第8話 かなり強かったがまだまだ甘すぎだ

 音もなく、気配もなく、ただ静かに目標の背後に立つ。

 状況が伝播する前に、魔法使いを優先して倒していくか。

 武器はさっきノイスとかいう男から奪った短剣一本。

 というより、素手もそれなりに心得があるが、俺が持つ武器スキルは短剣コイツだけなんでね。

 だがこんなものでも、急所を刺せば一発だ。大きな獲物と違って振り回す音もしないし移動も音を立てなくて済む。

 悲鳴を上げる余裕も与えないし、警戒の声も上がらない。どうやら本当に森にはもう連中の味方はいないらしい。幾らなんでもアホすぎないか?

 向こうが此方の存在に気が付いたのは7人を葬った所だった。

 それも――、


「あ、貴方は! ど、どうか姫様をお助けください!」


 ――と、メイドが叫んだからなんだよな。

 お前最初に死んどけよと悪態もつきたくなるが、必死さも伝わって来たからそれでいいか。

 というかよく分かったな。お前もちゃんと姫様に集中していろよ。

 まあどうせ自分じゃどうしようもないから、周りを見渡していたのだろう。奇跡とやらにすがってな。


 我ながらお人よしだね。こんな境遇でこんな稼業をしていたとは自分でも信じられないものだ。

 まだ最初の一人すら倒れていない。そういう様に仕留めたからな。

 大きな音が立つ前に、あと4人は固かったんだけどねえ。


 とはいっても、こいつら緊張感が無いのか?

 なんだなんだ? みたいな反応をしている内に、結局予定通り4人を戦闘不能にしておいた。

 2人は仕留めたが、2人はギリギリ致命傷。放置すれば死ぬがまだ助かるレベルに抑えておいた。

 もしかしたら使う事になるかもしれないし、保険は必要だ。


 ただ流石に気が付かれたな。ほぼゼロだった緊張感が、一気にマックスまで跳ね上がる。

 馬鹿ではあるが、さすがに王家の馬車を襲撃する連中だ。場慣れは十分か。

 それを証明するかのように、こちらの正体すら聞かずに斬りかかって来る。

 知る必要などないってわけだ。こういう所はプロだねえ。

 軍の経験者。あるいは本当に何処かの正規軍の残党って所だな。

 ただの野盗じゃないってのは分かっていたが、さっきの行動と比較すると、どうにもちぐはぐだ。


 さて、目の前から来る2人はレベル47と52って所か。

 ここまで魔法使いを優先したが、どうしても立ち位置のせいで限界がある。4人も残してしまった。


「我が求めしは紅蓮の炎」


「轟雷よ、わが導きに従い」


 そりゃ詠唱を始めるよな。

 正面から来た一人の心臓を刺し、抜く勢いを利用して半回転。もう一人の剣を避けつつそのまま喉を掻っ切る。

 それと同時に、さっき拾っておいた小石を魔法使いの目を狙って飛ばす。


「うわ!」


「ぎっ!」


 止まる詠唱。はい、さらば。

 立ちはだかった一人の横腹を割きつつ、魔法使い二人の始末をする。

 推定だが、魔法使いは2人ともレベルは50程。

 小石程度で詠唱を切らすなよ。スキルはあるしそれなりに対処も出来るようだが、こいつらもレベルは養殖だな。

 俺が知っている熟練の魔法使いは、たとえ手足を斬り落とされても詠唱を止めはしなかったぞ。


「何だコイツ!」


「囲め! 魔法使いも守れ!」


 なかなかの対処だがもう遅い。

 今までの奴から、短剣は何本か拝借しておいた。

 魔法使いと、こちらから目を離して指示をした奴は短剣を額に投げて終わり。かかってきた奴も、最初の連中と同じ運命を辿って貰った。あっけないものだ。


「さて、いつの間にやら一人になった訳だが、どうする? 自害するなら祈る時間くらいは待ってやるぞ。それか詳細を話すか? なら見逃してやってもいい。見ての通り、3人生かしておいた。お前が話さなくても、どっちにしろあちらから聞くだけだ。ほらどうする」


「状況が分かっていないようだな! 武器を捨てろ! こいつの命がどうなってもいいのか!」


 半裸というかパンツ以外は全裸になっている姫の喉元に剣を押し当てる。

 さっきも見ていたが、わざわざソックスや靴も脱がせている。まあ靴を奪うのは逃走防止のための基本だが、他はこいつの趣味かな。共感はしないが、こだわりのあるやつは嫌いじゃない。

 でもまあねえ。


「姫様!」


「うるせえ! ほら、とっとと武器捨てろ!」


「その必要もないだろ。ほら、姫様。他に敵はいないんだ。気にせず殴り倒せよ」


「え、そんな。あたしには……」


「ふざけるな! さっさと武器を捨てろ!」


 声に微かな震えが混じる。

 さっきまでの興奮も冷め、そろそろ気が付いたか?

 お前が人質にしているのは、ただの小娘じゃない。

 かつて人類の極々僅か。選ばれた英雄だけが全てを捨ててようやくたどり着けるかどうかというレベルの人間だ。

 例えスキルが無くとも、お前程度のレベルで相手になるものか。


「死にたくないなら抵抗しろ。その為に、庶民じゃ1万回生まれ変わっても稼げない額を払ってレベルを上げたんだろ。まあそんな金銭なんか気にもした事は無いだろうが、とりあえずそんなもの相手にもならんよ。俺は武器を捨てないからな。ここで死ぬかどうかは自分で決めるこった」


「あ、貴方は!」


 メイドはこちらをにらむが、相手が違うだろ。

 というか、どっちにしてもアイツじゃ姫様相手に何も出来ん。お前が仕掛けても良いんだぞ。

 といっても、こっちも養殖だろうけどな。


「これが最後の警告だ! 武器を捨てろ!」


「いいえ、その必要はありません」


「なに!」


 さすがに肝が据わったか。それとも落ち着いて自分の力を思い出したか。

 姫様は指揮官の剣を掴むと、そのまま握り潰す。

 それなりに高そうな剣だったが、バキンという音と共に砕け散った。

 いきなりで驚いたようだが、それだけの力の差は考えていただろうに。

 頼みの数を失って血迷ったか。


「えい!」


 緊張感の欠片も無いか弱い掛け声とともに、その指揮官の脇に姫様のパンチがめり込んだ。

 まさに言葉どおり。もう少しレベル差が近ければ吹っ飛ばされたんだろうけど、力の差があり過ぎた。

 パンチはろっ骨を砕き、細く美しい腕は体内にめり込み、おそらく心臓に直撃した。

 いやまあアレはアレで仕方ないとは思うが、やった方が驚いている。生きた心臓に触るのは、さすがに生れて初めてだろう。

 というか、自分がした事を理解出来ないという顔をしていたが、ようやく気が付いたか。

 そのまま気を失って倒れてしまった。


「姫さまー!」


 メイドが慌てて駆け寄っていくが、さてどうするか。

 多分危険はもう無いだろう。とっととこの場を離れは方が良さそうだ。

 こんな辺鄙へんぴな林道にそうそう人が来るとは思わないが、来られると面倒だ。

 だがその前に聞くだけは聞いておくか。

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