第23話 乙女でもないんだから歳の話なんてどうでもいいだろう

 短剣だったものは、もう細い小枝の様になっている。

 手で曲げただけでぽっきり折れそうだ。よくもまあここまで削られたものだよ。


「やはりそうか。君の資料を読んだ時、私は君のユニークスキルは未来予知だと思っていた。達人の持つ先読みの更に先。相手が動かずともその先の動きを読む力。戦闘では実に有効なスキルだ」


「そんな便利なスキル、欲しいですねえ」


「確かにな。そもそもユニークスキルを持つ人間など、何万人に一人という確率だ。ましてや生存に関わり、しかも強いランクとなればそれはもう天文学的な数字となるだろう」


 いやアンタらが言うなと言いたい。


「しかし君のスキルはそうではない」


「いえいえ、自分にそんなユニークスキルなんてありませんので」


「無意味な話だな。もちろん君の事情は分かっているさ。他にはない特殊なスキル。君の生業としては、知られる事は致命傷になりかねないからね」


 ちっ。良くお分かりで。


「さて話を戻そうか」


 戻さないでほしい。


「君は私と何合打ち合ったかを正確に数えている。職業柄ではあろうが、未来視で数多くの可能性を見ていたら、何処からが現実でどこからが可能性かの区別はつくまい」


「それはどうでしょうねえ」


「私の剣撃はそこまで甘くはないつもりだよ。ましてや、未来視のスキルであれば反撃の一つもするだろう」


 そりゃそうだろうけどな。

 しかしたとえ未来視が有ったとしても、自分の首が飛ぶシーンを見るのがオチだ。

 それほどまでに早く、不規則で、かつ正確だった。反撃しようとすれば、間違いなく死んでいたな。

 実際、何度か反撃をしようと考えたがまったく体が動かなかった。


「かつて君と同じユニークスキルの持ち主と戦った事があるよ。実にしぶとく、結局逃げられた。後にも先にも、本気で倒そうとしてあれほどまでに見事に逃げられたのは初めてだったよ」


「そりゃたいした相手だったんでしょうねえ」


「ベア・サージェス。君のかつての先祖だよ」


「名前すら知りませんねえ。それにユニークスキルは遺伝しないのが定説では?」


「もちろん親から子や孫に引き継ぐようなことはない……とは言われているな。だがその血の中に脈々と繋がっているものなのだよ。それこそ何世代、何十世代とかけて再び発現する事が無いわけではない。君を見ると改めて思うよ。性格までそっくりだったな」


「そりゃ嫌な性格だったでしょう」


「ふふ、違いない」


 まだ構えは解いていないが、斬り込んでくるような様子はない。

 だからといって、こんな化け物相手に油断できるわけもないが。


「では私の見解を述べよう。君のユニークスキルは危機回避だな。それも相当に強い」


 ご名答と言ってやりたいね。いつかの先祖の事もあるのだろうが、30合打ち合っただけで見破られている様では我ながら立つ瀬が無いな。

 それにあまりペラペラ話さないでほしいものだが、誰が聞くという事でもない。後ろの男は当然知っているだろう。

 ならあれは脅しだ。これ以上誤魔化しても、状況が不利になるだけか。


「確かにその通り。自分のスキルは危機回避。アンタみたいなもんが相手じゃなければ、どんな攻撃も当たらない。正確には俺の思考とは別に体が勝手に避ける。まあ受けや自力での回避が可能な時はそちらが優先されますがね。一応、並の相手なら敵なしなんですけどねえ」


「それでも私の攻撃を無傷でしのぎ切ったのだからたいしてものだ。そんな人間、そうそういるものではないよ」


「お褒め頂き光栄ですね。しかしさすがは年の功といいますか、俺が知らない先祖まで知っているとか、本当に何万年生きているんですか? まさに生ける化石で――」


 その言葉を最後まで言い切る事は出来なかった。

 瞬きすらしていなかったのに、もう俺の首のすぐ横には剣があったのだ。


「危機回避のスキルは確かに強い。君は今まで無敵だっただろう。何と言っても意識外を含めた全ての攻撃を自動で回避するのだからな。無防備のまま全速で敵に突撃し、反撃が無ければそのまま倒し、反撃が来たら体が勝手に回避する。更にその“特殊”な技量。相手よりも早く自由を取り戻せば、もうやりたい放題だ。投げナイフを得意としているのもそれが理由かな」


 返事をしたいが、首筋にある剣が気になって言葉が出ない。

 今までのとは違う。いや、今までも確かな殺気は感じていた。だが今は次元が違う。これが本当の殺戮者の気か。


「だがそのスキルは当たる攻撃だけを回避する。実に便利なスキルだが、逆にこうして当たらない攻撃なら発動はしない。そして、この距離から私の攻撃を避ける術はない。いかに危機回避があってもな。それに勝手に発動するのはある意味悪い点でもある。君が受け流した攻撃は、どれも危機回避で避けてしまったら次は避けられないと分かっていたからだ。違うかね?」


 確かに強力だが無敵には程遠いスキルだ。そんな事は自分自身でよく分かっている。

 俺には実力差を埋める2つの手段がある。その一つがこの自動での危機回避だが、こいつの言う通りだ。当たらない攻撃には発動しないし、避けられない攻撃には勝手に発動してしまう。

 一番に厄介なのが避けられない上に当たる攻撃の寸止めで、これをされると危機回避は行き場を無くして長時間――まあ数秒だが硬直してしまう。

 今回はしてこなかったが、そこまで知っているかだが……知られていると考えるべきだな。


 それならいっその事、全部自分で回避できるかというと無理だ。この速さには対応しようがない。

 いや――ある程度なら出来るが、その必要はなかったな。

 それに幸いな事に、こんな事が出来るのは世界にそう何人もいない。さっきまでは遊んでいやがったか。


「もう降参ですよ。殺せるのに殺さない。ご用件は何です?」


「話が早くて実に助かる」


 剣を鞘に納めた時には、殺気は完全に消えていた。

 しかしさっきの反応――歳の話は厳禁と考えた方が良さそうだ。

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