第10話 それはそれとして
「あ、あのっ! もう大丈夫だから!」
桜をお姫様抱っこで保健室に輸送していると、貨物が腕から脱出を試み始めた。
「暴れると落ちるよ?」
「落ちないように降ろしてくれると嬉しいな!?」
「もちろん。ただし配送先は保険室のベッドであります」
「そうじゃなくて! もう立てるよぉ!」
「さっきもそう言って転びかけただろ?」
「そ、それはそうだけど……でも本当にもう大丈夫だもん!」
胸の前で小さな両手をキュッと握って主張する十二歳。かわいい。
「んー。どの道保健室には行かなきゃだよ。授業抜けてきちゃったから退避しないと。せっかくだから最後まで運びたいな」
「えぇー……?」
戸惑いを浮かべ、居心地悪そうに身じろぎする桜。しかし顔を見ればわかる。心の底から嫌がってはいない。あくまで格好を恥ずかしく思っているだけだ。
「運び方を変える? でも俺は、こうやって桜の顔を見ながら運ぶほうが好きだな」
「……聖くん、誰にでもそういうこと言ってるの?」
柔らかそうなまぶたが半分に下がる。胡散臭いものを見る目だ。「なんか言い慣れてるな」って感じの。
「好きな相手にだけだよ」
「へえぅ?!」
「ちょっとばかり愛が多いのは否定しないけど」
「……女たらしじゃん!」
眉を怒らせポコポコと叩いてくる桜。『ちょっと嬉しいって思っちゃった』らしい。
バトル中は『sorcery-ソーサリー-』一筋って感じだったし、アマテラス使いならスパーリング相手として申し分ないから普通に友達になるつもりだったけど、これ押せばいけるな……。
こんなにちょろいとお兄さんちょっと心配になっちゃうよ?
しかし女たらしという誹謗には断固として抗議したい。
「好きなものを好きって言うのはおかしなことじゃないよ。むしろどんどん口に出すべきだ。前向きな言葉には、世界を良くする力がある」
「言霊ってやつ?」
「お、よく知ってるね」
「いるじゃん。クラスに。『
いるの!? あの歴史文化財みたいなデッキを使うやつがクラスに!? 天然記念物じゃん!
「授業でバトルしたことあるの。一回だけだけど」
マジか。それは是非ともお近づきになりたい。
ギリィ。
「いった! 何!?」
突然首の皮をつねられた。そこ普通に怖いんですけど!?
「今その子のこと考えたでしょ。ダメだよ、そうやって見境なく手を出すの」
あー。
『言霊』使いは女の子らしい。
「桜には手を出していいの?」
「わ、わたしもだめだよ」
「
「そ、それはっ……その。今は……仕方がないから、許してあげる」
お許しが出た。
ので、しっかり保健室までお姫様抱っこした。
大変柔らこうございました。
***
さて。
保健室のベッドに桜を降ろし、椅子を引き寄せて腰を下ろす。
「ずっと気になってたんだ」
「え、えぇ〜」
前置きもなく切り出した俺の言葉に、桜は目を丸くして手で頬を包んだ。
『さっきは冗談っぽく愛が多いって言ってたけど、これ、やっぱりそういうこと……だよね? 今もすごい距離が近いし。っていうかよく考えたらわたし、この人に、お、お姫様抱っこされちゃったんだよね……しかも保健室に連れ込まれて……わ、わたしどうなっちゃうの〜!?』…………。
きょうび少女漫画でも中々聞かなそうなセリフが見えたぞ。
「……桜って結構漫画とか読む人?」
「え!? う、うん。『甘キス』とか『0時の』とか……あっ、に、似合わないよね!?」
それ以前に略称で言われてもわからぬ。
「少女漫画? あんまり詳しくないんだけど、漫画の恋に憧れるのは普通だと思うよ。どんな内容なの?」
「え゛っ」
なにそのカエルが潰れたみたいな声。
桜は視線を彷徨わせ、もじもじと指をこねる。
