第50話 この物語はホビアニ換算でおおよそ1話に1バトルくらいの感覚でお送りしております
「そういえば、まだ自己紹介をしていなかったな。俺は駒込
カードクエスター! 異世界マギ・ソーサリスで未知のカードを探し求める冒険者!
「では俺も改めて。天使 聖です」
再度名乗りながら、手早くデッキのカードを入れ替える。今度はラビエルが控え。デッキにはフィギュエルを入れる。
「いつもそうやって直前で調整するのか?」
「さすがにいつもじゃありませんよ」
これは事実だ。ここ数日常にやってるような気がするから信じてもらえないかもしれないが、俺が天使デッキを使う時は常に大一番、集めた相手の情報から事前に対策を仕込んだ構築で臨んでいる。
そもそも天使デッキは遭遇戦に向いていない。俺が即興で組み替えられたのは、相手の戦術に対応する構築のテンプレートがある程度あるからだ。
じゃあなんで使うのかって? 好きだからだよ。
とはいえさすがにそろそろ即興構築も無理が出ているし、別のデッキの錆落としもしたい。帰ったら他のデッキを出そう。
「実はさっき、別のお店でパックを剥いてまして。新しいカードは試したくなるものでしょう?」
「……なるほどな。ただの色狂いのガキってわけじゃなさそうだ」
「待って前提がおかしい」
なにがどうしてそんな印象を抱かれてるんだよ。思わず敬語崩れちゃったじゃねえか。
カードを入れ替えてデッキを置くと、プレイシートが発光した。
俺のターンからか。
「4コストでスケープ『黄金の大聖杯』を配置」
「マジック化するユニットを軸にしたコンボデッキか。ガキのくせに捻くれたやつだな」
やはり見抜いてくるか。
この世界線の記憶を思い出してみると、運命を持つ人間、すなわち魔法使いは、幼い頃から『sorcery-ソーサリー-』に触れて育つようだ。なら、年齢はそのまま経験値と言っても過言じゃない。初動でデッキタイプを見分けるくらい、そりゃあ朝飯前だろう。
……まあ俺に限っては、実体化した運命が常にそばにいるのもある気がするが、リアを蔑ろにしてまで勝ちに行く気はない。そんなことをしてしまえば本末転倒、勝利の価値は地に落ちる。
一番大切なものを、一番大切にする。単純なことだ。
バトルフィールドが振動し、巨大な金の
「────────?」
平衡感覚が消えた。
バトルフィールドでのバトルは魔力を使用しているせいか、カードを使用するごとに体の中から何かが抜けていくような感覚がある。
しかし今のは、いつもより強烈だった。パンクしたタイヤになったみたいな気分だった。
たった一瞬だ。
しかしたしかに気分の悪い浮遊感が俺の身を宙に投げ出した。
……気分が悪いな。集中が途切れた。
ターンが移る。
***
「メインフェイズ。青染色。スケープ『ギュルヴィたぶらかし』を配置」
駒込氏の背後に、椅子に座る一人の男と、その前に立つ三人の男を描いた油画のようなイメージ像が浮かび上がる。
『エッダ』のカードだな。
北欧神話を記した文書群をモチーフとしたテーマで、元ネタは13世紀に記された詩の教本である「エッダ」。
北欧由来のテーマをひとつのデッキに纏める効果を持ったカード群で構成されているが、言ってしまえば「北欧」系カードの汎用サポートなので、大抵は一部を出張採用されることが多い。
「自分のデッキを上から3枚オープン。その中の、種族:北欧神を持つユニットカード1枚と、コスト4以上の青のスケープカード1枚を手札に加える。残ったカードはデッキの上か下だけに戻す」
サーチ範囲が広すぎるんだよなぁ。
「『隻眼のアルファズル』と『燃え盛るムスペルヘイム』を手札に。残った『守護のルーン』はデッキの下に」
アルファズルとムスペルヘイムが同居しているってことは、正しく『エッダ』、北欧GSとも言えるデッキテーマの通りの構築か。
***
第三ターンは俺。
「メインフェイズ。マナ染色して『天使デュナミス』を召喚」
空に一閃の光が走り、新たな天使がフィールドに降り立つ。
『天使デュナミス』。奇跡を司り、人々に勇気を与える天使。
