第44話 勝てない戦いとか趣味じゃないんだけどね

 王室特務隊。姫様の前でそう名乗った以上、もはや後には退けないだろう。

 逆に逃げたなら偽物だ。そっちの方が話は早いが、そうもいかなさそうだ。

 ゆっくりとだが、互いが戦闘態勢に入っていく気配を感じる。

 しかし嫌な空気だ。相手は圧倒的な強者。それくらいしか分からない。


「姫様、面識は?」


 小声で語り掛けるが、


「残念ながら会った事はありません」


 だろうな。

 元々、将軍職の様に表舞台に立つ連中じゃない。

 まあ王や王子の護衛などをするからこその制服なのだろうが、そうやって表舞台に立つのは極一部。末端の姫に全員を把握するのは無理な話か。


 ただ気になるな。他に気配がしない。それに姫様がこいつを知らないのは、ある意味たまたまだ。何人かの顔や名前は知っている。

 直接会ったかどうかは関係ない。話の中で登場することだってあるだろう。

 なら、こいつは自分が“そう”である可能性は否定できまい。


 身バレする可能性など当然考慮に入れているだろうに、なぜいつもの正式な装備をしていないんだ?

 一見共通に見えるが、あれらは全て特別仕立ての魔道具だ。それぞれの人間に合わせて作られたな。

 それだけに、たとえ油断があったとしてもわざわざ脱いでくる事は無いだろう。

 やはり偽物かと思いたくもなるが、感じる空気が真実だと直感させる。


「王室特務隊は2人で動くと聞いていますが、何処かではぐれちゃったんですかねえ。こちらに構うよりも、探しに行った方が良いんじゃないですか?」


「いるかもしれないが?」


「いやいや残念。少なくともこの周辺には居ませんねえ。探すなら遠くがよろしいかと思いますよ」


 まあ嘘だがね。本気で隠れる専門家がいたら探知できるわけがない。荷物を持ってきた男とかな。

 しかも瞬間的に現れる呪文でもあれば気配なんぞに意味はなかろうよ。

 だが他に、正式な兵装をしていない理由が思いつかない。


 向こうはこちらに対して、そもそもが圧倒的に有利だ。地力が違う。ましてや2人ペアが基本なら、最高の装備で堂々と来ればいい。

 しかも正体を明かしている以上は、ここにいる人間を誰1人として生かすつもりはない。失敗も撤退も許されない立場だ。

 そう考えれば、こいつは単独かつ本来の装備を使えない状況で行動するしかないとしか考えられない。

 理由は? もっともあり得そうなのが、ペアとは意見が違う場合だ。だけどだめだな。情報が少なすぎる。


「大した自信だ。噂だけのことはある」


 さて当たっていたのかブラフなのか、お互いそう簡単に手の内は出さないよな。


「噂に踊らされちゃあいけませんよ。それに自分はただ静かに生きたいのだけの小心者でして」


 話ながらもじりじりと動く。

 こいつは今までの王室特務隊とは別だ。明らかに殺しに来ている。

 だがそれが分かっているだけに、少なくとも今の射程で即死攻撃は来ない。

 何せこいつらの本質は俺と同じ。仕留められる状態なら、もう躊躇なくやっている。


「しかしなんだかピリピリしていますねえ。宮仕えの辛さでしょうが、一体どなたのご命令で?」


「言うと思うかい?」


「いやまあ、最後に教えてくれるのが親切というものではないかと思いまして。それとも、もうやめますか? たしかにこちらが勝ってしまいますと、色々と問題が起きてしまいますからねえ。おっと、その時はもうあなたには関係ない話になっていますか」


「安い挑発だ」


 動いた!

 20メートルはあったはずなのに、もう目の前に移動している。

 魔法? 俊動? それともユニークスキル? いや、単なるレベル差か?

 手の内が分からない戦いは厄介だ。相手が此方を知っているだけになおさらだな。


 巨大なシミターが心臓に迫る。それに合わせてユニークスキルが発動する――のだが、こちらのスキルが反応する瞬間にピタリと止まる。

 その瞬間に、ユニークスキルで強制回避しようとしていた自分の体も一瞬だが停止してしまう。

 当たらない攻撃にはまるで反応しないし、避けられない攻撃には自動で動いてしまう。

 そしてババアが指摘した通り、危機回避が発動した攻撃を寸止めされると、行き場が無くなって硬直してしまう。

 便利だが、その点は難点だ。もっとも、そんな神業なんぞ普通は出来ないけどな。


「種の割れた手品など、もはやただの芸だ」


「それはどうも。こちらこそ良いものを見せて頂きました」


 おそらく、奴は頭の中で『減らず口を』とでも思ったのだろう。

 何せそのまま再び突けば終わるはずだったのだから。

 だが考えが甘い。というか、考えちゃいけなかったんだよ。


“絶懐不滅”のババアは間違いなく俺の事は報告する。

 これは予想ではなく絶対だな。何せ任務だ。

 しかしおそらく俺の奥の手には言及しなかったろう。

 これもまた単なる予測ではない。ただ、そうした方がババアにとって都合がいいからだ。


 一閃と共に噴き出した鮮血。

 床に落ちるシミターと奴の右手首。

 だがそれが実際に落ちる前に、奴は大きく距離を取っていた。

 状況が分かっていない顔だな。まあ、種明かしをしてやるつもりはない。奴の言う通り、種の割れた手品に価値はない。


「こいつは……驚いた。何をした?」


 レベル差は向こうも把握しているし、まあ有り得ないよな。


「いやはや、別に何も。むしろ今の寸止めは見事でした。実に素晴らしい剣術だと拍手をお送りしたいですよ。おっと。残念ながらこちらの両手は武器で塞がっているのですが。代わりにしてくださいますか? まあ片方はここに落ちていますが」


「地よ爆ぜ、その礫をもって虚空を裂かん。後に残るは大いなる灼熱の大地。その炸裂は天すら貫かん。バングレン・ハルド・ザント・エン・ハルド・サイク・ロス・ブレーゼン」


 ちっ、間髪入れずに呪文を始めやがった。

 しかも言葉が早い。高速詠唱程ではない分、素の熟練具合が分かる。よくあの時間で練れるものだ。


 床、壁、天井の一部がひび割れ、無数のつぶてとして襲い来る。

 危機回避じゃなければ捌ききれない量だ。

 しかもこの呪文、確か火のワードが――などと思う間もなく、足元の地面が真っ赤に膨らむ。

 これはまずい。危機回避とはいえ無敵ではない。先に来る礫相手に下手な回避行動をしたら、噴火で死ぬ。


 しかし幸いだ。ただただ運が良かった。

 もしババアが俺のユニークスキルを報告していなかったら、勝敗の天秤は一方的にあちらに傾いていただろう。


 無数の礫が襲い来る中、勝手に俺の体は回避する。別の物によって。

 その真後ろからの攻撃のおかげで、一瞬だけだが相手の予想よりも早く前に行ける。

 その瞬間、背後の地面が真っ赤に炸裂した。単なる炎じゃない。これは噴火だ。実に危なかったな。

 ギリギリまでは避けるが、完全に避けきる面積が無い。当然かなりくらってしまった。

 熱いし痛い。だが――、


「お前は最初に間違えたんだよ」


 俺のナイフが、確実に肝臓を貫いていた。

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