第53話 やっぱニチアサはないとだめなんですよ
決闘戦に負けると一時的に魔力が空になるらしい。とは言っても息切れのようなもので、少しすればまた魔法を使えるようになるそうだ。
この段階ではまだ魔力枯渇とは呼ばず、単に魔力切れと言う。
魔力枯渇は呼吸不全に相当する症状であり、過呼吸を起こしているような状態であるようだ。魔力切れ状態で無理に魔力を使おうとすると起こりやすくなるということだが、息が切れているのに全力疾走を続けようとしていると考えれば、それはたしかにそうなるだろうと頷ける。
この魔力切れのシステムを応用したのが、昨日目撃した逮捕劇。即ち『やつをデュエルで拘束せよ!』である。
卓上でのバトルはみんなデュエルだとかファイトだとか好き勝手に呼んでいるけど、魔法使い同士がバトルフィールドを展開して行う対戦は『決闘戦』を正式名称としているらしい。非魔法使いがホルダーを使ってバトルフィールドを生成しても、そこで行われる対戦は『決闘戦』としては扱われないんだとか。コンマイ語か?
さておき、決闘戦におけるライフはプレイヤーの魔力から生成されており、これを削り切って勝つと相手は魔力切れになる、ということらしい。
つまり、決闘戦でライフを10も削られれば普通の魔法使いは魔力切れを起こすのだ。駒込氏が言っていた「対戦内容によっては大人でも日に何度もできない」というのはそういうことらしい。息を整えても疲れは溜まる。
で、この魔力。当然といえば当然ながら、対戦外での魔法の使用やユニットの顕現にも使われている。
では、悠里との決闘戦でライフを9も削られた上で、駒込氏の店まで複数人の天使を顕現させていた挙句二戦目に突入しようとした俺がどうなったかというと。
疲れてぐっすり眠ったことで、とても気持ちのいい目覚めを迎えていた。
本日は日曜日。好きなだけ惰眠を貪っても何も問題ない日だが、体が若いせいかもう完全に目が覚めている。
とはいえ現在時刻は八時二十分。やや寝坊した感は否めない。
リアももう起きているようで、布団の中には俺一人だった。
着替えてリビングに降りる。そこで俺が見たのは、望洋とした目でテレビを眺める俺と同じ顔の少女、アズ。そして液晶画面に流れる仮面ドライバーの次回予告だった。
……………………おかしい。このシリーズの放送は九時からのはずでは…………?
「せーくんが宇宙猫になってる」
「今日はお寝坊さんだったわね。おはよう、聖」
俺が起き出してきたのを見て、ルナエルが朝食を温め直してくれる。反射でおはようと返したが、完全に上の空だった。
「せーくーん。起きてるー?」
「リア……俺たちはとんでもない世界に迷い込んでしまったのかもしれない」
「大袈裟だよー。というか、忘れてるでしょ。この時代は時間帯が違うよ?」
「あ、そうか」
そうだった。平成の終わり頃に放送時間が後ろにズレたんだ。忘れてた。この時代はまだ平成だ。
そういえば、変更後の時間割だと今の時間ニュースになるから少し長めに寝てられるって当時思ったんだっけ。
リアが引いてくれた椅子に腰掛け、朝食の席につく。
アズはまんじりともせずにテレビを見つめている。仮面のヒーローに引き続き、真のプリンセスを目指す三人の物語を視聴する腹積りのようだ。
「アズ、いつから観てるの?」
「わかんない。私が起きた時にはもうテレビの前に陣取ってたよー」
「アズちゃんならニチアサの最初から見てるわよ」
それを証言できるということは、ルナエルはそれより前に起きてたということになる。惰眠を貪っていた我が身を呪わざるを得ない。
「気にしなくていいのに」
「感謝を忘れたら人は獣に成り下がるんだよ。この幸せはみんなのおかげだもの。ちゃんと感謝させて」
「あら。だったら恩返ししてもらっちゃおっかな。今日はお買い物でもしようと思ってたんだけど、ついてきてくれる?」
「もちろん」
というわけで、本日はルナエルとデートする運びとなった。
「ん? 待って? ずっとテレビ見てるってことは、アズ、朝ごはんは?」
「うーん……用意はしたんだけどね」
『
「うわ」
アズが突然フクロウのように振り向いた。つまり首だけでこちらを向いた。怖!