切り揃えられた銀の髪。くるぶしまである黒いスカート。灰色のシャツとケープ。胸元と手首の赤がアクセントだ。
「……ッ」
また世界が揺れた。
耳の奥で甲高い音がする。
「デッキを上から3枚オープン、その中のマジックカード1枚をノーコストで使用できる。残ったカードはデッキの下に戻す。
──『エンジェルサイン』を使用。デッキ下から1枚ドローし、天使がいるので相手のスケープの色と効果を次の俺のスタートフェイズまで抹消する」
マジックが天使の名を記した。力ある名前の光を受けて、駒込の背後に浮かぶ油画が色褪せる。
「『ギュルヴィたぶらかし』は配置時で仕事の大半を終えている。あまり意味ないぜ?」
「次のターンへの布石ですよ」
とは言うものの、実質選択肢などあってなかったようなもので。
残りの2枚、『帰依』と『エンジェルズラダー』をデッキ下に戻してターンを終える。『天使シエル』が手札にいればもう一手動けたんだが、やっこさん最近酷使してたせいかストライキを発動していやがった。「絶対に働きたくない」という強い意志がデッキの中腹辺りから放たれている。
システムから見た運命ってやつは正直随分勝手が良すぎるとは思っていたが、なるほど、ユニットが一個の人格でもあるならこういう事態も起きるわけか。
頭が痛ぇ。
***
「とはいえスケープを止められると俺もキツいんだよな、っと。1枚チャージしてドローフェイズ」
駒込氏は嘯いて山札を引く。
「メインフェイズ。まずはマナを染色。そして『ヴァルキューレ・ロタ』を召喚。
召喚時効果で自分のデッキを上から3枚見て、その中の1枚を裏向きでトラッシュに置く。残ったカードはデッキの下に」
…………『終末戦争』へのラインがあるのか。面倒な。
「ヴァルキューレ」ユニットは、デッキトップ3枚から1枚を選定してトラッシュに送る共通効果を持つ。
この時トラッシュに送られるカードは裏向きになる。『トラッシュ』という公開領域に、非公開情報のまま置かれるのだ。
そしてそれらのカードはマジック『終末戦争』の発動と共に一斉にフィールドへ湧き出てくる。
現在の俺のデッキはアマテラス環境に合わせて調整したものがベースなので、単体対処が得意な反面、複数ユニットでの数押しに対するガードが下がっている。
完全に不利対面だ。困った。
丸盾と大槍を携えた背の高い甲冑姿の女性が天から現れる。
ヴァルキューレ。死者を選定しヴァルハラに導く戦乙女だ。
「バトルフェイズ。『ヴァルキューレ・ロタ』でアタック」
カードを1枚プレイしただけで即座にバトルフェイズに移る駒込氏。
『ヴァルキューレ・ロタ』は3コストだが、内2つは青マナが必要だ。青は低コストでも色マナを複数要求するファッティ(本来はコストが大きい大型のこと。『sorcery-ソーサリー-』においては色マナの要求数が多いカードも指す)が多い。
『エンジェルサイン』のスケープ漂白、無駄にはならなかったみたいだな。
ヴァルキューレが盾を構えて突撃してくる。迎え撃つ天使は腰を落として受け止めるも、勢いを殺しきれず大きく後退、地面に轍を刻む。
「アタック時効果で1体バウンス。お前の『天使デュナミス』を手札に戻す」
盾でデュナミスを打ち上げる戦乙女。デュナミスはその勢いを利用して空に逃れ、天使の羽を広げて滞空。腕を交叉させて光を放ち、投擲された槍を破壊する。
しかし飛べるのは相手も同じ。光で生まれた死角を突いて灰銀の天使を急襲し、小柄な体をタックルで吹き飛ばす。
「デュナミスは戦線を離れる時、新たな光を呼び寄せる!」
『天使デュナミス』第二の効果。フィールドを離れる時、自分のデッキを上から、種族:天使を持つユニットカードが出るまでオープンし、そのカードを手札に加えることができる。
また、これらに加え、『天使デュナミス』には赤または青のカードに条件を無視して【進化】できる効果もある。このデッキでは使わないけど。
「へえ、後続を用意できるのか。抜け目がねえな」
興味深そうな駒込氏。未来のカードを取り扱っているのに知らないのか? どうして?
