第21話 さあ、始まるザマスよ! いくでガンス! フンガー!

「あたし、風凪みどり。みどりって呼んで。デッキは『妖精フェアリー』。よろしくね!」

 『妖精』。フィールドに残るマジックと軽量のユニット群で構成される、種族を軸にした緑のデッキだな。あれも面白い動きをする。

にのまえみつる!」「わかるばん!」「かずえけい!」

「「「我ら! ナンバーズ!」」」

「こいつら全員『数秘術ヌメロロジー』デッキなの」

 一二三だな! 覚えた!

「出席順じゃないんですね?」

 名前を聞いた純正小学生ズが揃って首を傾げる。俺とリア? ほら……中身がね?

「高校生だからね!」

 ジャージ越しでもわかる立派な胸を張る風凪ちゃん改めみどりちゃん。

 高校生なら自主性を尊重しても集団行動程度は問題なく行える。そういう年齢だ。たまに歳不相応に未熟なやつがいるけど。


 オリエンテーリングは、地図とコンパスを頼りに山の中にあるいくつものチェックポイントを通ってゴールにたどり着く速さを競う、れっきとしたスポーツだ。

 しかし今回は小学生に異界の山を体験させることを意図した企画であり、どちらかというとレクリエーションの趣が強く感じられる。

「えっと、山の中にあらかじめ置いてあるカードを探すんだっけ」

「なんのカードがあったのか記録してー、最後はクロスワード!」

 左右からのステレオ解説。

 最後だけ微妙に難易度高くない?

「いやでもクロスワードになるって前提と文字数である程度推測できそうだな?」

「こら小学生、推理で移動の手間を省こうとするんじゃない」

 丸めた紙でぽこんと頭を叩かれた。さすがにレクリエーションの意図くらいわかっている。そんな興醒めなことはしない。

「マジで出発したぞこいつら……。これ、先輩たちが小学生の時もやったのか?」

 だから敬語使え石動。

「やったぞ」「でも今回はあくまでサポートだからな」「カンニングはさせないぜ」

 そりゃそうだ。高校生が全部やったら俺たちの身にならない。

「猫ー、みどりちゃんに隠れてないでこっち来いよ」

「や! さーちゃんが悪の手に堕ちた今、ワタシの拠り所はみどりちゃんだけ……!」

「お、堕ちてないし」

「そうなの?」

「ひぅん?! お、堕ちてない!」


 ……人数、多いな。


「リアー……」

「よーしよーし。せーくんは基本多人数対面めんどくさい人だもんねー。キャパ超えちゃったねー。私だけ見て落ちつこーねー」

「おっおい、嘘だろ……」「小学生同士で……」「授乳プレイ、だと」

 そこまではしてねえよ?

 ふぅ……よし落ち着いた。

 一対一のカードゲームに慣れきった反動で、人がたくさんいる空間だと情報拾いすぎてしんどいんだ。全員が平等に文字のみだったらむしろ得意なくらいなんだけど。

 さて。

「高校生組は基本サポートなんですよね」

「うん。わからないことがあったらなんでも聞いてね」

「ん? 今なんでもって」

「オリエンテーリングのことなら! なんでも! 聞いてね!」

 そんな大声出さんでも。

「石動。猫も」

 少し離れている二人を手招きする。声の調子を真面目なものに変えたので、猫も怪しまずに近づいてきた。

「オリエンテーリングの基本は無駄のない動線の選択だ。だから、舗装路で一番遠いチェックポイントの近くまで行って、そこから進んだ方がいいと思うんだけど、他の意見ある?」

「私は同じ意見」

「わたしも」

「近いとこから潰して行くのは駄目なのか?」

「これ、かなり近い」

 石動と猫が否やを出した。しかし、横目で見た高校生四人がにやりと笑ったことからもわかる通り、罠だ。

「地図上では近く見えるけど、実際に歩くとどれくらいかかるかわからないだろ? それに、そこは他のチェックポイントのほぼ真ん中だ。南へ行って、また戻って、北に行って……ってなる。移動距離が無駄に増えるんだ」

「お前、こういうのやったことあるのか」

「普通の山でだけどな」

 ま、年の功というやつだ。

 もっとも遠い最北のチェックポイントと、そこから一番遠い最南のポイントを線で結ぶ。

「ほら、同一直線上に他のチェックポイントがある。だからこう、北から南へ進んだ方が移動距離が短くて済む。簡単に言うと楽だよ。多分」

「よくわかんねえ」

「六年生でそれはまずいだろ」

 ちゃんと考えろ? せめて即答はやめろ。

「ワタシはわかった。それでいい」

「こう行ってこう……あ、ここの分だけ短くなるのか。俺もわかった」

 よかった、ちゃんと考えられたな。

「じゃあこのルートでいいか?」

「いーよー」

「賛成!」

「意義なし」

「よし! 行こうぜ!」

 こら、石動。一番悩んでおいて音頭を取ろうとするんじゃないよ。おい。こら。一人で先に進むな!


  ***


 これは完全に余談なのだが、今回の班は六年一組の第一班から順に「いろはにほへと」が振り分けられている。

 俺たちは「わ」組だ。

 しかしそんなわ組の中でずんずん勝手に先に進もうとする者が一人。まさしく「わ」を乱す行為だ。

「お前のことだぞ石動」

 一二三がすばやく確保してくれたからよかったものの、まだ整備された道があるとはいえ勝手に進むな。迷子になるだろ。

 一二三のどれか(真ん中だから二かな)に首根っこを掴まれて連れ戻された石動の顔は不満たらたらだ。

「なんでだよ。スピードが大切なんだろ?」

「それ以前に団体行動だ。一人で進むな。はぐれたら一巻の終わりだぞ。

 いいか? 山の中ではぐれたら誰が探すことになると思う。

 先生だ。

 だが先生だって人間だ。この広い、それも異界の山の中で、手がかりもなしに遭難者を探し出すことは不可能に近い。そうなれば、見つけてもらえなかった生徒は人知れず死ぬ。

 はぐれないようにしないといけないんだよ。それを学ぶための授業なんだ。わかるか?

