第20話 顔合わせデッキ発表ドラゴン

 オリエンテーリングは丸一日使うらしく、朝のホームルームを終えると即移動とあいなった。

 併設されている高校の──そういえば小学校校舎以外はわからん。多分高校の──校庭に集合するのだが、それぞれの校舎自体がやたらでかいもんで、まあまあ歩く。これ何クラスあるんだ? そもそも教室だって講堂風だったし、全体的に小中高というよりキャンパスの趣がある。

 そういえば俺はこの学校のことも何も知らない。

 何もかもがわからない状況で一気に情報を詰め込んでも余計わからなくなる。だから少しずつ学んでいこうと思ったのだが、実際に接する機会がこんなに早く来ようとは。

「こっちに来てから読みを外してばかりだな……」

 警戒すべき札がわからないものだから、どうにも後手に回る。遭遇戦は苦手なのだ。

「読みって?」

 俺の左腕にくっつく桜が首を傾げる。ちなみに右腕にはリアが抱きつき、すりすりと頭をこすりつけてきている。桜がリアに対抗意識を燃やしたのだ。歩きにくい。

「なんでもないよ。処理優先度のことを考えていただけ」

「あっ、バトルの話? 聞きたい聞きたい!」

 食いつく桜。腕にくっついた状態でさらに体を寄せてきたものだから、微かに柔らかいものが運動着越しに二の腕へ押し付けられる。

「いや、そういう話じゃないよ。初手から想定される警戒対象を読み違えて反省してるんだ」

「……?」

 桜はしばらく首を傾げていたが、ハッと表情を険しくする。

「まさか昨日、あの後石動くんと──」

「ああ違う、そうじゃないよ」

 桜の視点だとそう映るか。

 事実ではあるが。

 石動はデッキもプレイングも素直だった。警戒すべき札がわかっていたから、早々に『天使ハグメル』を構える選択肢をとれた。結局使わなかったけど。

「ごめんね、変な言い方した」

 クセになってんだ、カードに準拠した考え方。

「ちょっと身の回りがゴタゴタしててね。学校のこととか、色々考えることが多くて」

「え……」

 桜が足を止めてしまう。体が離れてしまったので、自由になった腕で腰を抱く。

「ひぅ!?」


「ゲフッ」

「い、石動が吐血を!」

 後ろで班員がなんか騒いでる。


「ひ、聖くん転校するの? んっ……」

「しないしない。なんていうのかな……少し難しいんだけど、さっき桜、進学のこと言ってただろ? それで、俺たちもう6年生だなって思ったんだけど、考えてみれば学校のことあまり知らないなって。

 ほら、校舎が広いだろ? 行ったことないところが結構あって、勿体ないな、とか。そんな感じ」

「ん、ふ……そ、そういえば、わたしも食堂や図書館は、あっ、使ったこと、なっ……もう! だめだよこんなところで!」

 世界線を越えてきたなんてことを言うわけにもいかないので、当たり障りのない話で誤魔化しつつ桜の柔らかい体を堪能させてもらったところ、腕の中から逃げられてしまった。

 ……図書『館』? 図書室ではなく?

「じゃあ次からは人がいないところでするね」

「それならよし! ……あれ?」

 首を傾げる桜。何かおかしいと気づかれる前に手を引いて歩みを再開する。


「待って! 待って三人とも! 石動が息してない!」

 なんだよ世話が焼けるな。


  ***


 高校校舎の校庭が半分ほど人で埋まっている。言うまでもなく俺たちだ。

 クラス単位で固まっているおかげで数えやすい。ひぃ、ふぅ、みぃ……小、高共に6クラスずつか。多いな。かつて通っていた学校の倍だ。どちらも。

 小中高一貫のマンモス校……ワープゲートのことを考えると、もしかして日本全国から集まってるのか? いや、だとしたら逆に少なすぎるか。


「今回のオリエンテーリングは高校と小学校の合同で行います。

 小学生の皆さんは、山に入るのは初めてですよね。中学に上がると、山の中で行う授業も増えます。この行事では、高校生と一緒に異界の山の散策に慣れてもらうことを目的として──」