疑問は一度脇に置き、デッキをオープンしていく。
「まず1枚目、『エンジェルギフト』。2枚目、『魚天使ガギエル』。ガギエルを手札に」
残ったカードはデッキの下に戻す。手札交換が落ちたのが痛い。
補充要員もあまり良くない。『魚天使ガギエル』は【潜水】持ちだが、今手札に来てもバリューが薄い。
即興調整を繰り返したツケが回ってきたみたいだな。昨日一昨日と、帰宅後は就寝までリアといちゃついて、デッキを触っていなかった。ここまで上手くいっていたのが奇跡だ。さしずめ幸運の揺り返しか。
灰銀の天使がフィールドから姿を消し、プレイシートからカードが弾かれた。
宙を舞うカードをキャッチし、手札に加える。手札戻しだとこんな挙動になるのか。
「ライフで受ける」
戦乙女が俺に盾を叩きつけ、ライフが1つ割れる。
「ウッ!?」
頭の芯を殴りつけるような衝撃。視界が酷く揺れる。指先に甘い痺れ。
なんだか酸欠に陥ったような感覚だ。子供の体に戻った分、体力は有り余っているはずなのに。
対面に立つ駒込氏が顔を顰めた。
「……おい、バトルフィールドが揺らいだぞ。お前、魔力欠乏起こしてんじゃねえか?」
「…………? 魔力、欠乏?」
「自覚ねえのかよ……。いいか? 魔力ってのは精神体の酸素みてえなもんだ。酸素が呼吸で体内に取り込まれて血液で全身に巡るように、魔力も外界から取り込まれて精神体を満たす」
それはリアから聞いた。
「運動すると酸素が足りなくなって息が荒くなるだろ? それと同じで、短時間に魔力を使いすぎると体が魔力不足になんだよ。
……四体の運命を全員顕現させてたんだもんな。そりゃあそうなるだろうってのに。考えが至らなかった俺のミスだ。悪い」
バツが悪そうに頭をかく駒込氏。
どうしてそうなる? バトルを受けたのは俺だろう。
「お前まだガキだろ。こういうのは大人の責任なんだよ。カントク責任ってやつ。というかお前、よくここまで平気だったな?」
「あー、みんなを喚ぶのは特にしんどいとかないです。どっちかっていうと、多分一つ前の店でもバトルしたからじゃないかと」
「は? ……ひょっとしてそっちも決闘戦か? 馬鹿じゃねえの!?」
馬鹿とはなんだ!
「公式大会がなんで複数日に分けて開催されるのか知らねえとは言わせねえぞ!? 卓上対戦ならともかく、決闘戦はバトルフィールドの維持だけでも魔力を使う。対戦内容によっちゃ、大人だって日にそう何度もできねえんだ。まだ体の出来上がってねえガキならなおさら……待て。お前、決闘戦を一度こなした上で四体も召喚しっぱなしにしてたのか!?」
そうだ、喚びっぱなしだ。
オヴザーブとのバトルが終わった時、リア以外は魔力消費が多いからバトル直後は喚べないって言ってたような。
でもメタトロンもラビエルも、悠里との決闘直後に出てきてたし、フィギュエルなんてずっと胸ポケットにいたぞ?
