第45話 殺し合いとはこんなものさ

 引き抜くと共に、勢いよく噴き出した血が壁を濡らす。

 勝負自体は一瞬だった。

 命のやり取りとはこんなものだと分かっているが、それでもここまでの強敵が相手だと喜びよりも胃液が逆流しそうだよ。


 そもそも、こいつがフル兵装だったら立場は逆だったかもしれない。

 ましてや2人ペアであれば、1万回戦えば1万回負ける相手だ。万に一つなんて言葉は通用しないだろうよ。


 それでも勝てたのは、“絶懐不滅”のババアが俺のことは報告しているであろうこと。そして、その情報は他の連中に共有されている事が前提だ。

 間違っていたらどうにもならなかったが、確実に報告する。

 姫様側に足を踏み入れてはいるが、秘匿してくれるほど甘くはない。それが組織ってものだろう。


 だからこそ、坑道――というかもうすでに迷宮だが、ここに入った時点で決めてあった。

 もし敵対する絶対的な強者に出会ってしまったらどうするかをね。


 なに、簡単な事だ。

 相手が攻撃して来たら、姫様が俺に石礫いしつぶてを飛ばす。

 正確に狙えとなったらスキルが不安だが、指示はこちらで出せばいい。威力や正確性考えずに当てるだけならレベルでどうにかなる。


 アイツがババアから報告を受けた俺の攻略法を実践した段階で、俺は既に後ろから飛んできた姫様の礫で危機回避は発動していた。向こうからすれば、剣に反応しただけに見えただろうがね。

 だがそんなものでは避けられない。躱した先を正確に突いてきた。

 そしてアイツは剣を止めた。ババアに教わった、確実な勝利のために。

 しかしその時にはまだ危機回避は発動中。丁度終わる所ではあったが、その微妙な差で実は止まってなどいなかった。俺からすれば、逆に目の前に止まっている剣があるという訳だ。実に楽な的だったな。


 危機回避中に新たな回避は発動しない。それもババアに見破られていた事なのでね。

 当然だが、そのまま突いて来たら危なかったよ。その点はギャンブルだ。

 だが見ただけでは、スキルが発動中かなど分かりはすまい。

 戦い方は色々あったが、結局はあそこで0か100かに賭ける方が勝率は高かった。

 まあ胸を突かれた程度で俺は死にはしないがね。

 結局のところ、報告通りだと勝利を確信したのが全ての敗因だ。


 もっとも、最初からそう誘導していたのだけど。

 こちらも手の内を少し見せた。一瞬だがそれだけで良い。

 姫様達にはまだ分からないが、奴ほどの力量なら話は別だ。だからこそ、こちらの力量スキルも理解してしまった。

 だからババアから教わった攻略法を使う事は、最初から全部決まっていたようなものだ。

 それしかなかったのだからね。


 次の魔法も同じ事だな。発動する前に、俺は後ろから飛んできた姫様の投石で前に向けて回避に入っていた。

 もしタイミングが遅れていたら飛礫つぶて相手に下手な回避をして黒焦げだったろうが、そこは姫様を信じていたよ。

 まあこのユニークスキルが絶対じゃない点は背中の大やけどが証明しているが、便利なスキルであることには変わりは無いって事だ。


 ……と、親切な俺は聞かれれば応えてやりたかったがもう無理だな。

 これは完全な致命傷だ。既に皮膚は青味を感じるほどに真っ白になっており、呼吸もしているか判別がつかない。

 多分まだ息はあるが、会話は出来まい。


「……終わったのですか?」


「ああ。終わりだ」


「一瞬過ぎてよく分からなかったのですが、どうやったのですか?」


「まあ、そうだな」


 こいつのレベルはおそらく157。俺の3倍近い。

 ここまで差があると、普通の人間がする動きなど恐ろしくゆっくりに感じるだろう。

 しかもこんな短剣などで筋肉を貫く事も出来ない。せいぜいちくりとする程度。

 無理に刺そうとしても、短剣の方が砕け散る。100のレベル差はそれほどまでに絶望的だ。普通ならだが。


「まともに打ち合っていたら、確実に負けていたよ。そもそも武器が違い過ぎて相手にもならない。だからこそ一瞬で勝負をつける必要があった。それにこいつが正式な装備をしていない点も幸いしたな。あんなものを着込んでいたら一撃で倒すなんて不可能だし、それ以前にこんなどこにでもある短剣なんて、まるで役にも立たないね。それにあの鎧、近ければ互いが誰かや、位置、生死まで分かるんだろ?」


「何故それを知っているのです?」


 さすがに姫様の表情が硬くなるな。なにせこれは企業秘密だ。一介の人間に知られていて良い話ではない。

 単純に、制作に俺が所属していた商業都市が関わっていたというつまらないオチだ。

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