 歩幅の差も考えろ。俺たちの中で一番体が小さいのは猫だ。見ろ、もう息が上がってる」


 小学生らしいといえばらしい石動の行動、普段なら笑って流せるが、山の中という危険な場所ではちょっと見逃せない。

 ましてここは異界だ。空の様子で薄々察してはいたが、先程の注意事項で先生に明言されてしまった。こうなっては認めざるを得まい。ここは地球ではないのだ。

 だから何が危険につながるかわからない。

 みどりちゃんが唖然としている。

「あたしたちが言わなきゃいけないこと全部言われちゃった」

天使あまつかだっけ。考え方が大人だな」「意外、でもないか。女子全員お手付きだもんな」「大人ってそっちかい」

 一二三が酷い。誰が嫌な意味で大人だよ。

 中身は二倍近いので、当たらずとも遠からじと言ったところだが。

「だから! ワタシは! 違う!」

 猫も全力で抗議している。

『実際、精神年齢は向こうより上だもんね』

 リアから苦笑混じりの念話。

 しかし遊び人呼ばわりについては正式に抗議したい。一体どこに目をつけているのか。

『美少女三人はべらせて女癖が悪くないって主張するのは無理があるよ?』

 だから猫は侍ってないって。

「見境がないのはむしろ子供っぽい……と言えるのかな……」

 みどりちゃん? フォローするならちゃんと最後までしてほしいな?

 っと。

「ここから山道に入るみたいだな」

 舗装路から逸れる形で、土が剥き出しの山道があった。

「猫、今のうちにちょっと水飲んどけ」

「ん」

 俺の水筒を受け取り、くぴくぴとスポドリを飲む猫。ちなみにコップが付いているやつではなく、直接飲むタイプだ。

「…………? ……あ。〜〜〜〜!」

 呼吸が落ち着いたところで、猫は持っているのが自分の水筒ではないことに気が付いた。瞬間湯沸かし器の如く顔を沸騰させ、手の甲で口を拭う。手に持った水筒をできるだけ遠ざけようとして腕をピンと伸ばしている。

「そのリアクションはちょっと傷つくぞ」

「ごっ、ごめ、でもこれかんせっ……、ワタシ自分の持ってる!」

「知ってる。あとまだ飲んでなかったから間接キスじゃないよ」

 言いながら、喉が渇く前に唇を湿らせておく。

「あーっ! 今! 今した!」

「俺は気にしない」

「ワタシが! するの!」

 ポカポカと小さい拳を振り上げる猫。全然痛くない。

 いつの間にか手から水筒が消えていたのでどこに行ったんだろうと見回すと、リアと桜が取り合いをしていた。喧嘩するなら返して?

 暴れる猫の髪と耳を撫で、腰砕けにしておとなしくさせる。

「では先輩、早速サポートお願いします」

「へ!? あ、うん、何かな!?」

「先頭に一人か二人、残りは後ろからついてくる感じで、俺たちの列を挟んでもらっていいですか?」

 こちらをじっと見つめてなにやらおののき顔を赤くしたみどりちゃんへ、山中行軍のための並びをお願いする。

 さすがは高校生、聞いた瞬間に意図が理解できたようだ。ぱっちりと開いた目の奥に愉快げな光が宿り、口がにんまりと弧を描く。

「先頭と殿ね。いいわ。先頭はあたしがやる」

「一人でいいんですか?」

「あいつらは三人揃ってる方がいい仕事するから」

 併用前提のユニットか何かでいらっしゃる?

「それじゃあ、リア──は、飛ぶのか。行こう、桜」

「あれぇ!?」

 エスコートしようと振り向くと、リアが両足を地面から離して浮遊していたので、桜の手を取る。

「せーくん!? 私、一人くらいなら抱えて飛べるよ!?」

「うん、気持ちだけもらうよ」

 同道者がいる中で一人だけ楽をするのはあまり気分が良くないし。

「あ、もしよかったら猫を抱えてあげて。ちょっと腰が抜けちゃってるから」

「せーくんのせいだよね?」

 そうだけど。

「わ、わたしもひとりで歩けるよ?」

「知ってる。でも山道は真っ直ぐじゃないし、木の根が張ってたりして危ないから。エスコートしたいなって。俺に桜の手を引かせて?」

 握った手を両手でささげるように持ち、無邪気めの笑顔を作る。

「そ、そう……なんだ。それなら仕方ない……ね?」

 桜は顔を赤く染め、俺の手を受け入れた。握った手の脈が速い。


「石動ぃ──!」「息……してない。し、死んでる!」「そうか……お前あの子のことが……。くっ、せめて安らかに眠れ!」

「死んでねぇよ!? げふっ」

「「「石動ィ────!」」」

 蘇生して即、照れる桜を目にしてしまった石動から再び魂が抜ける。元気だなあ。何かいいことでもあったのかね。

 そして高校生にまでも石動の気持ちがバレていた。やっぱわかりやすいよな。


 さて、いよいよ突入である。

「一! 二! 三!」

 点呼か? 違う。みどりちゃんが一二三を読んだのだ。

「後ろは任せたわよ!」

「おかのした!」「任された!」「傷病兵もいるしな」

 石動は傷も病も負ってな──あったわ。恋の病と心の傷が。そこに気付くとは、やるな。さすが高校生。

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