──直後ではないですよ? ちゃんと一息つくくらいの時間は開けました。昨日だって、ちゃんとバエルを喚べていたじゃないですか。
あ、メタトロン。
そういえばそうか。あの時バエルを喚んだのはバトルの後。オヴザーブとの戦闘の記録を消そうとする魔の手から逃れるために喚んだのだ。
つまりあくまで文字通り「直後」がだめなのか。
──全力疾走で息切れして立ち止まっても、すぐに息が整ったりしないでしょー?
リアまで。
でもなるほど、息が整えばまた走れるってことでいいのかな。
そういえばラビエルは?
──今回はデッキに入っていないから、今は話せないよ。
今は、って、バトル中だから? デッキにいないとダメってことか。
「おいお前、えーと、天使っていったか。今日これで何戦目だ?」
「まだ二戦目ですけど」
「じゃあここ数日はどうだ」
「三日前から数えて五戦目ですね」
「一個前の決闘戦でライフ何個割られた?」
「ひぃ、ふぅ……たしか9ですかね」
素直に答えると、駒込氏は痛そうに頭を押さえた。
「戦いすぎだ、馬鹿。すぐに休め」
「戦いすぎ……って。言っても五戦ですよ?」
「それ全部決闘戦だろ」
「ですけど」
「あのな、そんなに連日魔力を大量に消費してたら体が休まらねえんだよ。
筋肉を酷使、あー、休ませずに使いすぎたら破断するだろ? 超回復ってやつ、巷にゃあれに夢見てる連中が一定数いるけどよ、何も考えずに使い込んだら壊れちまう。人間の体ってのはそういう風にできてんだよ」
超回復というのは、傷ついた筋繊維が治るときに元の状態より強くなる現象のことだ。もちろん「適切な休養と栄養を摂取することで」という但し書き付きの話である。
「魔力も同じだ。無理な使い方を続けると、魔力を放出する体の機能が壊れる。そうなると当然魔法は使えなくなるし、本来外に逃げていくはずの余剰魔力が体に溜まり続ける。これが魔力不全ってやつだ」
魔力不全。リアが来がけに言ってたやつか。
「魔力不全は不便だぞ? 魔力を体の外に出せないから魔力払いができねえし、最低でも月二くらいの頻度で透析が必要になる。そうなりゃ旅行にも行けやしねえぞ。わざわざ好き好んでなるようなもんじゃねえ」
透析……機械か何かで人工的に体から排出するのか。
「限界まで魔力を絞り出すのも良くねえ。そういう生活を続けてっと、その状態を体が覚える。魔力枯渇が癖になって、魔力を体に留めておくことができなくなるんだ。
魔力漏出っつって、外から取り込んだ魔力が体内に溜まらず漏れていく。
『sorcery-ソーサリー-』って、
魔力漏出が起きると、保持できる魔力がこの最低限を下回る。マナゾーンのカードが3枚を下回ると考えれば早い。0になったら死ぬ。気ぃつけろ」
駒込氏は滔々と俺に言い聞かせる。粗雑な口調とは裏腹に、無茶をする子供を叱る義務感を持ち合わせた良識的な大人だった。
というか、さらっと死ぬって言った?
まあそうなるか。魔力が精神の酸素という例えに則るなら、息をしても酸素を取り込めない状態ってことだもんな。エラを取られた魚だ。
「つーわけで、このファイトはここで切り上げる。文句ねえな?」
「わかりました」
せっかく天使たちと会えたのに死にたくない。生゛き゛た゛い゛っ゛!
しかし駒込氏は一度も「なぜバトルを受けたのか」とは聞かなかった。やはり生粋のカードバトラーなのだろう。売られた勝負は受けて立つ、そういう生態をばっちり理解しているのだ。……ああ、だから自分のせいだと言ったのか。
バトルフィールドがかき消え、古めかしい店内に戻ってくる。店内を静かに照らす暖色の灯りが
弾けて
漆黒の異形。襤褸切れを被っている。隙間から覗く無数の目。土の臭い。
照明が明滅した一瞬で音もなくそこにいた。くらやみを切り取ったような底の見えない真っ黒い闇が、たった一歩の距離に。
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