『
「ああうん、おはよう……?」
事情を知らなければ俺の双子のきょうだいにも見えそうなこの天使は、カードから生まれたラビエルたちと違って元が実体なので、必要がなければこうしてカードに入らないでいることができるらしい。昨日から自由に家の中を歩き回っている。
生まれたところに立ち会っていたので見てはいたものの念の為確認したけど、俺と顔が同じだけでやっぱり女の子だった。
曰く『
「アズちゃんも一緒に行かない?」
『
「キッズタイムなら九時で終わるよ」
アズは愕然と目を見開いた。
『
「チャンネル変えれば十一時までアニメあるけど。たしか」
『
「九時までだね。毎週一話放送されるの。次は来週。七日後」
『
そんなに。
『
「やった♪」
指先を合わせて喜ぶルナエル。かわいい。腕に挟まれた胸が柔らかく形を変える。
「じゃあお出かけ用の服を用意しないと。してみたかったのよね、双子コーデってやつ」
「ルナエルとアズならリンクコーデって言うんじゃない?」
親子(ではないが)で統一感持たせるコーディネートならたしかそう言うはず。にわか仕込みの知識だけど、カードゲーマーとしては口に馴染みのあるワードなので覚えていた。アローヘッド確認しなきゃ。
「なに言ってるの。着るのはあなたとアズちゃんよ?」
ですよねー。
「それ実質ペアルックじゃんやだーっ! それは恋人の特権なのーーっ!」
おっとリアが荒ぶり始めた。対するルナエルは大きな胸を張って威嚇する。
「いいじゃない。アタシたちだって聖の
「ぐぅうううーーーーっ! なら私がするーーーー!」
「リアちゃんは昨日したでしょ! 今日は別の子の番!」
お母さんか? お母さんだったわ。
そっとソファに退避すると、アズが表情の読めない顔で聞いてくる。
『
「そんなことはないよ」
あっでもそのフクロウみたいな首の捻り方はやめてもらえると嬉しいかな。
「聖がクラスメイトに手を出すのは黙認してるでしょあなた!」
「しょうがないでしょ向こうは人間だもん! でも
「へぇー。だったら一番の余裕ってものを見せるべきじゃないかしら?」
「にゃにぃー!?」
「王者には王者の振る舞い方があるということよ。あなたが聖の隣にこだわるのは、自分に自信がないからじゃないの?」
「そんなことないもん! せーくんが一番好きなのは私だもん!」
「だったら、仲間が聖とペアルックするくらい何も問題ないわね? 誰を愛してもどんなに汚れても、最後には自分のところに帰ってくるって信じてるんでしょう?」
「……それもそうだね」
リア……見事に丸め込まれて……。
『
「本当」
『
「顔が同じだからね……そういうことにしておいた方が怪しまれないとは思う」
急に双子のきょうだいが生えてくるのもそれはそれで怪しいけ、
『
──ど?
「えっどういうこと」
『
それはたしかにそう言ったが。
『
そんなカードテキストを書き換えるみたいな気軽さで弄れるものなの!?
端末とはいえやはり死を告げる天使。その力の底知れなさに戦慄していると、リアとの決着をつけたルナエルがパンッと手を叩いた。ニッコニコである。
「さ、お出かけの準備をしましょうか。聖、アズちゃん、こっち来て頂戴」
***
というわけで渋谷にやってきたのだ。
なんで?
「ルナエ──母さん? なんでわざわざ区内に?」
食材ならスーパーでいい……というか食品なんてわざわざ遠くの店で買うようなものではない。食玩やウエハースの類は別だが。あれ場所によっては入荷すらしないからな。
流行りのおもちゃとかにも同じことが言えるけど、そういうのが目的ならまず渋谷には来ない。
だから目的は服とかなんだろうけど、にしてもわざわざこんな遠くまで足を伸ばす必要あった? ユニクロもしまむらも地元にあるじゃん……!
おかげでルナエルの名前をうっかり呼びかけた。余計なトラブルを避けるために外では「母さん」呼びを徹底するつもりだったのに、いきなり失敗だよ。
ちなみに移動手段は電車である。我が家には車がなかった。前の世界だとあった気がするんだけどな。ユニットが免許取れるのかは知らないけど。
「だって一度自分の足で歩いてみたかったんだもの。アタシがカードだった頃、何度か来てたでしょう?」
渋谷に足を運ぶようになった頃は、まだルナエルをデッキに入れていた。でも程なくして抜いてしまったはずだ。なのに、その数少ない機会に見た景色をずっと覚えていたのか。
『
前の世界の話を持ち出したルナエルにアズも反応する。運命の繋がりで俺の過去を閲覧したのかな? そういうのもわかるとは。
自由に動ける足を手に入れたら、色々と行きたくなってしまうけど、やっぱりまずは憧れの場所だよね。
俺も、高校に上がったらバイクを買って風の街にあるビリヤード場を一目見に行こうと思ったもんだよ。免許取れる歳になる前に老朽化で取り壊されたけど。
そう考えると、機会をつかみ取れたルナエルへ、優しい気持ちが湧いてくる。
「一緒に色んなところに行こうね、ルナエル。そうだ、後で表参道か明治神宮にも行ってみる?」
「それもいいわね!」
ルナエルは右手で俺、左手でアズと
なおリアは言葉巧みに誘導されて本日はお留守番だ。リアとここまで離れ離れになるのは俺の主観上初めてなので、少々、結構、とても、かなり寂しい。繋がりを通してリアの存在を意識してみると、どうやら家でひとり「騙されたー!」と荒ぶっているみたいだ。
「というか、母さんたちってカードの頃から意識あったの?」
「イエスでもあるし、ノーでもある、かしらね。意識が連続している自覚はあるけれど、カードだった頃から今みたいな自我があったかと聞かれると、実はわからないのよ」
眉をハの字に寄せるルナエル。
周りにいた男が何人か近づいてこようとしたが、両脇の俺たちを見て苦々しげに去っていった。
「そっか。まあ、今こうして一緒にいられるんだからいいや。それで、今日のお目当ては?」
「んー。実は、特にこれって決めてたわけじゃないのよ。だから、とりあえずウィンドウショッピングね」
『
身も蓋もないことを言うアズ。そんなこと言っちゃいけない。
──この頃はまだ駅が改築前だったので少し迷ったのは余談である。
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