「えっとそれは……ちょっと説明が難しいというか、大人向けというか」
「んー……? 悪いことしたやつを煉獄の果てまで運び去ったりとか?」
「『煉獄少女』! 聖くんも読んでるの!?」
パッと目を輝かせて食いついてくる桜
「読んだというか観たというか……」
深夜の作業BGMがわりにつけたらアニメやってたような記憶がある。少なくともこの時間より未来の話なのは確実だが。
「たしか、おばあちゃんが作ってくれたお弁当をイジメで台無しにした同級生への復讐を煉獄少女に頼む話……だったような」
「『弁当を踏んだ娘』だね! あれ怖いよね、最期は体にたかる虫と一緒にお米と混ぜられて煉獄の炎で炊かれるっていう」
なんで顛末がちょっとギャグ寄りなんだよ。いや生きたまま加熱調理されるってとこだけ切り取れば立派な罰だけども。
……今日米食いたくねえな。
「しかし、結構エグいの読んでるんだな。これは流石に意外じゃないと言えば嘘になる」
「あっ違うよ!? 『0時の』は拾ってきた大型犬みたいな男の子が月の光を浴びたら狼になって襲われちゃう話だし、『甘キス』は恋人とたくさんちゅーする話で────」
「へぇー」
襲われるってマジか。最近の少女漫画すごいな……ちょっと気になってきた。
漫画の内容を説明してしまっていることに気付いた桜の顔が一瞬でフットーする。
「────ゆーどーじんもんはひきょーだよぉ!」
「俺は何も言ってねぇよぉ?」
そっちが勝手にしゃべってくれただけだろぉ?
なんか火星からの侵略者みたいな喋り方になってしまったが。
「なるほどね。そういうのが好きなんだ。かわいい」
「ま、またそういうこと言うー……」
かわいいものはかわいいんだからしょうがない。
「桜」
「は、はいっ!」
名前を呼ぶと、体操服の肩がびくりと大きく跳ねた。
キュッと目を閉じてあごを上げる。覚悟を決めた顔だ。流石にチョロすぎないか? 本当にコロっと悪い男に騙されそうで心配になってきた。お前が言うな鏡見ろ? ごもっともで。
***
「でまあ、本題だけど」
「へ?」
ぽやっとしていた桜が現実に戻ってくる。
「本題って、さっきまでの話は?」
「んなもん閑話休題よ」
「閑話!?」
「こっちをピロートークにしてもいいけど」
「ピ!?」
まあそのためにわざわざ寝ることもないのでそうはならない。
「ま、まだ寝てないよ!」
「そうだよ(便乗)」
話進まないからそこ引っ張るのやめよう。
「でだ。桜の運命のカード、アマテラスじゃないよね? 対戦中からずっと気になってたんだ」
「あ、バレちゃ────ん? 『気になってた』って……もしかしてそっち!?」
「うん」
「な……な……なぁーっ!」
真実に気付いてしまった桜は立ち上がり、ポカポカ俺を殴り始めた。
「な、なんてこと! なんてことしてくれてるの!? さっきの、わたしの、初めてだったのに!? わたしのファーストキんむぅ!?」
「ん────これでもうセカンドだね」
「そ、そういうことじゃ、んうっ」
「これで三回目」
「ちょっと待っ」
「ん……四回目」
「だっ」
「五回目────」
数分後、くたくたに蕩けた桜がベッドに横たわっていた。
「こ、この、くずやろぅぅぅー……」
「先に誘ってきたのはそっちなので」
「責任転嫁じゃん」
「桜がかわいいのが悪い」
「またかわいいって言う」
「事実を言ってるだけだよ。桜はかわいい」
「もー……」
頬を名前と同じ桜色に上気させ、ころんと寝返りをうつ。
「それで? なんで私の運命のカードがアマテラスじゃないって気付いたの? 自慢じゃないけど強いでしょ、あの子」
