに持っておくのよ」
……なんて?
いや、持っている。デッキ自体はちゃんと持っている。
俺が驚いたのは自分にだ。言われるまで、そのことになんの疑問も抱かず、当たり前のように学校へカードデッキを持って行こうとしていた。
しかも隠さずに。
堂々と。
そして気付いた今ですら、そのことをおかしいと思っていない自分がいる。
というかそもそも、ランドセル側面にデッキケースが付設されているのだ。リアが背負う黄色いランドセルにも同じものが付いていることから、これがデフォルトなのだとわかる。
母の態度は、持って行くのが当然と言わんばかりだ。
リアは──おいなんだよその笑顔は。『流石にバレたかな』じゃないんだよ。せめて状況説明くらいしてくれよ。
今に至るまでの諸々も大概色々とおかしかったけど、ここにきて俺の常識と明確に乖離した異常が顕在化したことで、とりあえずまた一つ確定した。
これは時間遡行ではない。
俺は──ソーサリー世界チャンピオンの天使 聖は、知らない世界に迷い込んでしまったのだ。少なくともここは俺が生まれた世界じゃない。
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