第10話 余計な道草だが仕方がない

 俺が14歳の頃、同僚と共に王城に忍び込んだ。

 あの頃は単独任務など任されず、先達の補佐が多かったよ。

 この時は疑心暗鬼を誘うために偽の手紙を仕掛ける為に忍び込んだわけだったが、


「おや、うぬは誰じゃ」


 体が硬直した。今にしてみれば、あれは驚いたのだと思う。

 月明りはあったが、当時から隠密に関しては自信があった。それにある意味“特別製”の身でもある。

 王城へ忍び込むなんて任務に小僧だった俺が抜擢されたのも、それが理由だな。まあ、実際には“失敗作”と思われていたが。

 こちらの任務は見張り。それが発見されるとか大失態だよ。

 正に今回の逆をされたって感じだ。


 今と変わらぬ美しい金色の髪。純白の絹製の寝巻。抱きしめた兎のぬいぐるみ。

 背は当時から低く、この頃は100センチくらいだったか。

 一目見て、王家の6女、セネニア・ライラスト・クラックシェイムである事は分かった。

 しかし何でこんな廊下にいる? しかもこの様な深夜に。

 だが落ち着け。騒がれたら一巻の終わりだ。


「これは姫様。なぜこのようなところに?」


「わしは小腹が空いての。厨房まで行く所じゃ。それでそちは誰じゃ?」


 7歳の口調じゃねえ。

 まあ子供だし、誰かの影響だろう。

 多分国王だな。


「わたくしめは人知れず城内を警備する“闇夜のマウス”。ただ知られてはいけない身ゆえ、出来れば見なかった事にして頂けるとありがたく思います」


 我ながら大仰すぎるほどのポーズをとると、


「うむ、良いぞ。わしは何も見ておらぬ。警備ご苦労であるな」


 そういって、眠そうにテコテコと歩いて行った。

 誰かに話されて騒ぎになる心配はあったが、だからといって姫に何かあればそっちの方が問題だ。

 だがその心配は杞憂きゆうであった。

 結局、静寂に包まれたまま俺たちは城を後にしたのだから。





 ■   ■   ■





 あれから気にはなっていたが、まさかこんな形でその名で呼ばれるとはね。

 だが今回の件は無理だろう。


「姫様のレベル上げに使ったプリズムポイズンワームの顛末をご存知ですか?」


「ええ、存じております」


「国家の根幹にかかわる事ですから当然です。あれほど危険な存在をきちんと対処もせず、しかも証拠隠滅のため全てのプリズムポイズンワームを処分するなど何を考えているのか」


 ああ、やっぱりそうなっていたか。しかし仕事が早い。

 確かにあれの飼育は大変だし、代わりが見つかったならそれもまた当然。

 大体、管理する人間とか今更探せるかよ。俺がいなければ王都は大混乱だ。

 しかしその様子だと、次のアンダーロータスの方はまだ伏せられているか。


「まあ実のところ――」


 俺は追放されたあたりの話を話したわけだが、


「おかしいですね。あたしがかよった時、貴方は確かに奴隷でした。数か月で解放されたという話には矛盾があります」


「ええと……こういってはなんですが、奴隷は見ただけでは分かりませんよ。服装だけで判断なさったのであれば――」


「いえ、見れば分かります。その辺りは王家の関係なので詳しくは言えませんが」


「失礼いたしました。どうぞお続けください」


 まあ確かにレベル200ってのはプリズムポイズンワームでもそう簡単にはいかない。

 そりゃ数を揃えれば一発で100オーバーにはなるが、やはりモンスターや倒し方ごとに上限はある。

 ウチはほぼ100パーセントの経験値をクライアントに送る理想的な方法ではあるが、レベル差ボーナスやモンスター自体の方が持つ上限。それにレベルが上がるごとに必要になる経験値の上昇って制限がどうしてもついて回る。

 それらがあるから、可能な限りまとめて一度に倒させる。レベル差ボーナスは無茶苦茶大きいからな。

 ただ1回目で170まで持って行ったとしても、2回目で大体172。次が173という感じでどうしても効率は悪くなる.

 だから200超えになる程に払えるなんてのは、本当に王族や特別な大貴族くらいだろうな。


 そんな訳で、彼女は何度も通っている。

 だが特別な視線も感じなかっただけに、気付かれているとは思わなかった。


「まあ真実なんて必要無いのです。とにかくわかりやすく責任を取る人間が必要という事が大切なのですよ。ブラントン商会は莫大な賠償金を支払う訳ですが、それでは民は納得しない。何せいくら国に賠償金が支払われたって、自分たちの懐が潤う訳ではありませんから。そんな訳で、怒りの矛先として公開処刑できる目に見える犯人が必要になるわけですね」


「それは困りましたね」


「そんなに困る事はありません。自分はさっさと他の国のド田舎に引っ越して静かに暮らします。逃げ切れる自信はありますし、毒の処理が終われば事件も風化するでしょう。後はのんびりさせて頂きます。そんな訳で、王都が見える所までお送りしましょう。そこからはさすがに襲ってくる奴はいないでしょうし」


 じっと話を聞いていたメイドも、そろそろ納得したようだ。

 まだ警戒は解いていないが、今の段階で双方に戦うメリットが無い事は分かっただろう。

 ただ――、


「それでしたら、戻るのではなく一緒に進んで頂けませんか?」


「姫様?」


「旅は道連れと言うではありませんか。今更、あたしたちに何かする事は無いと分かっているでしょう?」


「それは……分かりますが」


 そりゃさすがに分かってくれよ。貞操の恩人だよ。案外、命の恩人かもしれん。

 ただね、


「こちらとしては構いませんが、もし誰かが破壊された馬車を見て通報したら近衛兵が大挙してくるでしょう。その気配を感じたら、自分はさっさと逃げますので」


「その時は護衛が変わるだけですし、文句は言いません。ただお礼が出来ないのが問題ですね。一応は王家の人間ですので、信賞必罰くらいは心得ています」


 俺の罪――というか冤罪だが、それを解消できない事は十分に納得しているか。

 この様子だと、次の町に着いた時点で何か渡すつもりだろうな。

 手配書が回っている可能性大だが、姫様の護衛って事ならフリーパスだろう。

 わざわざ忍び込まないで済むのならこちらとしてはありがたい。

 出るのはともかく、どの町も入る事が大変だからな。


「ではそれでいきましょう。契約成立ですね」


「一つ言っておきますが、姫様に邪な感情を抱くようなことがあれば――」


「俺がそう思った時は、あんたの首は状況を理解する前に落ちているよ」


 さすがに身の危険を意識したのか、ビクンとして固まった。

 ちょいと脅し過ぎたか?


「あまり脅かさないでくださいな。フェンケも、恩人に対していい加減失礼ですよ」


「……申し訳ございません」


 分かって貰えたようでめでたしめでたしだ。

 短い道のりだろうが、あまりギスギスした旅は好きじゃないんでね。

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