 整列した生徒たちの前で、知らない先生がオリエンテーリングの趣旨や注意事項をみんなに伝えている。

 高校生側はだいたい真剣だ。自分より小さな命を預かる自覚がある。小学生側は……まあ、まだ子供だな。結構大事なこと言ってんだけどな。

 整列は班単位だ。この後の行動をスムーズにするためだろう。しかしうちの班は未だに五人しかいない。

「病欠だったか……? でもホームルームの時にはいたよな?」

 そもそも顔を知らないわけだが。

 手が勝手に大熊を捕まえて髪を梳きはじめたので好きにさせながら尋ねる。答えたのは石動だ。

「雨龍のやつは別の班に仲のいいやつが固まってるからな。多分そっちだろ」

 なーるほどー。集団行動できないタイプかー。

「ならそっちにいてもらうか。どうせ後で先生に叱られるだろ」

「お前そういうとこ結構ドライだよな……」

 苦虫を噛み潰した顔をしている辺り、昨日の件では自分も同じカテゴリに分類されていたと気付いているらしい。

 リアと桜? 桜は俺と大熊を引き剥がそうとしてるよ。リアは俺の背にくっついて首筋をはみはみしてる。

 いつの間にか俺は大熊を引き剥がされないよう小さい体に腕を回し、肩にかかった毛先をつまんで首筋をくすぐっていた。どうもこの体、俺の意識がよそに向いていると、染みついた動作を勝手に行うらしい。

「あ、あっ、こら、触ってる、触ってる! やめ、くびっ、だめぇ」

「聖くん! にゃーちゃんにイタズラしちゃメッ!」

「二人ともちゃんと先生の話聞きなよ」

「誰のせいだと!」


「そこ! 私語は慎みなさい!」


 普通に怒られた。


 先生の話が終わったので移動開始。高校生組と合流する。

 話がしづらいので大熊を腕から解放。ジャージ姿の女子高生たちに向かって一直線に逃げる大熊。

「おいあいつ今……」

「あんな堂々と……」

「これが今の小学生……それに比べて俺たちは……」

 戦慄している男子高校生たち。

「こら、キミ! 女の子いじめちゃダメじゃない!」

 涙目で後ろに隠れた大熊にジャージをつかまれた少女が怒る。

「いじめたというか、もてあそんだというか……」

 桜が複雑な表情で返す。

「余計悪いよ!?」

 そりゃそう。

「というかあなたたち、なんでくっついてるの?」

 首を傾げるJK。桜とリアは再び俺を左右から挟んでいる。

「え? わぁ!」

 聞かれて、人前でくっついていることに気付いた桜が俺の隣から飛び退く。

「私はせーくんのものなのでー」

 しかしそのリアの答えで口をへの字にし、再び腕に抱きついてくる。

「堂々と二股!?」

「いいや風凪、そのちみっこも合わせて三股だ!」

「ワタシは違う! イタズラされてただけ!」

 風凪と呼ばれた高校生少女に抱きつく大熊が真っ赤な顔で吠える。なんのフォローにもなっていない。

「この歳でエロ魔王なの……? 顔は王子様みたいなのに……」

 ショックを受けた様子の風凪ちゃん──さん? なまじ中身が年上なだけにどう呼んでいいのか迷うな。

「って、あれ?」

 女子が風凪ちゃん一人だけだ。四人班か?

 他の班を確認。所々五人組がいるけど、高校生側は概ね四人組のようだ。

「あのー、おねーさんたちは四人だけですか?」

 リアが挙手して尋ねる。

「そうだよ。こっち高校生側は大体そう。そっちも五人班なんだね。六人って聞いてたんだけど」

「あ、それは」

「そうなんですよ」

 実は人数が足りないことを言い出そうとした石動を遮り肯定する。今更他所の班にいるメンバーを探して連れ戻すのは手間だ。

「人数が揃ったところで出発しませんか? 俺は天使 聖っていいます」

「エクセリアです。せーくんの運命です」

「運命? ってことはユニットなの!? すごいね、全然見えないよ。普通に人間だと思った」

「リアちゃんは天使族なんです」

「ってことはデッキも天使か?」

「あー、っぽい」

「どおりで小学生にしては手つきがエロいと」

 桜の言葉にしたりと頷く男子高校生ズ。上等だ表出ろ。久しぶりにキレちまったよ。誰がエロだ。天使はイラストだけのカード群って言いたいのかあぁん?

「落ち着いてせーくん。あの反応、相手は童貞だよ」

 いや俺もだが? 小学生に戻っている以上俺も童貞だが?

