第2話 そうだよこいつは馬鹿だった

 目の前にいるのは、このレベル屋”ブラントン商会”の経営者にして親方、カーネル・ブラントン。

 俺が来るまではひっそりと経営する小さなレベル屋だったが、3年ほど前にプリズムポイズンワームが大ヒット。

 まあ卵を持ってきた先輩は死んだ。殻にも毒があるから当然だな。


 その後3人が管理に失敗し、何処かの空へとさようなら。天国とかいう奴かね。

 そこから試行錯誤があって、俺の段階でようやく成功。

 まあこれは俺の特殊スキルユニークスキルを含めた”ちょっと言えない事情”のおかげだが、一応運が良かっただけという事になっている。

 元々逃走だの軽業だの生涯役に立たないようなスキル持ちだが、アイツらの飼育にはうってつけって事もあって全く疑われなかったわけだが、


「いきなりなんです? 飲み過ぎですか? そもそも解雇とか意味が分からないんですけど」


「真面目な話だ、まあ聞け。やっぱ座っとけ」


 長い話じゃないといいなあと思いつつ、いかにも成金なソファに座る。


「プリズムポイズンワームの話だ」


「飼育は順調ですよ。それにこの商会の利益の9割以上はアイツらの売上でしょう? 俺がいなくなったら、誰が飼育するんです?」


「もう飼育はしねえ」


「廃業ですか? 世間も大変ですねえ」


「そんな訳があるか!」


 ただでさえでかい手でテーブルを叩いたもんで、凄まじい音がする。

 生きているだけで相手を威圧する風貌なのだから、少しは遠慮してほしいものだ。


 身長は俺よりも10センチ以上高い180センチ後半。

 ハゲ頭で右目には眼帯。鍛え上げられた肉達磨のような体には無数の傷があるが、今は趣味の悪いブルーストライプの成金スーツに身を包んでいる。

 指にも金銀の指輪がジャラジャラ。趣味が悪い事この上ない。


「実はな、アンダーロータスの入手が決まったんだよ。サリボドール侯爵のつてでな」


「へえ」


 ジョナス・クーリンド・マルカシア・サリボドール侯爵。

 サリボドール地方を治める侯爵で、現国王の亡き兄の娘婿の息子。

 一方でアンダーロータスはアンダーグラウンド・インビジブル・ロータスフラワーの略。

 あまり変わっていないというツッコミはなしだ。

 異界と呼ばれる魔物の世界に咲く透明な蓮。大きさは1メートルほど。近づくだけで死に至る地獄の花。魔法・呪い防御も無視。世界の命運だのに挑戦する英雄にとっては鬼門の一つだ。まあ種の内は無害だけどね。


「よくそんなもの入手できましたね。というか、確認したんですか?」


「まだだが、その前に厄介な事が起きてな」


「厄介ごとですか? 自分と何か関係が?」


「プリズムポイズンワームの排泄物の件だ」


「きちんと浄化と乾燥させてから、密閉型の焼却炉で処分するように言いましたよね?」


「確かに聞いたが、あんな大事になるとは思わなくてな。それにそんな施設を作るには金が必要だろう」


「今日の分の代金で余裕で作れるでしょう。今までの金は何処に消えたんです?」


「今は事業の拡張の方が優先なんだよ!」


 そんなわけあるかと言いたいが、取り敢えずこらえておこう。


「それじゃあどうやって処分していたんです?」


「山に捨てに行かせていた」


 馬鹿だろこいつ。

 知っているけど。


「そんなの、周囲の木々が腐り始めたらすぐに分かりますよね。よくいままでバレなかったものだ。大体川に流れたら……まさかと思いますが」


「確かな筋からの情報だ。今度、山の調査が行われ、遠からずここに監査が入るらしい」


 確かな筋じゃなくても分かるわそんなの。

 さて、口封じをされる前に武器を探さないとな。

 壁に掛かっているのは剣と斧か。うん、どっちもスキルがねえ。

 というか、アレに勝てっつのはちょっとねえ。

 最初に何度もプリズムポイズンワームのテストをしたからな。こいつのレベル200オーバー。伝説の勇者や神の試練に挑むクラスだ。

 それにたとえ勝てたとしても、そんな事をしたらお尋ね者じゃないか。

 いや、多分もう変わらないって話だろうけどな。


「それでだ、その件が発覚したら、サリボドール侯爵との話は無かったことになる」


「むしろ今の段階で残っている事自体に驚きですよ。侯爵閣下の情報網はそんなにザルですか?」


「そこはそれよ。俺の商会の規模を買っての事だ。だがこのままじゃいけねえ。王室の監査が入ったらおしまいだ。それでな、最初に言ったようにお前は解雇する」


「よく口封じをしませんね。話を聞いた限り、自分の首を差し出して終わりにすると思いましたよ」


「そんな程度で済む問題か。それに、そんな事が出来ねえのはてめえが良く分かっているだろうが」


「そりゃそうでしょう。ご理解が高くて助かりますわ」


「まあそういうこった」


 そういって金属のメダル。俺を縛る証文を取り出す。

 あれがある限り、俺はこの建物を出る事が出来ない。

 なにせ、俺はここの奴隷だからな。

 つまり俺に罪を着せるプランは、最初から全く聞く価値のない与太話なわけさ。無駄な時間を使わせちまったな。

 だがその証文を、俺の前で握りつぶした。

 さすがレベル200オーバー。やる事が人外だわ。あれ強力な魔道具だからな、普通は壊れねえんだぞ。


 しかし同時に自由が戻ってきたことが分かる。

 奪われていた名前も思い出した。

 クラム・サージェス。それが俺の本当の名だ。マジで本当に開放しやがった。


「それとこいつはくれてやる。持って行け」


 ガシャッと普通じゃ出さないような重い音を立てて、革袋が目の前に放られる。

 金の音は何度も聞いたが、これはどう考えても銅や銀が10枚や20枚ってレベルじゃない。数百枚はあるぞ。それも金貨だ。

 ついでに服も置いてあるが、あれもプレゼントかな。確かに奴隷服のまま追い出されても困る。


「退職金にしては、また随分と気前がいいですね」


「なに、最後に少しくらい夢を見たっていいだろう」


 まあそんなこったろうとは思っていたけどね。

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