第9話 まさか覚えているとは驚きだよ
先ずは腹を割いた奴の横にしゃがみ込む。
「痛そうだな。このままだと確実に死んじまうな。だけど運がいい。お前はまだ助かるぞ。もちろん、対価は貰うがな」
男は憎悪の目でこちらを睨みつける。
まあ慣れているからどうとも思わない。
「対価は情報だ。お前達の所属。命令した人間。この周辺にいる仲間の人数。まあこの程度は話せるだろう。どうだ? たったそれだけを話せばここから先も人生を続ける事が出来るぞ」
「……くた……ばれ……」
「そうか」
迷わずとどめを刺して次の奴の所へ行く。
「お前はどうだ? 故郷はあるか? 家族はいるか? 今ならまだ治療できるぞ。お前を待つ人間を悲しませるほどに、意地を張る必要があるのか?」
当然順番は重傷順だ。説得だの拷問だのをする時間は無い。話さないならそれで良いだろう。
なんて考えていたら誰も話さなかった。
あのゲスさ加減からは想像もできない意地を見せたな。
というか、やはり何か違和感がある。
それが何だと言われると困るが、少し勘が鈍っているせいか。
情報は得られなかったが、さほど気にする話ではない。
背後関係とかあまり知りたいとも思えないし、他の仲間がいたとしても森林での隠密戦闘ならそうそう負けないだろう。油断は禁物ではあるが。
さてこちらだが……。
「姫様に近づかないで!」
この状況を見ながらも、主人を守る役立たずメイド。
でも忠誠度が高いというだけで100点だ。メイドに戦闘まで任せるなら護衛の兵士は何だったのかという話になる。
姫様はシーツにくるまっている状況だ。
予備のドレスくらいはあるだろうが、着替えている時間は無かったか。
「いやまあ……」
どうでも良いのでさようならと言いたかったのだが、
「無礼は許しませんよ! 大変申し訳ございません。こちらのフェンケ・オーフェルス・リングロット・アーヴィがとんだ御無礼を。主人として、改めてお詫びとお礼を述べさせていただきます」
「いや、気にはしていない」
アーヴィ……ああ、アーヴィ男爵家だ。やっぱり貴族の娘だったな。
土地はそれなりに広いが辺境の下級貴族って所までは分かる。だが俺でも名前を知らない。
おそらく4女とか5女とかの、権勢とは無縁の立場だろう。
貴人のメイドをするのは、ただの花嫁修業だ。
見たところ、アーヴィ男爵家の血筋らしい紫の髪に赤い瞳。
肩までのショートカットは貴族らしいとは言えないが、メイドの仕事を考えればおかしくはない。まあそれで普通は伸ばすものだが。
少し視点を下げるとなかなかに大きなモノが目につくが、取りあえず助かってよかったね。
連中の宴に放り込まれたら、生まれてきたことを後悔していたところだろう。
「あたしはセネニア・ライラスト・クラックシェイム。マーカシア・ラインブルゼン王国の6番目の姫でございます」
うん、知ってる。
まあ覚えているわけはないが、何度も会っているしな。それにレベル屋に通っていた事を1回と数えてれも、これで3度目だ。
「それは怖れ多い。わたくしはクラム・サージェスと申します。丁度通りかかった所を王家の方が襲撃されておりましたので、微力ながら国民としての義務を果たすため助力させて頂きましただけでございます、はい」
跪き、理想的な礼をする。
ここで変な印象を与えるのは最悪だからな。
「そうでしたか。礼を言います。今はお渡しできるものはございませんが、王都に戻ったらその忠節に必ずや報いましょう。それと、口調は変えなくて結構ですよ」
さすがにさっきのは聞かれているよな。今更だった。
メイドの方は警戒しているが、この状態で主人の決定に口は挟めないだろう。
ではあるが、正直それは勘弁してほしい。
こんな林道を旅支度もなく、一人で行動している時点で超怪しい。
しかも王家の姫が襲撃されているところに"こんにちは"なんて話が出来過ぎている。
怪しまれて、正体がばれるのに時間はかかるまい。
ここは素直に言った方が良いか。
「畏まりました。それでは、とにかくは城が見えるところまではお送りいたします。しかし、そこから先はご勘弁を」
変えなくて良いと言われても、敬語は必要だろう。
「なぜです?」
「これでもお尋ね者でして。王都には戻れない身なのですよ」
「姫様!」
再びメイドが立ちふさがるが、
「無礼ですよ、フェンケ。彼に害意があれば、こんな状況にはなっておりません。よろしければ理由を話して頂けませんか? このあたしの特権で、その罪を免ずることは出来るかもしれません」
「姫様、その様な事をしては……」
「6女とはいえ王家の姫を救ったのですよ。軽微な罪であれば、あたしの一存で免罪する事は認められています。さあ、話してくださいませ」
ここはまあ仕方ないか。
「実はレベル屋の ブラントン商会で働いたのですが」
「まあ、やはり貴方でしたか。一目見て判りましたが、お話しする機会がございませんしたし。それに 47番と呼ばれていましたね」
うわ、覚えていたのか。
しかし2年くらい前だ。よくレベル屋の奴隷1人なんて覚えているもんだ。子供の観察眼恐るべしだな。
だがまあ、情報は少ないとはいえ才女としては知られている。その片鱗といった所か。
同時に変わりものとしても知られてはいるが、そっちの片鱗は見えないな。
「始めて出会った時は闇夜のマウスを名乗っていましたので、何があったのか少し気にはなっていたのですよ」
いや待て、なんでそれまで覚えているんだよ。
あの時お前7つだろ。子供の記憶力を舐め切っていたわ。
というか、それでも目しか出していなかったはずだがなんでわかるんだよ。
「闇夜のマウス?」
お願いだから突っ込まないで。
「人知れず、城内の警備を行っている隠密だそうです。あたしたちの平穏は、この様な方たちに守られていたのですね」
メイドがジト目でこっちを見ている。
そりゃそうだろう。普通は信じないわ。
あれはまだ新人の頃で、迂闊にコイツに見つかってしまったんだ。
あの時は完全に油断した。
ただちゃんと誰にも話さないでいたんだな。常に警戒していたが、杞憂だったか。
どう考えてもおかしな娘だったが、予想以上に素直じゃないか。
しかし今はまあ……俺をからかっているな。
余裕がでてきたのは結構だが、もう少し緊張感を持て。
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