「ど、どどど童貞ちゃうわ!」「おっと、心は硝子だぞ」「小学生がそんな言葉を使うなよ。興奮しちゃうじゃないか……♡」

 こいつら女子に近づけない方が良さそうだな。

 桜が俺から離れてぺこりと一礼する。

「わたしは巫 桜。デッキは太陽神です」

 えっデッキ言うの?

「石動 堅地。デッキはゴーレムだ」

 敬語使え初対面の年上だぞ。あとお前そんな名前だったのか。

「大熊 猫。デッキは──」

「パンダ?」「パンダだな」「字面がもうパンダだ」

 やっぱパンダだよな。

「パンダって言うな!」

 男子高校生のジェットストリームパンダに怒る大熊。言わなくてよかった。

 桜とリアの拘束を抜け出し、少なくとも四つは年上の男たちへ突撃を敢行しようとする大熊の肩をつかまえ指で耳を撫でながら囁く。

「猫、デッキ」

「ひっ」

 ──うん? 「大熊」と呼びかけようとしたのに、口が勝手に下の名前を呼んだ。どうやら俺は彼女のことを「猫」と呼んでいたらしい。

「あっこら!」

 俺の接触に気付いた風凪ちゃんに引き剥がされる。期間限定優秀なセコム。

 大熊は赤く染まった耳を押さえて振り向き、不満気な顔で視線を校庭の砂に投げた。


「……四柱推命」


 四柱推命!? 今『四柱推命』って言いました!?

 構築段階から気をつけてもプレイ難易度がアホほど高いあの四柱推命!?

 マジかよ俄然猫に興味出てきたわ。だから『俺』この子のこと下の名前で呼んでたのか。


  ***


 『sorcery-ソーサリー-』のデッキを組む時、構築の基準になるのはカードの情報だ。


 ひとつ、色。

 カードの縁取りの色だ。カード情報の中でもっとも視覚的にわかりやすい。

 色はマナの支払いや共鳴で参照されるため、揃えた方が事故を起こしにくい。


 ひとつ、魔法系統。

 『sorcery-ソーサリー-』は魔法がコンセプトなので、『陰陽道』や『神聖魔法』のように、そのカードが属する魔法系統が設定されている。系統が同じカードは戦術が共有しやすく動きやすい。桜のアマテラスは『神道』の系譜のためここに分類される。

 カードの右下、エキスパンションとレアリティの上に枠入りで記載されている。


 ひとつ、種族。

 ユニットカードと一部のオブジェクトカードが持つ情報で、そのキャラクターの種族を表す。カード効果で指定されることが多く、魔法系統を跨いでデッキを組むことも可能だ。俺の天使デッキもここに分類される。

 カードの中央、カード名の隣に記載されている。


 ひとつ、名称。

 カード名は、カードの中央に記載された、一番大切な情報だ。

 いくつかのカードは名前の一部に共通した部分を持つ。例えば石動が使った『人造守衛ガードム』と『人造門番ゲードム』は『人造』の部分が共通している。これを『名称』といい、名称を共有するカード群は同じ効果を共有できるグループと見なせる。種族サポートと同じく、支援効果の質が高いものが多い。


 ひとつ、効果。

 カード名の真下、カードの下半分に記載されている。俗に言うカードテキストだ。

 単一のユニットが持つ強力な効果を最大限活かすためのデッキになる。石動の『棄造人デスペラード』などはまさにそれだ。他にはGSグッドスタッフ──テーマ関係なくある程度のシナジーを持つ強力なカードでまとめたデッキ──もこれに該当する。


 これら五つのどれか、または複数を組み合わせたものが、『sorcery-ソーサリー-』のデッキ構築の軸となる。


 また、カード情報にはこれらの他に、主にバトルで参照するカードごとの戦闘力パワーと、カードのストーリーを匂わせるフレーバーテキストが左下に記載されている。


  ***


 『四柱推命』は、魔法系統を軸にした、緑と青の二色デッキだ。マナの数、ライフの数、トラッシュ、フィールドのコストという四つの柱を参照しながらお互いのデッキトップを操作し、未来を操る。

 見せてもらおうか、四柱推命デッキを握るパンダ娘の実力を。

 まあ今からオリエンテーションなので、またの機会にだが。

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