「そりゃもう。ただ、リア以外が喋ったことに驚いてた割には、喋んないなと思ってさ、アマテラス。それにリアのことを考えると、デッキのフィニッシャーが運命の相手になるというわけでもないようだし。もしかしたら違うのかなって」
「正解。すごいね聖くん。……ってことは、あなたのデッキにもリアちゃんじゃないエースがいるんだ」
「エースだと敗北しそうだからフィニッシャーって言ってほしいな……」
先程の勝負は正しく前哨戦だった。俺たちはお互い、まだ見せていない切札があるわけだ。
「ねぇ、わたしからも一つ聞いていい?」
「もちろん。何?」
「さっきのバトル。『斬罪天使キリエル』の後にリアちゃんでアタックすればそこで勝てたよね。なんでそうしなかったの?」
ああ、桜の視点からだとそう見えるか。実際マナはなかったし、公開領域の情報だけじゃ、防御札のひとつも撃てないと考えてしまっても仕方がない。
「桜のことを
質問を返すようで悪いけど聞いていい? 桜、デッキに『リアクティブカートリッジ』や『白き結晶盾』みたいなライフ焼き対策って入れてる?」
「……? そんな魔法聞いたことないよ」
「無色のマジックで、基本効果とは別に、手札から捨ててライフバーンを防ぐ効果があるんだ。そっか。じゃあ余計なことしちゃったな」
「余計ってことはないんじゃない? たしかにそういう魔法があるなら、わたしに手札を使わせた方が確実だもん」
言いながら、桜はベッドに手をついて半身を起こした。
「それで、二つ目は?」
聞き逃してもおかしくないタイミングで言ったのに、ちゃんと聞いていたらしい。
流されたらそのまま黙っておくつもりだっただけに少し気まずい。後頭部がかゆくなる。
「強すぎて面白くないって言われたんだろ?」
相手の強さに罪はない。
環境という高すぎる壁に愛する天使たちと共に挑んだ身として、相手の強さに唾を吐きかけるような真似は許せなかった。
負けたら悔しいのもわかる。けどその捨て台詞で傷付くのは相手なのだ。
たとえ気にしなかったとしても、その言葉を言われた事実は小さな棘となって残り続ける。
そもそも自分の研鑽をせずに文句を言うのは違うだろう。
カードの遊び方は人それぞれだ。仲間内でわいわいやるのもいい。強さの頂点を極めるのもいい。もちろん、好きなカードで楽しく戦うのもありだ。
価値観の違いから、遊び方が食い違うこともあるだろう。
それでも、全力で、持てる全てを振り絞って戦うのが一番楽しいと、俺は思う。
「俺は桜に、全力で、思う存分戦ってほしかったんだ。エゴだよ、俺の」
「──そっか」
俺の言葉を聞いた桜は、今までで一番穏やかな顔をしていた。ちいさな唇から言葉が溢れる。
「『天岩戸』の効果でアマテラスが復活した時、心が躍った。バエルのパワーを1000だけ超えて勝った時、全身の血が沸騰するみたいだった。それでも勝てなくて、とっっっっっっっっても悔しかった!」
眼前に小さな拳が突きつけられる。
戦意に満ちた笑顔。まるで満開の桜だ。
「すっごく楽しかった! 次は絶対勝つ! だから……またバトルしてくれる?」
俺は桜の拳に、コツンと、自分の拳を合わせた。
「ああ、もちろん。簡単に勝てると思うなよ?」
ここからだ。きっと桜は俺の通った道を凄まじい勢いで追い上げてくるだろう。この子は強くなる。そんな確信があった。
それでも負けない。俺は、俺の天使たちと、これからも勝ち続けてみせる。
来るなら来い。いつでも受けて立ってやる。強い輝きを秘める桜の瞳を、俺は真っ向から見返した。
風が吹く。授業の終わりを告げるチャイムが鳴っていた。
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